第39話 揺蕩いし命の弥終に

 襲いかかる闇の手足と、降り注ぐ光の雨。

 魔導生命体ホムンクルスの猛攻をかわしながら、エルスは仲間たちへと視線をる。


《まだ間に合わせの機能ちからでね。一方的に話させてもらうぞ》


 頭の中に響く声。それはまぎれもなくニセルのものだ。皆の元へも届いているのか、仲間たちは一様に耳や頭を気にしている。


《いいか? おそらくコアは、ヤツの下腹部にある》


 意味を理解できなかったのか、首をかしげるエルスに対し、アリサが自身の子宮のあたりを指してみせた。エルスは気恥ずかしそう頭をき、彼女に対して礼を述べる。


「えー、つまりだなッ……。をブッた斬ればいいってことかッ!」


「そういえば、さっきわたしが狙ったのもだったね。かなり警戒してたのかも」


「ナニをわめいてイルノ? 貴方アナタたちは、ここで終了する運命デス!」


 これまでの〝こうつえ〟とは違い、魔導生命体ホムンクルスには知能がある。相手に作戦をられぬよう、エルスは道化を演じながら、ニセルからの指示を待つ。


「チッ! まだやられてたまるかよッ!」


《ヤツの足を止めてくれ。オレが〝切り札〟で、ヤツの上半身を吹き飛ばす》


「絶対に止めてやるッ!」


 エルスは大声を上げながら、敵に対して突撃を繰り返す。


《最後はエルス、お前さんが決めろ。ヤツにからだに斬り込むんだ》


 魔導生命体ホムンクルスから距離を取り、エルスは親指を立ててみせた。


             *


「ふっ、どうにか伝わったようだ」


「すごい……。わたくしにも聞こえましたわ!」


 クレオールは感激した様子でニセルの顔を見上げ――そして、絶句した。彼の左眼や左耳からは真っ赤な血が流れ出し、わずかに焦げ臭さも感じる。


「試作段階らしくてね。まっ、これくらい問題ないさ」


「あっ……。せめて治療を――」


 呪文を唱えようとしたクレオールを、ニセルが右手を挙げて制止する。


「いや、これはドミナしかせない。さて、オレも向かうとしよう」


「わかりました……。必ず、生きて帰りましょう……!」


 クレオールの言葉に大きくうなずき、ニセルは敵の背後へと近づいた。



「ハッ! 俺様にもなぁ……、とっておきの切り札があるんだよ!」


「ふっふー! ミーが足止めしてやるのだー!」


「愚カナ。貴方アナタたちの勝率は、常にゼロパーセントデス」


 ジェイドは攻撃をかわしながら、エルスへくばせをする。

 それに気づいた彼は小さく頷き、二人に合図を返す。


「アリサ。あとで俺を、思いっきり放り投げてくれ!」


「えっ? うん、わかった!」


「よーし、いくぜ。――今度こそ最終決戦だッ!」


 このエルスからの掛け声によって、仲間たちがいっせいに作戦を開始する。



「ミーたちの正義を思い知るのだー! ずっどーん!」


 まずはミーファが飛びあがり、魔導生命体ホムンクルスの足元を目掛けて斧を振り下ろす。分離した斧頭刃アクスヘッドが闇色の足をすり抜け、盛大に床石を砕く。


「そぉりゃー! 正義の大地に沈むがいいのだー!」


 ミーファは巨大な魚を釣り上げるかのごとく手元のを振り回し、相手の足元をえぐってゆく。たまらず体勢を崩し、魔導生命体ホムンクルスの両足が深く地面へと沈み込む。



「さあ! 我が右腕に秘められし力を見よ! レイヴィスト――ォ!」


 ジェイドはどうたいと化した自身の右腕に対し、直接〝風の魔法剣レイヴィスト〟を付与したようだ。硬質な金属で造られた腕が、風の魔力をまとう。


 さらには彼の右手首から先が、高速で回転をしはじめた。


「おー! それはまさに〝ドラムダしき〟なのだー!」


「喰らいやがれ! 必殺のォ……! 穿孔の右手スピニングディライトォ――!」


 ジェイドは全身に風の結界を纏い、魔導生命体ホムンクルスへ向かって飛翔する。相手は右腕で彼を振り払おうとするも、おそいくる旋風によって、は無残にも引きられた。


「馬鹿ナッ! こんなふざけタ……!」


「どおおォりゃあっ――! よォーっし! 今だ、相棒ニセル!」


 魔導生命体ホムンクルスの右腕から右肩までを吹き散らし、ジェイドが敵から距離を取る。すでに敵の背後では、ニセルが真っ直ぐに自身のを構えていた。


魔導砲ブラスト――!」


 ニセルの声に反応し、左のてのひらから凄まじい閃光が発射された。魔導砲ブラストの光は魔導生命体ホムンクルスの光線にも引けをとらず、の左半身が一瞬にして蒸発する。


 しかし、同時に多大なる負荷によって、ニセルの左腕も爆発を起こす――。



「今だッ! 頼むぜアリサ!」


「いッ、けえぇえ――ッ!」


 アリサはエルスの身体を軽々とかつぎ上げ、魔導生命体ホムンクルスへ向かって投げ飛ばした。高速で空中を舞いながら、エルスは切り札となる〝闇の呪文〟を唱える。


「ゼルデバルド――ッ!」


 闇魔法・ゼルデバルドが発動し、エルスの右手に暗黒の剣が出現した。周囲のしょうを吸収したのか、今回のは大型剣ほどの実体で形成されている。


 エルスは剣を両手で構え、体内に隠されたコアまでの道を斬りひらいてゆく。



「これかッ……!? ついに見つけたぞッ! これで戦闘終――」


