第37話 シンギュラリティ

 ボルモンクさんせいによって創造された生命体。魔導生命体ホムンクルスと名付けられた〝それ〟が宣戦布告の言葉と共に、うぶごえのようなたけびをあげる。


 損傷箇所を修復し、よりにんげんに近づいた姿からは〝進化〟という言葉が連想されるが、あえてエルスは頭の中からけた。


「なんかわからねェが、嫌な気分だぜ……。上手く説明できねェけどよ」


「ごめんなさい、わたくしでは力不足でした。せめてぶきがあれば……」


 エルスの思考をさえぎるように、クレオールが自身の無力さをびる。敵によってとらわれた彼女は丸腰である上に、戦闘を専門とする冒険者でもない。それでもこの戦場に留まっているのは、彼女なりのきょうなのだろう。


「大丈夫だ、何とかなるッて! そうだ、使っといてくれよ」


 エルスは右手に持っていた短杖ワンドを、クレオールの前へと差し出す。


 この〝しろうさぎ短杖ワンド〟は確か、エルスが友人からもらったものだったはず。それを聞かされていたクレオールは丁重に、短杖ワンドを両手で受け取った。


「ありがとう。お借りするわね」


「ああッ! 白いウサギがついてるし、たぶん光魔法向けだと思うぜ」


 以前にクレオールが話したとおり、白いウサギは光のがみ・ミスルトのしんとされている。今のエルスが使うよりも、光魔法を使える者に持たせるのが適切だろう。


「ええ、確かに……。でも、エルスこそ丸腰になってしまうのでは……」


「大丈夫だ! へへッ、ちょっと試したいこともあるしなッ!」


 心配そうなクレオールに対し、エルスは満面の笑みを浮かべてみせる。どうやら彼には今の彼女が知らないような、何らかの秘策があるようだ。


             *


「セルフアクティベート・適用完了。ワタクシオロカナ人類に勝利シマス」


「ハッ! やれるモンならやってみやがれ! ヒュウゥ――」


 これまでの〝棒立ち〟状態とは違い、魔導生命体ホムンクルスは手足を用いて攻撃の〝構え〟をとる。しかしジェイドは嘲笑あざわらうかのように、まずは先制攻撃を放つ。


「ヴィスト――ォ!」


 風の精霊魔法・ヴィストが発動し、放たれた風の刃が魔導生命体ホムンクルスへと直進する。対する、は巨大な単眼で刃をにらむや、闇色の右手で〝風〟をつかった。


「んな――ッ!? 馬鹿な、俺様のヴィストが!」


 予想だにしない光景にきょうがくの表情を浮かべるジェイド。そんな彼の目の前で、魔法の刃は闇色の五指ににぎつぶされ、白い魔力素マナとなって周囲の空間へ拡散する。


貴方アナタモットも敵対的デス。優先的に排除シマス」


 ジェイドに攻撃を宣言し、魔導生命体ホムンクルスは彼へ向かってちょうやくする。そして落下の速度を乗せて、組んだりょうけんを振り下ろしにかかる。


「チィ――! フレイト――ォ!」


 ジェイドは飛翔移動魔法フレイトを発動し、魔導生命体ホムンクルスの攻撃を寸前でかわす。巨大な大鎚ハンマーごとき一撃により、石のタイルがすなぼこりと共に砕け散った。


「はぁあーッ!」


「どーん!」


 敵の着地した瞬間を狙い、アリサとミーファが息を合わせた攻撃を繰り出す――が、魔導生命体ホムンクルスは〝目玉〟だけを背後へ回し、軽やかにその場から退いた。


「そんなっ……! けられた!?」


「回避完了。想定サレタ動作の範囲内デス」


「ううー! あやつめ、細身になって動きやすくなっているのだー!」


 ミーファの言う通り、明らかに魔導生命体ホムンクルスの運動能力が向上している。


 空間ががっているのか、この大広間の天井は見えず、巨体が動くにも充分な容積が確保されているようだ。相手がこの場の利点を最大限に生かして縦横無尽に飛びまわられるようになれば、さらに厄介なことになるだろう。



