第20話 再会と遭遇と

 ガルマニアの騎士カリウスに案内され、傭兵らが集まっているという建物へと入ったエルスたち。そこで彼らを待っていたのは、アルティリア王家を追われ――名実ともに〝迷宮ダンジョン探索者クエスター〟として旅立った、ティアナだった。


「もぅ、エルスっ! ずっと待ってたんだからね!」


 ティアナはおお台詞せりふに身振りを交え、いきなりエルスに抱きついてきた。


「ちょッ!? ティアナ――」


「……ごめんっ。ちょっとだけ協力してっ!……」


 彼女はエルスに密着したまま、小声でこんがんするように言う。


 エルスは突然のことに戸惑いながら、室内へ目を泳がせる。――すると、少し離れた位置でこちらをにらんでいる、三人のくっきょうな男らがいることに気がついた。


「チッ! 本当に男がいやがったのか」


「俺たちが入れてやろうと思ったのによォ!」


「ふっ――。なるほどな」


 この男らの言動から、ティアナが置かれた状況を察したニセル。彼は男らの視線をさえぎるように、静かにエルスたちの前へと進み出た。たん、殺気立った目をしていた連中はきびすを返し、部屋の隅へと退散する。



「はぁ……。助かったぁ……。ごめんね、エルス」


「いや、別にいいけどよ……。どうしたんだ?」


「あの人たちに無理矢理、パーティに入れられそうになって。だからとっに、『もう決めてる相手が居るから』って……。あはは……」


 先んじてトロントリアへ到着したティアナは、情報収集ついでに冒険者たちとの会話を楽しんでいたらしい。そこで、さっきの男たちに目をつけられ、かなり強引な勧誘を受けていたようだ。


 事情を話したティアナは、改めてニセルに向き直り、彼にペコリと頭を下げた。


「あの……! ありがとうございました!」


「なに、オレは何もしてないさ」


「ふふー! あの悪人どもめ、正義の前に恐れをなしたのだー!」


 二人の前に飛び出したミーファは得意げに、自身の小さな胸を叩いてみせる。するとティアナは足元の彼女に気づき、嬉しそうにしゃがみ込んだ。



「ええっ!? ミーファちゃん!? ここで正義の探求者ユスタス・エクリスタに会えるなんてっ!」


「ふっふー! 久しいのだ、ティアナ!――いや、不思議の探求者ラビリス・エクリスタよ!」


 二人の少女は謎の言葉で互いを称え、同時に奇妙なポーズを決める。そして固く抱き合いながら、同志としての再会の喜び合った。


 その様子をながめていたアリサは、エルスに近づいて耳打ちする。


「仲良いねぇ、二人とも。ニセルさんとジェイドさんみたい」


「だなぁ。なんか、見てるこっちの方が恥ずかしくなってくるぜ……」



 アリサの声が聞こえたのか、ニセルは「ふっ」と息をらし、さり気なく部屋全体へと視線を移した。灰色の室内は極めて殺風景であり、家具らしき物は正面奥の〝教壇〟のみ。その向かって右側にはドアがあり、奥の部屋からも人の話し声がする。


 外観からも予想はついていたが、ここは元々は教会か、もしくは〝なにか〟をまつった礼拝所として使われていた建物であると考えられる。


 集まった者は、自分たちを除いて約三十名。それぞれが三名から六名のパーティを組んでいる。さきほどの男らも別の女性を勧誘すべく、積極的に声をかけていた。


             *


「そういや……。なんでティアナは、こんなとこにいるンだ?」


 少女らの〝再会の儀式〟が落ち着いたことを確認し、エルスが疑問を口にする。


 アルティリアの王女が〝追放処分〟を受けたことなど、まだエルスたちはよしもない。そんなティアナがバツの悪そうな笑顔を浮かべるや、彼女の頭の大きなリボンも、うなれるかのように折れ曲がる。


