第9話 不思議な迷宮探索者

 二人の前に現れた、アルティアナと名乗る少女。彼女の長い金髪はゆるく波打っており、頭頂部には〝ウサギの耳〟を思わせる、大きな青いリボンが飾られている。


 そんなアルティアナはスカートのすそを軽く持ち上げ、軽くをしてみせた。


「うーん? アルティアナ――さん?」


「んんッ? 不思議なダンジョン? クエスター?」


 アリサとエルスは疑問符を浮かべながら、〝考える〟ようなジェスチャをする。


 白と水色を基調としたエプロンドレスに、ひざうえまでの長さのある、よこじまの入った靴下。それらにはれなく守護の魔力が込められたしゅうがされており、腰には儀礼用を思わせる、美しい細身剣をたずさえている。


「不思議な〝迷宮探索者ダンジョンクエスター〟です! えっと、不思議なのは〝私〟の方で……」


 アルティアナはあわてたように説明し、二人を路地裏へと強引に誘導する。ややとがった耳や身長などの特徴から、彼女は〝ハーフエルフ族〟であると見てとれた。



「すっ、すみません! あの、できれば〝私の名前〟は黙っておいていただけると……。ウッカリ〝本名〟を先に名乗っちゃって……」


「へッ? まぁわりィ奴じゃなさそうだし、いいけどさ。なんて呼べばいいんだ?」


「そうですね……。では〝不思議なティアナちゃん〟でお願いします!」


 全身をくねらせながら独特のポーズを決め、アルティアナが言い放つ。そんな彼女であったが、明らかに困惑した様子のエルスを見るや、即座に別の提案をする。


「やっぱり……、普通の〝ティアナ〟でも大丈夫です……」


「そ、そうだな……。いいと思うぜ。よろしくな、ティアナ!」


「ティアナちゃん、よろしくねっ」


 微妙な空気こそ流れたが、何はともあれ自己紹介を済ませた三人。


 アルティアナいわく、どうにも『急を要する用件』とのことで、詳しい依頼内容は現地へ向かいながらの確認ということになった。こうしていつも〝やすい〟をしてしまうのは、エルスの悪いくせであるともえる。



             *



「それで、こんな〝森〟に入って、俺らは何をすりゃいいんだ?」


「魔物の気配とかも無いみたいだねぇ」


 アルティアナに連れられながら、街外れの森の中を進む三人。木々の隙間からは太陽ソル陽光ひかりが射しており、どこか神秘的な雰囲気を感じさせる。アリサの言うとおり、周囲からは魔物が現れるような気配も感じない。


