第5話 故郷への帰還

 ファスティアをち、霧の中を〝運搬魔法マフレイト〟で駆け抜けたエルスたち。彼らが無事に王都へ到着した頃になると、〝霧〟の向こうの太陽ソルからは、すでにうっすらとしたオレンジ色の陽光ひかりが放たれはじめていた。


「ただいまッ! 戻ったぜ、ジイちゃん!」


 家のドアを開くなり、エルスは大声で帰宅を告げる。ここはアリサの実家なのだが、幼い頃に〝魔王〟に自宅を破壊されて以降、二人は一緒に育てられていた。


「むむっ? エルスか? もう戻ったのか?」


 奥から現れたエプロン姿の小柄な老人が、眼を丸くする。


 白髪に長いあごヒゲをたくわえた、見るからに〝ドワーフ族〟らしいふうぼう。彼こそが、親を失った二人の育ての親であるラシードだ。



「おじいちゃん、ただいまぁ。ふぅ、お腹すいたぁ」


「おー! まさに、そなたは名匠マイスター・ラシード! 会えて嬉しいのだー!」


「おかえり、アリサよ。――なんと、そちらはミーファさまでございますか!?」


 ラシードはあわててエプロンのシワを伸ばし、深々とこうべを垂れる。


「うん。新しい仲間のミーファちゃん。やっぱり、おじいちゃんも知ってたんだ?」


「当たり前じゃ! おぬしもドワーフの血族なんじゃぞ? なんとおそれ多い……」


「へぇ、やっぱミーファってスゲェんだな!」


「ふっふっふ! みなの者、苦しゅうないのだー!」


 ドワーフ族の王国・ドラムダの第三王女であるミーファ。彼女はとりわけ純血のドワーフ族や、商いを生業にする血族からの人気が高いらしい。



「ジイちゃん、大丈夫さ! ミーファは俺たちの仲間だしよッ!」


「ご主人様の言うとおりなのだ! おもてをあげて欲しいのだー!」


「ごっ……、ご主人様ですと!? エルス、おぬしは一体なにを……」


 エルスは笑顔で言い放ち、ミーファの頭を優しく叩く。対して、さきほどからラシードは慌てふためいている。


「ミーはご主人様に身も心もボロボロにされたのだ! ご主人様のモノなのだ!」


「なななななっ……!?」


「いや……。だからそれは……。あのさ、実は――」


 収拾がつかなくなりはじめたので、エルスはミーファと出会ったいきさつていねいに説明することに。一方、アリサは大荷物リュックサックを降ろし、食料庫から取り出した干し肉をかじっている。普段は気配りのできる彼女だが、自宅ゆえか羽を伸ばしているようだ。



