第8話 平穏を劈くもの
翌朝、窓から射す
すぐ隣では、まだアリサが寝息を立てている。彼女がエルスのベッドで寝ていることも含め、いつも通りの日常だ。
「そういや、ここ最近は突き落とされてねェんだよな……」
アリサの頭をそっと
それらの装備を身に着けて、エルスは先に階下へと向かう。
「ジイちゃん、おはよ――」
階段を下りきったエルスは朝の
その瞬間、耳を
「んなッ……!? なんだよッ!? 何の音だッ!?」
「おお、エルス。起こしたか? ちと、手が離せんでの。
「ご主人様、おはようなのだー!」
一瞬だけ音が
エルスは耳を押さえながら、音の発生源へと近づいてゆく。
普段は〝物置〟として使用していた部屋。そこにあったはずの家具や荷物が、一時的に
「二人とも、朝っぱらから何やってんだ?」
「もちろん、ドミナに頼まれた〝
ミーファは普段のメイド姿ではなく、作業用のツナギを着用し、頭にはゴーグルを着けている。彼女の足元にはアリサが背負ってきた厚革製のリュックサックが置かれ、中には特殊な形状の金属片が、大量に詰まっているのが確認できる。
「いやはや、まさか自宅で〝
「悪の秘密基地から奪ってきたのだー! 正義のために生まれ変わるのだ!」
「ああ……。あの
エルスはランベルトスでの激戦を思い返す。まんまと〝罠〟に掛けられた彼ではあったが、そのおかげで〝ある人物〟から強力な切り札を授かったことも事実だ。
「闇魔法か……」
「おはよ、エルス。これって、なんの音……?」
寝ぼけ
「わたしの荷物って、
「だな。あんな鉄の
「ほれ、二人とも。邪魔じゃ邪魔じゃ。あまり錬金術士の作業を見るでないぞ」
入口に突っ立っていたエルスとアリサを追い出し、ラシードが静かに扉を閉める。そして再び部屋の中からは、巨大な騒音が響きはじめた。
二人は耳を押さえながらその場を離れ、
*
「ああッ、うるっせェ……。ここまでガンガン響いてるぜ……」
「お姉ちゃん大丈夫かなぁ? どうせ二日酔いだろうし、これで起きちゃうんじゃ」
エルスは食卓に着き、両耳たぶを引っ張りながら、なぜか大口を開けている。アリサは二人分のスープとパンの乗ったトレイを手に、彼の隣の席へ着いた。
「
「そっか。ファスティアでも
二人は両手を合わせ、朝食を取りはじめる。この〝アルティリアカブのスープ〟は、各家庭や店舗ごとに、味付けや製法が異なっていることが特徴だ。
ドワーフ族は基本的に、酒や
「ふぅ、食った! ごちそうさんッ!」
「おじいちゃんたち、まだまだ掛かりそうだねぇ。どうしよっか?」
食事を終えた二人は食器を片づけ、物置部屋の方を
「入るなッて言われたし、ちょっと出かけるか。これじゃ耳がブッ壊れちまう……」
「そうだね。魔物退治か、軽めの依頼があったらいいなぁ」
二人は酒場へ向かうべく、家を出ることにする。自宅へ戻っても
*
王都を懐かしげに
ここは芸術性を重視した敷石で彩られ、装飾の
「なんか、前よりも寂しくなっちゃったねぇ」
「
街並みは変化せずとも、人々の営みは移ろいゆく。以前は談笑や休憩を行なう者も多く居た広場だが、今日は二人以外の姿はない。
エルスは広場の一角に立てられた、奇妙な石柱へと近づく。柱の頭頂部には
「これッて何だろな? ランベルトスにもあったけど」
「さあ? あそこに〝こんなの〟あったっけ?」
「ああ。ドミナさんの〝引越し〟を手伝ってる時に見かけたんだ。やっぱ、こういう広場みてェな
アリサは「そうなんだ」と声を
所々には
「うーん。待ち合わせの目印とか?」
「夜でも目立つだろうけどさ。光ってるし。でも、誰も気にしてねェんだよなぁ」
「うん。わたしも、気にしなかったかも。――そろそろ行こっか」
この世界に存在する〝常識〟の数々。
*
広場を離れた二人は街路を進み、街の入口近くの酒場を目指す。
どこも人通りは
「これでもか!……ッてくらい、平和だなぁ」
「うん。街の人は安心だけど、冒険者には退屈かも」
このアルティリア王国の首都も、今や過疎化傾向にある。エルスたちが
やがて二人は、黒いレンガで造られた三階建ての酒場へと到着し、両開きの重厚な扉を開いて中へと入る。
酒場内は
二人は真っ直ぐに壁際へと向かい、そこへ設置されている冒険者用の〝
「うへッ……。まさかの〝なんもなし〟かよ……」
「やっぱり王都は平和だねぇ」
依頼状が貼られている
エルスは大きく
*
「あれっ? エルス、どうしたの?」
酒場を出たアリサの視界に入ったのは、足元で
「どうしたも何も……。こいつが急に走ってきてさ、
「ごっ、ごめんなさい! 急いで冒険者の方に力を貸していただきたくて……!」
少女は何度も前屈しながら、ペコペコと頭を下げ続けている。その度に、長い金髪に
「いや……。わかったからさ……。もう頭を上げてくれよ」
エルスは
「それより冒険者に依頼してェなら、俺たちが
「ええっ……! 本当ですか!? どうか、お願いします!」
がっしりとエルスの両手を
「ちょッ、
「あっ、私はアルティアナ――!」
そう少女が名乗った直後、〝失敗した〟とばかりに小さく舌を出した。そして彼女は小さな
「しっ、失礼しました! 私はアルティアナ。不思議な
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