第15話 アットホーム

 アルティリア王都より南南西に位置する、商業都市ランベルトス。

 天上の太陽ソルルナへと変化する頃――エルス率いる『特命ギルド』の商館にて、集まった仲間たちは宴会を楽しんでいた。

 「いやはや……エルスが、これほど多くの仲間に恵まれておったとは。エルネストも優れた冒険者じゃったが、やはり血は争えんのう」

 円卓を囲う八人の顔をり、ラシードはしみじみと感嘆する。彼の手には、麦酒がなみなみと注がれた、木製の大型ジョッキが握られている。

 「そうね……。それに、ランベルトス主導によるギルド制度。すでにエルスが、その最先端に居たなんてね。正直なところ、思わなかったわ……」

 エルスの実力を見くびっていたとばかりに、果実酒の杯を手にしたリリィナがたんそくする。二日酔いから復帰したばかりの彼女だが、さきほどから次々と酒をあおり続けている。

 「いやぁ、なんか無理やり押しつけられたッていうか……。俺も難しいのはよくわからなくてさ! クレオールやザグドが上手くやってくれて助かるぜ!」

 「ふふっ。わたくしは元々、商人ギルドの職員。ギルドの運営なら、お手の物ですわ」

 「掃除・洗濯・錬金術。毎日楽しくやらせていただいてますぜ。シシッ! 執事みょうに尽きるのぜ」

 ランベルトスの実質的な王にあたる大盟主プレジデントの娘・クレオール。エルスらは彼女を反逆者テロリストから救出した功績により、大盟主プレジデント直々に『特命ギルド』を与えられることになった。

 ――しかしながら、当の任命者からは詳しい目的や意図は告げられておらず、エルスたちは自由に活動を続けている。


 「それにしても、こんな大きな館まで与えられるなんて……。地上三階、地下にも二階?――いささか待遇が良すぎないかしら?」

 「やっぱり広すぎるよねぇ。――あっ、そうだ! お姉ちゃんもギルドに入らない?」

 「おッ、いいな! 部屋も大量に余ってるし、ジイちゃんもどうだ?」

 リリィナに輝くような眼差しを向けるアリサに続き、エルスもラシードに対して期待に満ちた笑顔をみせる。その無邪気すぎる二人の様子に、リリィナとラシードは互いの顔を見合わせた。

 「……ううーむ……。おぬしら、そのような簡単に――」

 「――そうね。せっかくだし、参加させてもらおうかしら?」

 ギルドへの参加に難色を示そうとしたラシード。しかし、彼の言葉をさえぎり、リリィナが素早く参加を表明した。

 「なっ……なんじゃと!? リリィナ、おぬし……」

 「ギルド制度の世界適用は、何百年も前から申請され、幾度も見送られていた」

 リリィナは目をじ、抑揚のない口調で言う。二百歳を超える彼女であるが、くだんの申請が行なわれたのは彼女が生まれるはるか以前のことだ。

 「それが今――この時代、このタイミングで承認された。そのことに、何か意味があると思っていたの」


 ――わずか十数日前に行なわれた、大神殿による『せんたく』以降。世界各地では、次々と新たなギルドが立ち上げられていた。

 これにより冒険者のみならず、商業・工業・農産業といった業種にも新風が吹き、『冒険者の時代』と呼ばれる現代世界においても、目に見えた形で変革が訪れていた――。


 「わぁ、やったぁ! ありがとう、お姉ちゃんっ!」

 リリィナの加入に、歓喜を隠さないアリサ。彼女は続いて、祖父に対してもるような、あざとい視線を向ける。

 「うぐっ……! ぬぅ……しかしのぉ……」

 孫娘の視線を受けながらも、なおも参加を渋るラシード。そんな彼の前へ、ドミナが静かに進み出た。

 「――私からもお願い致します。名匠マイスター・ラシード様」

 ドミナは丁寧な口調で言い、敬うように頭を下げる。武器製作の技術に長けるラシードの名は世界的にも広く知られており、特に錬金術に関わるドワーフ族の間では崇拝にも似た尊敬を集めている。

 「おぬしまで……。わかった。そうまでわれては、断れん……」

 「ありがとうございます。名匠マイスター

 「わしとて――どうたいの製作や転送装置テレポーターの設置までやってのけた――おぬしと共に働けるならば、本望じゃわい。よろしく頼む」

 ラシードの言葉を受け、各々の口からは喜びの声が漏れる。

 こうして、リリィナとラシードの二人が正式に、エルスたちの仲間に加わることとなった――!



