第3章 ガルマニアの再興

第1話 冒険者の街へ

 アルディア大陸・中東部に位置する〝商業都市ランベルトス〟の郊外にて。太陽ソルあさに照らされながら、三人の〝冒険者〟が旅の準備を進めていた。


「よしッ! こっちは準備完了だ!」


 銀髪の若い青年が、安物の剣を腰に差しながら言う。買ったばかりの剣に、冒険者用の厚手の服。その上に、黒いマントをったシンプルな姿だ。


 彼の名はエルス。世界を駆ける〝冒険者〟としての実力は、まだまだ半人前とえる。――しかし、先日のこと。エルスは〝ランベルトス〟に迫る危機を打ち払った英雄として、街の指導者から〝特命ギルド〟なる組織を与えられるにいたったのだ。



「へへッ、やっぱ剣がェとな! アリサ、ミーファ! 準備はいいか?」


「うんっ、大丈夫」


 アリサと呼ばれた茶髪の少女が返事をする。


 彼女は長いポニーテールが邪魔にならないよう、髪を白いマントの間に挟み込んだ。さらに、重量感のある厚革製のリュックサックを、軽々と背負い上げる。小柄な体格のアリサであるが、こう見えて彼女の身体能力は高い。


「ご主人様、ミーも準備完了なのだー!」


 アリサに続き、ミーファという名の少女が、元気よく拳を突き上げる。


 ミーファは〝ドワーフ族〟ゆえに幼い容姿をしているが、実年齢はアリサよりも二つも上だ。彼女は長い金髪をツインテールにい、上質に仕立てられたメイド服と、黒いマントを身に着けている。この服装は本人いわく、らしい。


             *


 ランベルトスをおそった〝危機〟から数日後――。事後の雑務も落ち着いたことで、三人はエルスらの故郷へ向かうべく、真っ直ぐに伸びる街道へ集まっていた。


 それはこれから迎えるであろう、そなえるという意味もあった。


「それじゃ行くぜ! あッ、途中で力尽きちまッたらすまねェ」


 エルスは右手の短杖ワンドに左手をかざしながら、静かに呪文をえいしょうする。


「マフレイト――ッ!」


 風の精霊魔法・マフレイトが発動し、エルスら三人をドーム状の風の結界が包み込む。結界は地面からわずかに浮上し、街道沿いの平原を高速で飛行しはじめた。


「ぐおッ……! やっぱ、まだ〝せいれいせき〟無しじゃツラいなッ……」


「無理しないでね? エルス」


 急激な魔力素マナの減少による目眩めまいが、エルスをおそう。アリサは大荷物を背負いながら、さり気なく彼の身体を両手で支えた。



「大丈夫だ……! ファスティアで、ちょっと休憩できるしなッ」


「団長さん、元気かなぁ。もう手紙は届いたと思うけど」


 二人は、かつて滞在していた〝冒険者の街〟への想いをせる。冒険者としての活動にも一区切りがついたということで、一連の〝事件〟のほったんとなった〝ファスティア〟の街にて、もろもろの報告を行なう予定なのだ。


「団長に〝あの日記〟のこととか、早く知らせてやンなきゃなッ……!」


「ふっふー! 楽しみなのだ!」


「そっか。ミーファちゃんは、ファスティアは初めてなんだっけ」


 ミーファとは冒険の中で出会い、現在の仲間に加わった。


 出会った当初は勘違いから、望まぬ戦闘にも発展したが――。後にミーファはエルスたちの頼もしい仲間となってくれた。その際、彼女は自身を打ち負かしたエルスを〝ご主人様〟と呼びはじめ、そのままこんにちにまで至っている。


「そうなのだ! それに、アリサの〝おじいさま〟にも会ってみたかったのだ!」


「きっと喜ぶんじゃないかなぁ。なんたって、ミーファちゃんは〝王女さま〟だし」


 アリサの祖父はミーファと同じドワーフ族であり、アリサ自身もドワーフの血を引いている。それゆえに、彼女は小柄な体格ながらも、並外れた怪力を秘めている。そして、ミーファはドワーフの王国における〝第三王女〟の立場にある人物だ。


