第40話 冒険者のギルド

 純白の石材と黄金と、魔水晶クリスタルによってこんりゅうされた、ミルセリア大神殿。この世界で最も権威ある神殿内の〝きょくじつの間〟にて、二人の人物が言葉を交わしていた。


「そうですか。ようやく〝タイプ・リーランド〟の行方ゆくえが判明したのですね」


「いやぁ、ワタシも自分の〝眼〟を疑いました! 魔王リーランドといえば、これまでの歴史の中でも、一番の暴君でしたからねぇ」


 ルゥランが頭をきながら、能天気に笑ってみせる。彼の隣には金と魔水晶クリスタルで装飾された玉座があり、そこには幼い少女が座っている。


「十三年もの間、勇者ロイマンから新たな魔王実体が出現しなかったのは……」


「まさか〝いつわりのゆうしゃ〟だったとは驚きですねぇ!――ああ、失礼! 彼に〝勇者〟の称号を授けたのは、他ならぬミルセリアさんでした! はっはっは!」


「ルゥラン……。貴方あなたという人は……」


 聖なる白布と貴金属で織られた法衣をまとった少女。彼女――ミルセリアは、自身の玉座のそばで笑うルゥランを軽くにらむ。もっとも、この程度の抗議で彼が態度を改めるはずがないことは、ニ千年前より知りえていた。