「ここはきんそくである〝精霊の森〟の近くなので! えっと、この先に小さな〝異界迷宮ダンジョン〟があるんですけど……」


「んー? こんなトコにそんなモン、あったッけ? 新しくのか?」


 エルスは周囲を観察しながら、森の中を進む。幼少期をで過ごした彼ではあるが、これまでに異界迷宮ダンジョンがあるとの話は聞いたことがなかったのだ。



「はい! 少し前に、このティアナが見つけました!――それで、そのことをウッカリと……。その……、にも話しちゃって……」


「えっ? まさかそれって――」


 驚いたように口元を押さえるアリサに対し、アルティアナがちゅうしゃくをつける。


「ちっ、違いますよっ!? 私が産んだ子供じゃなくて、孤児院の子たちで……。だって私には、まだ〝相手〟もいないし……」


「いや、そっちじゃなくて! まさか、そのが入り込んじまったのか!?」


 エルスからの指摘に対し、アルティアナがめんぼくなさげにしゅこうする。


「はい……。今度、『お宝を見つけてくる』って話をしたんですけど……。昨日、元気な子たちが抜け出したみたいで……」


「無理もねェ……。俺もガキの頃に聞きゃ、そうやって無茶したかもな……」


 この退屈な王都の近くで、新たな異界迷宮ダンジョンが見つかった。そんな情報をこうしんおうせいな子供たちが知ったとなれば、とるべき行動は〝ひとつ〟だろう。



「今朝、教会へうかがったときに、しん使さまから子供たちのことを聞かされて……。それで、急いで冒険者さんを探しに……」


 アルティアナはうつむき加減に言ったあと、顔を上げて青い瞳を輝かせた。


「ああっ、神さま! 本当に、あそこにエルスたちがいてくれてよかったぁ……!」


「でも、そういうことなら〝兵士〟の人たちの方が早いんじゃ?」


 アリサからの疑問を受け、アルティアナが〝ギクリ〟と全身をこわらせる。


「それは……、えっと……。もし私がお昼までに戻らなかったら、しん使さまが兵たちにしらせてくださると……。大変お気を遣わせてしまって……」


「んんッ? なーんか、さっきから引っ掛かってるんだよな……」


 さきほどからアルティアナは、明らかに〝なにか〟をしている。


 れんばつよそおいながら、どこか育ちの良さを感じさせる振る舞い。妙にかんのある。そして〝アルティアナ〟という本名――。



「もしかして、ティアナちゃんって〝王女さま〟なんじゃ?」


 政治に関する知識にうといアリサであっても、自国の王族の名くらいは知っている。特に〝第一王女〟は自身と同じ歳ということもあり、記憶にも残っていた。


「うっ!? やっぱり私の不思議なんて、すぐにかんされちゃいますか……」


「あー、そうなのか……。なんか雰囲気が〝仲間〟に似てたンだよなぁ……」


 エルスは、ミーファのことを思い浮かべる。

 この世界の〝王女〟は国や種族を問わず、世を忍びたがるものらしい。


「ううっ……。第一王女たる私の不注意によって、愛すべき国民を危機に……。大罪を犯した私は裁きを受け、国外へ追放されて、最後はれいになって男の人に……」


「まぁ……。ガキ――じゃなくて、子供ッてそういうモンでありますから……」


「はい。どうかお顔をお上げください、王女様っ」


 責任感が強いのか、感情の起伏が激しいのか。くずれるように立ち止まったアルティアナを、エルスとアリサが必死にはげます。


「とッ、とにかくですぞッ! まずは子供たちを見つけ――お探しませぬと……! 我らファスティ――じゃねェ。冒険者どもも、ご協力は惜しみませぬので……!」


 カダンの口調を真似ているのか、エルスの口からは妙な言葉が飛び出している。


「そう……、ですよね……。どうか、お願いします! あと、二人とも……。できれば、これからも〝普通〟に話してほしいなって……」


「えッ?――ああ、じゃあそうさせてもらうぜ!」


 エルスはあんしたように息を吐き、続いて空を見上げる。太陽ソルは朝の陽光ひかりを示しているが、昼までの時間は、あまり多くは残されていない。



             *



 清涼感のある森の中、三人が歩みを進めてゆくと、やがて前方に小さな丘が現れた。そのふもとには、地下へと続く〝穴〟があるのも確認できる。


 穴の入口は大人がかがまなければ入れないほどだが、そこからのぞき見える様子から察するに、内部はおもいのほかに広いようだ。


「これが、その異界迷宮ダンジョンなのか?」


「はい。下見した時には魔物もいなかったんですけど、思ったよりも広くて……」


「わたしたち、こういうのの攻略は初めてだけど。大丈夫かなぁ?」


 異界迷宮ダンジョンは通常の〝洞窟〟などとは異なり、定期的に〝内部の形状が変化する〟という特徴を有している。しかしながら、これらがなる仕組みであるのかといったことは、いまだに解明されていない。


 また、とつじょとして世界各地に、新たな異界迷宮ダンジョンへの入口が出現することもある。多くの場合、内部には魔物が巣食うほか、〝宝の入った箱〟や〝わな〟のたぐいも設置されており、これらの発見や攻略をなりわいとする、専門の冒険者も数多く存在する。



「確かに不思議だよなぁ、異界迷宮ダンジョンッて。でも、行くしかねェ!」


「はい! 私も探索者クエスターとしてじんりょくします!」


「それじゃ道案内はティアナちゃんに任せて、わたしたちは戦うのを頑張ろっか」


 アリサの言葉に、エルスとアルティアナも同意する。そして三人は気合いを入れ、未知なる異界迷宮ダンジョンの中へと踏み入った。

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