第8話 平穏を劈くもの

 翌朝、窓から射す太陽ソル陽光ひかりで目覚めたエルス。ベッドの上で半身を起こし、彼は大きくをする。


 すぐ隣では、まだアリサが寝息を立てている。彼女がエルスのベッドで寝ていることも含め、いつも通りの日常だ。


「そういや、ここ最近は突き落とされてねェんだよな……」


 アリサの頭をそっとで、エルスはベッドから降りる。床に投げ散らかしていたマントはていねいに折りたたまれており、剣と共にテーブルの上に置かれていた。


 それらの装備を身に着けて、エルスは先に階下へと向かう。



「ジイちゃん、おはよ――」


 階段を下りきったエルスは朝のあいさつをする。


 その瞬間、耳をつんざくような金属音が響き、彼は思わず両耳を押さえる。さらには聞き慣れない重低音が断続的に鳴り続け、寝起きの頭をようしゃなく責めたてる。


「んなッ……!? なんだよッ!? 何の音だッ!?」


「おお、エルス。起こしたか? ちと、手が離せんでの。めしは適当に食うてくれ」


「ご主人様、おはようなのだー!」


 一瞬だけ音がみ、かろうじてラシードとミーファの声が聞き取れた。そして再び響く、耳障りな大騒音。どうやら二人が〝この音〟の主らしい。


 エルスは耳を押さえながら、音の発生源へと近づいてゆく。


 普段は〝物置〟として使用していた部屋。そこにあったはずの家具や荷物が、一時的にろうに積まれている。それらを避けながら進み、彼は部屋をのぞんだ。


「二人とも、朝っぱらから何やってんだ?」


「もちろん、ドミナに頼まれた〝転送装置テレポータ〟の設置なのだー!」


 ミーファは普段のメイド姿ではなく、作業用のツナギを着用し、頭にはゴーグルを着けている。彼女の足元にはアリサが背負ってきた厚革製のリュックサックが置かれ、中には特殊な形状の金属片が、大量に詰まっているのが確認できる。


「いやはや、まさか自宅で〝異界迷宮ダンジョンわな〟を組み立てる日がようとは。しかも〝転送装置これ〟の仕組みは、未だ解明されておらんというのに」


「悪の秘密基地から奪ってきたのだー! 正義のために生まれ変わるのだ!」


「ああ……。あの研究所ラボッてとこにあったガラクタか。それのせいで、俺はヒデェ目にったんだよな……」


 エルスはランベルトスでの激戦を思い返す。まんまと〝罠〟に掛けられた彼ではあったが、そのおかげで〝ある人物〟から強力な切り札を授かったことも事実だ。


「闇魔法か……」


「おはよ、エルス。これって、なんの音……?」


 寝ぼけまなここすりながら、遅れてやってきたアリサが問う。エルスは彼女に、簡単に状況を説明する。


「わたしの荷物って、が入ってたんだねぇ」


「だな。あんな鉄のかたまり、俺じゃ持ち上げられねェわけだぜ……」


「ほれ、二人とも。邪魔じゃ邪魔じゃ。あまり錬金術士の作業を見るでないぞ」


 入口に突っ立っていたエルスとアリサを追い出し、ラシードが静かに扉を閉める。そして再び部屋の中からは、巨大な騒音が響きはじめた。


 二人は耳を押さえながらその場を離れ、ぐに食卓へ向かう。


             *


「ああッ、うるっせェ……。ここまでガンガン響いてるぜ……」


「お姉ちゃん大丈夫かなぁ? どうせ二日酔いだろうし、これで起きちゃうんじゃ」


 エルスは食卓に着き、両耳たぶを引っ張りながら、なぜか大口を開けている。アリサは二人分のスープとパンの乗ったトレイを手に、彼の隣の席へ着いた。


リリィナあいつなら〝防音の障壁〟でも張れるだろ。いただきまーッス!」


「そっか。ファスティアでももんね。いただきまぁす」


 二人は両手を合わせ、朝食を取りはじめる。この〝アルティリアカブのスープ〟は、各家庭や店舗ごとに、味付けや製法が異なっていることが特徴だ。


 ドワーフ族は基本的に、酒やしつを好む傾向にあり、ラシードが調理したスープにも、こってりとした動物性のが使用されていた。朝食としてはだが、やはり二人には〝我が家の味〟が合うらしい。



「ふぅ、食った! ごちそうさんッ!」


「おじいちゃんたち、まだまだ掛かりそうだねぇ。どうしよっか?」


 食事を終えた二人は食器を片づけ、物置部屋の方をる。そちらからは相変わらず、作業の音が鳴り響いている。


「入るなッて言われたし、ちょっと出かけるか。これじゃ耳がブッ壊れちまう……」


「そうだね。魔物退治か、軽めの依頼があったらいいなぁ」


 二人は酒場へ向かうべく、家を出ることにする。自宅へ戻っても依頼しごとを気にするあたり、すでに〝冒険者〟としての自覚が根付いているようだ。


             *


 王都を懐かしげにながめながら、二人は朝の陽光ひかりが降り注ぐ広場にて立ち止まる。


 ここは芸術性を重視した敷石で彩られ、装飾のほどこされた金属製のベンチや、色とりどりの花壇が外周を囲んでいる。中央には数千年前より存在する巨大なふんすいちんしており、変わらずの存在感を放っていた。


