第14話 救われし者

 異界迷宮ダンジョンに入り込んでしまった三人の孤児らを救い出し、報告のために教会を訪れたエルスとアリサ。そこで二人はしん使マルクトから〝聖女ミチア〟と〝罪人アインス〟に関する、ある〝伝説〟を聞かされた。


「エルス、大丈夫? さっきから静かだけど」


 アルティアナとしん使たちに別れを告げ、すでにエルスとアリサは、教会からの帰路についていた。街をおおっていた〝霧〟は晴れわたっており、アルティリア王都には昼下がりの陽光ひかりさんさんと降り注いでいる。


「ん……? 別に大丈夫だぜ?」


 自宅へと通じる街路を進みながら、エルスがよくようのない声でアリサに答える。


 エルスは教会で〝伝説〟を聞いて以降、〝心ここにあらず〟といった状態となっていた。いまもけんにシワを寄せながら、うつむげんでアリサの後ろを歩いている。



「そう? でも、なんか顔色わるいような」


「大丈夫だッて。なんも問題ねェよ」


 彼女に目を合わせることもなく、エルスは〝考える〟ジェスチャをしたまま、ふらふらと足を動かす。アリサは心配そうに口を曲げ、進行方向へと視線を戻した。


 街には数人の巡回兵のほか、荷運びをする男性や、花壇に水やりをする女性の姿などが見受けられる。しかしながら、旅人や冒険者といった〝外の者〟の姿はない。


 昼を過ぎても相変わらず、王都の人影はまばらなままだ。周囲には石畳のみちを叩く靴音だけが鳴り続け――やがて二人は目的地である、アリサの家へと辿たどいた。



             *



「すっかり遅くなっちゃったねぇ」


「ああ、そうだな」


 軽く時間をつぶすつもりが、思わぬ冒険に巻き込まれる形となった。アリサは自宅玄関の両開きのドアを開き、エルスと共に中へと入る。


「ただいまぁ」


 リビングのテーブルでは祖父のラシードやミーファに混じり、仲間の一人が酒のグラスを傾けていた。彼は二人に気づくと立ち上がり、小さく右手を挙げてみせた。


「よう、おかえり」


 全身に黒ずくめの装束をまとった長身の男。ニセル・マークスター。熟練の冒険者である彼は頼れる仲間であると共に、エルスの良き兄貴分でもある。


「おッ、ニセル! こっちにニセルが居るッてことは――」


「ふっふー! 転送装置テレポータの起動実験は成功なのだ! さー、とくと見よ! 今ここに、正義の道が開かれたのだー!」


 会話に割り込んできたミーファが、得意げにろうの先の小部屋を指してみせる。すでに作業は済んだのか、彼女はいつものメイド服に着替えていた。


 エルスは朝から騒音を響かせていた、を覗き込む。その室内では青い髪を短くった小柄な女性が、なにやら箱型の機械を操作しているようだ。



「ああ、二人とも戻ったのかい。お邪魔してるよ」


「おっす、ドミナさん! すげェ、本当にで来たのか?」


 ドミナは装置に目を落としたまま、「そうさ」と短く肯定する。彼女は〝錬金術士〟としての高度な技術を持っており、ランベルトスでの事件以降はエルスたち〝特命ギルド〟の一員となっていた。


「よし、最終チェック完了だ。これでランベルトスの〝ギルド商館〟と完全に繋がったよ。あんたらも試してみるかい?」


「うーん……。それッて大丈夫なのか?」


「あたしら自身が実験台になったんだ、安全面は保障するさね。向こうにザグドも待機してるし、間違っても〝石の中〟に飛ぶなんてことにゃならないよ」


 ドミナは額の汗をぬぐい、小さく両腕を広げてみせる。ドワーフ族の彼女は少女のような外見をしているが、年齢はエルスより一回り近く上だ。



「わかった! それなら、試してみるぜッ!」


「うん。楽しみだねぇ」


 アリサはエルスの背後で笑顔をみせ、小さくからだはずませる。エルスは勇ましげにアルティリア式の敬礼を決め、ようようと装置の前へ進み出た。


「向こうへ飛んだら、速やかにから降りとくれ。誰かが乗ったままだと、起動しないようにしてあるからね」


「おうッ!」


 エルスの足元の金属板プレートには、難解な紋様ルーンを組み合わせた〝魔法陣〟が刻まれているのが確認できる。そこからは銅製のパイプが触手のように伸びており、それらはドミナが操作している、箱型の装置へと繋がれているようだ。


 その板上にエルスが乗るなり、無機質な音声こえが箱型の装置から発せられる。


「……転送準備。きょてんポータル検索……。現在地・拠点アルファ、目標・拠点ベータ。転送座標、修正中……」


「なぁ、ドミナさん。、なんか言ってンだけど……」


「なに、それも〝安全のため〟さね。そのままじっとしてておくれ」


 エルスは小さく首をかしげ、言われたとおりに直立する。


「……転送、準備完了。転送、開始……」


 その音声と共に、エルスの視界が真っ白な光に包まれる。彼は上下が逆さまになるような浮遊感と強烈な目眩めまいを感じ、頭を押さえながら意識を保つことに集中した。


             *


「……転送、完了……」


「うへェ……。つッ……、着いたのか……?」


 まぶたを貫くような光がみ、靴の裏からは硬い金属の感触が伝わってくる。エルスがゆっくりと目を開けてみると、そこには〝ゴブリン族〟の男性がおり、大きな両目で彼を見上げるように立っていた。


