第19話 牧歌なる係争地

 ガルマニアを目指すべく、ランベルトスを発ったエルスたち。

 今回の依頼主であり、『帝都奪還作戦』を指揮するガルマニア残党騎士団と合流するため、四人は騎士団が占拠する城塞都市・トロントリアを目指していた。


 「なんッつうか、静かだな……」


 エルスはトロントリアへ続く街道を進みながら、周囲の景色を観察する。

 見通しの良い平原には切り株が多く並び、道中の小川には木材を組んで造られた粗末な橋が掛けられている。

 足元の街道はボロボロに崩れ、所々に地肌が露出してはいるものの、魔物の気配らしきものすらも感じない。


 「うん。でも、やっぱり物々しいよねぇ」


 そう言ってアリサは、所々に点在するバリケードを指さす。バリケードは尖らせた丸太と鉄製のびょうを組み合わせて製作されており、長閑のどかな景色の中でも異様さを放っていた。


 「対人用――だな。少なくとも、魔物相手には大して意味をさないだろう」


 目的地までの時間を利用し――ニセルは三人に、トロントリアの置かれている状況について説明する。


 元々、トロントリアはアルティリア王国の辺境を守る都市だった。


 しかし、およそ七十年前――ガルマニア帝国滅亡の際に、国境を越えて逃げ延びた帝国騎士団がトロントリアを襲撃。そのまま、街を帝都奪還のための本拠地として占拠してしまったのだ。


 「うー! まさに悪の帝国なのだー!」

 「ふっ、確かに。アルティリアから見れば、な」


 その後、アルティリアはトロントリアを奪還すべく、幾度となく派兵を繰り返すも、すでに中継地であるランベルトスが都市国家として独立していたために難航。


 さらには、ランベルトスまでもがトロントリアの領有権を主張しはじめた。


 「うげッ……。ドロ沼じゃねェか」

 「うーん。仲良くできればいいのにねぇ」


 「まあな。個人では可能でも、国同士ともなると難しいものさ」


 トロントリアを巡る武力衝突は、四十年以上にもわたり――現在より約三十年前となる、さいせい一九九〇年頃――。


 ガルマニア残党騎士団はランベルトスとの一時休戦――および同盟を結び、アルティリア王国を撃退。さいせい二〇二〇年の現在においても、トロントリアの実効支配を続けている。


 また、外交と称してランベルトスへの〝用心棒〟の派遣と、西の中立都市である港町カルビヨンとの交易を行なうことで、どうにか〝ガルマニア〟としての体裁を保っている状況だ。


 「なんか、小難しいッて感じだなぁ。今まで国とか、そういうのは気にしてなかったぜ……」

 「わたしたち、アルティリアの冒険者で、ランベルトスの特命ギルドだもんねぇ」

 「ふっふー! 実はミーは、ドラムダの第三王女なのだー!」


 ニセルは世界の中心に位置する国家・ノインディアの出身だ。彼らは各々の目的は持ちながらも、仲間としての信頼によってエルスの元へ集っている。



 「まっ、だからこそ傭兵が必要なんだろう。何モノにも縛られない、オレたちのような冒険者が、な」

 「そうだな……。よしッ、冒険者として依頼をけた以上、今はガルマニアのために頑張ろうぜ!」


 エルスが声高に気合いを入れると、仲間たちも彼に同意する。


 さらにいっこうが歩みを進めると、周囲には木製の柵で囲まれた農地などが多く見られはじめた。街道は完全に敷石が剥がれ、踏み固められた跡や馬車のわだちが刻まれているのみだ。


