第38話 生けとし存在たちの攻防戦

 圧倒的な回避能力を誇る魔導生命体ホムンクルスに対し、攻めあぐねていたエルスたち。しかしザグドの助言もあり、ついに相手の弱点が〝コア〟であることが判明した。


オロかナル人類たちヨ! サア絶滅の時間デス!」


 魔導生命体ホムンクルスは攻撃の構えをとり、怒りと憎しみのこもった言葉を発する。その構え。そのしの感情――。頭部が巨大な単眼であることと、全身が闇をまとった巨体であることを除けば、もはや人類としてもそんしょくは無い。


「ハッ、おおな奴だ! この世界に人類は、なんにん居ると思ってやがる!」


「みんなッ! コアは、あのずんどうのどこかにあるハズだッ!」


 エルスは魔導生命体ホムンクルスの太長い胴体部分を指さし仲間たちに呼びかける。それに呼応したアリサとミーファが、ゆうもうかんに先陣を切ってゆく。


「いくよ、ミーファちゃんッ!」


「おー! いまこそ正義を示してやるのだー!」


 魔導生命体ホムンクルスの捨て身の〝おり〟攻撃を警戒し、主に頭や手足を狙っていた二人。しかし弱点が判明したことで、胴体へ攻撃を一点集中させる。


「アリサ、気をつけろ! またとしてくるかもしれねェ!」


「うんっ! でも、逆にチャンスかも?」


「そう思ったけどよ、やっぱ危ねェ予感がするぜ!」


 が〝こうつえ〟と同じ性質である以上、下手をすれば相手のにされかねない。わざと敵の内部に飛び込むという戦法は、あまりにもリスクが大きいだろう。


「かしこまったのだ! 正攻法で、ボテっ腹に風穴を穿けてやるのだー!」


 ミーファは垂直方向へちょうやくし、土の魔力を帯びた斧頭刃アクスヘッドを投射する。しかし魔力素マナまとった質量のかたまりは、魔導生命体ホムンクルスのステップによって軽やかにかわされた。


「ハッ! マヴィスト――ォ!」


 敵の着地点を狙い、ジェイドが風の精霊魔法マヴィストで追撃する。風のきりが左胸へ向かって直進するも、魔導生命体ホムンクルスは上体を大きく反らすことで、ふうすいの威力を受け流す。


「そこッ! はあぁ――ッ!」


 ジェイドが放った風の精霊魔法マヴィストの風圧に乗り、高く飛びあがったアリサ。


 アリサは燃え上がる剣を逆手に構え、死角となった下腹部を目がけて突き立てる――が、先に魔導生命体ホムンクルスひざりが、先に彼女の小さなからだとらえた。


「くうぅっ……!?」


 炎の剣を手にしたまま、アリサは高速で宙を舞い、後方の壁へと激突する。


「アリサ!?」


 攻撃の準備をしていたエルス。しかし彼は呪文のえいしょうを中断し、あわててアリサのもとへと走る。連係は途切れてしまうことになるが、背に腹はかえられない。


             *


「無駄デス。貴方アナタたちの攻撃は通用シナイ」


 あわれむような声で言いながら、魔導生命体ホムンクルスが上体を起こす。の腹から胸にかけてせんじょうあとが残ってはいたものの、やがてあとかたもなく元通りに修復される。


「ハッ! どうだかなぁ? 俺様には、しっかり効いてるように見えるぜ?」


「ふふー! また小さくなったのだ! 正義の眼はせんのだー!」


「愚カナ……。馬鹿なこと言ウ――」


 魔導生命体ホムンクルスは長い左腕をゆっくりと動かし、自身の胸部にを当てる。


 確かに体積の低下を示すかのように、魔導生命体ホムンクルスの円筒形だった胴体には、わずかなくびれが生じている。無機質だった音声こえにもしかよくようがついており、その声質の高さも相まって、どことなく〝女性〟に見えなくもない。



