第14話 救われし者

 アルティアナやしん使らに別れを告げ、教会をあとにしたエルスとアリサ。すでに外の霧は晴れ、王都には昼下がりの陽光ひかりさんさんと降り注いでいた。

 「エルス、大丈夫? さっきからずっと静かだけど」

 「……ん? 別に大丈夫だぜ」

 自宅へと続く街路を往きながら、アリサが問いかける。エルスは教会で『伝説』を聞かされて以降、心ここに在らずといった様子だった。今も眉間にしわを寄せ、アリサの後ろを歩いている。

 「そう? でも、なんか顔色悪いような」

 「大丈夫だッて。なんも問題ねェよ」

 彼女には目を合わせず、エルスは『考える』ジェスチャをしたまま歩き続けている。

 アリサは心配そうに口を曲げ、前方へ視線を戻す。数人の巡回兵のほか、荷運びをする男性や、花壇に水やりをする女性の姿は見受けられるが、旅人や冒険者らしき姿は無い。昼を過ぎても相変わらず、王都の人影はまばらだ。

 二人の周囲には石畳の街路を叩く靴音だけが小さく響き続け、やがて目的地である自宅へと到着した――。



 「すっかり遅くなっちゃったねぇ」

 「ああ、そうだな」

 軽く時間を潰すつもりが、思わぬ冒険に巻き込まれる形となってしまった二人。アリサは家のドアを開き、エルスと共に中へ入る。

 「ただいまぁ」

 「よう、おかえり」

 リビングのテーブルでは祖父やミーファと共に、仲間の一人がグラスを傾けていた。彼は二人に気づくと立ち上がり、小さく右手を挙げる。

 全身に黒ずくめの装束をまとった長身の男、ニセル・マークスター。熟練の冒険者である彼は、頼れる仲間であると同時に、エルスの良き兄貴分でもある。

 「おッ、ニセル! こっちに居るッてことは――」

 「――ふっふー! 転送装置テレポーターの起動実験は成功なのだ! 今ここに、正義の道が開かれたのだー!」

 会話に割り込んだミーファが、得意げに廊下の先の小部屋を指す。作業は済んだのか、彼女はいつものメイド服に着替えていた。


 三人と軽い雑談を交わしたあと――エルスとアリサの二人は、騒音を響かせていた『あの部屋』を覗きこむ。室内では青い髪を短く結った小柄な女性が、箱型の機械を操作していた。

 「ああ、二人とも戻ったかい? お邪魔してるよ」

 「おッす、ドミナさん! すげェ、本当にで来たのか?」

 ドミナは装置に目を落としたまま、「そうさ」と簡潔に返事をする。彼女は錬金術士として高度な技術を持っており、ランベルトスでの事件以降は『ギルド』の一員として仲間に加わっていた。

 「――よし、最終チェック完了だ。これでランベルトスのギルド商館と完全に繋がったよ。あんたらも試してみるかい?」

 「うーん、大丈夫なのか?」

 「あたしらが身体を張って試したんだ、安全は保障するさね。向こうにザグドも居るし、間違っても石の中に飛ぶなんてことにゃならないよ」

 ドミナは額の汗を拭い、両腕を広げてみせる。ドワーフ族の彼女は少女のような外見をしているが、年齢はエルスより一回り近く上だ。

 「そうか、なら試してみるぜッ!」

 「楽しみだねぇ」

 「向こうへ飛んだら、速やかにから降りとくれ。誰かが乗ったままだと起動しないようにしてあるからね」

 「わかったッ!」

 エルスはアルティリア式の敬礼を決め、意気揚々と装置の前へ進み出る。足元を見ると、金属板プレートの上に難解な紋様ルーンを組み合わせた魔法陣が刻まれている。そこからは銅製のパイプが触手のように伸び、ドミナの操作する箱型の装置へと繋がっていた。

 ――板上にエルスが乗るなり、無機質な音声が箱型の装置から発せられる。

 「……転送、準備。拠点ポータル、検索。現在地・拠点アルファ、目標・拠点ベータ。座標修正、確認……」

 「なぁ、ドミナさん。、よくわからねェこと言ってンだけど……」

 「なに、それも『安全のため』さね。そのままじっとしてておくれ」

 「……転送、準備完了。転送、開始――!……」

 装置の音声と共に、エルスの視界が真っ白な光に包まれる! 上下が逆さまになるような浮遊感と目眩めまいを感じ、彼は頭を押さえながら必死に意識を保つ――!



