第13話 アセンション

 初めての迷宮ダンジョンでの戦いを終えたあと――。

 エルスの運搬魔法マフレイトで暗闇の空間から脱出した二人を、白に染まった森が出迎える。

 霧の向こうからかすかに届く陽光ひかりは、すでに昼を示していた。

 「――ふぅ。ここでいいか。手伝ってくれてありがとな」

 「ううん。外まで運んだのはエルスの魔法だし」

 地下への入口のかたわらで、エルスは運搬魔法マフレイトを解く。二人の足が着地すると共に、五体のなきがらが大地へ横たわる。

 「迷宮あそこに置いて来ちまうと、不死人類アンデッドになッちまうからな。霧にかえしてやらねェと」

 「うん。かわいそうだもんね」

 エルスは物言わぬ冒険者たちを丁重に、あおけに寝かせる。彼らはみな、炎による致命傷を受けていた。剣やナイフなど、それぞれが身につけたものを回収し、エルスは静かに時を待つ――。


 ――やがて五人のからだは白く輝き、光の粒子となって霧の中へと溶け消えていった……。


 「……じゃあな。ダブレイの仲間たち。――霧と共に在らんことを」

 エルスは目をじ、祈りの言葉を唱える。彼の父が亡くなった日に、大人たちが唱えていた言葉だ。

 そして、さきほど回収した武器を、遺体のあった地面へと突き立てた。

 「墓はこんなモンでいいか。見よう見まねなんで、合ってる自信はねェけどな」

 「大丈夫じゃないかな? エルスの気持ちは伝わっただろうし」

 すべての人類は死後、霧へとかえる。死者とゆかりのある者が、故人の想いのこもった遺品を『墓』として保管するのが一般的なとむらい方法だが、冒険者たちの間ではこうした形式をることも多い。