「認めナイ……。ワタクシは生存スル! 戦いに勝利スルのデス!」


 勝利の宣言と共に、単眼が怪しげな光を発する。その直後、魔導生命体ホムンクルスを中心として、全方位へ向けての巨大な念動波サイコウェーブが放たれた。


「シシッ! お嬢様、危ないのぜ……!」


 強力な攻撃を察知したザグドが、クレオールの前で両腕を広げる、小柄なゴブリン族の彼ではあるが、ひざをついた彼女の〝盾〟となるには充分だ。


「あっ、ザグド! ぅくっ……!」


 ザグドの無茶を制止すべく、クレオールが立ち上がろうとするも――。押し寄せる力のほんりゅうされ、まったく動くことができない。


「グアッ! ガガアア――ッ!」


「こっ……、このままでは……」


 耐えてこそはいるが、ザグドの傷はえてはおらず、右腕のどうたいも失っている状態だ。この状況を打破すべく、クレオールは〝結界〟の呪文を詠唱する。


「マルベルド――!」


 光魔法・マルベルドが発動し、光の結界がクレオールの周囲に展開される。光壁によってさえぎられ、二人は念動波によるばくから一時的に解放されることができた。


「ザグド、大丈夫ですか? 皆さまの様子は……」


 クレオールが周囲の仲間へ目を向ける。程度の差こそあるものの、皆は一様に身を伏せながら、この謎の力に耐えているといった状況だ。



わたくしが……、なんとかしなくては……!」


 クレオールは立ち上がり、右手でぐに短杖ワンドを構える。


「せめてあれの注意だけでも……! エンギル――!」


 光魔法エンギルによって生じた複数の光輪が、魔導生命体ホムンクルスへ向かって飛ぶ。しかし光は闇の体内へと吸い込まれ、再び〝かんだかおと〟を周囲一帯に響かせた。


「くっ! やはり――」


「その攻撃は無効デスよ。?」


「えっ……?」


 目を見開いたクレオールの顔を、魔導生命体ホムンクルスの青い単眼が見つめている。


「クレオール! 逃げるのだ!」


 危機を察したミーファが叫び、闇色の脚に自慢の斧を振り下ろす。しかし、魔力を奪われた斧刃やいばは〝闇〟をすり抜け、硬い石床を砕いたのみだ。


 その直後、魔導生命体ホムンクルスの瞳からクレオールへ向けて、矢のような光線が放たれた。


「お嬢様ァ! ウォォォ――ッ!」


 光がクレオールを貫くせつ。ふらりと立ち上がったザグドがこんしんの体当たりを実行し、彼女を射線上から突き飛ばした。


「あっ……! ザグド!」


 石の床にひざをつき、クレオールが光へ顔を向ける。強烈な閃光とザグドの悲鳴。彼女は固く目をじたまま、ただただ祈ることしかできない。


 そして光が治まった後。クレオールの視界に最初に飛び込んできた光景は、さきほどの光線によって右腕と右脚をかれ、くずおれたザグドの姿だった。


             *


「エルス! 大丈夫?」


 アリサに抱き起こされながら、エルスがうっすらと目を開ける。


「イテテ……。クソッ、また念動波アレを喰らッちまった……」


「ごめんね、わたしが失敗したせいで……」


 連係攻撃に失敗し、魔導生命体ホムンクルス反撃カウンターを受けてしまったアリサであったが、幸いにも彼女に目立った負傷はないようだ。そんなアリサは治癒魔法セフィドを発動し、倒れたままのエルスに手をかざしている。


「ありがとな……。みんなは無事か?」


「うん。でも、さっきすごい光がクレオールさんの方に……」


「なッ、なんだって!?」


 瓦礫がれきの中から身を起こし、エルスが大広間の右側へと視線をる。そちらではクレオールとニセルが足元を見つめ、何かを話しているようだ。



「よかった……。クレオールは大丈夫そうだぜ……」


 再びアリサに礼を言い、エルスが自力で立ち上がる。彼女の治療の甲斐あって、目立った外傷は癒えたものの――。体内にもダメージを負ってしまったのか、口や耳などからの出血も見られ、時おり脇腹を押さえている。


 魔導生命体ホムンクルスの周囲では、ミーファとジェイドが応戦を続けている。しかし、さきほどの念動波サイコウェーブによってダメージを受けたのか、二人の動きも鈍りはじめていた。


「ミーファたちに加勢するぜ。アリサ、いけるか?」


「うん、大丈夫。行こっ!」


 言いながらアリサは剣を抜き、再び前線に立つべく戦場へと走る。そんな彼女の勇ましい背中を、エルスも急いで追いかけた。


             *


「ザグド……。わたくしのせいで……」


 ザグドはどうたいの左腕に加え、生身の右腕と右脚をも失ったことで、紫色の血溜まりの中に横たわっている。彼の前にひざまずき、クレオールはがしらを押さえた。


「クレオール。いまは放っておけ。ヤツを倒すことだけを考えるんだ」


「ニセルさま、そんな――!」


 れいてつに言い放つニセルに対し、クレオールが抗議の眼差しを向ける。しかし彼の表情を認めるや、彼女は続く言葉を呑み込んだ。この場に居る全員の中でザグドと最も絆が深いのは、他ならぬニセルなのだ。


「こちらも長くはちそうにない。早くコアを見つけなければ」


コアといえば……。あの、ニセルさまは〝耳〟がよろしいのですよね?」


「ああ。だからな」


 魔導生命体ホムンクルスの正体はともかく、コアの位置には心当たりがある。クレオールは少しのしゅんじゅんをみせた後、ニセルに真剣な眼差しを向けた。



「それではわたくし光魔法エンギルを放った際の、〝おと〟が鳴った位置などは?」


「あの〝甲高い音〟か? それなら大体は特定できるが」


 首をかしげるニセルに対し、クレオールが自身の考察を述べはじめた。そんな彼女の言葉を聞き終え、ニセルが自身のあごに指を当てる。


「ふっ。なるほどな。可能性は高い――。いや、で間違いないだろう」


「どうにかあれに気づかれずに、エルスたちへ伝えないと……」


「わかった。オレが伝えよう。まだ〝切り札〟が残っていてね」


 ニヤリと口元を上げながら、ニセルが左手の指を自身の額へと押し当てる。そして彼は固く目をじ、じっと意識を集中させはじめた。


             *


「もう終了しまショウ。貴方アナタたちに勝利はアリマセン」


「ハッ! 随分ずいぶんとおしゃべりになったモンだな!」


 魔導生命体ホムンクルスの攻撃は激しさを増し、体術の隙を埋めるかのように細い光線が発射される。ジェイドはそれらをかわし続けてはいるものの、いくらかは被弾してしまったらしく、彼にも流血が目立ちはじめていた。


「ジェイド! ミーファ!」


「ご主人さま! アリサ! 無事でよかったのだ!」


 駆けつけてきたエルスの声に、ミーファが嬉しそうな声を上げる。続いて魔導生命体ホムンクルスが青色の単眼を、ぐるりとエルスの方へと向けた。


「群れたところで無意味デス。敗北を受け入れナサイ」


「へッ、負けられるかよッ! まだ最終決戦は始まったばかりだぜッ!」


 エルスは不敵な笑みを浮かべながら、巨大な目玉を指さしてみせる。そんなおおとは裏腹に、彼の額からは冷たい汗が絶え間なく流れ落ちている。


 すると、そのたん――。

 エルスの頭の中に、突然〝声〟が響きはじめた。


《エルス。みんな。聞こえるか? 弱点コアの位置が判明したぞ》

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