 「……転送、完了……」

 「うへェ……。着いた……のか?」

 音声案内と同時に光も止み、靴の裏からも硬い金属の感触が伝わってくる。エルスがゆっくりと目を開けると、ゴブリン族の男性が大きな眼で彼を見上げていた。

 「シシッ! 無事にランベルトスへ到着しましたのぜ。エルス様」

 「ザグド……? あれ? なんかザグドが……三人くらい居るような……?」

 「シシシッ! 派手に酔われたようなのぜ。ささ、こちらへ」

 ゴブリン族のザグドは紳士的に一礼し、エルスに金属で造られた右手を差し出す。燕尾服の袖口から出たその手には、手袋のような白い塗装が施されていた。

 ザグドに手を引かれて装置を降り、エルスは柔らかなソファに腰かける。

 「ご無理なさらず。シシッ! すぐに飲み物を用意しますのぜ」

 「ああ……わりィ。ありがとな。うげッ……」

 再度エルスに一礼し、ザグドはすべるような動きでドアへと向かう。先の戦いの際に手足を失う重傷を負った彼は、師・ドミナによって四肢のすべてをどうたいへと換装されていた。


 「――わっ、すごい。本当に一瞬で着いちゃった」

 ザグドと入れ替わるように、転送装置テレポーターからアリサが現れる。彼女は不思議そうに周囲を見回し、ぐったりとソファに腰かけているエルスに目を留めた。

 「あっ、エルス。大丈夫?」

 「なんとか……な……。おまえ、何ともなかったのか?」

 「うん。ふわふわしてて、ちょっと楽しかったよ」

 アリサもソファに腰かけ、エルスに膝枕をする。よほど負担が大きかったのか、彼の顔色は青ざめていた。

 「……そういや、前に転送装置これに掛かった時――しばらく気絶しちまッてたんだよな……」

 「そうなんだ? じゃあ、これも魔力素マナとかが関係あるのかな?」

 「かもしれねェ……。チッ……情けねェぜ……」

 その身に膨大な魔力素マナを秘める、精霊族のエルス。すべての精霊魔法を自在に扱える能力を持つ彼だが、一方で魔力素マナに影響を及ぼす攻撃や現象に対しては極端に弱い。

 「動きを止められちまうアレ――念動術だっけか……。あの博士はかせが居る限り、また目玉のバケモンとも戦うことになるだろうしな……」

 「そうだね。魔王も博士も、絶対に倒さなきゃ」

 「もっと……、もっと強くならねェと。へッ、やってやるさ……!」

 エルスは歯を食いしばり、ゆっくりと起き上がる。アリサはさり気なく、彼の体を支えた――。


 ――やがて広間にザグドが戻り、小型のテーブルの上に二つのカップを置く。

 「シシッ! お待たせしましたのぜ。ご気分は?」

 「ああ、かなり良くなったぜ。ありがとな」

 「わたしの分も? ありがとう、ザグドさんっ」

 「いえいえ。こうして生きて働けるのも、皆様や師匠マスターのおかげなのぜ」

 そう言ってザグドは深々と頭を下げる。

 一時は反逆者と目され、ランベルトスを揺るがす事件にも深く関与していたザグド。彼は肉体の欠損という大きな制裁を受けたことや、功労者であるエルスらの嘆願により、大盟主プレジデントから正式に恩赦を受けることができた。

 現在はザグドも、ドミナの助手および商館の執事として、エルスたちの仲間に加わっている。

 「そういえば――本日は商館こちらでお食事をされますか? シシッ! あちらの皆様も是非お呼びして……」

 「おッ、そうだな! また戻るのはつれェし、そうさせてもらうか!」

 「うん。わたしの家より、こっちの方が広いし」

 「かしこまりました。それでは準備しますのぜ。シシシッ!」

 ザグドは携帯バッグから小型の機械を取り出し、それに向かって話し始める。そして自身もばんさんの準備を行なうため、再びドアの外へと去っていった。


 「ザグドさんすごいなぁ。って広すぎて、毎日掃除するのも大変そう」

 「だなぁ。クレオールも机仕事とかをやってくれてるし、俺らも頑張らねェとな!」

 エルスは立ち上がり、両の拳を握って気合いを入れる――が、まだ若干の目眩めまいが残っていた彼は後方へ倒れ、すぐにソファへ尻餅をついた。

 「ねぇエルス、ひとりで無理しないでね? わたしも――仲間も居るんだから」

 「ん……? ああ……」

 アリサの手を借り、エルスは再び立ち上がる。すると続々と、転送装置テレポーターからニセルやミーファたちが現れた。

 「む? 転送酔いか。大丈夫か? エルス」

 「へへッ……。まッ、なんとか慣れてやるさ!」

 「ふふー! つらい時は、遠慮なくミーを頼って良いのだー!」

 「……わかった。ありがとな、みんなッ!」

 新たなる拠点・ランベルトスのギルド商館にて、一堂に会した仲間たち。

 今宵、さらなる冒険へ向けて英気を養うため、盛大な宴が始まるのだった――。

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