第7話 受け継がれし力
女は、誕生したばかりの赤子を抱いている。
『
『良いでしょう。それでは、新たな命となるべき名を』
『あっ、はい! えーっと――それじゃ、この候補の一番上から――』
『――もう、あなた! この子が生まれる、大事な日なのよ?』
女は男を制し、
『クリオ?――うん、オッケー! その子は「クリオ」に決定!』
三人の様子を観察していた銀髪の少女が、指を立てながら宣言する。
――その瞬間、周囲の空間の照度が増す。
『おおっ! やったか!?』
『命名は神へ届けられました。新たに誕生した命・クリオに祝福を』
『ああ……神さま!
夫婦は深く
――新たなる器に名を授ける。これは命名の儀式。
名は
この場には、銀髪の少女だけが残される。
さきほどの三人に、少女の存在は認識されていない。
『――ねぇ、
『おおっと――僕のことが、見えているのかい?』
『うん! 私、精霊女王だもん!』
少女は両手を広げ、羽ばたくような動作をする。
『あはは、確かに。でも、よくわかったね?』
『知ってるの! たぶん、ミルセリアの思い出!』
少女は
『そうか。それじゃ君は、彼女の半身――』
『――私、リスティリア! よろしくね、ミストリアさま!』
少女は宙へ手を伸ばし、何かを
――世界に新たな光が射した。
この日、まだ世界は
「――母さんが精霊族で女王? それじゃ、俺は……」
「もちろん、あなたにも受け継がれているわ。精霊を統べる者としての、力がね」
エルスはペンダントに刻まれた『リスティリア』という名を、何度も読み返す。リリィナは
「でもさ――なんていうか……。俺ッて、そんなに強くねェぞ?」
「うん。体力とか無いもんねぇ。
「ミーやアリサの方が、力持ちなのだー!」
リリィナの言葉を聞いても、自らの力に実感のわかないエルス。彼の自己評価に、アリサとミーファも即座に同意した。
「二人とも……。そこまでハッキリ言われると……」
「確かに、まだエルスの力は未熟ね。でも、三人の精霊族のうち――ひとりは現実界を、もうひとりは精霊界を統べている。そしてあなたにも、同等の力がある」
「話がデカすぎて、余計に実感がねェんだよなぁ」
「まったく……。仕方ないわね」
小さく
「もう一つ――知る必要があるわ、エルス。十三年前の事件のことよ」
「十三年……前……」
――魔王メルギアスの襲撃に遭ったエルスが、勇者ロイマンによって救われた。
エルスにとって『十三年前』とは、この出来事を指す――
「あの時、メルギアスを討ったのはあなたよ。無意識に精霊化したあなたは、本能だけで戦い――たったひとりで魔王を倒した」
「やっぱり、そうなのか……」
「あら、驚くと思っていたのだけれど。気づいていたの?」
エルスは焼け焦げたウサギ型のペンダントをひっくり返す。そして、眼の部分の
「なんとなく……な。
「ええ、その通り。ロイマンが、暴走したあなたを止めなかったら――さらなる惨事が起こっていたかもしれないわ」
「ああ。ロイマンには本当に感謝してるよ。俺の冒険者としての、目標でもあるしな」
エルスは彼のような強さを身につけるべく――苦手な剣を握り、弱々しかった口調も改めていた。
「……まぁ私は、小さい頃のエルスの方が好きだったけれど……」
反射的に
「――とっ……とにかくっ……! あなたの力は強大なの。今後は、しっかりと自覚を持ちなさいっ」
「なんか、いまのお姉ちゃん――ちょっとかわいいかも」
「おー! まさに『ショタコン』なのだー! 書庫の本で見たことあるのだー!」
少女らの言葉にリリィナは盛大に
「それじゃあ、わたしたちの『魔王退治』は終わってたんだねぇ」
「ええ。あの『魔王メルギアス』は、エルスが倒した。それは確かなことよ」
リリィナは姿勢を正し、アリサとエルスを交互に
「なぁ、リリィナ。魔王リーランドって知ってるか?」
「もちろん。でも、存在していたのは
「夢に出てきた奴が言ってたんだ。メルギアスや俺の名前と一緒に――リーランド、アインスってさ」
「……なんですって?」
リリィナは血相を変えて立ち上がり、エルスの顔へ自身の顔を寄せる!――そして、彼の前髪をかき上げ、額を
「ちょッ――いきなりなんだよッ!」
「まだ
「いや――そういえば、最近は見てねェような……」
「そう……」
「……エルス。あなたには『魔王の
「へッ!――だと思ったぜ」
沈痛な面持ちのリリィナとは裏腹に、エルスはどこか安心したように
「……それって、エルスの中に魔王が居るってこと?」
「厳密には違うのだけれど――解りやすく言うと……そういうことね」
「――なら、引きずり出してでも倒してやるぜッ!」
「そっか。その方法を探すために、ガルマニアに行きたかったとか?」
エルスは大きく頷く。これまでは確信が無かったが、リリィナのおかげでそれも得た。あとは、戦う手段を探すのみだ。
「ガルマニアは原初の魔王・リーランドが誕生した地。確かに、何かが得られる可能性は高いわね……」
「あっ、お姉ちゃんも手伝ってくれる?」
「ええ、もちろん――でも、一緒には行けないわね。私は
「そっか。お姉ちゃんも忙しいもんね」
リリィナは小さく頷き、エルスに向き直る。
「――エルス、心を強く持ちなさい。くれぐれも、感情に身を任せては駄目よ?」
「ああ、わかってるよ。もう、身に
「そう。冒険者になって、しっかりと成長したのね」
目を細め、リリィナは優しげに微笑む。
それはまさに、エルスが幼き頃に見た『優しいお姉ちゃん』の顔だった――。
――気づけば夜も
リリィナとラシードは、久方ぶりに飲み明かすらしい。
いつの間にかミーファはテーブルに突っ伏し、眠りに入っていた。
エルスはミーファを抱え、アリサと共に二階へ上がる――。
「それじゃ、ミーファを頼むぜ。俺は横になってるからさ」
「うん。疲れただろうし、先に寝ていいよ」
ミーファを託されたアリサは来客用の寝室へ向かい、エルスは自室へ戻る。
部屋には光源が無く、窓から
「アリサがいねェと、明かりも点けられねェや。まぁいいか」
剣とマントを乱雑に放り投げ、エルスはベッドに飛び込む。見慣れた天井を眺めていると、すぐに眠気が襲ってきた。
「魔王……。どこに居ようと、誰になろうと――絶対に、滅ぼしてやるぜ……」
エルスは新たなる誓いを胸に刻み、目を
そして、ゆっくりと闇の中へと堕ちていった――。
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