第11話 魔術の申し子

 迷宮ダンジョンさいおうにある大広間。その内部の様子を見たエルスは、思わず息を呑む。

 室内の右手奥には剣を構えた盗賊風の男、中央奥には縄で縛られた少年とナイフを手にした男。やや手前の左手側には男らとたいする幼い少女。そして、彼女の周囲に横たわる、四人の男――。

 それらの姿が、ゆらめくたいまつの炎によって照らし出されていた。


 「このクソガキ……ふざけやがって!」

 「ナディア!――もういいよ! やりすぎだ!」

 少女に対し、悲鳴のように訴える少年。そんな彼の首に、男がナイフを突きつける。

 「――おい、クソガキ! こいつをられたくなきゃ、降参しろ! それとも、罠のじきになりてぇのか?」

 「ハァ……情けないわねっ。ミケルを放ちなさい。大人が『クソガキ』相手に人質なんて、恥ずかちくないの?」

 少女ナディアは『お手上げ』のジェスチャをし、小さくかぶりを振る。

 炎のせいか肌は赤みがかって見え、耳は長く尖っている。肩のあたりで切りそろえられた髪の色は、黒い。

 「チッ……ガキでもごうまんなエルフ様か――仕方ねぇ、応援を呼べ!」

 「せっかく希少品レアものが飛び込んできたってのに……」

 剣の男に従い、ナイフの男が冒険バッグからレンガサイズの機械を取り出す。それを自身の顔に近づけようとした時、ナディアが呪文を解放した!

 「――フォルスっ!」

 炎の精霊魔法・フォルスが発動し、ナディアの周囲に複数の火の球が出現する!――火球は蛇のように連なり、男の腕に絡みついた!

 「んなッ!? ぐわあああ――ッ! つあッ……ぇえェ――!」

 男は機械を取り落とし、炎の蛇を振り払うように腕を振る! ナディアが床を指さすと、炎はへ向かって進路を変えた!

 「みっともないわねっ。教会でざんなさい。しん使さまなら治ちてくれるわ」

 視線を床に落としたまま、ナディアが軽蔑するように言う。機械は燃焼を続け、断続的に炸裂音や火花を放っている。


 「クソッ……クソが!――任務なんか関係ねぇ! このガキだけでもブッ殺してやる!」

 炭化した腕を押さえ、泣きながら自暴自棄に陥った男。彼は落ちたナイフを拾い、ミケルへ向かって振り上げる!

 「……愚かね。――めよ」

 ナディアの声に従い、機械の中から再び炎の蛇が生じる!――炎は一直線に男へ向かい、彼の首を絞めあげた!