「しかし、その〝エルス〟という者。ヒュレインの身で、これほどまでの長期間にわたって〝おうらくいん〟を抑え込むとは。素性は判明しているのですか?」


「それが、まったく! なぜ見落としてしまったのか、見当もつかないといった状況ですねぇ。――まぁ、ワタシの予想ですと〝女王の罪の証〟ではないかなと!」


「なんですって……?」


 高い玉座に腰かけたまま、ミルセリアが再びルゥランを見上げる。すると彼はにこやかな笑みを浮かべたまま、彼女の〝銀色の髪〟を手でさした。


「銀髪だったんですよ。エルスさん!」


「では、その者はリスティリアの……?」


 ミルセリアの問いに対し、ルゥランが笑顔でしゅこうする。


「なるほど。彼女の子ならば、あり得ますね」


 ものげにたんそくし、ミルセリアがひじけにほおづえをついた。



「しかしながら、あの〝烙印〟にあらがい続けることは……」


「不可能!――ですので、彼に〝闇魔法〟を教えてさしあげました! もしかすると、より〝活性化〟してしまう可能性もありますけどねぇ!」


を飼いならせると? たとえ〝精霊族〟といえど、ぼうにも思えますが」


 ルゥランのペースにまれることもなく、ミルセリアは冷静に状況を分析する。


「大丈夫ですよ! きっと〝神さま〟がついておられますから! はっはっは!」


「よもや〝神頼み〟にけつさせるとは……」


 あきれたように目をじながら、ミルセリアはゆっくりとかぶりを振った。



「おやおや! アナタは神さまに一番近しいかたではありませんか!」


「だからこそ――。救いは無いとうれいているのです」


 はるか古代のそうせい、彼女は〝神の化身〟だった。人々の前にけんげんせし、そうせいしんミストリアの神の器アバター。――それが〝ミルセリア〟であったのだ。


「もはや我が身にごんのうは無い。私は、ただの〝うつろうつわ〟にすぎません」


 ていかんあらわにするミルセリアに対し、ルゥランが楽しげに笑い声を上げる。


「ごけんそんを! まぁ、今は〝さいせいしんミストリアさま〟の時代ですからねぇ」


「再世神。かつての名もなき旅人。彼の活躍は、まだ〝私〟となる以前のこと」


「いやぁ、懐かしいですねぇ! 確か、ワタシがお会いした頃には〝アインス〟と名乗っておられましたっけ! ご立派になられたものです!」


 ルゥランは笑みを浮かべながら、ふところから幼児向けの絵本を取り出す。それは〝勇者〟が〝魔王〟を倒すという、ありふれたぼうけんたんを題材としたものであるようだ。


「ほら、この〝げんかくなエルフの長老〟って、ワタシなんですよ? はっはっは!」


貴方あなたは、何を持ち歩いて――。勇者アインスと、魔王リーランドの物語?」


「ご名答!」


 絵本をミルセリアに手渡し、ルゥランは小さく拍手をしてみせた。


             *


 ミルセリアが絵本に視線を落としていると、やがて一人の聖職者が〝旭日の間〟に現れ、おごそかな様子で玉座の前にひざまずいた。


「失礼します。ミルセリアさま、〝せんたく〟の準備が完了いたしました」


「わかりました。すぐに向かいます」


 聖職者が下がったのを確認し、ミルセリアは〝絵本〟をルゥランに返却する。


「はぁ……。私が幼児向け絵本こんなものを読んでいる姿を見せるなど……」


「聖書ですよ! せ・い・しょ! ほら、ちゃんと〝神さま〟も出てますし!」


「口が減りませんね。――さて、もう行きますよ」


 ルゥランの手を借りて玉座から降り、ミルセリアも〝旭日の間〟から退出する。そんな彼女の小さな姿を見送ったあと、ルゥランは静かに姿を消した。



             *



 ミルセリアとルゥランが会話を交わしていた頃――。激戦を終えて帰還したエルスたちは、ランベルトスの〝商人ギルド〟を訪れていた。


「でかしたのぢゃ! やってくれると信じておったぞ!」


 商人ギルドの〝大盟主プレジデント〟シュセンドは玉座の上で手足を大きくバタつかせ、全身で喜びを表現する。帰還後、工房へ直行したエルスたちは瀕死のザグドをドミナに預け、エルスとアリサ、クレオールの三人だけが報告へと向かったのだ。


「へへッ。こうやって成功したのは、仲間たちのおかげさ!」


「みんな頑張ったもんねぇ」


 現在、左腕を損傷したニセルのほか、錬金術の心得のあるミーファも〝ドミナの工房〟へ残ることとなった。ザグドの生存を確認したドミナは嬉しそうに悪態をいたあと、すぐに彼に対する処置に全力で取り掛かった。


『素人にチョロチョロされても邪魔だからさ。早くお嬢の顔を見せてやりな!』


 そう言ってエルスたちを追い出したドミナ。しかしながら、その言葉のとげとげしさとは裏腹に、彼女の顔にはおさえようのない笑みがあふれていたのだった。



「あの〝博士はかせ〟には逃げられちまったけど、研究所ラボってとこはブッ潰した。もう〝こうつえ〟も作れねェし、戦争の心配もェ。とりあえずは一件落着だな!」


「そうだねぇ。本当によかった」


 アリサはあんしたように、自身の胸に手を当てる。負傷者こそ出たものの、全員が生還できたことが、なによりも嬉しかったのだろう。



「お待たせいたしました。――お父様、ただいま戻りましたわ」


 エルスたちが報告を行なっていると、新しいドレスに着替えたクレオールが玉座の間へと姿を見せ、優雅な一礼をしてみせた。身に着けていたどうへい外套クロークを脱いだことで、彼女もようやく〝解放〟を実感することができたようだ。


