第19話 牧歌なる係争地
帝都奪還作戦に〝
「なんッつうか、静かだな……」
エルスはトロントリアへ続く街道を進みながら、周囲の景色を観察する。
見通しの良い平原には切り株が多く並び、道中の小川には木材を組んで造られた、粗末な橋が掛けられている。足元の街道はボロボロに崩れて荒れ果て、所々に地肌が露出してはいるものの、なぜか魔物の気配は感じない。
「うん。でも、なんか〝ものものしい〟よねぇ」
そう言ってアリサは、所々に点在するバリケードを指さしてみせる。
バリケードは
「対人用だな。少なくとも魔物相手には、大して意味を
目的地までの時間を利用し、ニセルは三人に対し〝トロントリアが置かれている状況〟についての解説をしはじめた。
*
元々、トロントリアは〝アルティリア王国〟の辺境を守る都市だった。
しかし、およそ七十年前。ガルマニア帝国滅亡の際に、国境を越えて逃げのびた〝ガルマニア帝国騎士団〟がトロントリアを襲撃。そのままトロントリアの街を、帝都奪還のための本拠地として占拠してしまったのだ。
「うー! まさに悪の帝国なのだー!」
「ふっ、確かに。――アルティリアから見れば、な」
その後、アルティリアはトロントリアを奪還すべく、幾度となく派兵を繰り返すも――すでに中継地である〝ランベルトス〟が、都市国家として独立していたために難航。さらにはランベルトスまでもが、トロントリアの領有権を主張しはじめた。
「うげッ……。ドロ沼じゃねェか」
「うーん。仲良くできればいいのにねぇ」
「まあな。
トロントリアを巡る武力衝突は、四十年以上にもわたり――。
現在より約三十年前となる、
ガルマニア残党騎士団は、ランベルトスとの一時休戦および〝同盟〟を結び、ついにアルティリア王国を撃退した。以後、残党騎士団は再世紀 二〇二〇年の現在においても、トロントリアの実効支配を続けている状態だ。
また、残党騎士団は〝外交〟と称してランベルトスへ〝用心棒〟を派遣することや、西の中立都市である〝港町カルビヨン〟との交易を行なうことで、どうにか〝ガルマニア〟の名を失うことなく〝国家〟としての
「なんか小難しい話だなぁ。俺は国とか、そういうのは気にしてなかったぜ……」
「わたしたち、アルティリアの冒険者で、ランベルトスの特命ギルドだもんねぇ」
「ふっふー! ミーは、ドラムダの第三王女でもあるのだー!」
ニセルは世界の中心に位置する国家〝ノインディア〟の出身だ。彼らは各々の目的は持ちながらも、仲間としての信頼によって、エルスの元へ集っている。
「まっ、だからこそ必要なんだろう。オレたちのような、自由な〝冒険者〟が、な」
「だなッ。よし、今回は〝傭兵〟として、ガルマニアのために頑張ろうぜッ!」
エルスが声高に気合いを入れると、仲間たちも彼に同意を示した。
*
さらに
やがて道の正面に、木材を使用して建てられた〝門〟が見えはじめた。門の両側には
エルスたちは門の前に
「おおっと、申し訳ないが止まってくれ。――君たちは、見たところ冒険者かな? 念のために
門番だと思われる、槍と鎧で武装した男の一人がエルスたちに質問する。彼の言動は気さくであり、もう一人の男に至っては
「俺はエルス! 俺たちは傭兵として〝帝都奪還作戦〟に参加するために来たんだ」
そう言ってエルスは、冒険バッグから取り出した依頼状を広げてみせる。すでに馴染みの酒場を通して契約を済ませており、紙面には騎士団長の署名も入っている。
「おお、君たちが。これは心強い! 私はガルマニア騎士のカリウス。すぐに団長のいる〝作戦会議室〟へ案内させよう。――おい!」
カリウスと名乗った騎士は、欠伸をしていた男に声をかける。しかし彼は、無気力そうに頭上で手を
「あー? 俺、ここ見とくんで……。先輩、行ってきていいッスよー」
「まったく……。いいか? しっかり見張っておいてくれよ? この間も――」
「はいはい。
男は再び欠伸をし、目的のわからない奇妙なジェスチャをしてみせる。どうやら彼なりに、ガルマニア式の敬礼を行なったらしい。
騎士カリウスは大きく
*
「作戦前だというのに。緊張感のない姿を見せてしまったね。申し訳ない」
「いや、俺らは気にしてねェよ。冒険者として依頼に応えるだけさ!」
「はは、頼もしいよ。君たちの力なくしては、この作戦は
しかしカリウスの言葉通り、集落内にも
アリサは彼らを
「そういえば、他の騎士さんたちは? 作戦には参加しないんですか?」
「ああ、ここに居る連中は、全員が騎士なんだ。ガルマニアでは元来、戦の無い時には、騎士も畑を耕すのが慣わしだからね」
「えッ……? それじゃ、もしかして
エルスは疑問を口にする。するとカリウスは集落の半ばほどで立ち止まり、両腕を広げながら冒険者たちの方へ向き直った。
「そうだよ。ここが国境の街――。ようこそ、城塞都市トロントリアへ」
カリウスの言葉に、ニセル以外の三人は驚きの声を
そんな彼らを見て、カリウスはトロントリアの紹介を続ける。
この地の領有権を巡り、アルティリア、ガルマニア、ランベルトスの三国による紛争が発生した結果、トロントリアは〝
紛争は今なお続いた状態であり、事態を重く見たミルセリア大神殿によって、すべての建造物に対する〝加護〟が解除され、現在も〝
「つまり、
「ああ。扱いとしては、仮設の〝野営地〟や〝キャンプ〟と変わらない」
エルスの
それを聞いてカリウスも、静かに頷いてみせた。
「うー? つまり〝霧の加護〟を受けられなくなったせいで、荒れ果てたのだー?」
「その通り。霧は世界を〝本来の状態〟に戻す。だから霧が出るたびに少しずつ崩れ落ちてしまってね。もう、この辺り一帯の樹木も
「じゃあ、ここに〝なにもない〟のが、いまの〝本来の状態〟ってわけなんですね」
集落内の施設の多くは、木材によって成り立っている。ここまでの道中、大量の切り株が目立っていた理由が
*
「さて、長く立ち話をさせてしまったね。申し訳ない」
エルスたちが互いの顔を見合わせていると、カリウスが紳士的な動作で
「この〝作戦会議室〟で、しばらく待機してもらえるかな? すでに他の傭兵たちも、何名か集まってくれているから」
「わかりましたっ。カリウスさんは?」
アリサはカリウスに
「私は〝見張り〟に戻るよ。……国境の様子が、気が気ではないからね」
「ああ、なるほど……。んじゃ、ありがとなッ! カリウスさんッ!」
カリウスはガルマニア式の敬礼をし、足早に集落の外へと戻っていった。そしてエルスたちは建物の扉を開き、一歩、足を踏み入れる。
すると入室して早々に、エルスの耳に、聞き覚えのある声が響いてきた。
「ああっ! エルスにアリサちゃん! よかったぁ、会えないかと思ったよ……!」
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