第10話 好奇心を追いかけて

 迷宮探索者ダンジョンクエスター〝ティアナ〟こと――アルティリア王国の王女・アルティアナに連れられて、異界迷宮ダンジョンへと踏み入ったエルスたち。いっこうの目的は、孤児院から抜け出した子供たちの捜索だ。幼い彼らのこんせきを探すべく、三人が探索を開始する。


「ソルクス――っ!」


 まずはアリサが照明の光魔法・ソルクスを発動し、周囲の空間を照らす。


 ここの通路は人間族の大人が、五人は並べるほどの幅はあるようだ。また、森に開いた〝穴〟にもぐっただけにもかかわらず、非常に天井は高い。床や内壁は土や泥をしゅとしているが、所々にはこけむした〝石レンガ〟などの人工物も見受けられる。


「サンキュー、アリサ! こいつをりょくとうの代わりに……」


 エルスは宙に浮かんだ光球に短杖ワンドを近づけ、杖の先端に〝光〟を宿してみせた。



「わっ、手馴れてますね! では、お次は私の番です!」


 アルティアナは自身の冒険バッグから、両手ほどの大きさをした、長方形の〝魔導盤タブレット〟を取り出した。彼女はを手にしたままで、小さく呪文を唱える。


「マピクト――!」


 光魔法・マピクトが発動し、アルティアナの魔導盤タブレットからまばゆい光が放たれた。やがて光は〝線〟となって収束し、盤上の魔水晶クリスタルに周囲の地形をびょうした。


「おおッ、すげェ! 地図じゃねェか!」


「はい! 探索者クエスターの必須魔法です! とはいえ描かれているのは、術者わたしの魔力の及ぶ範囲だけですけど……」


 アルティアナは二人に対し、魔導盤タブレットの盤面を見せる。を彼女が指で触れると、あたかも本のページをめくるかのように、光の描画も変化するようだ。



「こうやって見てみると、までは一本道みてェだな」


 エルスは地図を指さしながら、即席の作戦を練る。子供は時として、予想外の行動をとる。三人で散開して探すよりも、しらみつぶしに調査をした方が賢明だろう。


「見落としちゃいけねェし、分かれ道で待機する奴と、探す奴に分かれようぜ」


「そうだね。ティアナちゃん、子供たちはなんにんいるの?」


「ええっと……。ミケル君、ベランツ君、あとはナディアちゃん。孤児院の子たちの話によると、この三人ですね」


 どうやら三人の児童は、アルティアナよりも先に〝宝〟を見つけるべく、秘密裏に計画を練っていたらしい。


「一応、装備やアイテムは準備したらしいんですけど……」


「準備ッて言っても、だと〝冒険バッグ〟も持てねェしな……」


 きんそくの付近という性質ゆえか、それとも生成後の経過時間ゆえか。幸い、周囲にしょうただよっておらず、魔物らしき気配もない。


「とにかく、急いだほうがよさそうだねぇ」


 アリサの意見に、二人はうなずく。子供たちにとって、きょうは魔物だけとは限らない。こうした異界迷宮ダンジョンには〝わな〟が仕掛けられていることが基本だ。


 また、肉食の動物が入り込む可能性もあれば、空腹やに見舞われたり、恐怖の感情などに屈してしまうこともある。危険を挙げればキリがないだろう。


             *


 三人は異界迷宮ダンジョンを進み、二手に分かれた通路へと到着した。アルティアナの地図によると、左手側が行き止まりになっているようだ。


「ここだな。アリサとティアナは待機で。明かりは持ってくけど、問題ねェよな?」


「はい、もちろん! ソルクス――!」


 アルティアナは照明魔法ソルクスを発動させ、冒険バッグからウサギの顔の飾りが付いたステッキを取り出した。続いて彼女は、空間に浮かぶ光を突き、それを杖へと定着させる。


「えへっ、真似しちゃいました!」


「いい感じだなッ! ンじゃ、行ってくるぜ! フレイト――ッ!」


 風の精霊魔法・フレイトが発動し、エルスを風の結界が包み込む。風をまとった彼は高速で飛行をはじめ、左手側の通路の奥へと消えていった。


             *


「ううっ……。私が、もっと考えて行動していれば……」


「きっと大丈夫だよ。ほら、顔を上げよっ?」


 アリサははげますように言い、うつむくアルティアナの背中をさする。目の前の彼女は〝同い年の女の子〟といった印象で、あまり〝王族〟らしい威厳は感じない。


「そうだね……。うん! ありがとう、アリサちゃん!」


「うんうん、その意気だよ。エルスもいるし、頑張って探そっ!」


 アルティアナはアリサに対し、はにかんだような笑顔を浮かべてみせる。それに応じるかのように、アリサも彼女に嬉しげな笑みを見せた。相性が良いのか同年代であるためか、彼女たちは早くも打ち解け合ったようだ。


 こうして二人はつかの雑談を交わしながら、エルスの帰還を待つことにした。


             *


「あっ、帰ってきたみたい」


 アリサの声でアルティアナが通路へ目をると、奥から〝光〟が近づいてくる様子が確認できる。見たところ、エルス一人だけであるようだ。


 エルスは二人と合流し、フレイトの魔法を解除する。


「だめだ、誰もいなかった。次に行こうぜ」


「はい! 急ぎましょう!」


 エルスらは地図を頼りに、さらに異界迷宮ダンジョンを進み、二つ、三つと、分岐路の奥をさぐってゆく。子供たちと面識のあるアルティアナは〝待機役〟にてっすることに決め、エルスとアリサが捜索を行なうことにしたようだ。