「あはは……。そうだね、まずは説明しなきゃ。じつは……」


 ティアナが事情を話すべく、再び口を開きかけた時――。


 上品でおごそかな音と共に、教壇の右側にあるドアが開いた。ドアの奥からは、マント姿にステッキを持った老紳士が現れ、ゆっくりと壇上へと移動する。


 杖を手にしてはいるものの、老紳士の足取りはしっかりとしており、背筋も真っ直ぐに伸びている。彼が教壇に立った時には、雑談を交わしていた冒険者らも沈黙し、すでに全員が彼のいっきょいちどうに注目している状況だ。



「ようこそ、冒険者の諸君。――いや、誇り高き〝ガルマニアのようへい〟たちよ。わしはガルマニア騎士団長を務める、ゼレウスと申す者」


 騎士団長ゼレウスは集まった傭兵らをへいげいし、満足そうにうなずいてみせる。彼はマントの下に、ガルマニア制式の軍服を身に着けており、荒ぶったように波打つ白髪と、弧を描くように整えられたくちひげが特徴的だ。


「さて、諸君らも大いに気になっているであろう、本作戦の詳細を話す前に。――まずは、この場へ集まってくれたことに、心より感謝を申しあげたい。ありがとう」


 ゼレウスはわかりやすくシンプルな言葉で、同志となる傭兵たちへの感謝を述べた。そして、この場の全員が姿勢を正し、自身の次なる言葉を待っていることを確認し、いよいよゼレウスは作戦の説明に入る。



「第一に。この〝帝都奪還作戦〟の目的を話そう。その名が示す通り、闇によっておかされた〝ガルマニア帝都〟を、この〝現実界〟へと引き戻すことだ」


 彼が出した単語の数々に、室内からは小さなどよめきが起こる。


 これまでガルマニア滅亡の詳細は、いっさいの謎に包まれており、数多の噂や作り話によって、好き放題に改変や脚色が加えられていることも多い。


 ゼレウスいわく、現在の帝都は〝ある原因〟によって闇からの侵食を受け、周囲〝別の空間層〟へと引きずり込まれてしまったらしい。


 どよめきはだいざわめきへと変化し、各所で考察を交えた雑談が開始される。ゼレウスは押し黙ったまま、場が静まるまでの時間を置き、再びゆっくりと口を開いた。



「第二に、この作戦を開始する時期である。我がガルマニアは七十年に渡り、闇の中へと堕とされていた。――なぜ〝今〟なのか? 疑問に思われたことだろう」


 傭兵らの疑問に先行して答えるべく、ゼレウスが理由となる要点を挙げる。


 ひとつは、トロントリアが〝限界〟に近いということだ。安全で万全な〝きょてん〟ではない、過酷な〝けいそう〟での生活を続けながら〝帝都奪還〟への力を蓄えるには、この地も騎士団もへいしすぎてしまっていた。


 かつては熱意に燃えていた騎士ですら、ガルマニアの再興をあきらめ、トロントリアを去った者や、今回の作戦に対しても不参加の意思を表明した者も多い。


 そして、もうひとつの理由としては、ランベルトスをはじめとする〝友好国〟や〝支援団体〟などから、立て続けに武器などの物資の提供があったこと。


 さらには〝総司令官〟として作戦の指揮を執る、協力者までも現れたらしい。



 そのことにゼレウスが言及した直後――。奥のドアが再び開き、ひとりの若い男が姿をみせた。男は短く刈られた金髪を逆立て、緑や茶色の入り混じった、まだらようの見慣れないジャケットを身に着けている。


 彼は傭兵たちに見下すかのような視線をりながら、ゼレウスの隣まで進む。


「紹介しよう。彼こそが、我らの〝帝都奪還〟の悲願を果たすべく、ガルマニア騎士団へと参じてくださった総将軍インペラトル。――ディークスきょうだ」


「軍曹、だ。――なぁ、ゼレウスさんよ。協力はしてやるが、ジジィのくだらねぇ〝騎士道ロマンスごっこ〟に付き合うつもりはねぇって、言ったはずだぜ?」


「失礼した。……ディークス軍曹」


 ゼレウスはディークスに向き直り、紳士的に頭を下げる。そんなディークスは彼には一切目をくれず、傭兵らに対して右手の中指を立てた。


「いいかぁ……? よく聞け、ブザマなデク人形ども! テメェらは今から、この俺様の指揮下に入る。――文句がある奴は、今すぐに消え失せなッ!」

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