「下手に戦闘を長引かせるのは得策ではないな。またするかもしれん」


 交戦を続ける三人をり、ニセルは冷静に戦況を分析する。彼の左眼が黄色い光を放っていることから察するに、特別ながんで何らかの情報をているようだ。


 戦いをアリサたちに任せ、エルスとクレオールもニセルの側へと近づいてゆく。


「困りましたね……。何か、弱点でもあれば……」


「魔法による攻撃ならば、とも思ったが。それを防ぐ手段も身につけたようだ」


「アイツ、背中にも目があるみてェだしな……。もう不意打ちも効かねェ」


 エルスは苦々しげに言い、奥歯とこぶしへ力を込める。さきほどよりも少しは魔力素マナが回復したものの、まだ〝攻め〟に転じられるような余裕が彼には無い。



「とにかく、今は――。ん? 待て、この声はザグドか?」


 何かを言いかけたニセルだったが、不意にザグドの名を口にする。そして彼はエルスとクレオールに視線で合図を送るや、三人が静かに走り出した――。


             *


 ニセルたちが辿たどいた先。大広間の奥まった壁際には、瓦礫がれきの中にてられたかのように埋もれている、一人のゴブリン族の姿があった。


「ザグド! 良かった、生きてたのかッ! でもひでだ……」


「シシッ……。こっ……、コアを……」


「コア?」


 ザグドの言った聞き慣れない単語に、エルスが思わず首をかしげる。


魔水晶クリスタルが……。コアになって……」


 しぼすように言い、ザグドは右腕で魔水晶クリスタルった台座を示す。大きなダメージを受けたのか、どうたいだった彼の右腕は損壊し、ひじから先が無くなっている。


「なるほどな。そういうことか」


 ザグドの言葉の意味を理解したのか、ニセルが「ふっ」と息をらす。


「あの〝お人形〟が入っていた? じゃあ、やはりは……」


 コアの正体に見当がついたのか、クレオールの額から冷たい汗が流れ落ちる。しかし彼女はぐに首を振り、の呪文を唱えはじめた。


「セフィルド――!」


 光魔法・セフィルドが発動し、短杖ワンドの先からいやしの光の帯が伸びる。光はザグドのからだをクルクルと包み、彼の傷をわずかながらに回復させる。


「やはり効きが良くありませんわね……。もう少しだけ我慢してくださいな」


 魔族の血を引くゴブリン族には、光魔法による治療効果が薄い。クレオールは手を止めて呼吸を整えた後、再びザグドにセフィルドの魔法をけなおした。



「申し訳ないのぜ、お嬢様……。あんな真似をしておきながら……」


「あの〝お人形〟は、貴方あなた研究所ここへ連れてきてくれたのでしょう? おかげでわたくし、あのような巨人にならずに済みました」


 ザグドに杖をかざしながら、クレオールが優しく微笑んでみせる。


「シシッ……。お見通しでしたか。面目ないのぜ……」


 そう言った彼の大きな瞳から、大粒の涙が流れ落ちた。


             *


「なぁ、ニセル。つまりはコアッてヤツをブッつぶしゃいいのか?」


「ああ、そうだ。あの巨体のに、コアとなった魔水晶クリスタルるんだろう」


「へッ、なるほどな! やっと〝勝ち〟が見えてきたぜッ!」


 エルスたちはクレオールにザグドを任せ、交戦中の仲間のもとへ近寄っていく。魔導生命体ホムンクルスの攻撃は腕や脚を使った格闘戦が主体だが、アリサたちも善戦しているとは言い難い。一刻も早く、対抗策を見出さなければならない。


「問題はコアの位置だな。魔水晶クリスタルのサイズ的に〝頭〟ではなさそうだが」


「やっぱ、あのデケェ胴体のどッかだよな……。もう少し早く気づけてりゃ、こまれにできたかもしれねェのに」


 アリサら三人は互いに上手く連係しつつ、流れるように攻撃を繰り出し続けているものの――。あの形態へ変化して以降、まともに攻撃が当たっていない。魔導生命体ホムンクルスは三人の攻撃をことごとくを回避、または無効化しているのだ。