 「ガゴッ――!?」

 呼吸を完全に封じられ、男はナイフを取り落とす。彼は仰向けに倒れ、すでに微動だにしない……。

 男の命を奪い、ようやく炎もくうへと消え去った――。



 「なんだ……? あの子供、何者なんだ……?」

 「うーん。わたしたち、出番なさそうかも?」

 息を殺し、ただ広間の様子を眺めていたエルスとアリサ。

 ――この異様な状況に、二人は飛びだすことができない。

 「さっきの魔法は……。フォルスなのか?」

 「――そうよ。まさかは初めてなの? そこの冒険者さん」

 つぶやくような問いが聞こえたのか、ナディアがこちらを振り返る。彼女の赤い瞳は、真っ直ぐにエルスをとらえている。

 「あッ、気づいてたのか……」

 「大きな魔力素マナを感じたから。魔術は簡単よ。こんなクソガキでも出来るもの」

 しかるべき契約を結び、呪文を詠唱さえすれば、誰でも魔法を扱うことはできる。

 魔力素マナと魔力――その流れと均衡を正しく理解し、魔法を操るすべを熟知しているか否か。これが、魔法使いと魔術士の決定的な差だ。


 「ミケルをたつけてあげて? 罠には気をつけてね」

 「――ああ、わりィ……。わかった!」

 幼さの残る発声に似合わず、ナディアは的確に指示を出す。床をよく見ると、奇妙な出っ張りやくぼみらしきものが散見される。

 エルスはそれらを避けながらミケル少年に近づき、彼の束縛を解いた。

 「あ……ありがとう、冒険者さん。ううっ……こんなことになるなんて……」

 「大丈夫だ、近くにティアナも来てる。すぐに帰れるぜ!」

 「ティアナ姉ちゃんが!? ああっ……神さま……!」

 知った名を聞き、安心したように涙を流すミケル。彼をアリサに任せ、エルスは剣の男とたいする。


 「チッ……ついてねぇ! 冒険者まで来やがるとは……」

 「あんたら、何やってんだ? 迷宮ダンジョン探索に来たとは思えねェしよ」

 エルスは周囲を確認する。よく見れば、木箱や酒樽によって作られた簡易的なテーブルや、金属製の見慣れない装置などが設置されている。

 「あの変人野郎め……! 何が『誰でも可能な任務』だ、チクショウ!」

 男はエルスの問いを無視し、右手で剣を構えなおす。左腕には、きつく包帯を巻いているようだ。

 「任務? どういう意味だ?――なぁ、俺は命を取るつもりはェ。話してくれよ」

 両手でジェスチャを交えつつ、男を説得するエルス。まだ、腰の剣は抜いていない。

 「……甘いわね」

 ――そんなエルスの隣で、ナディアは小さくつぶやいた。


 「エルスっ! みんな大丈夫っ!?」

 「ミケル! ナディア!」

 通路側から声が響き、アルティアナとベランツ少年が姿を見せる。二人は足元に転がる遺体を見て、ろうばいした様子をみせる。

 「こっ……これはいったい……!?」

 「――ティアナちゃん、とりあえずミケルくんを!」

 「あっ……。うんっ、ちょっと待ってねっ!」

 アルティアナはベランツを待機させ、広間に一歩踏み入る。そして床に手をつき、呪文を唱えた!

 「マトラプト――っ!」

 光魔法・マトラプトが発動し、手をついた地点にまばゆい光が生じる!――光は床や壁に沿って縦横無尽にそうし、広間に仕掛けられた罠を破壊した!

 「これで安心っ!――ミケル君、帰ろう!」

 アリサに連れられ、ミケル少年は広間から脱出する。緊張が解けたのか、彼はベランツ少年と抱き合い、二人して泣き始めてしまった。

 「ミケルー! 無事でよかったよー!」

 「ごめんベランツ! みんなごめん――っ!」

 「――さっ、二人とも。危ないから離れようね」

 アルティアナは二人の背中を優しくでる。彼女に少年らを預け、アリサもエルスの元へと走る。


 「もう……もう終わりだっ! チクショウ! チクショウ――!」

 「あんたも落ち着けッて……。何があったんだよ? なんで子供らを?」

 「このガキどもが勝手に入ってきたんだ! 最初はさらいに行く手間が省けて……ああっ! チクショウ!」

 男は元々、六人で活動していた冒険者の一団パーティだった。

 ――だが、何をやっても上手くいかず、喧嘩や仲間割れも増えてきた時期に、ある依頼を請け負ったらしい。

 「指示された場所で簡単な任務に就けば、一人につき金貨十枚だってな!――それがこの場所ダンジョン、そしてこのザマだ!」

 「その任務ッてのは?」

 「老若男女・種族関係なく、とにかく人をさらえってよ。依頼人はエラそうな野郎だったが、金払いは良かった。だからしたんだ……!」

 あぶらあせを浮かべ、男は包帯の巻かれた左腕を前へ出す。わずかに、包帯の下で何かが動いたように見えた――。

 「だがな。この腕を見た時に後悔した。そして悟ったよ! もう終わりだ、もうあとには引けねぇってな!」

 「その依頼人ッて――」

 「――知るかよ! 博士はかせだか何だかって呼ばれてたが、知ったことか!」

 男は左腕に剣を当て、薄汚れた包帯を切り開いた!

 ――その下から現れたに、一同はきょうがくの声をあげる!

 「……ひっ!?」

 「なッ……!? その腕はッ……!」

 「どうだ!? もう俺はじゃねぇ! もう戻れねぇんだよ!」

 悔しさと怒り――そして悲しみの入り混じった叫びと共に、男は漆黒に染まった左腕を突き出す!

 その腕には大小無数の目玉が開き、意志を持ったようにうごめいていた――!

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