第16話 古代からの伝説

 「知っておいて欲しいこと?」

 皆の前で立ち上がったエルスに対し、アリサは椅子ごと身体の向きを変える。彼女から見た彼の表情は決意に満ち、いつにないしさすら感じられる。

 「いや……ッて言っても、アリサやミーファは知ってることなんだけどな」

 エルスは苦笑混じりに頭をく。いつも通りの彼の姿に、すぐにアリサは安心感を覚えた。

 「――俺の……とか。そういうやつのことさ。リリィナ、いいよな?」

 エルスは年長の賢者たるリリィナに対し、発言前の確認をとる。彼なりに、これから話す内容の機密性は理解しているようだ。

 「ええ。この場の者になら、構わないわ。――良くできたわね? エルス」

 「へッ、どうもッ。それじゃ、改めて――」


 ――エルスは仲間全員で情報を共有すべく、故郷の家で聞かされた内容を話す。

 自身が『精霊族』という極めて希少な種族であること。

 すでに幼少時に魔王を倒し、自身に『魔王のらくいん』が宿っていること。

 そして、今朝の迷宮ダンジョン探索での出来事も、ひと通り話し終えた――。


 「そうか。ふっ、知らずに仇討ちは終えていたということか」

 「ふふ、エルスらしいわね。しかし、烙印とは厄介そうな代物ですわね……」

 「おー! アルティアナとは盟友なのだ! ミーも会いたかったのだー!」

 真剣に聞き入っていた仲間たちは、口々に驚きや感想の声を漏らす。

 ――とはいえ、すでに目の前でエルスの精霊化を目撃したニセルなど、エルスの特殊性に気づいていた者も多い。そのためか、精霊族という部分に関してはあまり反応を示していないようだ。


 「みんな、すまねェ。なんか、俺のことばッかで振り回しちまッてさ……」

 「構わんさ。冒険者とは、自由な根無し草。目的は有って無いようなものだ」

 「そうさね。それに、リリィナさん同様……あたしも、意味があるように感じんのさ」

 ドミナは手にしたカップへ視線を落とす。透明なノイン酒の水面に、悲哀と決意の入り混じった顔が映っている。

 「――エルスの周りで、世界が動き出そうとしてる。師匠が消された時みたいにね……」

 ドミナの言葉に、ニセルも静かにうなずく。二人の共通の恩人である『師匠』という女性。今から二十年前、彼女は突如消息を絶ち――個人の記憶のみならず、存在という記録までもが世界から抹消されてしまった。


 「二十年前といえば、神殿騎士団の大遠征ね。その詳しい目的などは、大神殿によって伏せられているのだけれど……」

 「それじゃ、神殿騎士さんが――古代人エインシャントのひとたちを?」

 「どうかしら。でも、だけはさいせいの際にも復活はされていない。もしかすると……神にとっては、異端者だった……?」

 リリィナは口元に指を当て、考えにふける。会話を打ち切り、思考状態に入ってしまうのは、彼女のくせだ。

 その後、しばらく沈黙が続いたこともあり、エルスは話題を変えることにした――。



 「――それで、これからの方針ッていうか。ガルマニアに行く理由なんだけどさ」

 「うー? 魔王を倒す方法を探すのだー?」

 「それもある。でも……なんか上手く言えねェんだけど……。まだ俺が知らない――いや、知らなきゃいけねェことが、たくさんあるような気がするんだ……」

 エルスは言葉を詰まらせながらも、頭の中にある『謎』の断片を言語化する。

 絵本に描かれていた、勇者と魔王の物語。

 ファスティアでのナナシとの会話。

 アルティリア王都でのやり取り。

 そして、教会で聞かされた伝説。

 そのいずれにも共通して、『アインス』という存在がチラついていた。

 「なるほどな。つまり、古代の勇者アインスと魔王リーランドの伝説を追うというわけか」

 「ああ。絵本とか農園とか教会とか……。どれもアインスって名前なんだけどさ。なんか金髪ッて以外、同じ奴とは思えないッつうか」


 ――それにもう一つ。エルスの夢に現れた、不気味な少年が発した台詞せりふ

 彼が話していた内容は、あたかも『アインス自身も魔王と化した』かのような物言いだったのだ――。


 「そういえば、あのしん使さんも。『アインスは処刑された』って言ってたもんね」

 「そうなんだよな……。んッ? 処刑だッて!?」

 「えっ? 聞いてなかった? やっぱりエルス、あの時ちょっと変だったから」

 ――アリサは教会での会話内容をつまんで説明する。

 しん使いわく、自身に懐いていた少女ミチアが悪漢に殺害されたことでアインスは激昂し、ランベルトスの街中でくだんの男を斬り殺してしまったらしい。

 「それで、神殿騎士に捕まっちまったッてことか……」

 「確か、そうせいにおいての殺人罪は、『闇の迷宮監獄』送りね。いわば極刑よ」

 その後――アルティリア教会へ帰還した少女ミチアのなきがらは、神の奇跡により復活。ミチアは生涯を神に捧げ、のちに聖女の称号を授けられた――と、いう話だ。


 「その伝説なら、わたくしも修道院時代に聞いたことがありますわね。ランベルトスにとっては汚点ですので、かなり物語として脚色されていましたけれど……」

 「うーん……。やっぱ名前だけ同じで、別人な気がすンだよなぁ」

 クレオールの言葉に、エルスはあごに拳を当ててうなる。

 「あら、エルス。同じ名を持つ人類は、これまでに存在しないのよ? リリィナという名は私だけ。エルスやアリサも、あなたたちだけよ」

 「へッ? そうだったのか?」

 「この世に誕生した人類ならば誰しもが通る、命名の儀式。そこで、神による名の決定と祝福が行なわれている――と、されているわ」


 ――新たなる命に名を授ける、命名の儀式。

 器は名を得て命となり、名もなき器は霧へとかえる。

 現在は儀式が簡略化され、神殿騎士による戸籍の管理が行なわれている。

 建造物と同様にもまた、世界に存在し続けるためには神殿騎士かれらの認可を得る必要があるのだ――。

 リリィナの説明を聞き、エルスの背筋を冷たい汗が伝う。

 「知らなかったぜ……。それじゃ、なんか被ッちまいそうな気もするけどなぁ」

 「まっ、その場合は名前が長くなるだけさ。オレみたいにな」

 「そっか。ニセルさんの名前って『ニセル・マークスター』だもんね」

 アリサの言葉に、ニセルはニヤリと笑ってみせ、ティーカップへ口をつける。いつの間にか円卓には、ザグドが食後のお茶を用意してくれていた。



 ――今後の大まかな方針も決まり、エルスたちは宴の締めに入る。多くの疑問は残りこそしたが、仲間全員で共有したことで解答が導き出される可能性もあるだろう。


 「それじゃ、俺たちはガルマニアへ。ギルドの方はクレオールたちに任せるぜ!」

 「ええ、任せて。あれ以来、大盟主プレジデントわたくしには逆らえませんからね」

 「よろしくね、クレオールさんっ!」

 アリサはクレオールに笑顔を向ける。続いて彼女は、残った料理を平らげているエルスの方をる。

 「――まだ集合まで時間があるし、少しでも修行しなきゃだねぇ」

 「ああ。悔いが残らねェようにしねェとな」


 ガルマニアへ近づくためには、ランベルトス東のトロントリアを占拠しているガルマニア残党騎士団の了承を得る必要がある。そのためにエルスたちは、傭兵として『帝都奪還作戦』への参加を申し込んだのだ。


 ――運命の日までの、残り数日。

 エルスたちは充分に準備を重ね、来るべき戦いに備えるのだった――。

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