第40話 冒険者のギルド

 「そうですか。魔王のらくいん――タイプ・リーランドの行方が」

 「ええ。いやぁ、ワタシも驚きましたよ! 何せ、魔王の中でも一番の暴君でしたからねぇ」

 純白の石材と魔水晶クリスタルによって建立された、そうごんなるミルセリア大神殿。

 その最も権威ある神殿の『きょくじつの間』にて、二人の人物が言葉を交わしていた。

 「十三年間。勇者ロイマンから、新たな魔王実体の出現がなかったのは」

 「まさか、彼が偽りの勇者だったとは!――ああ、失礼! 彼に勇者の称号を与えたのは、ミルセリアさんでしたねぇ。はっはっは!」

 「ルゥラン……? まったく、貴方あなたという人は……」

 聖なる白布と貴金属で織られた法衣をまとう、幼い少女。彼女――ミルセリアは、ルゥランを軽くにらむ。

 もっとも、このようなことで彼が態度を改めるはずがないことは、ニ千年前より知りえていた。

 「しかし、そのエルスという者。人の身で、これほど長期間烙印を抑え込むなど……」

 「おそらく『女王の罪の証』――ですかねぇ!」

 「……なんですって?」

 荘厳な玉座の上から、ミルセリアが再びルゥランへ目をる。すると彼は、ミルセリアの銀色の髪を指さした。

 「銀髪だったんですよ、エルスさん!」

 「では、リスティリアの……」

 「そういうことです!」

 「なるほど。彼女の子ならば、あり得ますね」

 ものげにたんそくし、ミルセリアは肘掛けにて頬杖をつく。これまで生きてきた年月に比べれば、半身と離別してからの時間など微々たるものだ。

 「ですが、あの烙印にあらがい続けることは……」

 「不可能!――ですので、闇魔法を教えてさしあげました! もしかすると、活性化してしまう可能性もありますけどねぇ」

 「を飼いならせると? 精霊族とはいえ、無謀なる賭けに思えますが」

 「大丈夫ですよ! きっと神様がついておられますから! はっはっは!」

 「よもや、神頼みに帰結させるとは……」

 ミルセリアは目を閉じ、ゆっくりとかぶりを振る。

 「おや、ミルセリアさん! アナタ、神様に一番近しい御方ではありませんか!」

 「だからこそ、救いは無いといるのです」

 はるかそうせいの頃、彼女は神の化身だった。

 人々の前にけんげんせしそうせいしん・ミストリアの『神の器アバター』――それがミルセリアだ。


 「もはや我が身に、神力は無い。今の私は、虚なる器にすぎません」

 「ごけんそんを! まぁ、今はさいせいしん・ミストリア様の時代ですからねぇ」

 「再世神――かつての名もなき旅人。彼の活躍は、まだ『私』となる以前のこと」

 「懐かしいですねぇ。ワタシがお会いした頃は、アインスと名乗っておられましたよ!」

 ルゥランは嬉しそうに、ふところから幼児向けの絵本を取り出した。

 ――勇者が魔王を倒す、ありふれたぼうけんたんだ。

 「この『厳格なエルフの長老』って、ワタシなんですよ? はっはっは!」

 「貴方あなたは、何を持ち歩いて――勇者アインスと、魔王リーランドの物語……?」

 「ご名答!」

 絵本をミルセリアに手渡し、ルゥランは小さく拍手をする。

 しばらくすると、一人の聖職者が現れ、おごそかにひざまずいた。

 「――失礼します。ミルセリア様、せんたくの準備が完了いたしました」

 「わかりました。すぐに向かいます」

 彼が下がったのを確認し、ミルセリアは絵本をルゥランへ返却する。

 「はぁ……。私が、幼児絵本こんなものを読む姿など……」

 「聖書ですよ、聖書! ほら、ちゃんと神様も登場してますし!」

 「口が減りませんね。もう行きますよ」

 ルゥランの手を借りて玉座から降り、ミルセリアはきょくじつの間をあとにする。小さな彼女の姿を見送り、ルゥランは静かに姿を消した――。



 「でかしたのぢゃ! やってくれると信じておったぞ!」

 商人ギルドの大盟主プレジデント・シュセンドは玉座の上で手足をバタつかせ、喜びを表現する。

 工房へ直行したエルスたちは瀕死のザグドをドミナに預け、エルスとアリサ、クレオールの三人が報告に訪れていた。

 「へへッ、仲間たちのおかげさ!」

 「みんな頑張ったもんねぇ」

 左腕を損傷したニセルのほか、錬金術の心得のあるミーファも工房へ残った。ドミナは嬉しそうに悪態をいたあと、すぐに処置に取り掛かった。

 『素人にチョロチョロされても邪魔だからさ。ほら、早く顔を見せてやりな!』

 そう言って、エルスたちを追い出したドミナ。彼女は終始笑顔だった。

 「――でも、あの博士はかせには逃げられちゃったねぇ」

 「うむっ! ぢゃが、もう二度とランベルトスの門はくぐらせぬ!」