「アリサたちの攻撃が見切られた? いや、学習してやがンのか……」


「ああ。考えたくはないが、しているようだ」


 ニセルの口にした単語に、エルスは恐怖にも似た不快感を覚える。あの生命体は必ず倒さなければならない。――彼にはそんな気がしていた。



「とにかくコアを見つけねェと。俺はアリサたちに加勢してくるぜ!」


「使うか? 武器が無いんだろう?」


 ニセルはふところから暗殺の刃ロングダガーを取り出し、それをエルスにチラリと見せる。


「ありがとなッ! でも大丈夫だ! ちょっと試したい魔法があるんだ」


 そう言ったエルスののうに、ルゥランの言葉が静かにぎる――。


『これからの戦いに必要となるでしょう』


 おそらくは彼に教わったこそが、この戦いの決め手となるのだろう。


「切り札というわけか。わかった、ではオレはコアの割り出しを急ぐとしよう」


「ああッ! 頼んだぜッ!」


 軽く互いの手を叩き合い、ニセルはクレオールとザグドのもとへ、そしてエルスはアリサたちの戦う中央へ向かって一直線に駆け出していった。

 

             *


「はあっ……、はあっ……! わたしたちの攻撃、完全に読まれてるみたい」


「ハッ……! お嬢ちゃんたち、もうバテちまったか?」


「ふふー! 正義の力をあなどってはならぬのだー!」


 魔導生命体ホムンクルスの絶対的な回避能力を前に、徐々に劣勢に追い込まれているアリサたち。彼女らは互いをし合いつつ、なんとか強敵をとどめている状態だ。


みんなッ! すまねェな! レイリフォルス――ッ!」


 エルスは戦場へ駆けつけるなり、アリサとミーファの付与魔法エンチャントを掛けなおす。


「エルス! ありがと、でも無理しないでね?」


「大丈夫だ、おかげで魔力素マナも回復した! 引きつけてくれて助かったぜ!」


「おう、なんだ? 勝算でも見つかったのか?」


「ああッ! 実は――」


 魔導生命体ホムンクルスからの攻撃をかわしつつ、エルスは仲間らと〝コア〟の情報を共有する。それを砕くことが可能ならば、この戦いに勝利できる。



「おー! 承知したのだ!」


「ハッ! ざかしいニセルあいつらしい案だが、乗るしかなさそうだな!」


「わかった! じゃあエルスは、なるべく温存しておいてね」


「無駄デス――」


 活路を見出したことで、勝利の確信に燃えるエルスたち。しかし彼らに水を差すように、冷淡な声が四人の会話をさえぎった。


貴方アナタたちに、ワタクシコアは探せナイ」


「へッ、どうした!? あせるッてことは、どうやら〝本命〟みてェだな!」


「無駄デス。駄目デス。……エラー。貴方アナタたちがワタクシを殺すことは不可能デス」


「うーん? なんだか怖がってるみたい?」


 アリサは首を傾げながらも、剣を握る手はゆるめていない。彼女の言うとおり、今の魔導生命体ホムンクルスの言葉には、若干の違和感があったようだ。



「コワイ? 否定ネガティブ。――ワタクシは完全ナル存在デス。恐怖ナドワタクシに必要ナイ。完全ナルワタクシが不完全ナル人類に、相応フサワしい恐怖ヲ与えてサシあげマス」


「ふふー! 正義は恐怖に屈しないのだ! ミーが悪を滅ぼすのだー!」


 魔導生命体ホムンクルスの言葉をいっしょうし、ミーファが斧を水平に構える。そんな彼女を単眼で見下ろしながら、魔導生命体ホムンクルスは〝お手上げ〟のジェスチャをしてみせた。


、人類は愚かデス。マズは貴方アナタたちを滅ぼし、それを証明いたシマス!」


「へッ、簡単に滅ぼされるかよッ! さあみんなッ、最終決戦だ――ッ!」

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