第4話 親愛なる友人

 「おうッ! ナナシも元気そうだなッ!」

 「あはは。おかげさまで。毎日、農業しごとを楽しんでるよ」

 ファスティア郊外の農園。二人が会うのは十数日ぶりだろうか。ナナシと再会したエルスは挨拶を交わし、親しげな笑顔をみせる。

 「ご主人様の友人なのだ? よろしく頼むのだー!」

 エルスにしがみついていたミーファは軽やかに着地し、優雅なお辞儀をしてみせた。

 「あ、はじめましてだね。よろしく。――えっと、ご主人様ってエルスのこと?」

 「いや……、それはあンまし気にしねェでくれ……。実はさ――」

 ――エルスは近況を交え、ミーファや他の仲間たちの紹介をする。以前は三人だったエルスの冒険仲間パーティも、今では六人以上に増えていた。


 「すごいな、大活躍だね。それじゃ、ニセルさんはギルドに居るんだ? ランベルトスの――」

 ランベルトス。

 悲しみ――怒り――喪失――後悔……。

 その名を口にしたたん、ナナシの感情が激しく揺らぎはじめる……。

 「――うっ……!? 僕は……僕はナナシ……! 僕は……ナナシだっ……!」

 「なッ……? ナナシ、大丈夫か……?」

 「えっ、どうしたの? ナナシさん……」

 ナナシは急にうずくまり、呪文のように自らの名を繰り返し唱える。

 ――やがて落ち着いたのか、ナナシは木彫りのお守りアミュレットを握りしめながら、ゆっくりと立ち上がった。


 「……ふぅ。もう大丈夫。――あはは、ごめん。なんか調子、悪いみたい」

 「本当に平気か……? いきなり来ちまって、すまねェ……」

 「ううん。実は朝、ちょっとね――」

 ――ナナシは、今朝の『写真』に関する出来事を話す。記憶を失った彼にとって、エルスは相談に乗ってくれた友人であり、命の恩人でもあった。

 「へぇ……。あの――じゃなくて、を見たら、変な記憶が浮かんだのか。 んー?……勇者アインス?」

 「おー! 陰謀の予感がするのだー!」

 「それって、おうちの前に三人が並んでたやつだよね?」

 「うん。そのボロボロの写真。――あ、見る?」

 ナナシの提案に、エルスは後ろを振り返る。彼の顔を見て、アリサは小さく首を振った。

 「いや、前にも見たし、俺らはやめとくぜ!――ほら、アリサの荷物もあるしさ!」

 「では、ミーは見せてもらうのだ!」

 「うん、わかった。――それじゃミーファ、上がって」

 ナナシは家のドアを開き、ミーファを招き入れる。彼女は小さく一礼し、家の中へ入っていった。



 「ねぇ、エルス。勇者アインスって……」

 二人が屋内へ消えるなり、アリサは疑問を口にする。エルスもさきほどから、記憶を掘り起こすかのように視線を上に向けている。

 「んー……それな。さっきから、なんか引っ掛かって……」

 「絵本に出てた勇者じゃない? ガルマニアの魔王を倒したっていう」

 「あッ……! それだ! 思い出したぜ……!」

 エルスは次の目的地を『ガルマニア帝国』に定めるきっかけとなった、ある絵本の内容を思い出した。金髪の勇者・アインスが、魔王リーランドを討つ物語だ。

 「――あの写真のヤツが、勇者アインス……。じゃあ、この前の絵本は、実際の冒険が描いてあったのか」

 「どうだろ? 名前だけ使ったのかもしれないけど」

 「うーん……。まぁ確かなのは――やっぱガルマニアには、勇者や魔王に関する秘密がありそうッてことだなッ!」

 エルスは拳を握り、気合いを入れる。魔王討伐の手がかりを求め、ばくぜんとガルマニアを目指していた彼らだが、思わぬ場所で『魔王を倒した勇者』のそくせきを発見することができた。


 「それにしても、タイミングがよかったねぇ。あの『傭兵募集』の依頼」

 「ああッ! 集合の日が待ち遠しいぜ!」

 ガルマニアへの潜入ルートを探っていたところ、贔屓ひいきの酒場へ舞い込んできた『帝都奪還作戦』への参加を募る依頼。これに好機とばかりに飛びついたエルスだが、指定された日時はまだ先のことだった。

 「傭兵なんて初めてだし、しっかり準備しなきゃ」

 「ニセルにも念を押されたしなぁ。『冒険者の依頼しごとの中でも、傭兵はなまはんじゃないぞ』ッて。――まッ、望むところだぜッ!」

 指定日までの時間を利用し、アリサは自宅へ置いてきた『剣』を取りに戻るため、エルスは育ての親に自身の出生についてたずねるため――二人は生まれ故郷である、アルティリア王都を目指していた。

