第7話 受け継がれし力

 そうごんなる神殿を、一組の男女が訪れた。

 その女は、誕生したばかりの赤子を抱いている。


しん使さま。よろしくお願いします』


『良いでしょう。それでは、新たな命となるべき名を』


 女はしん使へ〝新たな名〟となる言葉を告げる。

 しん使は聖なる祭具をかかげ、その言葉をおごそかに唱える。


『クリオ? うん、オッケー! その子は〝クリオ〟に決定!』


 一組の夫婦と聖職者――三人の様子を見ていた銀髪の幼い少女が、指を立てながら宣言する。その瞬間、あたかも奇跡が起こったかのように、神殿内の照度が増した。


『命名は神へ届けられました。新たに誕生した命〝クリオ〟に祝福を』


 少女の声や姿は三人には見えていないのか、彼女を気にする様子はない。そして夫婦は歓喜の言葉と神への感謝を述べたあと、幸福に満ちた様子で神殿から退出した。



 そして彼らと入れ替わるように、別の夫婦が聖職者の前へと進み出る。二人から〝名〟を聞いた聖職者は再び祭壇を振り返り、同様の儀式を繰り返す。


『アゼル? うーん、残念! その名前は、すでに使われてまーす!』


 銀髪の少女は言いながら、左右の人差し指で小さなバツじるしを作る。〝光〟が無いことで結果を察したのか、夫婦が短い議論のあと、改めて聖職者に名前を告げ直す。


『ふむふむ? それならオッケー! その子は〝アゼル・マークスター〟に決定!』


 少女の宣言のあと、再び神殿内に光が満ちる。聖職者から儀式のじょうじゅを知らされた夫婦は神への感謝と祈りを捧げ、ゆっくりと神殿から出ていった。

 

