第7話 受け継がれし力
その女は、誕生したばかりの赤子を抱いている。
『
『良いでしょう。それでは、新たな命となるべき名を』
女は
『クリオ? うん、オッケー! その子は〝クリオ〟に決定!』
一組の夫婦と聖職者――三人の様子を見ていた銀髪の幼い少女が、指を立てながら宣言する。その瞬間、あたかも奇跡が起こったかのように、神殿内の照度が増した。
『命名は神へ届けられました。新たに誕生した命〝クリオ〟に祝福を』
少女の声や姿は三人には見えていないのか、彼女を気にする様子はない。そして夫婦は歓喜の言葉と神への感謝を述べたあと、幸福に満ちた様子で神殿から退出した。
そして彼らと入れ替わるように、別の夫婦が聖職者の前へと進み出る。二人から〝名〟を聞いた聖職者は再び祭壇を振り返り、同様の儀式を繰り返す。
『アゼル? うーん、残念! その名前は、すでに使われてまーす!』
銀髪の少女は言いながら、左右の人差し指で小さな
『ふむふむ? それならオッケー! その子は〝アゼル・マークスター〟に決定!』
少女の宣言のあと、再び神殿内に光が満ちる。聖職者から儀式の
二人を見送った聖職者は
新たなる命の器に名を授ける。これは
『ねぇ、
『へっ……? 僕のこと?』
不意に声を掛けられた僕は、間抜けな反応を返してしまう。どうやら彼女には、僕の存在が認識できているらしい。
『うん! だって私、
少女は無邪気に笑いながら、両手を広げて羽ばたくような動作をしてみせる。
彼女こそが、僕が創った〝精霊〟たちを統べる存在。彼女は自我を持ったミルセリアが手放した〝
『私、リスティリア! よろしくね、ミストリアさま!』
精霊女王リスティリア。それがミルセリアから生まれた彼女の名。僕が差し出した右手を、リスティリアは小さな両手で力強く握り返してきた。
この日、世界に光が射した。
まだ世界が
*
「母さんが〝精霊族〟で〝女王〟だって? それじゃ、俺は……」
「もちろん、あなたにも受け継がれているわ。精霊を統べる者としての、力がね」
エルスはペンダントに刻まれた〝リスティリア〟という名を、何度も読み返す。リリィナは
「でもさ、なんていうか……。俺ッて、そんなに強くねェぞ?」
「うん。体力とか無いもんねぇ。
「ミーやアリサの方が、力持ちなのだー!」
リリィナの言葉を聞いても、自らの力の実感がないエルス。彼の自己評価に対し、アリサとミーファも全力で同意する。
「二人とも……。そこまでハッキリ言われると……」
「確かに、まだエルスの力は未熟ね。でも三人の精霊族のうち、一人は〝現実界〟を、もう一人は〝精霊界〟を統べている。そしてあなたにも、同等の力がある」
頭を抱えるエルスを
「いやぁ……。話がデカすぎて、余計に実感がねェんだよなぁ」
「まったく……。仕方ないわね」
小さく
「もう一つ、知る必要があるわ。十三年前の事よ」
「十三年……、前……」
魔王メルギアスの襲撃に遭ったエルスが、勇者ロイマンによって救われた。エルスにとって〝十三年前〟とは、この出来事を指す――。
「あの時、メルギアスを討ったのは〝エルス〟よ。無意識に精霊化したあなたは、本能だけで戦い――。そして、たった一人で〝魔王〟を倒した」
「やっぱりそうなのか……」
「あら、驚くと思っていたのだけれど。気づいていたの?」
エルスは焼け焦げたウサギ型のペンダントをひっくり返す。そして彼は、眼の部分の
「なんとなくな……。この眼のとこの〝虹色の石〟が無くなってたからさ」
「ええ、その通り。あの時、暴走したあなたをロイマンが止めなかったら――。さらなる
「ああ。ロイマンには感謝してるよ。俺の冒険者としての目標でもあるしな」
エルスは〝勇者ロイマン〟のような強さを身につけるべく、彼の言葉に
「まぁ……。私は小さい頃のエルスの方が好きだったのだけれど……」
反射的に
「とっ、とにかくっ! あなたの力は強大なの。しっかりと自覚を持ちなさい!」
「なんか、いまのお姉ちゃん。ちょっと可愛いかったかも」
「おー! まさに〝ショタコン〟なのだー! 書庫の本で見たのだー!」
少女らの言葉にリリィナは盛大に
*
「それじゃあ、わたしたちの〝魔王退治〟は終わってたんだねぇ」
「ええ。魔王メルギアスはエルスが倒した。それは確かなことよ」
リリィナは姿勢を正し、アリサとエルスを交互に
「なぁ、リリィナ。じゃあ〝魔王リーランド〟って知ってるか?」
「もちろん。でも、存在していたのは
からかうような視線を向けるリリィナに対し、エルスは真剣な表情を
「夢に出てきた奴が言ってたんだ。〝メルギアス〟や〝俺の名前〟と一緒に。〝リーランド〟とか〝アインス〟ってさ」
「なんですって……?」
リリィナは血相を変えて立ち上がり、エルスの顔を強引に自身の前へと寄せる。そして、彼の前髪をかき上げ、その額を
「ちょッ……! いきなりなんだよッ!」
「まだ
「いや……。そういえば、最近は見てねェような……」
エルスの返答を聞き、
「エルス。残念ながら、あなたには〝
「へッ! だと思ったぜ」
悲痛な面持ちのリリィナとは裏腹に、エルスはどこか安心したように
「それって、エルスの中に〝魔王〟が居るってこと?」
「厳密には違うのだけれど……。わかりりやすく言うと、そういうことね」
リリィナからの言葉を受け、エルスは「へッ!」と息を吐く。
「なら、引きずり出してでも倒してやるぜッ!」
「そっか。その方法を探すために、ガルマニアに行きたかったんだね」
「ガルマニアは魔王リーランドが誕生した地。情報が得られる可能性は高いわね」
「あっ、お姉ちゃんも手伝ってくれる?」
期待するようなアリサの視線に、リリィナの顔が
「ええ、もちろん。――でも、一緒には行けないわね。私は
「そっか。お姉ちゃんも忙しいもんね」
リリィナはアリサに頷き、続いてエルスへと向き直る。
「エルス、心を強く持ちなさい。くれぐれも、感情に身を任せては駄目よ?」
「ああ、わかってるよ。もう、身に
「そう。冒険者になって、しっかりと成長したのね」
目を細めながらリリィナは優しげな笑みを浮かべる。
それはまさに、幼き頃のエルスが大好きな〝優しいお姉ちゃん〟の顔だった。
*
気づけば夜も
いつの間にかミーファはテーブルに突っ伏しまま、眠りへと入っていた。エルスはミーファを抱きかかえ、アリサと共に二階へ上がる。
「それじゃ、ミーファを頼むぜ。俺は部屋に行ってるからさ」
「うん。疲れただろうし、先に寝ていいよ」
ミーファを託されたアリサは来客用の寝室へ向かい、エルスは自室へと戻る。この部屋には光源が無く、窓から
「アリサがいねェと、明かりも点けられねェや。まぁいいか」
エルスは剣とマントを乱雑に放り投げ、ベッドの中へと潜り込む。見慣れた自室の天井を
「魔王……。どこにいようと、誰になろうと――。絶対に滅ぼしてやるぜ……」
エルスは新たなる誓いを胸に刻み、固く目を閉じる。
そして今夜も彼はゆっくりと、闇の中へと落ちていった。
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