 「――そういや、すげェよな。あの転送装置テレポーター! あれがありゃ、どこでも行けるようになるんじゃねェか?」

 エルスは壁際に設置された装置を指さしながら、ドミナの方へ顔を向ける。彼女は元の席に着き、ドワーフ風ハンバーグを口に運んでいた。

 「んや、ランベルトスや王都あそこには、古代のゲートクリスタルが設置されてるからね。残念ながら、どこでも――とは、いかないね」

 「ゲート……クリスタル?」

 「見たことないかい? こんくらいの石の塔のてっぺんに、魔水晶クリスタルが浮かんだ――謎の構造物オブジェクトのことさね。あれが転送先を設定するための、『目印』として使えんのさ」

 「あッ……! アレのことか」

 王都の噴水広場に設置されていた、謎の石塔。ドミナの言葉で、エルスは今朝の光景を思い出した。


 「なぁ、ゲートクリスタル――って、何なんだ?」

 エルスはリリィナへ向けて疑問を投げかける。おそらくは彼女が、この場においての最年長であるからだろう。

 「さぁ? 私みたいなエルフには、ちょっとわからないわね」

 リリィナはエルスを軽く睨み、杯に口をつける。

 「――ただ、世界には魔力素マナの通り道が網目のように張り巡らされている。アレは魔力素マナの吹き出し口――もしくは、地図に刺されたピン――といったところじゃないかしら?」

 「はい。ゲートの周辺からは、今なお高濃度の魔力素マナが検出されています。まるで、別の空間から湧き出てくるかのように」

 エルフ族への敬意か、ドミナはリリィナに小さく頭を下げる。続いて彼女は、エルスの方へ向き直った。

 「――別の空間・濃厚霧領域ミストリアルサイド。あたしの師匠は、そう呼んでた……自信は無いけどね」

 最後は小声になりながら、ドミナはつらそうに頭を押さえる。古代人エインシャントである『師匠』の記憶を思い出そうとすると、彼女は決まって酷い頭痛に襲われてしまう。


 「ふぅん、良い観点ね。私たちエルフの暮らす『神樹の里』も精霊界同様、現実界とはズレた領域に存在している。他にそういった空間があっても、不思議じゃないわ」

 「へぇ? そんな所、どうやって行くんだ?」

 「世界各地に入口となる『根』があるのよ。詳しい位置はエルフだけの秘密だけれど、私たちはそこから里へ行き来しているの」

 「おー! 神樹の根なのだ! 噂どおり神樹の里エンブロシアは、世界中と繋がっているのだー!」

 口に詰め込んでいたカラアゲをえんし、ミーファが自信たっぷりに右手を挙げる。その手に握られていたフォークが、右側に腰かけていたエルスの頬をかすめた!

 「――うおッ! 危ねェッて! つまり、ゲートのある所になら、一瞬で行けるようになるッてことか」

 「ああ、今日の実験で証明されたね。今後は大盟主プレジデントから要請されたとおり、各地のギルド支部への転送装置テレポーター設置にも取り掛かるよ」

 「ふっ、なるほどな。世界中への転移が実現できれば、ランベルトスの影響力は飛躍的に上昇するというわけだ」

 ゆっくりとグラスを揺らしながら、ニセルが含みのある言い方をする。彼はランベルトスを活動の拠点としてしていたこともあり、この街の裏側にも詳しい。

 ニセルの言葉に続き、クレオールが小さく手を挙げながら発言する。

 「それに関しては父――大盟主プレジデントに、『悪用は許しません』と釘を刺してありますので。ご安心くださいねっ?」

 クレオールは笑顔で言い、指の関節を鳴らしてみせる。彼女はエルスらを装置の実験台にする際にも、父親である大盟主プレジデントに対して凄まじい怒りを露にしていた。


 「おうッ、信じてるぜ! それじゃ、ギルドの方はクレオールたちに任せるとして――次は、俺たち冒険者だな」

 円卓を囲む九人のうち、現役の冒険者はエルス・アリサ・ニセル・ミーファの四人だ。大所帯となったことや、ギルドの維持・運営のリーダーをクレオールが引き受けてくれたことで、エルスは改めて冒険者としての活動に専念することができる。

 「ん? どうした? ガルマニアに向かうのはめにするか?」

 「いや、ニセル。行くのは変わりねェ」

 エルスは食器を置いて立ち上がる。すると全員の視線が、彼に集中する。

 「――ただ、その前に……。いくつか、仲間みんなに知っておいて欲しいことがあるんだ」

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