第7話 受け継がれし力

 そうごんなる神殿に、一組の男女が訪れる。

 女は、誕生したばかりの赤子を抱いている。

 『しん使さま。よろしくお願いします』

 『良いでしょう。それでは、新たな命となるべき名を』

 『あっ、はい! えーっと――それじゃ、この候補の一番上から――』

 『――もう、あなた! この子が生まれる、大事な日なのよ?』

 女は男を制し、しん使へ名となる言葉を告げる。

 しん使は聖なる祭具を掲げ、名となる言葉をおごそかに唱える。


 『クリオ?――うん、オッケー! その子は「クリオ」に決定!』

 三人の様子を観察していた銀髪の少女が、指を立てながら宣言する。

 ――その瞬間、周囲の空間の照度が増す。


 『おおっ! やったか!?』

 『命名は神へ届けられました。新たに誕生した命・クリオに祝福を』

 『ああ……神さま! しん使さま、ありがとうございます!』

 夫婦は深くこうべを垂れ、幸福に満ちた様子で神殿を退出する。


 ――新たなる器に名を授ける。これは命名の儀式。

 名はすなわち命に等しく。名もなき器は霧へとかえる――


 しん使は二人を見送り、静かに礼拝所から立ち去る。

 この場には、銀髪の少女だけが残される。

 さきほどの三人に、少女の存在は認識されていない。


 『――ねぇ、さいせいしんさま!』

 『おおっと――僕のことが、見えているのかい?』

 『うん! 私、精霊女王だもん!』

 少女は両手を広げ、羽ばたくような動作をする。

 『あはは、確かに。でも、よくわかったね?』

 『知ってるの! たぶん、ミルセリアの思い出!』

 少女はくうを見上げ、無邪気に笑う。

 『そうか。それじゃ君は、彼女の半身――』

 『――私、リスティリア! よろしくね、ミストリアさま!』

 少女は宙へ手を伸ばし、何かをつかむ動作をする。


 ――世界に新たな光が射した。

 この日、まだ世界はさいせいしたばかり――。




 「――母さんが精霊族で女王? それじゃ、俺は……」

 「もちろん、あなたにも受け継がれているわ。精霊を統べる者としての、力がね」

 エルスはペンダントに刻まれた『リスティリア』という名を、何度も読み返す。リリィナはぜん、彼に厳しい視線を向け続けている。

 「でもさ――なんていうか……。俺ッて、そんなに強くねェぞ?」

 「うん。体力とか無いもんねぇ。魔力素マナがないと倒れちゃうし」

 「ミーやアリサの方が、力持ちなのだー!」

 リリィナの言葉を聞いても、自らの力に実感のわかないエルス。彼の自己評価に、アリサとミーファも即座に同意した。

 「二人とも……。そこまでハッキリ言われると……」

 「確かに、まだエルスの力は未熟ね。でも、三人の精霊族のうち――ひとりは現実界を、もうひとりは精霊界を統べている。そしてあなたにも、同等の力がある」

 「話がデカすぎて、余計に実感がねェんだよなぁ」

 「まったく……。仕方ないわね」

 小さくためいきをつき、リリィナはラシードへ目配せをする。彼は少しの間を空け、ゆっくりとうなずいた。


 「もう一つ――知る必要があるわ、エルス。十三年前の事件のことよ」

 「十三年……前……」

 ――魔王メルギアスの襲撃に遭ったエルスが、勇者ロイマンによって救われた。

 エルスにとって『十三年前』とは、この出来事を指す――

 「あの時、メルギアスを討ったのはあなたよ。無意識に精霊化したあなたは、本能だけで戦い――たったひとりで魔王を倒した」

 「やっぱり、そうなのか……」

 「あら、驚くと思っていたのだけれど。気づいていたの?」

 エルスは焼け焦げたウサギ型のペンダントをひっくり返す。そして、眼の部分のくぼみをでた。

 「なんとなく……な。ここはまってた、虹色の石が無くなってたからさ」

 「ええ、その通り。ロイマンが、暴走したあなたを止めなかったら――さらなる惨事が起こっていたかもしれないわ」

 「ああ。ロイマンには本当に感謝してるよ。俺の冒険者としての、目標でもあるしな」

 エルスは彼のような強さを身につけるべく――苦手な剣を握り、弱々しかった口調も改めていた。

