最終話 いざ、新たなる冒険の旅へ!

 アルティリア北方の高山地帯。

 勇者ロイマンの一行パーティは、雪におおわれた山道を進んでいた。


 その時、太陽ソルまたたくような光を放ち、上空に幼い少女の映像が浮かび上がる。


「オッ? なんだ?」


 ゲルセイルは手でひさしを作りながら、青い空を見上げる。

 太陽ソルまでの距離が近いせいか、より映像は鮮明だ。


「ミルセリア大神殿からのせんたくです」


 銀髪の少女が語った内容は、ランベルトスのギルド制度が全世界へ適用されるというものだった。少なくとも、今の彼らには価値の無い情報だ。


「フン。ペテン師め」


「うふふっ……」


 ロイマンは一笑に付し、構わず雪山を進む。

 ハツネは物憂げな目で空を見上げたあと、ロイマンの背中に続く。



「チェ。ランベルトスか。な名前を聞いチマッタゼ」


「いいなー、あたしも銀髪にしたかったかも! あっ、待ってよゲルっちー!」


 ロイマンらの後をゆくゲルセイルを、アイエルがあわてて追いかける。

 そんな彼らの最後尾で、ラァテルだけが静かに空を見つめていた。


「銀髪か……」


 ひとりつぶやいたラァテルの脳裏に、一人の男の姿が浮かぶ。


「エルス――。貴様の〝らくいん〟は、俺がもらう」


 あかい瞳に殺意と決意の炎を宿し、ラァテルは静かに歩を進めた。


             *


「ふぅむ。どうやらザグドは失敗したようですね。――まあいいでしょう。どのみちの〝弟〟は、とうに逃げ出していましたからね」


研究所ラボ転送装置テレポータも壊れちゃったみたいねん。むしろ好都合かしらん?」


「ええ。もうランベルトスは用済みです。支援者パトロンは他にもいますからね」


 ボルモンクさんせいは神経質そうにろうを歩きながら、さきほどの研究所での成果を、せっせと手帳に書き込んでいる。彼らの右手側には円形の大きな窓が並び、そこから太陽ソルの光と共に、少女の幻影がのぞえる。


