第17話 不思議な旅立ち

 エルスたちがランベルトスにて、仲間同士のきずなを深め合っていた頃。アルティリアの王城内では、アルティアナ王女が旅立ちの準備を進めていた。


「さてっ、これで準備完了かな!」


 きゅうくつなドレスからいつものエプロンドレスに着替え、頭に大きな青いリボンを結ぶ。お気に入りの装飾剣は〝国宝〟であるために、残念ながら持ち出せない。


「おおっと、忘れちゃうとこだった……」


 アルティアナは机の上に並べられた、三通の封筒を冒険バッグへ入れる。これはとても大切な、三人の小さな友達へ向けた別れの手紙。


 彼女がバッグを愛おしげにでていると、部屋の扉がノックされた。



「姉上……。アルベルトです」


「はいはーい! いま開けるね!」


 王族らしからぬ返答と共に、アルティアナがドアを開く。ろうには、じっていにして次期王位継承者であるアルベルト・アルファリス王子と、実母である王妃エイチェルが立っていた。二人の表情はそろって暗く、悲痛な雰囲気を感じさせる。


「あっ……。お母様もいらしたのですね。失礼いたしました」


「いえ。……最後くらいはかしこまらず、普通の娘のように話してちょうだい?」


 そう言ってエイチェルはまゆを下げ、はかなげな顔で笑ってみせる。心なしか、彼女の目尻には光が輝いているようにも見えた。


「えっ? うん、わかった! じゃっ、二人とも入って入って!」


 アルティアナは二人を招き入れ、そっと静かにドアを閉める。


 室内に入った二人は立ったまま、部屋の主と向き直る。もうすぐ王女はしゅったつし、この部屋も空室となる。この母と弟が、この場を訪れた理由は一つだろう。室内を重苦しい空気が支配してしまう前に、アルティアナは自ら話題を切り出した。



「あはは……。ごめんね。私、本当に追放されちゃった」


「姉上――。ティアナ姉さん……」


 昼間の異界迷宮ダンジョンの探索を終え、教会から戻ったアルティアナはぐさま王国騎士団長へと、緊急の用件を伝えていた。


 その内容は、共に戦った冒険者から聞かされた〝博士はかせ〟なる危険人物の詳細と、彼に対する厳重な警戒を行なう要請だった。対応した騎士団長はあわてふためきながら、急いで王のもとへと報告へ向かったのだが――。


「なーんとなく、私も怒られるんだろうなーってことは、覚悟してたんだけどね。あまり出歩くなって、何度も注意されてたし……」


 その後、父である国王アルヴァス・アルファリス・アルティリアから、えっけんの間への出頭を命じられたアルティアナ。そこで王から直々に聞かされた内容は、王女である自身に対する〝追放命令〟だったのだ。



「こんな姉さんに『今日中に出ていけ』だなんて! いくらなんでもひどすぎるよ! もうルナこくで、外は危険なのにさ……」


「大丈夫大丈夫! 今日は泊めてもらうアテがあるから! ちゃんと〝友達〟にも、お別れしておきたいからね」


「城下の教会ですか……。また孤児院へかよっていたのですね?」


 母の言葉に、アルティアナはバツが悪そうにうなずいてみせる。王の側近たちは事あるごとに、彼女が孤児院へ出入りすることをとがめていた。


『あの施設には、非道なる砂漠エルフも居るのですぞ? 王女殿下も王家の者ならば、あれとの深き因縁を存じておられるはず』


まわしきせっこうでないという確証がございますか? お命を狙われでもしたら、どうされるのです』


 自身が責められるだけならば、いつものように軽く受け流すことができる。しかし、大切な友人を中傷されることは何よりもつらかった。


 純白のドレスをてのひらに食い込むほどに握りしめ、側近らのじゅごんに耐えた末に――。今度は父王から直々に、王籍のはくだつと王城からの追放が命じられた。



「まぁー、悪いのは私だし! きっとお父さ――陛下にも、深いお考えがあってのことだと思うから! ほら、ベル。もう貴方あなたは泣かないで?」


 アルティアナは、泣きじゃくるアルベルトを抱きしめる。彼は自身よりも二つ年下の十四歳。すでに姉よりも背は高く、立派な大人の男といえる。


「あなたには建国の王アルファリスの――。偉大なる〝継承者の名〟がついてるんだから。何があっても、その名前が守ってくれるから。ねっ?」


 アルティリア王国は代々、性別を問わず〝人間族の王〟によって統治される慣わしだ。現王のきさきである母がハーフエルフ族であったため、アルティアナはハーフエルフ族として、アルベルトは人間族としての生を授かった。


「こんな……。こんな名前なんて……。姉さんの方が、ずっと強いのに……」


「ベル、悲しいことを言っちゃだめよ。この国のこと、しっかりと守ってね?」


 アルティアナは弟の頭をでながら、彼の背中を優しく叩く。やがてアルベルトは「うん……」とつぶやいた後、姉の大きな胸から離れた。



「それで……。教会を出た、その後はどうするの? 貴女あなたが聖職者になるとは思えないし……。難しいかもしれないけれど、わたくしふるさとに連絡を……」


「じつは、ちょっと旅してみたいとこがあって! 大丈夫だよ、お母様!」


 不安げな母にばくぜんとした回答をし、アルティアナは快活そうに笑ってみせる。


 すでに行き先は決めている。しかし、それを話せば無用な心配をかけてしまうだろう。この繊細で心優しい母に、これ以上の心労をかけさせるわけにはいかない。


「そう……。わかりました。――どうか幸運を、アルティアナ。いつでも貴女あなたの無事を、母は祈っていますからね?」


 娘の気遣いを感じたのか、母・エイチェルも深くをたずねることはなかった。



             *



 エイチェルとアルベルトに別れを告げ、アルティアナはひとり、王城をあとにする。


 まだ事情を知らされていないのか、すれ違う兵士らは普段どおりの敬礼をするのみで、特に別れの言葉をかけられることもなかった。


「あはは……。やっぱり、ちょっと寂しいね」


 アルティアナは振り返り、魔法の灯りに照らされた城の姿を両眼に焼きつける。〝王族〟という地位には未練はない。――だが、〝生家〟を失うとなると話は別だ。


「恵まれてるよね、私は。これでも、まだまだ恵まれすぎてるくらい」


 王都のはずれには、魔王によって焼き落とされた家が〝神の霧〟の祝福を受けることもなく、廃墟のままでのこされている。あの家の者が受けたであろう苦難や苦痛に比べれば、自身の悲しみなど取るに足らないものだろう。


「よし! 頑張ろっ!」


 悲しみ・後悔・罪悪感――。心をおおくさんとする闇をはらい、アルティアナはルナ銀光ひかりの下で気合いを入れる。


 まずは教会へとおもむき、世話になったしん使や、小さな友人たちとの別れを済ませる。その後は、なるべく早く〝ガルマニア〟へと到着しなければならない。


「いざっ、〝不思議〟と仲間を追いかけて! 会えるかなぁ、エルスたちに……」


 彼らは傭兵として、ガルマニアの〝帝都奪還作戦〟に参加すると言っていた。二人とは今日知り合ったばかりの関係であるが、アルティアナは言葉では表せないような、不思議な運命めいたものを感じたのだ。


             *


 そして、その翌日――。


 アルティアナは名実共に〝不思議な迷宮ダンジョン探索者クエスター〟ティアナとして、アルティリアのはるか南東にある、ガルマニアへ向けて旅立った。

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