「うーん。大声で呼んだりしたほうがいいかなぁ?」


「いや、何がひそんでるかわからねェし、下手に動かれるとやっかいだ」


 エルスの言葉どおり、この異界迷宮ダンジョンには魔物とは別種の気配が漂っている。さらに子供が〝声〟に反応して動き回ることで、罠に掛かる危険性も考えられる。


「そっか。それじゃ、探してくるね」


「俺も行ってくる。ティアナのとこで集合なッ」


 異界迷宮ダンジョンだいに複雑さを増してゆく。エルスとアリサは通路の内部で二手に分かれ、分岐路の先をくまなく探す。


             *


 しばしの捜索を終えたあと、アルティアナの待つ地点へと戻った二人。すると、そこには一人の幼い少年がおり、おびえた表情で彼女にしがみついていた。


「ただいまッ! おッ、見つかったのか!?」


「はいっ! この子はベランツ君。やっぱり、三人でここまで来たそうです」


「ごめんなさい……。冒険者さんにも、ご迷惑をかけました……」


 ベランツ少年は震える声で謝罪を述べ、礼儀正しく頭を下げた。彼の姿に過去の自身を重ねたのか、エルスが反射的に身震いをする。



「そッ……、そんな気にすんなッて! 俺らが友達も見つけるからさッ!」


「はい……。ごめんなさい……。よろしくお願いします……」


「おうッ! 困ってる人を助けンのが、冒険者の役目だからなッ!」


 エルスはベランツの頭を軽くで、どうにか彼を勇気づける。改めて地図を確認すると、かなりの奥地へ入り込んでいたようだ。



 ベランツ少年を加えたいっこうは、しんちょうに探索を再開させる。奥へと進むにつれて分岐路の数は減り、やがて広い通路へと収束しはじめた。


「奥から怪しい声がして……。ぼくは帰ろうって言ったけど、ミケルは〝勇者〟になりたいって……。うう……。ナディアも〝聖女〟になるって言って聞かないし……」


 ベランツは涙声になりながら、途切れ途切れに事情を説明する。


 内容を要約すると、ベランツが奥から聞こえた〝声〟に恐怖を感じて帰還を提案するも、冒険心あふれる二人は彼を置き、先へと進んでしまったとのことだった。


「声って、どんな感じだったの?」


「ええっと……。男の人たちが下品に笑ってるような……。だから怖くて……」


「なッ!? これは、急いだ方がいいな」


 エルスの声に驚いたのか、ベランツが立ち止まり、その場でうずくまってしまう。


わりィ……。だッ、大丈夫だからッ! これでも俺らは強ェんだぜ? なッ!?」


「うん。わたしたち、先に行って見てくるね?」


 アリサは少年をなぐさめながら、アルティアナへと視線を向ける。すると彼女はしんみょうな顔を浮かべながら、ゆっくりと頷いた。


「二人とも、お願いします。どうか彼らを救ってあげてください」


「ああッ! 任せとけ! よし、行くぜアリサ!」


             *


 アルティアナに少年を任せ、エルスとアリサが通路を駆ける。


 ならず者となった冒険者か、それとも盗賊か――。いずれにせよ子供たちは、という脅威によって、危険にさらされている可能性が高い。


 エルスが足元へ注意を向けると、風化した石レンガや土の上に、食後の生ゴミやからになったさかびんなどが散乱しているのが見てとれた。


「ここに〝誰か〟が居るのは、間違いねェようだな……」


「やっぱり悪い人かなぁ?」


「わからねェ……。しとく必要はありそうだ」


 エルスは自らのせんりょを悔いるようにくちびるみしめる。


 異界迷宮ダンジョンの中に〝先客〟が入り込んでいる可能性も考慮しておくべきだった。時として、人は魔物よりも恐ろしい存在となりうるからだ。



 やがて、ゆるやかにカーブした通路の先に、ゆらめく炎によって照らされた〝広間〟があるのが確認できた。から流れる空気に乗り、わずかながらに子供の声や、いかるような男の声が、二人の耳にも入ってくる。


「そこに居るな……。アリサ、戦闘準備だ」


 彼女がしゅこうしたのを確認し、エルスは明かりのともった短杖ワンドを左手首の腕輪バングルへとう。そして彼らは両側の壁へと分かれ、足音を立てずに広間へと接近する――。



「このクソガキが! いい加減にあきらめやがれ!」


 どうやら広間内は、エルスがしたとおりの状況となっているようだ。とにかく子供の安全確保を優先すべく、二人は壁際から中の様子をうかがった。


「へッ……? なんだ……? どういうことだ……?」


 自身の視界に映った光景を理解できず、エルスが間の抜けたような声を出す。


 広間の中に居た者は、人質にされた幼い少年と、彼を人質にしている男。さらに剣を手にしたもう一人の男と、彼とたいする幼い少女――。


 そして、彼女の周囲に、数人の男たちの姿だった。

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