第13話 アセンション

 初めての異界迷宮ダンジョンたんさくを終え、エルスの運搬魔法マフレイトで脱出した二人。深い〝霧〟の向こうからかすかに届く陽光ひかりは、すでに昼を示しているようだ。


「ふぅ……。ここでいいか。アリサ、手伝ってくれてありがとな」


「ううん。を外まで運んだのはエルスの魔法だし」


 暗闇への入口のかたわらで、エルスは運搬魔法マフレイトを解除する。二人の足が草むらに着くと同時に、五体のなきがらが森の中へと横たわる。


「中に置いてきちまうと〝不死人類アンデッド〟になッちまうからな。霧にかえしてやらねェと」


「うん。かわいそうだもんねぇ」


 エルスは物言わぬ冒険者たちを一人ずつ、あおけに寝かせてやる。彼らのからだにはいちように、炎による激しいあとのこされている。エルスは彼らの〝剣〟や〝ナイフ〟といったものを回収し、じっと静かに時を待った。


 やがて五人のからだは白く輝きながら、光となって〝霧〟の中へと溶けてゆく。



「じゃあな……。ダブレイの仲間たち。――神の霧と共にあらんことを」


 エルスは目をじながら、簡易的な祈りを捧げる。これは彼の父が亡くなった日に、大人たちが唱えていたた言葉を覚えたものだ。


 続いてエルスは〝五本の武器〟を、遺体のあった地面へと突き立てた。


「〝はか〟はでいいか。見よう見まねなんで、合ってる自信はねェけどな」


「大丈夫じゃないかな? エルスの気持ちは伝わっただろうし」


 すべての人類は生命が尽きたあと、白き〝霧〟へと還ってゆく。その際、死者とゆかりのある者が、故人の想いのこもった品を〝墓〟として保管するのが一般的なとむらいの方法なのだが、冒険者たちの間では〝こうした形式〟をられることも多い。



「んじゃ、俺らも教会に向かうとすっか」


「そうだね。ティアナちゃんたち、無事に戻れたかなぁ」


 冒険者たちの〝見送り〟を終え、二人はエルスの魔法で森の中を駆け抜ける。周囲の〝霧〟が運搬魔法マフレイトの効果を補助してくれていることもあり、二人は往路とは比較にならないほどの短時間で王都へ帰還することができた。


             *


 エルスとアリサは、続いて徒歩で教会へと向かう。この教会の歴史は古く、はるかそうせいの頃より、変わらず王都を見守り続けている。


「教会に行くのも久しぶりだねぇ。ちょっと楽しみかも」


「俺はあんまし、いい思い出はェけどな……」


 幼少時のエルスは〝光魔法〟を教わるべく、アリサと一緒に教会での〝儀式〟を受けた。しかし〝人類ならば誰でも扱えるはずの光魔法〟を、あろうことかエルスは発動することができなかったのだ。


「あン時のジジイの目ときたら……。俺をバケモンみてェに見やがってさ。かなりのジイさんだったし、別の使に代わってくれてりゃ良いんだけどなぁ」


「ここのしん使さん、おじいさんだっけ? どんな人だったか覚えてないや」


 苦い思い出の話をしながらも、二人は霧に包まれる王都を進み、街外れの教会へと到着した。広い敷地内には〝孤児院〟がへいせつされており、こちらもそうせいの頃から変わらず運営されている。