 「それじゃ、『こうの杖』のどころも潰せたし、戦争の心配もェ。一件落着ってとこか!」

 「うんっ、よかった」

 アリサは心からあんする。負傷はあったものの、全員が無事に帰還できたことが、彼女は何よりも嬉しかった。


 「お待たせいたしました。――お父様、ただいま戻りましたわ」

 新しいドレスに着替えたクレオールが遅れて現れ、優雅に一礼する。

 どうへいの薄汚れた外套クロークを脱ぎ、彼女もようやく解放を実感することができたようだ。

 「我が愛しのクレオールよ! ささっ、こう寄るのぢゃ!」

 「ひっ……! おやめくださいなっ!――まったく……!」

 娘に拒絶され、シュセンドはガックリと肩を落とす。

 「ううっ、お気に入りの『クレオール2号』ちゃんは行方不明のうえ、1号ちゃんにも嫌われてしまったのぢゃ……」

 「だっ……誰が1号ですか! 次におっしゃいましたら、本気で怒りますわよっ!」

 全力で抗議を示すクレオール。エルスは、そっとアリサに耳打ちをする。

 「……やっぱり、例の人形ッて……」

 「……黙っておいたほうが、よさそうだねぇ」

 そう言って、エルスたちは小さくうなずきあった――。


 「それはさておき、報酬なのぢゃ!」

 シュセンドが合図をすると、メイド姿をした人形が大きな革袋を運んできた。エルスは袋を受け取り、そのまま冒険バッグへう。

 「ありがとな、親父おやぢさんッ!――よし、あとで山分けだ!」

 「もう一つ! 実は、とっておきの報酬があるのぢゃ!」

 「えっ? なんだろ?」

 「それは!――なんと、諸君らを『特命ギルド』に任命することぢゃ!」

 「へッ? 特命ギルド?」

 首をかしげるエルスに、シュセンドは早口で概要を説明する。

 ――要約すると、全世界にギルド制度が施行されたことによって生じる、様々な問題へ対応するためのギルドのようだ。

 「それって、ただの雑用係なんじゃ……」

 「いっ……いやいや! ほれ、特命ギルドはこのように、すぺしゃるな権力を持っておるのぢゃ!」

 「へぇ?――まッ、いいか! どのみち、世界中を冒険するつもりだしさ!」

 「決まりぢゃな! それに、この街に『商館』も用意しておる! いつでもランベルトスに帰って来るのぢゃ!」

 「わかった! ありがとな!」

 エルスは別の人形が差し出した契約書にサインをする。ぎこちない動きは相変わらずだが、人形はすべて、メイド服を着用したものになっていた。

 サインの代わりにてのひらだいの水晶板を受け取り、エルスは冒険バッグに入れる。


 「では、わたくしもエルスたちのギルドへ移籍しますわね。お父様!」

 「なっ、なんぢゃと!?」

 「ギルドである以上、運営にも長けた者が必要でしょう? 別に、街を出て行くわけではありませんし」

 「そ……それはそうぢゃが……。むうぅ、仕方ないのぢゃ……」

 クレオールの宣言を、シュセンドは渋々ながら承諾する。エルスは改めて、彼女にたずねる。

 「クレオール、いいのか?」

 「ええ。……どうか、わたくしを助けると思って……。よろしくお願いしますわ」

 「そっか! じゃあ、よろしく頼むぜ!」

 「クレオールさん、これからもよろしくねっ!」

 新たに冒険者としてのギルドを結成し、クレオールを仲間に加えたエルスたち。

 エルスとアリサは商人ギルドをあとにし、本日は宿へ戻ることにする。


 ――すると突如、太陽ソルが数度の光を放ち、上空に巨大な映像が浮かび上がった!


 「んッ?――これって、ロイマンが『勇者』になった時の……」

 エルスは空を見上げ、幼少時のつらい記憶を呼び戻す。

 映像にはと同じ銀髪の少女が現れ、明瞭に語りはじめた――

 「――ミルセリア大神殿からのせんたくです。本日より、全世界に対し『ギルド制度』が適用されました――」

 内容は、さきほど大盟主プレジデントから聞いたものと似通っており、特筆すべきことは無い。

 ――だが、エルスは内容よりも、少女の姿に釘付けになっていた。

 「あいつは――いや、あいつも銀髪なのか……?」

 「エルスと一緒だねぇ。あっちの方が神秘的でれいだけど」


 エルスの脳裏に、ボルモンクさんせいの言葉がよみがえる。

 『自らの特異性に自覚が無かったのですか?』


 自覚が無かったわけではない。

 ただ、これまでのエルスにとってはに過ぎなかったのだ。

 「俺は……、何者なんだ?」

 上空へ向けて、エルスはつぶやく。

 彼の問いに答える者は、には居なかった――。

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