 「――んじゃ、俺らも教会に向かうとすッか」

 「うん。ティアナちゃんたち、無事に戻れたかなぁ」



 見知らぬ冒険者らの見送りを終え、二人はエルスの魔法で森を駆け抜ける。

 往路とは比較にならないほどの短時間で王都まで帰還し、街の中からは徒歩で教会を目指す。

 アルティリア同様に教会の歴史も古く、はるかそうせいより、変わらず王都を見守り続けていた。


 「教会に行くのも久しぶりだねぇ」

 「俺はあんまし、いい思い出はェけどな……」

 エルスは幼少時、光魔法を教わるべく教会で儀式を受けた。

 ――だが、人類ならば誰でも扱えるはずの光魔法を、彼は発動することができなかったのだ。

 「あン時のジジイ……俺をバケモンみてェに見やがって。もう、別の使に代わってりゃ良いんだけどなぁ」

 「しん使さん、おじいさんだっけ? わたし、どんな人だったか覚えてないや」

 苦い思い出の話をしつつ――霧に包まれる王都を進み、街外れの教会へと到着した二人。

 広い敷地内には孤児院が併設されており、こちらもそうせいより変わらず運営が続けられている。


 アリサが教会の扉を開き、二人は中へと入る。質素な礼拝堂内では、アルティアナと、法衣をまとった中年の男性が話をしていた。

 「――あっ、二人とも! よかったぁ」

 こちらに気づいたアルティアナは小走りに駆け寄り、交互にエルスとアリサの手を握る。

 「ティアナちゃん。どうだった? お昼に間に合った?」

 「うんっ! エルスの魔法のおかげで、なんとか! 本当にありがとねっ」

 「いやはや……まさか扉を突き破って帰って来るとは思いませんでしたよ。幸い、この霧で元通りになりましたが……」

 中年の聖職者は苦笑いを浮かべ、ゆっくりとこちらへ近づく。そして伸ばした両手の指を組み合わせ、祈りのポーズを作った。

 「ようこそ、教会へ。わたくしは、しん使のマルクトと申します」

 「ああッ……。冒険者のエルスッて……言いまッス……」

 「はじめまして。同じく冒険者の、アリサですっ」

 エルスは相変わらずたどたどしく、アリサは慣れた様子で挨拶をする。マルクトは優しげに微笑んだあと、真剣な表情で姿勢を正した。


 「ティアナさまより、お聞きいたしました。あなた方が、我が子らを救ってくださったのだとか……」

 「んー……。俺らが着いた時には、ほとんど終わってたッていうか――」

 「――エルスっ」

 アリサはエルスをひじでつつき、彼の発言を制止する。しかし、そのやり取りの意味を察したマルクトが、先にの話題に触れた。

 「ああ、お気を遣わせてしまいましたね。ナディアでしょう?」

 「いやぁ、なんていうか……すげェな、あの子の魔法」

 「ナディアは砂漠エルフの一族ですからね。やはり、血は争えぬのでしょう」

 マルクトは悲しげに眉尻を下げ、目をじる。

 街の外などの――いわゆる係争地においての戦闘行為は、自己責任。いかなる結果になろうと保障は無く、罪に問われることもない。自らの安全は自らで守る必要があるため、護衛や傭兵を専門とする冒険者の需要も高い。

 「まぁ……連中が人さらいをやってたのは間違いねェし。ちゃんととむらってきたからさッ!」

 「おお、そうですか……。神に代わって感謝を。ありがとうございます」

 マルクトは丁寧に頭を下げ、祭壇の方へ向き直る。そちらには、光をモチーフとした神のシンボルと共に、幼い少女の石像がまつられていた。


 「……将来は聖女になりたい――ナディアの夢です。彼女にも、いつかミチア様のような慈愛の心が芽生えてくれると良いのですが」

 「ミチア様?」

 「ええ。我が教会に伝わる伝説のひとつです。お聞きになりますか?」

 マルクトの言葉に顔を見合わせる二人――だが、なんとなく彼の話したがっている様子を察し、渋々ながらうなずいた。

 「ははっ、お時間は取らせませんよ。はるか昔、そうせいのことです。一人の若者が孤児の少女を連れ、この教会を訪れました――」

 ――伝説の内容は単純で、若者に連れられた少女が神に一生を捧げ、のちに聖女の称号を得るという話だった。

 「うーん。伝説ッてわりには……普通ッていうか……」

 「エルス、失礼だよ。でも、この石像、あまり神々しくないっていうか、普通の女の子みたいな感じ?」

 「それ、おまえだッて失礼だと思うぞ……」

 二人の率直な指摘に、マルクトは声を出して笑う。話を聞いている間に去ってしまったのか、気づくとアルティアナの姿は無い。

 「――ええ、ご指摘のとおり。このお姿は、まだ孤児だった時分。『復活の奇跡』の直後を表しております」

 「へッ? 復活?」

 「そうです。ミチア様は、当時の自由都市・ランベルトスにてきょうじんに倒れ――その後、復活されました」

 「人が……生き返った……?」

 わかりやすくきょうがくの表情を浮かべるエルスを見て、マルクトは満足そうに頷く。よく観察すると、石像の着衣部分には、刃での裂傷らしきあとまでも再現されている。


 「復活されたミチア様は、生涯を神に捧げました。もっとも――彼女も少女の頃は、アインスという若者をしたっていたそうですが」

 「アインスだッて!?」

 思わず大声をあげたエルスに驚き、今度はマルクトが目を丸くする。

 「ああ……申し訳ねェ。ほら、絵本とかでよく見る名前だったからさ」

 「なるほど。確かに、有名な絵本の登場人物と同名ではありますね」

 またしても聞くにすることになった、アインスなる者の名前。真っ白な霧の中を進むように、エルスの頭の中に、いくつもの名前がおぼろげに浮かんでは消える。

 その後も、マルクトとの間に取り留めのない会話が続いたが――今のエルスの耳には、何ひとつとして届かなかった。

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