第37話 シンギュラリティ

 「ォオオオオォ――!」

 高音の雄叫びをあげる闇色の巨人――魔導生命体ホムンクルス

 損傷を修復し、よりにんげんに近づいた姿からは『進化』という言葉が連想されるが、エルスたちはえて頭の中からその単語を振り払った。

 「なんかわからねェが、嫌な気分だぜ……。上手く説明できねェけどよ」

 「すみません、力不足でした。せめてぶきがあれば……」

 エルスの思考をさえぎるように、クレオールが自身の無力さを詫びる。敵によって囚われた彼女は丸腰である上に、戦闘を専門とする冒険者ではない。この戦場に留まっているのも、彼女なりのきょうなのだろう。

 「気にすンなッて!――そうだ、これ使ってくれよ。無事に帰ったあとに、返してくれりゃいいからさッ!」

 エルスは右手に持っていた短杖ワンドを差しだす。これは以前、友人から受け取ったものだ。それをいていたクレオールは、丁重に両手で受け取った。

 「ありがとうございます。お借りしますわね」

 「ああッ! 白いウサギがついてるし、たぶん光魔法向けだと思うぜ」

 「ええ、確かに……。でも、エルスこそ丸腰になってしまうのでは……」

 「大丈夫だ! ちょっと試したいこともあるしなッ!」

 心配そうなクレオールに対し、エルスは満面の笑みを浮かべてみせた。


 「攻撃開始。ワタクシは勝利シマス」

 「ハッ! 発声練習は終わりってか? ヒュウゥ――」

 叫びをめ、攻撃の構えをとる魔導生命体ホムンクルス! ジェイドはに手をかざし、呪文を詠唱する!

 「――ヴィストォ!」

 風の精霊魔法・ヴィストが発動し、放たれた風の刃が魔導生命体ホムンクルスへ直進する!――だが、は巨大な目玉を刃へ向け、闇色の右手で風をつかみ取った!

 「なッ!? 馬鹿な、俺様のヴィストが!」

 きょうがくの表情を浮かべるジェイド! 目の前で握り潰されるように、魔法の刃はくうへかき消えてしまった!

 「貴方アナタは最も敵対的デス。優先排除シマス」

 魔導生命体ホムンクルスはジェイドへ向かってちょうやくし、組んだ両手を振り下ろす!

 「チィ!――フレイトォ!」

 ジェイドは高速移動魔法を発動し、攻撃をかわす! 大鎚ハンマーのように振り下ろされたにより、ジェイドの居た床石が盛大に砕け散った!

 「はぁあーッ!」

 「どーん!」

 敵の着地と同時に、アリサとミーファが息を合わせた攻撃を繰り出す!――が、魔導生命体ホムンクルスは目玉だけを背後へ回し、軽やかにその場から退いた!

 「そんなっ、避けられた!?」

 「回避完了。想定内デス」

 「ううー! 細身になって動きやすくなっているのだー!」

 ミーファの言う通り、明らかに魔導生命体ホムンクルスの運動能力が向上している。この大広間の天井は見えず、巨体で動くにも足る容積が確保されている。場を生かし、縦横無尽に飛びまわられると厄介だ。


 「下手に戦闘を長引かせるのは得策ではないな。またされるかもしれん」

 離れた位置で交戦を続ける三人をり、ニセルは冷静に戦況を分析する。彼の左眼が黄色い光を放っている。エルスとクレオールは、そちらへ近づいた。

 「クソッ! 何か、弱点があれば……!」

 「魔法による攻撃ならば――と思ったが、それを防ぐ手も身につけたようだ」

 「あの野郎、背中にも目がついてるみてェだしな……。不意打ちも効かねェ」

 エルスは悔しげに、拳へ力を込める。やや魔力素マナが回復したものの、まだやみくもに攻める余裕は無い。

 「……むっ?――ザグドか?」

 不意にニセルは、その名を口にする。左耳を指しながらエルスに目で合図をし、三人は静かに走り出した!

 ――辿り着いた壁際には、瓦礫がれきに打ち棄てられたかのように埋もれる、ゴブリンの姿があった。

 「あッ、生きてたのかッ! ひでだ……」

 「シシッ……。こっ……コアを……」

 「コア?」

 「魔水晶クリスタルが……。おそらくコアに……」

 そう言ってザグドは、右腕で台座を示す。どうたいだった右腕は破損し、ひじから先が無くなっている。

 「ふっ、なるほどな。そういうことか」

 「あの『お人形』が入っていた? じゃあ、やはりは……」

 クレオールの額から、冷たい汗が流れ落ちる。彼女は小さく首を振り、慌てて呪文を唱え始めた。

 「セフィルド――!」

 治癒の光魔法・セフィルドが発動し、杖の先から光の帯が伸びる! 光はザグドのからだを包み、わずかに傷を癒した!

