第18話 新たなる旅路

 ファスティアからやや北東――王都周辺の森林地帯のほど近くに、『はじまりの遺跡』と呼ばれる謎の遺跡が存在している。

 その石造りの外観から、これが何らかの神殿であったことを想起させる。しかし、すでに朽ち果ててしまった現在では、この建造物が建てられた本来の目的すらも察することはできない。


 ファスティア自警団長カダンは一人、この地を訪れていた。


 「ザイン。来たぞ」

 中央の巨大広間からさらに奥に位置する、小規模な空間。

 カダンは石の床にひざまずき、瓦礫がれきを組んで作られた台座に酒をかける。粗末ではあるが、彼自身が心を込めて積み上げた、仲間を供養するための祭壇だ。

 部屋の天井には大穴が開き、太陽ソルの朝陽が真っ直ぐに射し込んでいる。その神々しさの一方、床や壁面には真新しい斬撃のあとが刻まれ、まるでインクをぶちけたかのように黒く染まっている。


 「エルスどのが、『墓』を持ってきてくれたのだ。覚えているか? あの日、おまえの魔法で我らと共にここへ来た――冒険者の彼だよ」

 祭壇に語りかけながら、カダンは携帯バッグから一冊の日記帳を取り出す。

 「これは、自分が預かっておく。あれ以来、魔物の出現は報告されていないが、ここに遺すにははばられるからな」

 取り出した日記帳を再び仕舞い――カダンは台座に視線を合わせたまま、ゆっくりと立ち上がる。

 「ここに刻まれた苦悩、正義への熱い想い――我らファスティア自警団へ、しっかりと伝わったぞ。ザイン――おまえは紛れもなく、自警団の一員だ」

 「――はい、団長。彼の活躍……特に魔術には、街も我々も幾度も助けられました」

 背後から聞こえた声にカダンが振り返ると、いつの間にか数人の自警団員が整列していた。見れば、彼らは以前、共に部屋の調査を行なった者たちだ。


 「むぅ? おまえたち、なぜへ?」

 「な……なんと申しますか、彼のなきがらの前で心ない発言をしてしまったことが悔やまれまして――どうしても謝罪したく……」

 ザインの犯した過ちは、間違いなくファスティアの平和を脅かす行為だった。

 だが同様に、彼が街の平和に貢献していたことも事実なのだ。

 団員らは姿勢を正し、深々と頭を下げる。すると彼らの脇を抜けて、二人の新入団員が一同の前へ進み出た。


 「へへっ。俺たちゃ、あんにゃろう――エルスのおかげで自警団ここに厄介になれたしな!」

 「それに、ザインの野郎とはでな! まっ、当人にとっちゃ、消したい過去だろうが――奴のことは忘れてねぇぜ?」

 二人の新人は、以前エルスが街道で撃退した盗賊たちだった。人相の悪さこそ相変わらずだが、自警団制式の鎧を着た姿は、それなりにさまにはなっている。


 「そうか……。皆の者、ありがとう」

 「送ってあげましょう、団長。彼が、大いなる闇の中でも迷わぬように」

 「ああ、もちろんだ」

 カダンは祭壇へ向き直り、静かに剣を抜く。団長にならい、他の団員らも一斉に抜剣をする。

 としての生を全うできなかったザインは、霧へかえることは出来なかった。彼の往き着く先は、すべてを包み込む『大いなる闇』の中だ。

 「大いなる闇よ! 我らが同志、ザインに慈悲と導きを!――敬礼!」

 祈りの言葉と共に、一同は剣を手にした状態でアルティリア式の敬礼をする。これには、仲間の新たなる旅立ちを――戦場へとおもむく、仲間の無事を願う意味が込められている。太陽ソルの朝陽を受け、全員の剣が導きの灯火のごとく光を放った。


 「ザインよ、幸運を」

 カダンは剣を納め、団員らの方へ振り返る。

 「――これで彼も、いつか新たなる器として生まれ変われるだろう!」

 「ハッ! 団長!」

 「よしっ! それでは、ファスティアまでランニングだ!――さぁ、我ら自警団の一日がはじまるぞ!」

 カダンは号令と共に部屋を飛び出し、一目散に街へと駆けてゆく。先陣を切った団長に続き、他の団員らも鎧姿のまま全力で走り出した!

 「――げっ! マジか、そりゃねぇぜ!」

 「おい、置いてっちまうぜぇ? へっへっ、あばよ!」

 二人の新人らは困惑しながらも、競い合うように走り始める。言葉とは裏腹に、彼らの表情は明るく、希望に満ち溢れていた――。




 ――アルティリア王都の外れ、精霊の森付近の廃屋。

 ここはエルスの生家にして、エルスの父とアリサの両親が命を落とした場所。

 焼けて崩れ落ちた廃墟の一角には、一枚の壁だけが遺されており、そのそばには四本の武器が突き立っている。


 「そンじゃ父さん。行ってくるよ」

 アリサと共に『墓』を訪れたエルスは、父の剣に向かって挨拶をする。肉体はすでに霧へとかえり、世界に遺されたものは父の剣と、父に関する幼少時の記憶のみだ。アリサもエルスと同様に、父の剣と母の杖へ向かって語りかけている。