「シシッ! 無事にランベルトスへ到着しましたのぜ。エルスさま」


「ザグド……? あれ? なんかザグドが……、三人くらい居るような……?」


「シシシッ! 派手にようなのぜ。ささ、こちらへ」


 ザグドは紳士的に一礼し、エルスに右手を差し出した。えんふくそでぐちから出た手には、手袋のような白い塗装がほどこされており、金属の硬い感触が伝わってくる。ザグドに手を引かれて装置を降りたエルスは、柔らかなソファに腰かけた。


「ご無理なさらず。シシッ! すぐに飲み物を用意しますのぜ」


「ああ……。わりィ。ありがとな……。うげッ……」


 再度エルスに一礼し、ザグドは床をすべるかのようにドアへと移動する。先の戦いの際に手足を失う重傷を負った彼は、〝師〟であるドミナの施術によって、四肢のすべてをどうたいへと換装されていた。



「わっ、すごい。本当に一瞬で着いちゃった」


 部屋を出たザグドと入れ替わるように、転送装置テレポータからアリサの姿をみせる。彼女は不思議そうに周囲を見回したあと、ソファに腰かけているエルスに目を留めた。


「あっ、エルス。……大丈夫?」


「なんとかな……。おまえ、なんともなかったのか?」


「うん。なんだかしてて楽しかったよ」


 アリサはエルスの隣に腰かけ、彼の頭を自身の膝の上に載せる。よほど負担が大きかったのか、彼の顔色は青ざめており、すっかり血の気を失っているようだ。



「そういや、前に転送装置これに掛かった時は、しばらく気絶してたんだよな……」


「そうなんだ? じゃあ、これも魔力素マナとかが関係あるのかな?」


「かもしれねェ……。チッ……、情けねェぜ……」


 その身に膨大な魔力素マナを秘める〝精霊族〟であるエルス。彼は、すべての精霊魔法を自在に扱うことのできる一方で、魔力素マナに影響を及ぼす攻撃や現象に対しては、極端なまでにぜいじゃくとなっている。


「動きを止められちまうアレ……。念動捕縛サイコバインドとかうんだっけか……。あの博士はかせがいる限り、また目玉のバケモンとも戦うことになるんだよな……」


「そうだね。あの博士も、絶対に倒さなきゃ」


「もっと……。もっと強くならねェと……! へッ、やってやるさ……!」


 エルスは歯を食いしばりながら、ゆっくりと身を起こす。

 アリサはさり気ない動作で、彼の震える体を小さな両手で支えた。



「シシッ! お待たせしましたのぜ。ご気分は?」


 広間に戻ってきたザグドが二人をり、テーブルに二つのカップを置く。


「ああ、かなり良くなったぜ。ありがとな」


「わたしのぶんも? ありがとう、ザグドさんっ」


「いえいえ。こうして働けるのも、皆さまや師匠マスターのおかげなのぜ」


 そう言ってザグドは二人に深々と頭を下げる。


 一時は反逆者とも目され、ランベルトスをるがす事件にも深く関与していたザグドではあるが――。肉体の欠損という大きな制裁を受けたことや、功労者であるエルスたちからの嘆願により、大盟主プレジデントからも正式におんしゃを受けることができた。


 現在、ザグドも師であるドミナと同様に、商館の〝執事長〟として〝特命ギルド〟の一員となっている。


             *


「シシッ! そういえば、エルスさま。本日は商館こちらで、お食事をされますかい? アルティリアの皆様もお呼びして」


「そうだなぁ。またで戻るのはつれェし、そうさせてもらおッか」


「うん。わたしの家より、こっちの方が広いしねぇ」


「かしこまりました。それでは準備しますのぜ。シシシッ!」


 ザグドは携帯バッグから小型の機械を取り出すと、に向かって話しはじめた。そして自身もばんさんの準備を行なうため、再びドアの外へと去ってゆく。



「すごいねぇ、ザグドさん。って広すぎて、毎日掃除するのも大変そう」


「だなぁ。クレオールは書類仕事とかをやってくれてるし、俺らも頑張らねェと」


 エルスはソファから立ち上がり、両の拳を握って気合いを入れる。まだ若干の目眩めまいが残っているのか、すぐに彼は後方へと倒れ、ソファにをついてしまう。


「ねぇエルス。ひとりで無理しないでね? わたしたちもいるんだから」


「ん……? ああ……」


 今度はアリサの手を借りて、エルスが再び立ち上がる。すると転送装置テレポータからは続々と、ニセルやミーファたちが姿をみせた。



「む、か? 大丈夫か?」


「へへッ……。まッ、なんとか慣れてやるさ!」


 自信をるニセルに対し、エルスは親指を立ててみせる。


「ふふー! つらい時は遠慮なく、このミーを頼ってよいのだー!」


「ああ、わかった……。ありがとな、みんなッ!」


 新たな拠点となったランベルトスの商館にて、一堂に会す仲間たち。よい、彼らはさらなる冒険へ向けての英気を養うため、ここで盛大な宴会パーティーを始めることにした。

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