 「やはり効きが良くありませんわね……。少しだけ我慢してくださいな」

 魔族の血を引くゴブリン族には、光魔法による治癒効果が薄い。クレオールは息を整え、再度魔法を放つ!

 「申し訳ないのぜ、お嬢様……。あんな真似をしておきながら……」

 「あの『お人形』は、貴方あなたが持ってきてくださったのでしょう? おかげでわたくし、巨人にならずに済みましたわ」

 そう言ってクレオールは、ザグドに微笑む。

 「シシッ……。お見通しでしたか。面目ないのぜ……」

 彼の大きな瞳からは、再び涙がこぼちた――。


 「なぁ、ニセル。要はコアッてヤツを叩けばいいのか?」

 「ああ、そうだ。あの巨体のどこかに、今も埋まっているんだろう」

 「へッ、なるほどな! 勝機が見えたぜッ!」

 クレオールにザグドを任せ、交戦中の仲間へ近寄る。魔導生命体ホムンクルスの攻撃は腕や脚を使った格闘戦が主体だが、仲間たちも善戦しているとは言い難い。一刻も早く、対抗策を見出さなければならない。

 「問題は、その位置だな。サイズ的に、頭では無さそうだが……」

 「やっぱ、あのデケェ胴体のどこかだよな……。もう少し早く気づけてりゃ、こまれにできたかもしれねェのに」

 アリサたちは上手く連係しつつ攻撃を繰り出しているものの、あの形態へ変化して以降、まともに攻撃が当たっていない。すべてを回避、または無効化されているのだ。

 「見切られた――いや、学習してやがるのか……」

 「ああ。考えたくはないが、しているようだな」

 彼の言葉に、エルスは恐怖にも似た不快感を覚える。あの生命体は必ず倒さなければならない。そんな気がするのだ。

 「とにかく、そのコアを見つけねェと。俺はアリサたちに加勢してくるぜ!」

 「使うか? 武器が無いんだろう?」

 ニセルは、ふところから取り出した暗殺の刃ロングダガーをエルスに差しだす。

 「いや、大丈夫だ! まだ魔法があるしなッ!」

 ――ルゥランの言葉が、エルスの脳裏をぎる。

 『これからの戦いに必要となるでしょう』

 おそらく、彼に教わったが決め手となるのだろう。

 「ふっ。切り札というわけか。――わかった。オレはコアの割り出しを急ごう」

 「ああッ! 頼んだぜッ!」

 二人は軽く手を叩き、エルスは戦場へ向けて駆けだした――!

 

 「はあっ……はあっ……! わたしたちの攻撃、完全に読まれてるみたい」

 「ハッ……! お嬢ちゃんたち、もうバテちまったか?」

 「ふふー! 正義の力をあなどってはならぬのだー!」

 徐々に劣勢に追い込まれているアリサたち。お互いをしながら、なんとか強敵とたいする!

 「みんなッ! すまねェな!――レイリフォルスッ!」

 三人の元へ駆けつけたエルスは、アリサとミーファへの付与魔法エンチャントを掛けなおした!

 「エルス! ありがと、無理しないでね?」

 「少しは魔力も回復したしな! 引きつけてくれて、助かったぜ!」

 「なんだ? 勝算でも見つかったか!?」

 「おうッ! 実は――」

 ――エルスは攻撃をかわしつつ、『コア』の情報を共有する。それさえ砕けば、この戦いに勝てるかもしれない。

 「おー! 承知したのだ!」

 「ハッ! ざかしいニセルあいつらしい案だが、乗るしかなさそうだな!」

 「わかった! エルスはなるべく、温存しておいてね!」

 「……無駄デス」

 勝利に燃える四人に水を差すように、冷淡な台詞せりふが会話をさえぎる――

 「――貴方アナタたちに、ワタクシコアは探せナイ」

 「へッ、どうした!? あせるッてことは、本当に弱点みてェだな!」

 「無駄デス。駄目デス。貴方アナタたちがワタクシを殺すことは不可能デス」

 「なんだか、怖がってるみたい?」

 アリサは炎の剣を構えなおす。彼女の言うとおり、魔導生命体ホムンクルスの言葉には若干の違和感がある。

 「恐怖?――恐怖など、ワタクシに存在シナイ。貴方アナタたちにこそ、恐怖を与えてあげまショウ」

 「ふふー! 正義は恐怖に屈しないのだ! ミーが正義を叩き込んでやるのだー!」

 「、愚カナ……。人類は愚かデス。貴方アナタたちを滅ぼし、それを証明しまショウ!」

 「負けるかよッ! やれるモンなら、やってみろ!――皆ッ、最終決戦だッ!」

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