第36話 誰がための決戦

 「敵性存在、増加確認。排除シマス」

 闇色をした一つ眼の巨人。創造主により魔導生命体ホムンクルスと名づけられたは腕を振り上げ、よくようのない言葉を発する。

 「みんなッ、気をつけろ! やる気だぜッ!」

 「エルス、目立たないように気をつけてねっ!」

 念動波による攻撃を警戒し、アリサが彼に注意を促す。攻撃が体内の魔力素マナに大きく作用する性質上、エルスは特に大きなダメージを受けてしまうのだ。

 「ああッ! 援護は任せてくれッ!」

 「ふふー! いざとなったら、ミーの後ろに隠れるのだ!」

 「へへッ、ありがとなッ!」

 エルスは隣に立つクレオールに目配せをし、小さくうなずきあう。短杖ワンドこそ持っているが剣を失ったエルスと、さらわれた身ゆえに丸腰のクレオール。二人は後衛へまわるべく、アリサたちの後方へ配置についた。


 「あの目玉野郎の親玉というわけか! おい、ニセル! 足手まといになるなよ!?」

 「ふっ、任せておけ。左腕まで喰われんようにな?」

 「ハッ! 盗賊が何度も奪われてたまるかよ!――ヴィストォ!」

 旧友と軽口を叩き合い、ジェイドが風の魔法を放つ! 風の刃は闇色の右腕を斬り落とし、大広間の壁に炸裂した!

 「攻撃ヲ確認。優先排除シマス」

 魔導生命体ホムンクルスにらむようにジェイドへ目を向け、残った左腕を振り下ろす! 間合いには遠く及ばないものの、は槍のように伸び、彼の元へ迫る!

 「ハッ! そう来るだろうよ!」

 ジェイドは軽いステップで刺突をかわし、さらなる風の魔法ヴィストで闇を斬り払う! さらに攻撃の隙をつき、ニセルが目玉――すなわち巨人の頭へ向け、クロスボウを放った!

 ――だがボルトは闇色のこぶを貫き、一寸ののちに小さな硬い音を残したのみだった!

 「攻撃ヲ確認。問題ナシ」

 挑発とも報告ともわからぬ言葉を発し、魔導生命体ホムンクルスは目玉を背後へ向ける。だが、ニセルをいちべつしたあと、すぐにジェイドへと視線を戻した。

 「ハッハッハ! お前、相手にもされてないみたいだぞ?」

 「そのようだな。――ボルトの落下音がした。少なくとも、武器がまれることはなさそうだ」

 「あっ。じゃあ、直接攻撃しても平気そう?」

 「おそらくは。だが、何を仕掛けてくるかわからんな」

 以前に相対した『こうの杖』とは性質が違う可能性がある。ニセルの言葉にアリサとミーファは顔を見合わせ、小さく頷いた。


 「ふっふー! 攻撃が効くなら、こっちのものなのだ! どーん!」

 「わたしもッ! はあぁ――ッ!」

 そびつ闇色の脚へ向けて、ミーファが斧を振り下ろす! 柄から分離し、飛翔する斧刃アクスヘッドを追うようにアリサがはしり、斜めに剣を振り下ろした!

 「えっ? 手ごたえが無い?」

 異変に気づいたアリサは一瞬硬直するが、すぐに背後にステップをする!――直後、巨大な踏みつけによって彼女が居た地点の床が大きくえぐられた!

 「アリサッ! 大丈夫か!?」

 「うんっ!――でも、わたしの攻撃はすり抜けちゃうみたい」

 「わかった! それならッ!」

 エルスは短杖ワンドをかざし、アリサへ向けて魔法を放つ!

 「レイリフォルス――ッ!」

 炎の精霊魔法・レイリフォルスが発動し、アリサの剣が炎の魔法剣と化した! さらにエルスは呪文を唱え、今度はミーファへ魔法を掛ける!

 「ミーファには土魔法こっちだ! レイリゴラム――ッ!」

 「おー! 助かるのだ、ご主人様!――ではアリサ、ゆくのだー!」

 「うんっ!」

 こんじきの魔力を帯びた斧を水平に構え、ミーファは身体を回転させはじめる! 同時に、炎の剣を携えたアリサも脚へ向かって突撃を開始した!


 「警戒。被害、予測。――迎撃ガ必要デス」

 感情のない言葉を発し、魔導生命体ホムンクルスが体勢を整える! 腕があった部分からは闇で形作られた触手が生え、その数本をアリサへ向かって伸ばした!

 「もー、気持ち悪いッ!」

 ニョロニョロと不規則な軌道で迫る触手を斬り払いながら、アリサは直進を続ける!――すると不意に、床を突き破って現れた触手が彼女へ穂先を伸ばした!