 やがて正面に、大量の木材を使用して建てられたと思われる『門』が出現した。



 「おおっと、申し訳ないが止まってくれ。君たちは、見たところ冒険者かな? トロントリアになる用だろうか?」


 門の左右に立っていた、槍と鎧で武装した男の一人がエルスたちを制止する。彼の言動は気さくであり、もう一人の男に至ってはのん欠伸あくびをしている。


 「俺はエルス! 俺たち、傭兵として『帝都奪還作戦』に参加するために来たんだ」


 そう言ってエルスは、冒険バッグから取り出した依頼状を広げてみせる。すでに馴染みの酒場を通して契約は済ませており、紙面には騎士団長のサインも記入されていた。


 「おお、君たちが! 私は、ガルマニア騎士のカリウス。すぐに団長の居る本部へ案内させよう。――おい!」


 カリウスと名乗った騎士は欠伸をしていた男に声をかける。しかし彼は、無気力そうに頭上で手を揺らすのみで動く様子はない。


 「あー。俺、ここ見とくんで……。先輩、行ってきていいッスよー」

 「まったく……。いいか? しっかり見張ってくれよ? この間も――」

 「――はいはい。大丈夫ダイジョブッスよ。んじゃ、お気をつけてー」


 男は再度欠伸をし、目的のわからないジェスチャをしてみせる。どうやら、ガルマニア式の敬礼を行なったようだ。


 騎士カリウスは大きくたんそくし、エルスらを伴って門の奥へと進む。奥には石レンガや木で造られた家が建ち並び、小規模の集落が形成されていた。



 「作戦前だというのに、緊張感の無いところを見せてしまったね。申し訳ない」

 「いや、俺らは別に……。冒険者として、依頼に応えるだけさ!」


 「はは、頼もしいよ。君たちの力なくしては、この作戦は成功し得ないからね」


 カリウスの言葉通り、集落内には戦の前の緊張感といったものは無く、みずみをする男やくわを担いだ男らが、時おり談笑を交わしながらのんびりと往来している。アリサは彼らをりながら、カリウスに質問をする。


 「そういえば、他の騎士さんたちは? 作戦には参加しないんですか?」


 「ああ、ここに居る連中は、全員が騎士さ。ガルマニアでは元来、戦の無い時には騎士も畑を耕すのが慣わしだからね」

 「えッ……? それじゃ、もしかしてが……?」


 エルスは疑問を口にする。するとカリウスは集落の半ばほどで立ち止まり、両腕を広げながら冒険者たちの方へ向き直る。


 「そうだよ。ここが国境の街――ようこそ、城塞都市トロントリアへ」


 カリウスの言葉に、ニセル以外の三人は驚きの声を漏らし、信じられないといった様子で周囲を見渡している。

 そんな彼らを見て、カリウスはトロントリアの紹介を続ける――。


 この地の領有権を巡ってアルティリア・ガルマニア・ランベルトスの三国による紛争が発生した結果、トロントリアは『拠点』としての登録を抹消。ミルセリア大神殿によって、すべての建造物に対する加護が解除され、現在も『係争地』としての認定がされたままになっていた。


 「つまり、街の外フィールドと同じッてことか……」

 「ああ。扱いとしては、仮設の陣地やキャンプと変わらない」


 エルスの呟きに、ニセルが答える。

 それを聞き、カリウスは静かに頷きながら話を続けた。


 「この七十年間――幾度も城壁や建物が破壊され、今ではこんな有様さ」


 「うー? 霧の加護を、受けられなくなったのだー?」

 「その通り。戦火もそうだが、霧によって少しずつ崩れ落ちてしまってね。もう、この辺り一帯の樹木もり尽くしてしまったよ」


 集落内の施設の多くは、木材によって成り立っている。ここまでの道中、大量の切り株が目立っていた理由にも納得ができた。それだけの資材を用いてもなお、現在のトロントリアは〝貧相〟と呼べるほどに疲弊しているのが現状だ。


 「――さて、長く立ち話をさせてしまったね。申し訳ない」


 エルスらが互いの顔を見合わせていると、カリウスが紳士的な動作でいっこうに移動を促す。

 彼に案内されて辿り着いた先は、この集落にとっては巨大とうたっても差し支えない規模の、石造りの建物だった。


 「ここで待機してもらえるかな? 中に、傭兵の方々が集まってくれているから」


 「はいっ。カリウスさんは?」

 「私は、見張りに戻るよ。門の様子が、気が気ではないからね……」

 「なるほど……。んじゃ、ありがとなッ! カリウスさんッ!」


 カリウスはガルマニア式の敬礼をし、足早に集落の外へと戻ってゆく。エルスたちは建物の扉を開き、中へ一歩踏み入れる。


 ――すると早々に、エルスの耳に聞き覚えのある声が響いた!


 「ああっ! エルスにアリサちゃん! 良かったぁ、会えないかと思ったよっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る