「銀髪……。そう、あの時もそうだった……」


 ゼニファーは足を止め、窓の外をる。かつて自身が魔法学校の学生だった頃、空に浮かんでいる人物が〝勇者ロイマン〟の誕生を告げたことを思い出していた。


「じゃあ、やっぱりエルスって――」


「何をしているのです? ゼニファー。急ぎなさい!」


「ごめんなさい、博士センセ。すぐに行くわん」


 あるじからのしっを受け、ゼニファーは小走りで彼の元へと向かう。



「これは……。まだ黙っておいたほうがイイかもねん……」


 はるか前方をけがれた白衣を追いながら、ゼニファーは小さくつぶやいた。


             *



 魔法王国リーゼルタにる〝王立魔法学校〟にて。

 校舎の窓から外を眺め、ジニアがためいきをついていた。


「銀髪かぁ。誰かさんを思い出すわね……」


 太陽ソルを背にするように、青空に浮かぶ少女の映像。

 あの彼女はさきほどから、なにやら小難しい話をし続けている。


「ランベルトスかぁ。エルスたちが行ってるんだっけ。元気かなぁ、ニセルさん」


 どうにか理解できる単語を拾い上げ、ジニアが再び大きな息を吐く。


「ジッニアー! お昼だよー! 一緒に買出しに行こーぜー!」


「うふふふ。ジーちゃん、いそご? ほら、いそいで? ね?」


「ちょっ!? 二人とも、いつからいたの!?」


 頭の中で甘美な妄想が広がりかけた矢先――。

 不幸にもジニアは学友たちによって、現実へと引き戻されてしまったのだ。


「って言うか! ジーちゃんはめなさいよねっ!」


「ええー? かわいいのに。ねぇ? ほら、かわいい。うふふふふ……」


「なんで壁に話してんのよっ……! わかったから! はやく行くわよっ!」


 ジニアはズレた眼鏡を正し、二人の少女を引き連れて購買部へと向かう。よほど〝宣託〟が珍しいのか、屋外の浮遊岩の上では、多くの生徒が弁当を広げていた。



             *



 世界中に〝宣託放送〟が行き届き、太陽ソルルナへと変化した頃。エルスはアリサ、ニセル、ミーファと共に、勝利のうたげを開いていた。


「よーッし! みんなお疲れさんッ! さぁ、乾杯だッ!」


 仲間たちとえんせきを囲みながら、エルスが右手でカップをかかげる。ニセルのグラスを除き、それらには新鮮なランベルベリージュースが、なみなみと注がれている。


「あーッ! ェ! 依頼を終えたあとの一杯は最高だぜッ!」


「ふっ、これが冒険者のだいってやつさ。良いもんだろう?」


「うんっ。それにしても、すごい金貨の山だねぇ」


 テーブルの中央には今回の報酬として受け取った〝金貨〟がうずたかく積まれ、を囲うかのように、多くのそうが並べられていた。


「ふっふー! 黄金の力は聖なる力! つまり、正義の証なのだー!」


 ミーファは皿に盛られたカラアゲにフォークを突き刺し、次々と口へ運ぶ。エルスも負けじと手を伸ばし、を一口かじった。


「おッ? これって、ツリアンで食ったヤツじゃねェか?」


「ほう……。気づいたかい? やるもんだ……」


 ちゅうぼうから現れた店主マスターが、新たな料理をテーブルのすきに置く。これはツリアン名物の一つである、〝卵ソースのサラダ〟のようだ。



「じつは今ぁ……。ツリアンから来たシェフに、料理を教わっていてな……」


「こんばんは! 皆さん!」


 店主マスターに続いて姿を見せた女性が、ていねいをする。なんと彼女は、ツリアンの宿で出会った〝ロマニー〟だった。


「あッ、あン時の姉さん! ッていうか、その服ってミーファの……」


「おー! まさに正義のメイド服なのだー!」


「そうです! あまりにも可愛らしくて、私も頑張って作ってみました!」


 メイド服を着たロマニーが嬉しげに、その場でくるりと回ってみせる。


「すごいなぁ。みんな器用だねぇ」


「ああ。よく似合っている」


「皆さんのおかげですっ! ありがとうございました!」


 アリサとニセルに応えるように、可愛らしくポーズを決めた後、再びロマニーは厨房へと戻っていった。いつもはかんさんとしている店内も、心なしかにぎやかだ。



「ウチのかみさんも、あの服が欲しいとよ……。なんでも、街道沿いの林がれいになぎ倒されてぇ、ここへの近道が出来たんだと……」


 店主マスターは溜息をつくと同時に〝お手上げ〟のジェスチャをしてみせる。妻を深く愛している夫としては、思うところがあるのだろう。


「街道沿いのッて……。まさか……」


「あっ……。あの時の、正義の道」


「ふふー! ミーたちの正義は、見事に継承されたのだー!」


 ツリアンを出たエルスたちが林を抜け、ランベルトスへと向かう際。魔物と共に多くの木々を粉砕していた。結果的に、それが新たな〝通行路〟となったようだ。


「アンタらの仕業かい? 俺からも礼を言うぜ……。おかげさんで、ウチにもいメニューが増えたしな……。客足も上々だ」


 店主マスターはニヤリと口元を上げて一礼し、カウンターの裏へと戻っていった。


             *


「そっか。ツリアンにも人が増えるといいなぁ」


「とりあえずは戦争の心配も無さそうだしなッ!」


「ご主人様、つまるところ〝商人ギルドのいんぼう〟とは何だったのだー?」


 ミーファが疑問を口にするも、彼女の料理をつかむ手は止まらない。


「あー、それな……。念のためにいたんだけどよ……」


 なぜか声をひそめながら、うんざりとしたような様子でエルスが頭をかかえる。


「あの悪趣味な人形を大量に作って、世界中に売りさばくことだってさ……」



 エルスが大盟主プレジデント・シュセンドの口から聞かされた、陰謀の真相とは――。


 まずは、より精巧リアルで美しい少女の人形を造り、世界各地の富豪や要人らへと売りさばく。その後、人形の魅力によって骨抜きにされた彼らから〝機密情報〟を聞き出し、ランベルトスが介入することによって、内側から支配するというものだった。


「なるほどな。下手に兵力を持つよりも、恐ろしいかもしれんな」


「そうなのか……? 馬鹿らしくて、上手くいくとは思えねェけど……」


「ふっ……。まぁな」


 ニセルは含みを持たせるように言い、静かにグラスをらす。すでに彼の左腕は元通りに修復されているものの、いわく「まだ中身は空っぽ」とのことだ。


             *


「そういえば、次の目的地は決まったかい?」


「ああ、それなんだけどさ――」


 エルスは食事を中断して食器を置き、仲間たちの顔を見回す。


「こっから東にあるっていう〝ガルマニア〟に行ってみてェなッて」


「おー! ミーは賛成なのだ! あの地からは強烈な悪の気配を感じるのだー!」


「あの〝魔王に滅ぼされた〟っていう国?」


 アリサは二セルの顔をる。

 彼女からの視線を受け、ニセルが静かにうなずく。



「そうだ。今は近隣のトロントリアに、帝国の残党騎士たちが集まっている」


「じゃあ、魔王を?」


 今度は一同の視線が、エルスへと集中する。

 そんな仲間たちの顔を見回したあと、エルスが満面の笑みで握り拳を作る。


「ああッ! 倒しにいくぜッ!」


「そうか。それが、お前さんの目的だったな」


 ニセルは「ふっ」と息を吐き、改めてエルスに向き直る。


「だが、ガルマニアは謎が多い。魔王が生み出した壁と結界によって、近づくことも出来んそうだ。下手をすれば、残党騎士団と戦闘になる可能性もあるぞ」


「上手く説明できねェけど、まだ魔王――」


 エルスは言いかけた言葉を慌てて修正する。


「じゃなくッて。……まだ魔王は倒せるとは思えねェ。だからさ、魔王の〝手がかり〟だけでも見つけたいなッて」


 数十年前、魔王によって滅ぼされ、今なお〝闇〟の中に封印されているとされるガルマニア帝国。エルスはに〝魔王〟のこんせきを求めるべく、謎に包まれた帝国を目指す決意を仲間たちに熱く語る。



「わかった。――かなり危険な旅になるな。充分な準備をしておこう」


「そうだね。わたしも次の冒険の前に〝準備したいもの〟があるし」


「ふふー! あのまわしき地に、我らの正義を刻むのだー!」


 エルスの熱意が通じ、仲間たちからの同意を得ることもできた。

 そこで彼は立ち上がり、気合いを入れるべく拳を高々と突き上げる。


「ありがとな、みんなッ! よしッ、次の冒険はガルマニアに決定だ――ッ!」


 新たなる目的地を定め、エルスたちの冒険は続く。

 彼らの物語は、まだ始まったばかりなのだ――!





 ミストリアンクエスト:第2章/ランベルトスの陰謀 【終わり】

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