 二人を見送った聖職者はあとに続く者がいないことを確認し、静かに礼拝堂から立ち去ってゆく。この広く静かで真っ白な空間には、銀髪の少女だけが残された。



 新たなる命の器に名を授ける。これはめいめい〟と呼ばれる儀式。名はすなわち命に等しく。名もなき器は霧へとかえる――。


『ねぇ、さいせいしんさま!』


『へっ……? 僕のこと?』


 不意に声を掛けられた僕は、間抜けな反応を返してしまう。どうやら彼女には、僕の存在が認識できているらしい。


『うん! だって私、せいれいの女王だもん!』


 少女は無邪気に笑いながら、両手を広げて羽ばたくような動作をしてみせる。


 彼女こそが、僕が創った〝精霊〟たちを統べる存在。彼女は自我を持ったミルセリアが手放した〝権能ちから〟を元に生成された。いわば神の器ミルセリアの半身。


『私、リスティリア! よろしくね、ミストリアさま!』


 精霊女王リスティリア。それがミルセリアから生まれた彼女の名。僕が差し出した右手を、リスティリアは小さな両手で力強く握り返してきた。


 この日、世界に光が射した。

 まだ世界がさいせいしたばかりの頃の、とてもはかない記憶――。



             *



「母さんが〝精霊族〟で〝女王〟だって? それじゃ、俺は……」


「もちろん、あなたにも受け継がれているわ。精霊を統べる者としての、力がね」


 エルスはペンダントに刻まれた〝リスティリア〟という名を、何度も読み返す。リリィナはぜんとして、彼に厳しい視線を向け続けている。


「でもさ、なんていうか……。俺ッて、そんなに強くねェぞ?」


「うん。体力とか無いもんねぇ。魔力素マナがないと倒れちゃうし」


「ミーやアリサの方が、力持ちなのだー!」


 リリィナの言葉を聞いても、自らの力の実感がないエルス。彼の自己評価に対し、アリサとミーファも全力で同意する。


「二人とも……。そこまでハッキリ言われると……」


「確かに、まだエルスの力は未熟ね。でも三人の精霊族のうち、一人は〝現実界〟を、もう一人は〝精霊界〟を統べている。そしてあなたにも、同等の力がある」


 頭を抱えるエルスをり、リリィナが彼に秘められた力の偉大さを説明する。


「いやぁ……。話がデカすぎて、余計に実感がねェんだよなぁ」


「まったく……。仕方ないわね」


 小さくためいきをつき、リリィナがラシードへと目配せをする。すると彼は少しの間を空けたあと、ゆっくりとうなずいてみせた。



「もう一つ、知る必要があるわ。十三年前の事よ」


「十三年……、前……」


 魔王メルギアスの襲撃に遭ったエルスが、勇者ロイマンによって救われた。エルスにとって〝十三年前〟とは、この出来事を指す――。


「あの時、メルギアスを討ったのは〝エルス〟よ。無意識に精霊化したあなたは、本能だけで戦い――。そして、たった一人で〝魔王〟を倒した」


「やっぱりそうなのか……」


「あら、驚くと思っていたのだけれど。気づいていたの?」


 エルスは焼け焦げたウサギ型のペンダントをひっくり返す。そして彼は、眼の部分のくぼみを指ででる。


「なんとなくな……。この眼のとこの〝虹色の石〟が無くなってたからさ」


「ええ、その通り。あの時、暴走したあなたをロイマンが止めなかったら――。さらなるだいさんが起こっていたかもしれないわ」


「ああ。ロイマンには感謝してるよ。俺の冒険者としての目標でもあるしな」


 エルスは〝勇者ロイマン〟のような強さを身につけるべく、彼の言葉にならって苦手な剣を握り、弱々しかった口調も改めた。



「まぁ……。私は小さい頃のエルスの方が好きだったのだけれど……」


 反射的につぶやくリリィナだったが、一同の視線を感じて軽いせきばらいをする。


「とっ、とにかくっ! あなたの力は強大なの。しっかりと自覚を持ちなさい!」


「なんか、いまのお姉ちゃん。ちょっと可愛いかったかも」


「おー! まさに〝ショタコン〟なのだー! 書庫の本で見たのだー!」


 少女らの言葉にリリィナは盛大にむせかえる。そんな中、エルスは首をかしげ、ラシードは苦笑いを浮かべていた。


             *


「それじゃあ、わたしたちの〝魔王退治〟は終わってたんだねぇ」


「ええ。魔王メルギアスはエルスが倒した。それは確かなことよ」


 リリィナは姿勢を正し、アリサとエルスを交互にる。するとエルスが視線を射止めるように、ぴったりと彼女に目を合わせた。


「なぁ、リリィナ。じゃあ〝魔王リーランド〟って知ってるか?」


「もちろん。でも、存在していたのはそうせいのことよ?」


 からかうような視線を向けるリリィナに対し、エルスは真剣な表情をくずさない。


「夢に出てきた奴が言ってたんだ。〝メルギアス〟や〝俺の名前〟と一緒に。〝リーランド〟とか〝アインス〟ってさ」


「なんですって……?」


 リリィナは血相を変えて立ち上がり、エルスの顔を強引に自身の前へと寄せる。そして、彼の前髪をかき上げ、その額をぎょうした。



「ちょッ……! いきなりなんだよッ!」


「まだえない……。でも、確かな〝闇の力〟を感じる……。エルス、その夢はひんぱんに見るの?」


「いや……。そういえば、最近は見てねェような……」


 エルスの返答を聞き、あんためいきと共に、リリィナはへ座りなおす。しかし彼女の純白の顔は、明らかに青ざめているように見える。


「エルス。残念ながら、あなたには〝おうらくいん〟が宿っているわ……」


「へッ! だと思ったぜ」


 悲痛な面持ちのリリィナとは裏腹に、エルスはどこか安心したようにわらってみせる。そして全員の顔を順番にながめ、時おり頭に響く〝声〟や〝夢〟の内容を話した。



「それって、エルスの中に〝魔王〟が居るってこと?」


「厳密には違うのだけれど……。わかりりやすく言うと、そういうことね」


 リリィナからの言葉を受け、エルスは「へッ!」と息を吐く。


「なら、引きずり出してでも倒してやるぜッ!」


「そっか。その方法を探すために、ガルマニアに行きたかったんだね」


 つぶやくようなアリサの声に、エルスは大きく頷いてみせる。これまで確信が無かったが、リリィナのおかげでも得た。あとは〝手段〟を探すのみだ。


「ガルマニアは魔王リーランドが誕生した地。情報が得られる可能性は高いわね」


「あっ、お姉ちゃんも手伝ってくれる?」


 期待するようなアリサの視線に、リリィナの顔がわずかにほころぶ。


「ええ、もちろん。――でも、一緒には行けないわね。私はで、その〝烙印〟を解除する方法を調べてみることにするわ」


「そっか。お姉ちゃんも忙しいもんね」


 リリィナはアリサに頷き、続いてエルスへと向き直る。


「エルス、心を強く持ちなさい。くれぐれも、感情に身を任せては駄目よ?」


「ああ、わかってるよ。もう、身にみて味わったからな……」


「そう。冒険者になって、しっかりと成長したのね」


 目を細めながらリリィナは優しげな笑みを浮かべる。

 それはまさに、幼き頃のエルスが大好きな〝優しいお姉ちゃん〟の顔だった。


             *


 気づけば夜もけており、エルスたちはとこに就くことにする。リリィナとラシードは久方ぶりに、てっして飲み明かすらしい。


 いつの間にかミーファはテーブルに突っ伏しまま、眠りへと入っていた。エルスはミーファを抱きかかえ、アリサと共に二階へ上がる。


「それじゃ、ミーファを頼むぜ。俺は部屋に行ってるからさ」


「うん。疲れただろうし、先に寝ていいよ」


 ミーファを託されたアリサは来客用の寝室へ向かい、エルスは自室へと戻る。この部屋には光源が無く、窓からルナの銀色の光が差し込んでいるのみだ。



「アリサがいねェと、明かりも点けられねェや。まぁいいか」


 エルスは剣とマントを乱雑に放り投げ、ベッドの中へと潜り込む。見慣れた自室の天井をながめていると、すぐに眠気が襲ってきた。


「魔王……。どこにいようと、誰になろうと――。絶対に滅ぼしてやるぜ……」


 エルスは新たなる誓いを胸に刻み、固く目を閉じる。

 そして今夜も彼はゆっくりと、闇の中へと落ちていった。

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