 「……まぁ私は、小さい頃のエルスの方が好きだったけれど……」

 反射的につぶやいたリリィナだったが、一同の視線を感じて小さくせきばらいをする。

 「――とっ……とにかくっ……! あなたの力は強大なの。今後は、しっかりと自覚を持ちなさいっ」

 「なんか、いまのお姉ちゃん――ちょっとかわいいかも」

 「おー! まさに『ショタコン』なのだー! 書庫の本で見たことあるのだー!」

 少女らの言葉にリリィナは盛大にむせかえる。エルスは首をかしげ、ラシードは苦笑いを浮かべていた――。


 「それじゃあ、わたしたちの『魔王退治』は終わってたんだねぇ」

 「ええ。あの『魔王メルギアス』は、エルスが倒した。それは確かなことよ」

 リリィナは姿勢を正し、アリサとエルスを交互にる。するとエルスは、彼女の視線を射止めるように目を合わせた。

 「なぁ、リリィナ。魔王リーランドって知ってるか?」

 「もちろん。でも、存在していたのはそうせいのことよ?」

 「夢に出てきた奴が言ってたんだ。メルギアスや俺の名前と一緒に――リーランド、アインスってさ」

 「……なんですって?」

 リリィナは血相を変えて立ち上がり、エルスの顔へ自身の顔を寄せる!――そして、彼の前髪をかき上げ、額をぎょうした!


 「ちょッ――いきなりなんだよッ!」

 「まだえない……。でも、確かなを感じる――その夢はひんぱんに見るの?」

 「いや――そういえば、最近は見てねェような……」

 「そう……」

 あんためいきと共に、リリィナは自らの席へ戻る。だが、彼女の純白の顔は明らかに青ざめてみえる。

 「……エルス。あなたには『魔王のらくいん』が宿っているわ……」

 「へッ!――だと思ったぜ」

 沈痛な面持ちのリリィナとは裏腹に、エルスはどこか安心したようにわらう。そして全員の顔を順番にながめ、時おり頭に響く『声』や『夢』の内容を話した。


 「……それって、エルスの中に魔王が居るってこと?」

 「厳密には違うのだけれど――解りやすく言うと……そういうことね」

 「――なら、引きずり出してでも倒してやるぜッ!」

 「そっか。その方法を探すために、ガルマニアに行きたかったとか?」

 エルスは大きく頷く。これまでは確信が無かったが、リリィナのおかげでそれも得た。あとは、戦う手段を探すのみだ。


 「ガルマニアは原初の魔王・リーランドが誕生した地。確かに、何かが得られる可能性は高いわね……」

 「あっ、お姉ちゃんも手伝ってくれる?」

 「ええ、もちろん――でも、一緒には行けないわね。私はで、烙印を解除する方法を調べてみるわ」

 「そっか。お姉ちゃんも忙しいもんね」

 リリィナは小さく頷き、エルスに向き直る。

 「――エルス、心を強く持ちなさい。くれぐれも、感情に身を任せては駄目よ?」

 「ああ、わかってるよ。もう、身にみて味わったからな……」

 「そう。冒険者になって、しっかりと成長したのね」

 目を細め、リリィナは優しげに微笑む。

 それはまさに、エルスが幼き頃に見た『優しいお姉ちゃん』の顔だった――。



 ――気づけば夜もけており、エルスたちはとこに就くことに。

 リリィナとラシードは、久方ぶりに飲み明かすらしい。


 いつの間にかミーファはテーブルに突っ伏し、眠りに入っていた。

 エルスはミーファを抱え、アリサと共に二階へ上がる――。


 「それじゃ、ミーファを頼むぜ。俺は横になってるからさ」

 「うん。疲れただろうし、先に寝ていいよ」

 ミーファを託されたアリサは来客用の寝室へ向かい、エルスは自室へ戻る。

 部屋には光源が無く、窓からルナの銀色の光が差し込むのみだ。


 「アリサがいねェと、明かりも点けられねェや。まぁいいか」

 剣とマントを乱雑に放り投げ、エルスはベッドに飛び込む。見慣れた天井を眺めていると、すぐに眠気が襲ってきた。

 「魔王……。どこに居ようと、誰になろうと――絶対に、滅ぼしてやるぜ……」

 エルスは新たなる誓いを胸に刻み、目をじる。

 そして、ゆっくりと闇の中へと堕ちていった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る