第39話 揺蕩いし者の弥終に

 襲いかかる闇の手足と、降り注ぐ光の雨。

 魔導生命体ホムンクルスの攻撃をかわしながら、エルスは仲間たちへ目をる。

 《まだきゅうごしらえの機能ちからでね。一方的に伝えさせてもらう》

 頭の中に響く、ニセルの声。皆の元へも届いているのか、一様に耳や頭を気にしているようだ。

 《いいか?――おそらくコアは、ヤツの下腹部だ》

 「んッ? 下腹部?」

 疑問を口にしたエルスに対し、アリサが自身の子宮のあたりを指さす。それを見て、エルスは気恥ずかしそうに礼を述べた。

 「つッ……つまりッ、そこをブッた斬ればいいってことかッ!」

 「そういえば、さっきわたしが狙った部位ところだったね。かなり警戒してたのかも」

 「何をわめいてイルノ? 貴方アナタたちは、ここで終了する運命デス!」

 これまでの強敵と違い、相手には知能がある。

 ――作戦をられぬよう、エルスは道化を演じながらニセルの指示を待つ。

 「チッ!――まだやられてたまるかよッ!」

 《ヤツの足を止めてくれ。オレが切り札で、ヤツの上半身に風穴を開ける》

 「へッ! 絶対に止めてやるッ!」

 《最後はエルス。お前さんが決めてくれ》

 頭の中に響いた言葉に対し、エルスは親指を立ててみせた――。


 「――ふっ。どうにか伝わったようだ」

 「すごい……。わたくしの頭にも聞こえましたわ!」

 クレオールは感激したようにニセルの顔を見上げ――そして、絶句した。

 彼の左眼や左耳からは真っ赤な血が流れ、わずかに焦げ臭さを感じる。

 「試作段階らしくてね。まっ、これくらい問題ないさ」

 「あっ……。せめて治療を――」

 「――いや、これはドミナしかせない。さて、オレも向かうとしよう」

 「わかりました……。必ず、生きて帰りましょう……!」

 ニセルは大きくうなずき、敵の背後へ忍び寄った――!


 「ハッ! 俺様にもなぁ……? とっておきの切り札があるんだよ!」

 「ふっふー! ミーが足止めしてやるのだー!」

 「愚カナ。貴方アナタたちの勝利確率は、ゼロパーセントデス」

 ジェイドは攻撃をかわしながら、エルスへ目配せをする。それに気づき、エルスは小さく頷く。

 「アリサ。俺が合図したら、俺を思いっきりあいつの所へ放り投げてくれ!」

 「えっ?――うん、わかった!」

 「へッ、頼んだぜ。おまえの怪力の出番だ!」

 「もー。……でも、絶対に無茶しないでね?」

 「当然だ!――よーし、今度こそ最終決戦だッ!」

 エルスの合図によって、仲間たちが作戦を開始した――!


 「ミーたちの正義を思い知るのだー! ずっどーん!」

 ミーファは飛びあがり、魔導生命体ホムンクルスの足元へ斧を振り下ろす! 分離した斧刃アクスヘッドは闇色の足をすり抜け、盛大に床石を砕いた!

 「――そぉりゃー! 聖域に沈むがいいのだー!」

 巨大魚を釣り上げるかのごとく大きく柄を振り、床石を次々と引き剥がしてゆく!

 たまらず魔導生命体ホムンクルスは体勢を崩し、足元が深く地面へ沈みこんだ!

 「さあ! この右腕に秘められし力を見よ!――レイヴィストォ!」

 ジェイドは、どうたいと化した自身の右腕に魔法剣を付与する! 彼の金属製の右腕が、風の魔力をまとう!

 ――さらに右手首から先が、高速で回転を始めた!

 「おー! それはまさに、ドラムダ式なのだ!」

 「ハッ! 喰らいやがれ! 必殺のォ……穿孔の右手ディライトスピアァ――!」

 全身に風の結界を纏い、ジェイドは巨大な目玉へ向けて飛翔する! 足を封じられた魔導生命体ホムンクルスは左腕で振り払おうとするも、は襲い来る旋風の前に無残にも引きられた!

 「馬鹿ナッ! こんなふざけタ……!」

 「どおおぉりゃあー!――いいぞ、ニセル!」

 左腕から左肩までを破壊し、ジェイドは敵から距離を取る!

 そして敵の背後では、ニセルが真っ直ぐに左腕を構えていた――!


 「ふっ。魔導砲ブラスト――!」

 ニセルの声に応え、左手から凄まじい閃光が発射された! それは、魔導生命体ホムンクルスが放った光線にも引けをとらない!

 魔導生命体ホムンクルスの右半身が大きくえぐれ、高負荷によってニセルの左腕も爆発を起こす――!

 「――今だッ! 頼むぜアリサ!」

 「いッ――けえぇえ――ッ!」

 アリサはエルスの身体をかつぎ、魔導生命体ホムンクルスへ向かって投げ飛ばした!

 空中を舞いながら、エルスは切り札の呪文を唱える――!