 暗闇の中に沈む、見覚えのある巨大な魔水晶クリスタル。その内部、闇に突き立った〝じゅう〟の根元には、青く小さな二つの目玉が浮かんでいる。


ワタクシは、まだ……!」


 闇の汚泥の中に浮かぶ、小さな〝くち〟のようなもの。さらには小さな手までも闇から生え伸び、エルスを拒絶するかのように、必死に両手を振っている。


「なんだ……? なんなんだ、こいつは……」


 暗黒の剣を振り上げたまま、エルスの動きが硬直する。彼の両目は見開かれ、あごからは汗の粒が滴り落ちてゆく。



「エルス――ッ!」


 闇の外側から、アリサの声が響いてくる。


 エルスが頭上へ目をると、彼を包み込むかのように、闇がふさぎはじめていた。あわてて足元へ視線を戻すと、小さな口がニタリとゆがみ、笑みの形をしている。


 仲間たちが繋いでくれた勝機。

 迷えばエルスが敗者となる。


「チクショウッ! 戦闘ォ! 終了――ッ!」


 エルスは意を決し、暗黒の剣ゼルデバルドを足元へと突き立てた。魔水晶クリスタルもろくも砕け、闇に浮かんだ新たなる生命は、より強き闇によって急激なかくはんを開始する。


ワタクシはっ! ただ生き――! グャアアア――!」


 大広間にとどろだんまつ――。

 それは造られし生命の弥終いやはてであり、最期のうぶごえとなった。


 やがて魔導生命体ホムンクルスの巨体は完全に消滅し、エルスは砕けた床石へと降り立った。


             *


「エルス! 大丈夫……?」


「ああ、なんとかなッ! みんなのおかげで、どうにか勝てたぜッ!」


「おー! ついに正義が勝利したのだ!」


 ミーファが高らかにかちどきをあげるや、仲間たちからも喜びの声があふれだす。


「ハッハッハ! 見事だったぞ、エルス!」


「うんっ! ちょっとびっくりしたけどねぇ」


「ああッ、わりィ! ニセルたちは?」


 エルスは周囲の様子を確認する。すると広間の右手側に、ニセルとクレオールの姿が見えた。二人は合図をしたのをり、一同もそちらへと移動する。



「その腕は……。さっきのスゲェ〝光〟のせいか?」


「ああ。――まっ、直せば問題ないさ。それより、見事だったぞ。エルス」


「ありがとうございます、エルス。……を、倒していただいて……」


 微笑むクレオールではあるが、どことなく表情が引きつって見える。


 そんなクレオールの肩を、エルスが優しくポンポンと叩く。彼には彼女の表情の意味を、なんとなく理解することができたのだろう。



「あっ。ザグドさん……?」


 アリサは二人の足元に横たわっているゴブリンの姿に気づく。ボロボロになった彼の胴体には、もはや頭と左脚しか残っていない。


「彼は……。このわたくしかばって……」


「まだ息はある。しかし、もう間に合わんだろう。いっそ楽に――」


「まッ! 待ってくれニセル!」


 エルスはあわてて声をあらげ、おもむろにザグドをかかげる。


「急いで帰ろう! 仲間……、なんだよな……? ニセル」


「エルス。……ああ、そうだな。ありがとう」


 右手ににぎりしめていた〝刃〟をい、ニセルが静かに微笑んでみせる。エルスはそんな彼に、抱えていたザグドのからだを託した。



「おいエルス! こいつを使え!」


 ジェイドが放り投げてきた指輪を、エルスが左手でつかる。どうやら、この指輪には〝かぜせいれいせき〟がまれているようだ。


「俺様は研究所ここの探索を続ける! 盗賊が手ぶらでは帰れんからな!」


「ジェイド! わかった、ありがとなッ!」


 ジェイドは親指を立て、ニヤリと口元を上げてみせる。続いて彼は〝移動魔法フレイト〟を発動し、通路の奥へと消えていった。


 そしてエルスはザグドを連れ帰るため、急いで仲間たちを周囲に集める。



「アリサ、クレオール! ザグドに治療を頼む! それじゃ行くぜ!」


「わかった!」


「はい!」


 エルスは指輪を握りしめ、魔力素マナを増幅させる言葉を唱える。さらに〝運搬魔法マフレイト〟の呪文をえいしょうするや、彼の銀髪と瞳が緑色の光を放ちはじめた。


「風の力よ、けんげんせよッ! マフレイト――ッ!」


 風の精霊魔法・マフレイトが発動し、風の結界がエルスたちを包み込む。床からわずかに浮遊した結界は広間を抜けて出口を飛び出し、高速で移動しはじめた。



「シシッ……。皆さま、申し訳ねえのぜ……」


 ニセルに抱えられながら、ザグドが弱々しげにうすを開ける。彼の生命維持のため、アリサとクレオールがけんめいに治癒魔法を掛け続けている。


「もう少しだけ耐えてくれよ! すぐにドミナさんの所へ連れてくからさッ!」


「ふふー! ご主人さまに、ミーの魔力素マナもプレゼントするのだー!」


 不安定な結界の中、ミーファが軽々とちょうやくし、エルスの前面に抱きついた。


「うおッ! 危ねェ……! あれ? でも本当に、制御が楽になった気がするぜ」


 術の安定を確信し、エルスはさらに出力を上げ、移動の速度を上昇させる。やがてがった地平線の先に、ランベルトスの街並みが見えてきた。

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