             *


 少女らが会話に花を咲かせるなか、エルスは必死に運搬魔法マフレイトを制御し続けていた。街道を離れて最短のルートを進んでいることで、景色が目まぐるしく変化する。


 やがて周囲の光景は青々とした耕作地から、赤茶けた荒地へと移り変わってゆく。


「おし、そろそろファスティアだなッ……! でも……、わりィ!」


 そう言ってエルスは移動速度を落とし、結界を完全に停止させる。直後、が解けるや三人は荒地へと足を着き、エルスが地面にへたり込む。



「やっぱたなかったぜ……。これ以上魔法を使うと動けなくなっちまう」


「うん。仕方ないよ。もうすぐだし、歩いていこ?」


「ふぅ……。まだまだ修行が必要だな、こりゃ……」


 一息ついて立ち上がり、エルスがマントのすなぼこりはらう。一般的な〝人類〟と異なり、エルスは体内の魔力素マナしょうもうすると、立つことも不可能になってしまう。


 エルスが前方へと視線をると、地平線の先に、石造りの壁と巨大なテント状の屋根が、うっすらと浮かんでいるのが確認できる。



「相変わらずデケェなぁ、あの酒場。アリサの荷物のこともあるし、街の裏側から入って、団長とナナシの所にだけ寄ッてくか」


 ファスティアには〝酒場〟を中心に複数の街路が伸びており、その一本はエルスたちの目的地である〝ファスティア自警団〟の本部にも繋がっている。


「いつもすごいもんねぇ、人混みとか。そうしよっか」


「承知したのだー!」


「よし! そンじゃ、改めて出発だッ!」


 恩人と友人の住む街を指さしながら、エルスがようようと足を踏み出す。その瞬間、はしらじょうに伸びたがんかげから、人型の〝なにか〟が飛び出してきた。



「おおっと!? 魔物かッ!」


 エルスは即座に戦闘態勢に入り、腰にげられた剣を抜く。


 前方に現れたは一見すると、剣を手にした人間にも思えるが、頭部は〝犬〟のになっている。


 魔物は剣を振り上げながら、猛犬のようなほうこうげる。そのたけびにおうされ、周囲の岩陰からは、続々と〝仲間〟が現れた。


のコボルドだねぇ。ちょっと懐かしいかも」


「ふふー! 正義の賞金稼ぎは、魔物退治にも手を抜かないのだー!」


 ミーファが右手を一振りすると、その手に巨大な斧が出現する。エルスらの腕には、武器を収納可能な腕輪バングルめられている。これは彼らの仲間である錬金術士、ドミナが製作した特殊なアイテムだ。


「魔物退治は、冒険者の仕事だしなッ! アリサ、じっとしててくれ。もしも壊しちまうと、ドミナさんに怒られちまう!」


「わかった! 二人とも、がんばってね」


「ああッ、すぐに片づけるさッ! 戦闘開始――ィ!」


 エルスは剣を構え、正面のコボルドへ向かってはしる。剣術よりも魔法を得意とする彼だが、相手は駆け出しの冒険者でも問題なく倒せる魔物――。


「コイツらなら、剣だけで充分だッ! まずは一体ッ!」


 迎撃の構えをとったコボルドだったが、そのすきうように突き出された剣により、からだやすやすと貫かれる。急所を突かれたことにより、魔物はだんまつをあげることもなく、大地へとくず落ちた。


 倒れた魔物からは黒い霧――〝しょう〟があふし、やがて全身が黒煙となって、くうへと消え去ってゆく。



「こっちは任せるのだー! どーん!」


 ミーファは巨大な斧をかついだまま軽快にステップし、次々と獲物をねじ伏せてゆく。彼女の斧によって地面は大きくえぐれ、瘴気を放つだけのかたまりが、原型を留めることもなく穴の底に埋もれてゆく。


「そりゃー! 正義の鉄塊ちからを受けるのだー!」


「わぁ。あっという間にボッコボコ。ミーファちゃん、すごいなぁ」


 能天気に言いながら、アリサは小さく手を叩く。しかし、こうしていながらも、彼女は周囲への警戒をおこたってはいない。


 魔物を成敗し、得意げにポーズを決めるミーファ。すると彼女の近くの地面がいきなりはじけ、巨大なミミズ型の魔物が顔を出した。



「わわっ! 不意打ちはきょうなのだー!」


 ミーファはあわてて武器を構えるも、不気味に開いたミミズの口からは粘液があふれており、いまにも強酸性の粘液弾が発射されようとしている。


「エンギル――っ!」


 魔物の攻撃の寸前――。アリサの光魔法・エンギルが発動し、複数の光の輪が〝刃〟となって、巨大ミミズを斬り刻んだ。


 太い胴体を輪切りにされ、ミミズの身体が次々と地面へ落下する。


「ふふー! いただくのだー!」


 ミーファはミミズの一片をつかり、おもむろかじりついた。しかし、間もなく肉片は黒い塊となり、瘴気となって消滅する。



「うえぇ……。しくないのだー」


「当たり前だろ……。おまえ、何やってンだ?」


 コボルドたちを片づけ終え、ミーファのもとへと駆け寄ってきたエルス。彼は腰をかがめながら、んでいる彼女の背中をでてやる。


「うー。久しぶりに食べたくなったのだ。ドワーフ風・鉱山ミミズのステーキ!」


「あっ、美味しいよねぇ。あれ」


 エルスの背後でうなずきながら、アリサがミーファに笑顔を向ける。


「うぇッ、マジか……。ッていうかアリサ、おまえも食ったことあったのか?」


「えっ? エルスも『美味しい』って言ってたよ? おじいちゃんの料理」


 アリサの祖父はドワーフ族だ。当然ながら、ドワーフ伝統の料理にも精通している。エルスはながらも、自身の口元を両手で押さえた。


「まさか、あのハンバーグとかッて……」


「うん。せっかくミーファちゃんもいるし、ウチに帰ったら作ってもらお?」


「おー! 楽しみなのだー! ご主人様、早く向かうのだー!」


 ミーファは嬉しそうに大きくびはね、エルスの肩へとまたがった。これは彼女いわく、『ご主人様のトレーニングのため』らしい。事実、筋力不足のエルスは、アリサが軽々と背負っている〝荷物〟を持ち上げることすら出来なかったのだ。


「わッ、わかったッて……。それじゃ、まずは冒険者の街ファスティアへ向けて出発だッ!」

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