「勇猛さで知られたミーファ様を打ち負かすとは。エルスも腕を上げたもんじゃ」


「アリサや仲間のおかげだけどな! それに、ジイちゃんの剣も活躍したぜ!」


「そうじゃ。なぜに、その〝エレムシュヴェルト〟をアリサが? わざわざエルスのために用意したというのに」


 ラシードはエルスの帯びた安物の剣と、ソファに立てかけられた自作の銘剣を交互にる。ソファでくつろぐアリサに代わり、またしてもエルスが説明をする。


「なんと! そのような理由でを置いて行くとは……」


「だって……。を振り回したら、ぜったい筋肉ついちゃうもん」


 アリサは二つめの干し肉に手を伸ばしながら、秘めていた不満をもらす。気づけばミーファも彼女の隣に腰かけ、一緒に間食おやつを堪能していた。


「あの〝魔装式大型剣ダインスヴェイン〟は、おぬしのためにこしらえた剣じゃ。しかと、重量にも気を配っておったのに……」


「えっ? そうなの?――っていうか、やっぱり変な名前が付いてる……」


「まったく……。武器あれらがあれば、存分に〝無双〟できたろうに……。おぬしらには、色々と驚かされるわい……」


 ラシードは、ゆっくりとかぶりを振りながら心情を吐露する。そして彼は夕食のたくをすべく、台所へと入っていった。


 食事は外で済ませると告げたエルスだったが、ラシードは『準備をする』と言って譲らなかった。やはり彼も、孫たちが無事に帰還したことが嬉しいのだろう。


             *


 夕食までの時間を利用し、エルスたちは二階の自室へと向かう。薄暗い部屋にはベッドが二つ並んである他、机や本棚といった、家具一式がそろっている。


 ここは元々〝アリサの部屋〟だったためか、全体的に少女らしい内装だ。


「ふぅ……。やっぱ、この部屋は落ち着くぜ!」


「ちょっとほこりっぽいかも。寝る前に掃除しなきゃ」


 そう言ったアリサをよそに、エルスが自らのベッドの上へと飛び込む。直後、大量の埃が舞い上がり、アリサとミーファをきこませてしまう。


「もー。だから言ったのに……」


「うぇぇ……。ホコリっぽいのは苦手なのだー」


 アリサはろうから持ち込んだりょくとうを壁にセットし、空気を入れ替えるべく窓を開ける。すでに外の霧は晴れており、太陽ソルは〝ルナ〟へと姿を変化させていた。



「おじいちゃん、掃除してくれなかったのかなぁ」


「アリサのせいじゃねェか? 『勝手に入らないでねっ!』ッて言ってたし」


「あっ、そうかも……」


 ベッドや家具の埃をはらい終え、アリサは布に包まれた細長い物体を手に取った。その包装を外すと、中からは両手持ち用の剣が現れ、どこか神秘的な光を放つ。


 確かに〝乙女〟が扱うには大型だが、全体的に彫金や装飾などがほどこされ、中央には剣身に沿って加工された魔水晶クリスタルまれている。


「わたしのために造ってくれた剣……」


 改めて剣をながめたアリサが、それを両手で構える。祖父・ラシードの言葉どおり、見た目ほどの重量は無く、手に馴染む感覚が伝わってきた。



「へぇ、いいな! よく見るとカッコイイじゃねェか!」


「おー! れいな剣なのだー!」


「ありがと。――これがあれば、もっとみんなの役に立てると思う」


 エルスにはたぐいまれなる魔法の才能があり、ミーファにはアリサ以上の怪力がある。この場にはいない仲間たちも、それぞれの強みを持っている。


 自分だけが中途半端。

 先の戦いにおいてアリサは人知れず、自分自身の〝無力さ〟を感じていた。


「へへッ、期待してるぜ! まッ、いつも助けられてるけどな!」


「ふっふっふ! またミーたちの〝正義の連係技〟をみせてやるのだー!」


「うん……。二人とも、これからもよろしくね」


 アリサは新たなるもの魔装式大型剣ダインスヴェイン〟を、右手の腕輪バングルへと収納する。そして、これまで愛用していた細身の剣〝エレムシュヴェルト〟をエルスに差し出した。



「これ、返すね。ずっと使わせてくれてありがと」


「おうッ! まぁ、俺には安物いつもの剣が使い慣れてるけどなッ!」


 エルスは受け取った剣を〝抜き身〟にし、右手の腕輪バングルへとう。からさやは乱雑に、冒険バッグへねじ込んだ。


「ガルマニアで、何が出るかわからねェ。こういう切り札は、多い方が良いよな」


「そうだね。もう何十年も、あそこに入った人はいないらしいし」


「うむー。ガルマニアは〝かつて魔王に滅ぼされたこと〟と、〝は怪しい壁に囲まれていること〟以外は謎だらけなのだー」


 言い知れぬ不気味さと未知への恐怖。――しかし、に立ち向かう者こそが〝冒険者〟という存在だ。きたるべき戦いへ向け、エルスらは覚悟をもって準備をする。



 その後、アリサは祖父を手伝うために階下へ戻り、エルスとミーファは軽く部屋の清掃を始めた。ほどなくしてアリサが戻り、夕食の準備が整ったことを二人に告げる。表情にこそ出さないが、彼女はどことなく嬉しそうな雰囲気だ。


             *


「おおッ! スゲェな、ジイちゃん! こんなに作ったのか!?」


「幸い、買出しを済ませたばかりじゃったし、アリサも手伝ってくれたからの」


 テーブルの上には定番の〝勇者サンド〟とスープのほか、ラシード特製のハンバーグも並んでいる。さらには〝宿場町ツリアン〟名物の、カラアゲも用意されていた。


「いま、ツリアンが話題なんだって。かわいいメイドさんに会える町――って」


「まさか、あの店員の服が〝ミーファ様のお召し物〟をしていたとは……」


 ラシードは額の汗を拭きながら、なぜかからだらしている。


「ふふー! このメイド服は、正義の証なのだー!」


「あの姉さんと町長さんか……。みんな頑張ってンだなぁ」


 席に着いたエルスは、テーブルの上の品々をながめる。思えば、こうした何気ない料理一つにも、様々な思い出がまっている。


 そこでエルスは、一つ食器が余分に用意されていることに気がついた。



「ん? ほかに誰かンのか?」


「ええ、そうよ。正確には〝もう来ている〟だけれど」


 不意に耳元でささやかれた声に、エルスは思わずせんりつする。ぎこちなく彼が振り返ると、そこには見知った顔があり、からかうような笑みを浮かべていた。


「リリィナ……。あんたもいたのかよ……」


「あら、わざわざ来てあげたのよ? エルス。私にきたいことがあるんでしょ?」

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