 「うおぉぉ――ッ! ゼルデバルド――ッ!」

 闇魔法・ゼルデバルドが発動し、エルスの右手に闇の剣が現れた!

 周囲のしょうを吸収し、それは大型剣ほどの実体で形成された!

 ――エルスは剣を両手で掴み、コアまでの道を斬りひらく!

 「ワタクシは……ワタクシは――!」

 「へッ、ついに見つけたぜッ! これでッ――!」


 見覚えのある、巨大な魔水晶クリスタル

 その内部――闇に突き立つ十字架の根元には、小さな二つの瞳が浮かんでいた。


 「ワタクシは、まだ……!」

 闇の汚泥に浮かぶ、小さな口。

 小さな両手が闇から生え、拒絶するかのように突き出される――!


 エルスの心に迷いが生じる。

 これは、一体なんなのだろうか?


 「――エルスっ!」

 アリサの声が聞こえる。

 見上げると、エルスを包み込むように闇が頭上を覆い、足元の小さな口が笑みの形をしていた――!

 仲間たちが繋いだ勝機、迷えばこちらがやられる。

 「チクショウッ! 戦闘ォ!――終了――ッ!」

 エルスは意を決し、闇の剣を足元へ突き立てた――!

 魔水晶クリスタルもろくも砕け、闇に浮かんだ生命は、より強き闇によってかくはんされてゆく!

 「ワタクシは! 生き……! グャアアア――!」

 大広間にとどろだんまつ

 ――造られし生命の弥終いやはて。そのあっない最期。

 やがてゆがんだ闇は消滅し、エルスは砕けた床石へ降り立った――!



 「エルス!――大丈夫?」

 「へッ! なんとかなッ!――みんなのおかげさ!」

 「おー! ついに正義が勝利したのだ!」

 「ハッハッハ! エルスめ、見事だな!」

 「うんっ! ちょっとヒヤっとしたけどねぇ」

 「ああッ、わりィ!――ニセルたちは?」

 エルスは周囲を見わたす。広間の右手側に、ニセルとクレオールの姿が見え、二人は小さく手を挙げた。一同は、そちらへ近づく。

 「ニセル!――その腕は……、さっきの光のせいか?」

 「ああ。まっ、直せば問題ないさ。それより、よくやったな」

 「ありがとうございます、エルス。――あれを……倒していただいて……」

 クレオールは微笑むが、どことなく表情が引きつって見える。エルスは彼女の肩を優しく叩く。彼には、その表情の理由をなんとなく察することができた。

 「あっ……。ザグドさん……?」

 アリサは二人の足元に横たわるゴブリンに気づく。彼の胴体には、もはや頭と左脚しか残っていない。

 「彼は……。わたくしかばって……」

 「まだ息はある。――が、もう間に合わんだろう。いっそ楽に――」

 「――まッ! 待ってくれニセル!」

 エルスは慌てて言い、ザグドを抱え上げる!

 「急いで帰ろう!――仲間……なんだろ?」

 「エルス……。ああ、そうだな。ありがとう」

 右手に握り締めていた刃を仕舞い、ニセルは静かに微笑む。エルスは彼に、ザグドを託した。

 「おいエルス! 使え!」

 ジェイドが投げ渡した指輪を、エルスは掴み取る。その指輪には、風のせいれいせきめられているようだ。

 「――俺様はもう少し残る! 盗賊が手ぶらでは帰れんからな!」

 「ジェイド! わかった、ありがとなッ!」

 ジェイドは親指を立て、ニヤリと口元を上げてみせる。

 エルスは帰還のため、仲間たちを周囲に集めた。

 「アリサ、クレオール! ザグドに回復を頼む!――それじゃ行くぜ!」

 「わかった!」

 「はい!」

 エルスは指輪を握りしめ、増幅の言葉と呪文を唱える!

 彼の銀髪と瞳が、緑色の光を放つ!

 「風の力よ、けんげんせよッ! マフレイト――ッ!」

 風の精霊魔法・マフレイトが発動し、エルスたちを風の結界が包む! わずかに浮遊した結界は、広間を抜けて出口を飛び出し――街へ向けて高速で進み始めた!


 「シシッ……。皆さん、申し訳ねえのぜ……」

 ニセルに抱えられながら、ザグドは弱々しげにうすを開ける。彼の生命維持のため、アリサとクレオールは懸命に治癒魔法を掛け続けている。

 「しばらく耐えてくれよ! すぐにドミナさんの所へ連れてくからさッ!」

 「ふふー! ご主人様に、ミーの魔力素マナもプレゼントするのだー!」

 不安定な風の結界の中、ミーファは軽々と跳び、エルスの肩に乗ってみせた!

 「うおッ! 危ねェ……!――あれ? でも本当に、楽になった気がするぜ」

 エルスはさらに術の出力を上げ、結界の速度を上昇させる! やがて反り上がった地平線の先に、ランベルトスの街並みが現れた!

 「よしッ、もうすぐだ! わりィけど、このまま工房まで突っ切らせてもらうぜェ――!」

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