 「あっ……!」

 「ハッ! ヴィストォ――!」

 間一髪、ジェイドが放った魔法が触手の群れを斬り飛ばす! こちらへ顔を向けたアリサに、彼は親指で敵をさしながらニヤリと口元を上げてみせた。

 「ありがとっ!――やぁあぁーッ!」

 アリサは気合いを吐き、闇色の右脚を剣でぐ! 今度は確かな手ごたえと共に、闇の大木は水平に切断された!

 「こっちはミーがもらったのだー! どーん!」

 こんじきの光を身にまとい、独楽こまのように回転しながらミーファが左脚へ体当たり攻撃を仕掛ける! 金色の旋風に抉られ、無惨にも左脚の下半分が吹き散らされた!


 「おおッ! 二人とも、よくやったぜッ!」

 エルスは闇色の巨人ホムンクルスを見上げながら拳を握り、歓喜の声をあげる。両脚を失ったにも関わらず、はゆらゆらと空中に浮遊しているように見える。

 ――だが、次の瞬間! はバランスを崩したかのように前方へ倒れこんだ!

 「危ねェ! 二人とも!」

 「ご主人様、アリサを頼むのだ!」

 ミーファが唱えている呪文に気づき、エルスもとっに呪文を唱える!

 「リカレクト――ッ!」

 闇の巨体が彼女らに覆い被さる直前、土の精霊魔法・リカレクトによる結界が、アリサを包みこんだ! 頭上の闇からは幾本もの触手が伸び、おりのように二人を取り囲む!

 「なんて奴だ! 自分のからだで檻を……ッ! 二人とも逃げろッ!」

 触手は周囲のみならず、内部の二人へ向けても伸ばされている! それらを武器で斬り払うが、彼女らを取り込むかのように巨体が頭上から圧し寄せる!

 「ハッ! 俺様を忘れてもらっては困るな! ヴィストォ――!」

 「ふっ。今だ二人とも! 走れ!」

 ジェイドの風魔法に続き、ニセルのクロスボウが触手の檻に風穴を開けた! ジェイドが魔法剣を掛けたのか、ニセルが放った矢にも風の魔力が込められているようだ。

 「危うく悪の触手にやられるところだったのだー。礼を言うのだ!」

 「ありがと、みんな!」

 闇の檻から抜け出したアリサは礼を述べ、炎の剣を構えなおす。巨大な目玉はぜん、品定めするかのようにこちらを見つめている。


 「今度はわたくしも!――エンギル!」

 クレオールは手をかざし、光魔法エンギルを解き放つ! 魔導生命体ホムンクルスの周囲に鋭利な光輪が現れ、闇のかたまりに深く食い込む!

 ――そして、光は闇に吸い込まれ、周囲にはかんだかい音が鳴り響いた!

 「あっ……。これ……って……」

 がくぜんとした表情を浮かべるクレオールをよそに、魔導生命体ホムンクルスは何事もなかったかのように目玉を一回転させる。どうやら攻撃は通用しなかったようだ。

 「チッ、通用するのは精霊魔法だけッてことか……」

 エルスはくちびるを噛み締めながら敵をにらみ、続いてクレオールをいちべつする。彼女は依然として、青ざめたままだ。

 「んッ、クレオール? 大丈夫か?」

 「えっ?……ええ、大丈夫ですわ。――それよりも、エルスこそ顔色が……」

 「ああ、俺は問題ねェ。ちょっと魔力を使いすぎちまっただけさ」

 立て続けに魔法を放ったためか、エルスの額にはあぶらあせが滲み、足元も少しふらついているようにみえる。彼は気合いを入れなおすように床を踏みしめ、再度魔導生命体ホムンクルスを睨みつけた!


 「対抗レベル上昇。修復シマス」

 闇の塊は再び胴体を伸ばし、二股に分かれた下半分を脚として再構築する。さらに細い触手を束ねた腕の先端には、五本の指が形成されていた。

 頭部こそこぶに付いた巨大な一つ眼のままだが、そのバランスの整った姿は最初よりもにんげんに近い。

 「ぐッ……! 仕切り直しッてことか……!」

 「でも、さっきより小さいね。効いてるのかも」

 「ハッ、上等よ! 跡形も無くなるまで斬り刻んでやるまでだ!」

 仲間たちは互いの顔をり、大きく頷く。

 やがて魔導生命体ホムンクルスも真っ直ぐに立ち上がり、大きく目玉を見開いた!

 「修復完了。ソレデハ、戦闘ヲ開始イタシマス」

 「へッ、望むところだッ! 皆、いくぜッ!」

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