 アリサが教会の扉を開き、二人は並んで中へと入る。質素な礼拝堂内ではエプロンドレス姿のアルティアナと、法衣をまとった中年の男性が話をしているようだ。


「あっ、二人とも! よかったぁ……」


 二人に気づいたアルティアナは小走りに駆け、エルスとアリサの手を交互に握る。


「ただいま、ティアナちゃん。どうだった? お昼に間に合った?」


「うん! エルスの魔法のおかげで、なんとか! 本当にありがとね」


「いやはや……。まさか扉を突き破ってこられるとは思いもしませんでした。幸い、この〝霧〟のおかげでにはなりましたが……」


 中年の聖職者は苦笑いを浮かべ、ゆっくりと三人の元へと近づいてゆく。そして伸ばした両手の指を組み合わせ、祈りのポーズを作ってみせた。



「ようこそ、教会へ。私はしん使のマルクトと申します」


「ああッ……。冒険者のエルスッで……、ござッ……。言いまッス……」


「はじめまして、しん使さま。冒険者のアリサと申しますっ」


 エルスは相変わらず、アリサは慣れた様子であいさつをする。そんな二人へ優しげに微笑んだあと、マルクトは真剣な表情で姿勢を正した。


「ティアナさまより、詳細を拝聴いたしました。エルスさん、アリサさん。あなた方が〝我が子ら〟を救ってくださったのだとか……」


「うーん……。俺らが着いた時には、ほとんど終わってたッていうか――」


「……エルスっ!……」


 アリサはエルスをひじでつつき、小声で彼を制止する。しかし、そのやり取りの意味を察したマルクトが、先にの話題に触れた。



「ああ、お気をつかわせてしまいましたね。――手を下したのはナディアでしょう?」


「いやぁ、なんていうか……。すげェな、あいつの


「ナディアは〝砂漠エルフ〟の一族ですからね。やはり、は争えぬのでしょう」


 マルクトは悲しげにまゆを下げたながら、どこか悲しげに目をじる。


 街の外などといった、いわゆる〝けいそう〟においての戦闘行為は自己責任。いかなる結果になろうと命の保障はされず、人をあやめても罪に問われることはない。


 こうした係争地を移動する際には、自らの安全は自分自身で守る必要があるために、護衛や用心棒といった〝ようへい〟を専門とする冒険者の需要も高い。



「まぁ……。元々はダブレイたちが〝人さらい〟をやってたせいでもあるし。あいつらは異界迷宮ダンジョンから出して、ちゃんととむらってきたからさッ!」


「おお、そうですか……。神に代わって感謝を。ありがとうございます」


 マルクトは丁寧に頭を下げたあと、さいだんの方へと向き直る。そちらには、光をモチーフとした〝神〟のシンボルと共に、幼い少女の石像がまつられている。


「将来は〝聖女〟になりたい――。がナディアの夢なのです。いつか彼女にも、こちらの〝ミチア様〟のような慈愛の心が芽生えてくれると良いのですが」


「ミチア様?」


「ええ。我が教会に伝わる〝伝説〟のひとつです。お聞きになりますか?」


 マルクトの言葉に、エルスとアリサは思わず顔を見合わせる。しかしながら、彼の話したがっている様子を察し、しぶしぶながらエルスがうなずく。



「ははっ。お時間は取らせませんよ。はるか昔、そうせいのことです。一人の若者が孤児の少女を連れ、この教会を訪れました――」


 伝説の内容は単純明快で、若者に連れられたきた〝少女〟が神に一生を捧げ、のちに聖女の称号を得るというの話だった。


「うーん。伝説ッてわりには……。なーんか普通ッていうか……」


「エルス、失礼だよ? でも、この石像。あんまりじゃないっていうか、普通の女の子みたいな感じかも?」


「それ、おまえだッて失礼だと思うぞ……」


 二人の率直な指摘を受け、マルクトが声を出して笑う。彼の話を聞いている間に、どこかへ去ってしまったのか、気づくと周囲にアルティアナの姿は無い。


「ええ、そのとおり。このお姿は、まだ孤児だったぶん――。神のぢからによる〝復活の奇跡〟がけんげんされた直後を表しております」


「へッ? 復活?」


 思いもよらぬ単語を耳にしたエルスが、前のめりに聞き返す。


「そうです。ミチア様は、当時の〝自由都市ランベルトス〟にてぼうによるきょうじんに倒れ――。その後〝復活〟されました」


「人が……、生き返った……?」


 わかりやすくきょうがくの表情を浮かべるエルスをり、マルクトが満足そうに頷いてみせる。よく石像を観察すると、着衣の部分には裂傷のあとが彫り込まれている。


「復活されたミチア様は、しょうがいを神へ捧げました。――とはいえ彼女も少女の頃は、〝アインス〟という若者をしたっていたそうですが」


「アッ、アインスだって!?」


 思わず大声をあげたエルスに驚き、マルクトが目を丸くする。


「ああ……。申し訳ねェ。――ほら、絵本とかでよく見る名前だったからさ」


「なるほど。確かに、有名な絵本の登場人物とではありますね」



 またしても登場した、アインスなる者の名前。


 その後もマルクトとの会話は続き、取り留めのないやりとりが続いたが――。

 今のエルスの耳には、なに一つとして届かなかった。

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