 「――ッていうか。この剣……誰ンだ?」

 エルスは目の前に突き立った、両手持ち用の大型剣へ視線を落とす。深く地面に刺さっているのかと思ったが、少し持ち上げてみると剣身が半ばから綺麗に折れてしまっていた。

 「前に来た時には、こんなの無かったもんねぇ。あっ、エルス。あまり触らない方が良いよ?」

 剣を眺めていたエルスだったが、アリサの言葉で慌てて元の穴へ戻す。『墓』と定められている物品アイテムを不用意に持ち出すことは、神殿騎士による処罰の対象となってしまうのだ。


 亡き親に旅立ちの挨拶を済ませ、エルスとアリサは帰路につく。エルスはあごに指を当て、ずっと考える仕草をしている。

 これまで直情的に行動することが目立っていたエルス。彼が考えることを優先するのは良い傾向ではあるのだが、アリサは最近の彼の様子に一抹の不安を感じていた。


 「――あの剣、もしかするとさ……。ロイマンのだったかもしれねェ」

 「えっ? 勇者のオジサンの?」

 「ああ。なんか、アレで思いっきりブン殴られた記憶がある――気がすンだよな」

 もちろん、剣で状況も、勇者の一撃を受けて無事でいられる状況もあり得ない。可能性があるとすれば、ただ一つだ。


 「俺が精霊化して――暴走してた時だろうな……。たぶん」

 自身の暴走を止めたロイマンならば、あの時の真実を知っているのだろうか? エルスにとって幼少時の記憶は、思い出すこと自体が恐ろしい。

 エルスは、無表情のまま前を向いている、アリサの横顔を盗み見る。

 「うん? どうしたの?」

 エルスの視線に気づき、アリサの顔がこちらを向く。エルスはとっに正面を向き、彼女の視線から逃れた。

 「いや……何でもねェよ。そろそろ出発だ、急ごうぜ!」

 いつかは過去とも向き合わねばならない。しかし、まだその覚悟は出来ていない。

 エルスたちは足早に、二人が育ったアリサの家へと戻った――。



 「ただいまッ!――ふぅ、転送装置テレポーターにも慣れたモンだな!」

 アリサの家に設置された転送装置テレポーターを使い、二人はランベルトスの商館へ帰還する。こちら側に設置された装置は現在、地下一階――ドミナたちの錬金術工房へ移設されていた。

 工房ではドミナが、十数人の職人らと共にせわしなく作業を進めている。


 「ドミナさん、銅貨はここに放り込んどくぜ!」

 「あいよ、悪いね。どうにも材料不足でね」

 エルスは財布の中から銅貨を掴み、材料箱の中へ入れる。錬金術の素材として、銅は特に貴重だ。

 また、貨幣は魔物を討伐することで、自然と財布の中へ貯まってゆく。冒険者らの活躍によって供給量は申し分なく、貨幣は通貨として用いられる一方で、物づくりの素材としても有用だった。


 「今日、出発だろ? あたしらは手が離せないが、張り切って行っといで」

 「おうッ! ギルドの方は頼んだぜ! ジイちゃんにもよろしくな!」

 「――おぬしらに心配されるほど、老いとらんぞ! 気をつけてな!」

 けたたましい金属音を貫いて、ラシードの大声が奥から響く。

 頼もしい職人らに別れを告げ、エルスたちは一階へ上がる。


 「エルス、アリサちゃん。おかえりなさい。新しい装備の着心地はどう?」

 二人を出迎えたクレオールは、彼らの服装を手で示す。

 旅立ちに際し、エルスは黒を基調としたロングコートと赤いマントに。アリサは赤を基調とした服とスカートに。それぞれの防具を新調していた。

 「まぁ……正直、まだ慣れねェけど。せっかく、ミーファやジイちゃんが用意してくれたからなッ!」

 「クレオールちゃんがデザインしてくれたんだよね? わたしは気に入ったかも。ありがとっ!」

 アリサはクレオールに礼を言い、白いマントを羽織る。このマントはリリィナから貰った、大切なものだ。

 「ふふっ、良かったわ。それじゃ、外でニセルさま達がお待ちよ。気をつけてね? 二人とも……」

 クレオールに見送られ、二人は商館の外へ出る。


 ――ついに訪れた出発の時。

 すでに待機していたニセルとミーファが二人に気づき、小さく手を挙げる。


 「よう。行けるかい?」

 「ああッ!――挨拶も済ませたし、悔いはねェぜ」

 「ふっ、そう力まずとも大丈夫さ。いつも通り気楽にいこう」

 「ふふー! いざっ、正義のために出発なのだー!」

 ミーファは元気よく拳を振り上げ――ちょうやくしてエルスの肩にまたがる。まずはランベルトスの東、ガルマニア残党騎士団が占拠する、トロントリアの町を目指さなければならない。


 「よーッし! それじゃ東へ! 新たな冒険へ出発だ――ッ!」

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