「なんか、前よりも寂しくなっちゃったねぇ」


冒険者の街ファスティアとかに行ッちまったんだろ。最近は宿場町ツリアンにぎわってるみてェだしな」


 街並みは変化せずとも、人々の営みは移ろいゆく。以前は談笑や休憩を行なう者も多く居た広場だが、今日は二人以外の姿はない。



 エルスは広場の一角に立てられた、奇妙な石柱へと近づく。柱の頭頂部にはえんけいに荒削りされた魔水晶クリスタルが設置されており、ゆっくりと上下に浮遊している。


「これッて何だろな? ランベルトスにもあったけど」


「さあ? あそこに〝こんなの〟あったっけ?」


「ああ。ドミナさんの〝引越し〟を手伝ってる時に見かけたんだ。やっぱ、こういう広場みてェなトコに、ひっそりと立ってたんだよな」


 アリサは「そうなんだ」と声をらし、改めて石柱を見上げる。


 所々にはこんじきの金具がぞうがんされており、しんせいが刻まれているのが確認できる。魔水晶クリスタルの周囲にも金色をした大小二本のリングが浮かび、それらが交差するように、一定の回転を続けている。


「うーん。待ち合わせの目印とか?」


「夜でも目立つだろうけどさ。光ってるし。でも、誰も気にしてねェんだよなぁ」


「うん。わたしも、気にしなかったかも。――そろそろ行こっか」


 この世界に存在する〝常識〟の数々。そうせいの頃から存在している歴史ある街には、こうした用途や目的も不明な構造物オブジェクトが、当たり前のようにのこされていた。


             *


 広場を離れた二人は街路を進み、街の入口近くの酒場を目指す。


 どこも人通りはまばらであり、警備兵の姿も見かけない。エルスが旅立った頃に比べると、しん殿でんの駐在数も減少しているように感じられる。


「これでもか!……ッてくらい、平和だなぁ」


「うん。街の人は安心だけど、冒険者には退屈かも」


 このアルティリア王国の首都も、今や過疎化傾向にある。エルスたちが冒険者の街ファスティアを活動の起点とした理由も、だった。


 やがて二人は、黒いレンガで造られた三階建ての酒場へと到着し、両開きの重厚な扉を開いて中へと入る。



 酒場内はかんさんとしながらも、内装や備品の数々からは気品の高さが伝わってくる。カウンターでグラスを磨くバーテンはエルスらをいちべつしたのみで、すぐに手元へと視線を戻した。


 二人は真っ直ぐに壁際へと向かい、そこへ設置されている冒険者用の〝依頼掲示板クエストボード〟の依頼状を確認する。


「うへッ……。まさかの〝なんもなし〟かよ……」


「やっぱり王都は平和だねぇ」


 依頼状が貼られているはずの掲示板には何も無く、ただのりの跡や〝ピン〟だけが残されているのみだった。


 エルスは大きくためいきをつき、酒場から退店する。アリサもカウンターへ向かってしゃくをし、彼のあとに続いてゆく――。


             *


「あれっ? エルス、どうしたの?」


 酒場を出たアリサの視界に入ったのは、足元でをついたエルスの姿。そして、もう一人。見慣れない少女が立っていた。


「どうしたも何も……。こいつが急に走ってきてさ、て……」


「ごっ、ごめんなさい! 急いで冒険者の方に力を貸していただきたくて……!」


 少女は何度も前屈しながら、ペコペコと頭を下げ続けている。その度に、長い金髪にわえられたリボンが大きく前後に跳ねる。



「いや……。わかったからさ……。もう頭を上げてくれよ」


 エルスはなだめるように言い、彼女の両肩を押さえて謝罪の動作を停止させる。


「それより冒険者に依頼してェなら、俺たちがくぜ?」


「ええっ……! 本当ですか!? どうか、お願いします!」


 がっしりとエルスの両手をつかみ、少女はこんがんするように青い瞳をうるませる。よほどせっつまっていたのか、初対面にもかかわらず距離が近い。


「ちょッ、ちけェッ……。えっと、俺はエルス。こっちは仲間のアリサだ」


「あっ、私はアルティアナ――!」


 そう少女が名乗った直後、〝失敗した〟とばかりに小さく舌を出した。そして彼女は小さなせきばらいをし、もう一度自己紹介をやり直す。


「しっ、失礼しました! 私はアルティアナ。不思議な迷宮探索者ダンジョンクエスターです!」

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