第4話 親愛なる友人
ファスティアの郊外に位置する〝農園〟を訪れたエルスたち。そこでエルスは友人である〝ナナシ〟の姿を見つけ、大きく手を振りながら彼の
「こっちは上手くやってるぜ! ナナシも元気そうだなッ!」
「あはは、おかげさまで。毎日、
二人が会うのは十数日ぶりだろうか。
再会した二人は
「ご主人様の友人なのだ? よろしく頼むのだー!」
ずっとエルスにしがみついていたミーファはナナシを
「あ、はじめましてだね。よろしく。――えっと。ご主人様ってエルスのこと?」
「いや……。それはあンまし気にしねェでくれ……。実はさ――」
エルスは近況報告も兼ねながら、ミーファや他の仲間たちの紹介をする。以前は三人だったエルスの
「それじゃ、ニセルさんは〝ギルド〟に居るんだ? ランベルトスって、確か――」
その街の名を口にした
「うっ……。僕は……。僕はナナシ……! 僕はナナシだッ……!」
「ちょ……。ナナシ、大丈夫か……?」
「どうしたの? ナナシさん」
ナナシは急に
しばらくして落ち着いたのか、ナナシは胸元の〝
「ふぅ……。もう大丈夫。……あはは、ごめん。なんか今日は、調子、悪いみたい」
「本当に平気か? いきなり来ちまってすまねェな……」
「ううん。じつは今日の朝、ちょっとね」
ナナシは、今朝の〝写真〟に関する出来事を話す。記憶を失った彼にとって、エルスは最初に相談に乗ってくれた大切な友人であり、自身の〝命の恩人〟でもあった。
「へぇ……。あの
「おー! 巨大な陰謀の予感がするのだー!」
「それって、お
アリサは言いながら、ナナシらが暮らす平屋を指さしてみせる。
「うん。そのボロボロの写真。――あ、見る?」
ナナシからの提案に、エルスは後ろを振り返る。
彼の無言の問いに対して、アリサが首を横に振る。
「いや、前にも見たし、俺らはやめとくぜ! ほら、アリサの荷物もあるしさ!」
エルスは親指を後ろへ向け、アリサの背負う
「では、ミーは見せてもらうのだ!」
「うん、わかった。――それじゃミーファ。どうぞ上がって」
ナナシは家のドアを開き、ミーファを中へと招き入れる。
彼女は小さく一礼し、家の中に入っていった。
*
「ねぇ、エルス。勇者アインスって……」
二人が屋内へ消えるなり、アリサが疑問を口にする。エルスもさきほどから、記憶を掘り起こすかのように、視線を空へと向け続けている。
「んー。それな。さっきから、なんか引っ掛かってンだよな」
「絵本に出てた〝勇者〟じゃない? ガルマニアの〝魔王〟を倒したっていう」
「あッ! それだ! 思い出したぜ」
エルスは次の目的地を〝ガルマニア帝国〟に定めるきっかけとなった、ある〝絵本〟の内容を思い出した。それは〝アインス〟という名の勇者が〝光の聖剣〟を
「あの写真のヤツが、勇者アインスだったってことか。じゃあ、あの絵本の話は、本当の冒険のことが描いてあったってわけか」
「
「そりゃそうか。でもさ、とりあえず確かなのは、やっぱガルマニアには〝勇者〟や〝魔王〟に関係がありそうな、スゲェ秘密が隠されてるッてことだよなッ!」
エルスは笑顔で両の拳を握り、自身に気合いを入れる。
魔王討伐の手がかりを求め、
「それにしても、タイミングがよかったねぇ。あの依頼」
「ああッ! 集合の日が待ち遠しいぜ!」
ガルマニアへの潜入ルートを探っていたところ、
「
「ニセルにも念を押されたしなぁ。『冒険者の
指定日までの時間を利用し、アリサは自宅へ置いてきた〝剣〟を手に入れるために。エルスは育ての親に〝自身の出生〟について
「そうだ、エルス。さっきの〝勇者〟の話は、ナナシさんには黙っとこうか」
「だな……。あんな様子だったし、今はやめとこうぜ……」
アリサからの提案に、エルスは頭を
なによりも、二人と出会った当初から、ナナシは記憶を取り戻すことには積極的ではなかった。今のナナシではない、別の
どちらが本当に正しいのか。
答えは本人にしかわからない。
*
エルスとアリサが待機していると、やがてミーファが戻ってきた。彼女は興奮した様子のまま、再びエルスに飛びかかるようにして抱きつく。
「見せてもらったのだ! あれは
「おまたせ、二人とも。――あはは、役に立ったならよかったよ」
ミーファに遅れて現れたナナシが、にこやかな笑みを浮かべる。
「結構スゲェんだな、
エルスは改めて、目の前の平屋を
「養子にしてもらったとはいえ、僕は
農作物に比べ、家畜の飼育には手間も時間もかかる。この農園も費用対効果の面から畜産業は廃業し、今では野菜を出荷した収入で、肉などを購入しているらしい。
ナナシは生き生きとした表情のまま、農園での生活や、知識の内容を語り続けた。
*
四人が談笑を続けていると、
「あっ、もうすぐ〝霧〟が。すぐに片づけないと」
ナナシは自ら話を切り上げ、止まっていた作業を再開させる。野菜を
「言われてみれば。けっこう
「ほんとだ。今日は遅めだったねぇ」
「そういやナナシ。
「うん。僕もビックリだよ。農業だけで、こんなに〝力〟が付くなんて」
ナナシは言いながら、長い
「すごいねぇ。エルスも農業やらせてもらったら?」
「やめとくぜ……。俺は〝冒険者〟一本で生きるって決めてるからなッ」
アリサの言葉に、エルスが大きな
「あはは。やってみると気に入るかもよ? 水やりに〝
「スゲェなぁ。ミュゼルを
「ほら、エルスも頑張らないと、ナナシさんの方が強くなっちゃうかも?」
彼女なりの
「ご主人様なら問題ないのだ! 安心するのだー!」
「うん。僕も、エルスなら大丈夫だと思う」
思わぬライバルの存在を認識し、少々気落ちするエルスだったが――。仲間たちからの
「そうだなッ! よしッ、俺も一人前の冒険者として頑張るぜ!」
「その意気だよ。――アリサ。ミーファ。みんなのことも応援してるからね」
こうして〝友人〟との会話を満喫したエルスたち。作業を終えたナナシは本格的に霧が出る前に、家の中へと戻っていった。
*
ナナシと別れた
もうすでに、周囲の景色は〝白い霧〟に包まれていた。
「丁度いいや。こんだけ〝霧〟が出てりゃ、
この霧には
また、霧には街の建物や街道といった人工物を〝修復〟する効果もある。こうしている間にも、砕け散った
だが、この不思議な現象にも、エルスらは一切の関心を示さない。
彼らにとっては見慣れた〝当たり前〟の光景。この世界の〝常識〟なのだ。
「でも大丈夫? 真っ白で道に迷ったりしない?」
心配げなアリサをよそに、
「慣れた道だし平気さ! さあ、
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