第9話 不思議な迷宮探索者

 二人の前に現れた、アルティアナと名乗る少女。

 彼女はスカートのすそを軽く持ち上げ、優雅なお辞儀をする。

 長い金髪は緩く波打ち、頭頂部にはウサギの耳を思わせる青いリボンが飾られていた。

 「えっと、アルティアナ――さん?」

 「んんッ?――不思議な迷宮ダンジョン? 探索者クエスター?」

 エルスはあごに指を当てながら、考える仕草をする。

 白と水色を基調としたエプロンドレス。膝上までの長さのある、よこじまの靴下。それらには守護の魔力が込められたしゅうが施されており、腰には儀礼用を思わせる美しい細身剣を携えている。

 ――目の前の少女の姿に、何か引っ掛かるものを感じるのだ。

 「不思議なっ、迷宮探索者ダンジョンクエスターですっ! 不思議なのはで……」

 アルティアナは慌てたように言い、二人を路地裏へと引っ張るように誘導する。やや尖った耳や身長などの特徴から、彼女はハーフエルフ族であると見受けられた。


 「あのっ、出来れば私の名前は黙っておいてくださると……。ウッカリ、本名を先に名乗っちゃって……」

 「へッ? まぁわりィ奴じゃなさそうだし、いいけどさ。なんて呼べばいいんだ?」

 「ではっ、『不思議なティアナちゃん』でお願いしますっ!」

 身体をくねらせながら独特のポーズを決め、アルティアナが言い放つ。そんな彼女だったが、明らかに困惑したエルスの顔を見るなり、即座に訂正をする――。

 「……やっぱり、普通にティアナでも大丈夫ですっ……」

 「ああ……。よ……よろしくな、ティアナ……」

 「ティアナちゃん、よろしくねっ」

 微妙な空気こそ流れたが――何はともあれ、互いの紹介を済ませた三人。

 緊急の用件ということで、依頼内容は現地へ向かいながら確認することに。いつも安請け合いをしてしまうのは、エルスの悪い癖だろう。



 「――で、こんな森に入って何すりゃいいんだ?」

 「魔物の気配とかも、ないみたいだねぇ」

 アルティアナに連れられ、街外れの森を進む三人。

 木々の隙間からは太陽ソル陽光ひかりが射し、どこか神秘的な雰囲気を感じさせる。アリサの言うとおり、魔物が現れる様子もない。

 「ここはきんそく・精霊の森の近くなので!――えっと、この先に小さな迷宮ダンジョンがあるんですけど……」

 「こんなトコにそんなモン、あったッけ? 新しく出てきたのか?」

 エルスは周囲を観察しながら、森の中を進む。幼少期をで過ごした彼であるが、そんな話は聞いたことがなかった。

 「はいっ! 私が見つけました!――で、それをウッカリ……子供たちに話しちゃって……」

 「えっ? まさかそれって」

 驚いたように口元を押さえるアリサに、アルティアナは慌てて注釈をつける。

 「――ちっ、違いますよっ!? 私の子供じゃなくて、孤児院の子たちで……。まだ相手も居ないし……」

 「いや、そっちじゃなくて! まさか、が入り込んじまったのか!?」

 エルスの指摘に、アルティアナは面目なさげにうなずく。

 「はい……。今度、『お宝を見つけてくる』って話をしたんですけど……。昨日、元気な子たちが抜け出したみたいで……」

 「なんてこった……。俺だってガキの頃に聞いてりゃ、無茶してたかもしれねェな……」


 ――この退屈な王都で、新たな迷宮ダンジョンが見つかった。

 そんな情報を、好奇心旺盛な子供が知れば――とるべき行動は一つだろう。


 「今朝、教会へうかがったときにしん使さまから聞かされて……。それで、慌てて冒険者さんを探しに……」

 アルティアナはうつむきながら言い――直後、顔を上げて瞳を輝かせる。

 「――ああっ本当に、エルスたちが居てくれてよかったぁ……!」

 「でも、兵士の人たちの方が早いんじゃ?」

 「それは……えっと……。もし、私がお昼までに戻らなかったらしん使さまが兵たちにしらせてくださると……。私のためにお気を遣わせてしまって……」

 「んんッ? なんか、さっきから引っ掛かってるんだよな……」

 さきほどから、アルティアナは何かを誤魔化している様子だ。

 可憐で奇抜な衣装ながら、どこか育ちの良さを感じさせる振る舞い。

 妙にかんのある二つ名。

 そして、アルティアナという本名――

 ――だが、エルスが答えに行き着く前に、アリサが正解を言い当てる。

 「もしかして、ティアナちゃんって王女様なんじゃ?」

 政治に関する知識にはうといアリサであっても、母国の王族の名は知っている。特に、王女は自身と同じ十六歳ということもあり、記憶にも残っていた。

 「うっ……!? やっぱり私が創った不思議なんて、すぐに看破されちゃいますかっ!?」

 「あー、そうなのか……。なんか、雰囲気が仲間に似てンだよなぁ……」

 エルスは、ミーファのことを思い浮かべる。

 ――この世界の姫君は国や種族を問わず、世を忍びたがるらしい。


 「ううっ……。私の不注意によって、国民に危機を……。大罪を犯した私は裁きを受け、国外へ追放され……」

 「まッ……まぁ……。ガキ――じゃなくて、子供ってそういうモンでありますから……」

 「はい。どうかお顔をお上げください、王女様っ」

 責任感が強いのか、感情の起伏が激しいのか。泣き崩れるように立ち止まったアルティアナを、エルスらは必死に励ます。

 「ほらッ、まずは子供たちを見つけ――お探しませんとさ……。我ら冒険者も、ご協力は惜しみませぬので……」

 「そうです……よね……。どうか、お願いしますっ!――あと、できれば普通に話して欲しいかなって……」

 「えッ? ああ、じゃあそうさせてもらうぜ!」

 エルスは大きく息を吐き、空を見上げる。木漏れ日は朝の陽光ひかりを示しているが、昼の訪れは遠くないだろう――。



 さらに歩みを進めると、やがて前方に小さな丘が現れた。

 ――そのふもとには、地下へと続く穴も確認できる。

 穴の入口は大人が屈まなければ入れないほどだが、薄明かりにのぞく内部は、思いのほか広い。

 「これが、その迷宮ダンジョンなのか?」

 「はいっ。下見した時には魔物もいなかったんですけど、思ったよりも広くて……」

 「わたしたち、迷宮ダンジョン攻略は初めてだけど。大丈夫かなぁ?」


 ――迷宮ダンジョンは通常の洞窟とは異なり、定期的に内部の形状が変化するという特徴を有する。これらがなる仕組みであるのかは、未だに解明されていない。

 また、突如として世界各地に、新たな迷宮ダンジョンへの入口が出現することもある。内部には魔物が巣食うほか、『宝の入った箱』や『罠』の類が設置されており、これらの発見や攻略をなりわいとする冒険者も多く存在している――。


 「確かに不思議だよなぁ、迷宮ダンジョンッて。でも、行くしかねェ!」

 「はいっ! 私も探索者クエスターとして、尽力しますっ!」

 「それじゃ、道案内はティアナちゃんに任せて――わたしたちは戦いの方を頑張ろっか」

 アリサの言葉に、エルスとアルティアナも頷く。

 そして三人は気合いを入れ、迷宮ダンジョンへと踏み入った――。

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