 しばらくすると、興奮した様子のミーファが戻ってきた。


 「見せてもらったのだー! あれはそうせいの、貴重な史料だったのだ!」

 「おッ、やっと戻ってきたか! おかえり!」

 ミーファは家に向かって一礼し、二人の元へ走る。遅れてナナシも現れた。

 「おまたせ、二人とも。――あは、役に立ったなら良かったよ」

 「結構スゲェんだな、ッて。ありがとなッ、ナナシ!」

 エルスは改めて、目の前の平屋をながめる。一見すると何の変哲もない木造民家であるが、この農園を三千年近くも見守ってきた、由緒ある古民家だ。


 ――なお、エルスはアリサと相談したうえで、さきほどの話はナナシに伏せておくことにした。

 『混乱させちゃうもんね』

 『だな……。あんな様子だったし、今はやめとこうぜ……』

 それに何より、出会った当初からナナシは記憶を取り戻すことに消極的だった。

 、としての記憶を思い出すべきか。

 それとも、として生きるか。

 どちらが正しいのか。答えは、本人にしかわからない――。


 「養子にしてもらったとはいえ、僕はそうろうだからね。でも、昔はもっと広くて、ヒツジとかも飼ってたみたい」

 農作物に比べ、家畜の扱いには手間も時間もかかる。この農園も畜産は廃業し、今では野菜の収入で肉などを購入しているらしい。

 ナナシは生き生きとした表情で、農園での生活を語り続けた――。



 四人が談笑を続けていると、次第に周囲が薄暗くなりはじめる。空を見上げると、天上の太陽ソルうっすらともやがかかり始めていた。

 「あっ、もうすぐ霧が。すぐに片づけないと」

 ナナシは話を切り上げ、再び作業を開始する。野菜を丁寧に箱詰めし、エルスの目の前でを軽々と積み上げてゆく。

 「おッ、確かにかすんできたな」

 「ほんとだ。今日は遅めだったねぇ」

 この世界――ミストリアスでは、ほぼ毎日のように霧が出る。手早く作業を進めるナナシのかたわらで、エルスはのんびりと周囲の景色を眺める。

 「――ッていうかナナシ、全部、一人で積んだのか?」

 「うん。僕もビックリだよ。農業だけで、こんなに力がつくなんて」

 「すごいねぇ。エルスも農業、やらせてもらったら?」

 「いや……。俺は、冒険者一本で生きるって決めてるから……」

 アリサの言葉に、エルスはためいきをつく。とはいえ、この場にいる面子めんつの中では、彼が最も非力なのは否めない。


 「あはは。それに、水やりに水魔法ミュゼルを使ったり、たまに父さんと魔物退治にも出かけたり。結構楽しいよ?」

 「おおッ、スゲェなぁ!――あの魔法を撃つのッて、かなりむじィんだぜ……」

 「ほら、エルスも頑張らないと、ナナシさんの方が強くなっちゃうかも?」

 「ご主人様なら問題ないのだ! 安心するのだー!」

 「――うん。僕も、エルスなら大丈夫だと思う」

 思わぬライバルの存在に、少々気落ちするエルス。だが、仲間たちの激励により、すぐに笑顔を取り戻した。

 「そうだなッ!――よし、俺も冒険者として頑張るぜ!」

 「あは、その意気だよ。みんなのことも応援してるからね」

 友人との再会を満喫したエルスたち。ナナシは本格的に霧が出る前に、家の中へと戻っていった。

 彼に別れを告げ、いっこうも街の入口へと戻る。

 もうすでに、周囲は霧に包まれていた――。



 「丁度いいや。霧ン中なら、魔力素マナも問題なさそうだ!」

 この霧には魔力素マナが多量に含まれており、上手く制御することで魔法の効果を上昇させることが可能だ。

 また、霧には街中の建物や街道といった人工物を修復する効果も秘められている。こうしている間にも、砕け散った敷石や、門に付いた衝突痕などが、次第に元通りになってゆく。

 ――だが、この不思議な現象にもエルスらは一切の関心を示さない。彼らにとっては見慣れた光景。常識なのだ。


 「でも大丈夫? 迷ったりしない?」

 心配そうなアリサをよそに、短杖ワンドを構えたエルスは、自信に満ちた笑顔をみせる。

 「慣れた道だし平気さ!――それじゃ、に帰ろうぜ!」

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