「ををっ! 我が愛しのクレオールよ! さぁ、こう寄るのぢゃ!」


「ひっ……!? おやめくださいなっ! まったく……!」


 もなく娘に拒絶され、シュセンドがガックリと肩を落とす。


「ううっ、お気に入りの〝クレオールごう〟ちゃんは行方不明のうえ、いちごうちゃんにも嫌われてしまったのぢゃ……」


「だっ……、誰が壱号ですか! 次におっしゃいましたら、本気で怒りますわよ!」


 全力で抗議を示すクレオールをながら、エルスはアリサに耳打ちをする。


「やっぱ研究所あそこにあった人形ッて、親父おやぢさんの……」


「黙っておいたほうが、よさそうだねぇ」


 そうつぶやき合いながら、エルスたちは小さくうなずいた。


             *


「ささっ! それはさておき、オヌシらにほうしゅうを与えるのぢゃ!」


 シュセンドが合図のくばせをすると、メイド姿をした人形が大きな革袋を運んできた。エルスはから袋を受け取り、そのまま冒険バッグへとう。


「ありがとな、親父おやぢさんッ! あとで山分けさせてもらうぜ!」


「まだあるぞ! じつはもう一つ! とっておきの報酬があるのぢゃ!」


「えっ? なんだろ?」


 アリサは自身の口元に指を当てながら、視線を天井へと向ける。


「ふふふ、驚くがよい。この度の素晴らしい働きに応えるため、大盟主プレジデントであるワシの権限を使い――。諸君らに名誉ある〝特命ギルド〟を与えようぞ!」


「へッ? 特命ギルド?」


 首をかしげるエルスに対し、シュセンドが早口で〝特命ギルド〟の概要を説明する。要約すると、は全世界に〝ギルド制度〟が施行されたことによって生じる様々な問題へ対処するための、特別な使命を帯びたギルドであるとのことだった。



「それって、ただの雑用係なんじゃ?」


「いやいや! 特命ギルドはこのように、すぺしゃるな権力も持っておるのぢゃ! きっと諸君らの、これからの冒険にも役立つぞ!」


 アリサの言葉を即座に否定し、シュセンドは分厚い紙束を取り出してみせる。


「へぇ? まッ、いいか! どのみち俺たちは世界中を冒険するつもりだしさ! 冒険者のでいいなら、ギルドでもなんでもやってやるぜ!」


「決まりぢゃな! それに、この街に諸君らの〝ギルド商館〟も用意しておるぞ! このランベルトスをきょてんとし、活動を続けるがよいのぢゃ!」


「わかったッ! 色々と考えてくれてありがとな!」


 エルスは別の人形が差し出ししてきた〝契約書〟にサインを記す。ぎこちない動きは相変わらずだが、これらの人形はすべて、メイド服を着用した姿になっていた。


 その契約書と引き換えに、エルスはから薄い魔水晶クリスタルの付いたてのひらだい魔導盤タブレットを受け取り、ぞうに冒険バッグに放り込んだ。



「ではわたくしも、エルスたちのギルドへ移籍しますわね。お父様?」


「んなっ!? なんぢゃと!?」


「ギルドである以上は、その運営に長けた者も必要でしょう? 別にランベルトスを出て行くわけではありませんし、時々は顔を見せますことよ」


「むうぅ、さすがはクレオール……。抜け目ないのぅ。仕方ないのぢゃ……」


 いきなりのクレオールの宣言を受け、シュセンドは渋々ながらに承諾する。



「クレオール、本当にいいのか?」


「ええ。……どうかわたくしを助けると思って。よろしくお願いしますわ」


 クレオールは父をいちべつし、エルスにこんがんするような表情をみせる。


「そういうことか……。わかったッ! よろしく頼むぜ!」


「クレオールさん、これからもよろしくねっ」


 こうして〝冒険者のギルド〟を授かり、クレオールを仲間に加えたエルスたち。報告を終えたエルスとアリサは商人ギルドをあとにし、宿へと戻ることにした。


             *


 二人が商人ギルドの巨大な〝ギルド商館〟を出た直後――。とつじょとして太陽ソルが数度の光を放ち、上空に巨大な映像が浮かびはじめた。


「んッ? これって、ロイマンが〝勇者〟になった時の……」


 エルスは空を見上げながら、幼少時のつらい記憶を呼び起こす。半透明の映像には銀髪の少女が映っており、やがて空からはめいりょうな音声が降り注ぎはじめた。


「ミルセリア大神殿からのせんたくです。本日より全世界に対し、新たに〝ギルド制度〟が適用されることとなりました」


 内容は、さきほど大盟主プレジデントから聞いたものと同一であり、特筆すべきことは無い。――だが、エルスは言葉ではなく、少女の姿に釘付けとなっていた。



「昔は気にもならなかったけどよ、あいつ銀髪だったのか……」


おんなじだねぇ。あの人の方がれいだけど」


 エルスの脳裏に、ボルモンクさんせいが放った言葉がよみがえる。


『自らの特異性に自覚が無かったのですか?』


 決して〝自覚〟が無かったわけではない。単純に、これまでのエルスにとっては気にするにもあたいしない、に過ぎなかっただけなのだ。


「俺は……。いったい何者なんだ……?」


 空に映る少女へ向けて、しぼすようにエルスが呟く。そんな彼の問いに答える者は、には誰もいなかった――。

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