第35話 創造されし生命

 「あれは……また目玉かよッ……!」

 「ハッ! 奪われた右腕がうずきやがるぜ!」

 魔水晶クリスタルに溜まった暗黒の粘液。それはスライムのように揺れ動き、内部に巨大な目玉を形成していた! さらに増殖を繰り返し、瞬く間に水晶内を闇で満たす――!

 「おお、おお! これは素晴らしい!」

 「なっ……なによあれ……。博士センセ、奥の転送装置テレポーターで逃げたほうがイイかもよん?」

 「何を言うのです! あの人形は正真正銘の創りもの、いわば命なき素体! それがこうして、命を得たのですよ!?」

 ゼニファーの言葉を跳ね除け、ボルモンクさんせいは食い入るように魔水晶クリスタルを見つめる。粘性の闇は魔水晶クリスタルから染み出し、それを包み込むように増殖を続けている……。

 ――その時、不意に巨大な目玉がこちらを向いた!

 「シシッ! 博士!」

 「ぐおうっ――!」

 目玉から放たれた念動波によって、ボルモンクの身体は装置の方へ弾き飛ばされる!――そこへとっに、ザグドが間に入った!

 「グギアッ……!」

 骨のきしむ音と共に、ザグドはうめきを上げる。装置に頭をぶつけてしまったのか、頭部からは紫色の血が流れていた……。

 「ははは! これは素晴らしい、素晴らしい!」

 己をかばったザグドには目もくれず、ボルモンクは魅入られるかのように再び魔水晶クリスタルへと向かう――!

 「シッ……! だめですのぜ、博士!」

 ザグドはかろうじて立ち上がり、ボルモンクの前へ出る!

 そして、呪文を唱えた――!

 「む、やめなさいザグド!」

 「デスト……」

 魔法を解き放とうとしたザグド!――だがボルモンクは、彼を払いのけるように突き飛ばした!

 小柄なザグドの身体は、そのまま広間の奥へと激突してしまった……。


 「ザグド!」

 ニセルが名を呼ぶ。ドミナの助手をしていたザグドとも、古い付き合いなのだ。

 「なんて奴だ! あんたを庇ってくれたッてのによッ!」

 エルスは手を短杖ワンドを構え、ザグドが唱えていた呪文を唱える!

 「デストミスト――ッ!」

 解呪の闇魔法・デストミストが発動し、杖の先から紫色の光が伸びる! 光が照射された部分からは紫色の泡が生み出され、少しずつの表面へ広がった!

 「闇魔法!?――ええいッ!」

 ボルモンクは乱暴に装置を操作し、広間に充満していたしょうを『闇』へ集中させた!

 「――さあ、エサを与えましょう! 成長するのです! 新たなる生命よ!」

 大量の瘴気にエルスの魔法はかき消され、さらに闇が勢いを増す!

 闇の塊からは二本の脚が生え――は、ゆっくりと立ち上がった――!

 「巨人ジャイアントか……?」

 誰ともなくつぶやく。球状だった闇は縦長の楕円となり、肩に相当する位置からは細い腕が二本伸びている。反面、この巨体を持ち上げるに至った脚は大木のように太く成長した。

 ――そして、楕円の頂点には球状のこぶが現れ、巨大な一つの目玉が生まれた!

 闇の巨人は目が覚めたかのようにき、ぐるりと目玉を一周させた。


 「素晴らしい! 新たなるしゅよ!――古代にならい、魔導生命体ホムンクルスと名付けましょうか!」

 「なんだよ、コイツはッ!――おい、あんた! なんとか出来ねェのか!?」

 エルスはこうこつの表情を浮かべたままの創造主ボルモンクへ叫ぶ。状況からしても戦う以外の選択肢は無さそうだが、エルスにはどこか迷いがあった。

 「おや、おや! 面白いことを言いますね! この状況――冒険者ならば、取るべき行動はひとつでしょう!?」

 「ふっ。倒すしかないようだな」

 ニセルは右手に武器を構える。アリサたちも剣を構え、魔導生命体ホムンクルスの動きを注視している。は足元の小人を見下ろすかのように、再び目玉を回した!

 「索敵……完了。排除……シマス」

 どうへいよりも声らしい音を発し、魔導生命体ホムンクルスの瞳孔が大きく見開かれる!――直後、全周囲へ向けて念動波が撃ち出された!

 「うおッ――! ぐああ――ッ!」

 「きゃ!――もうっ! 冗談じゃないわよん!」

 「わわっ! ぶっ飛ばされるのだー!?」

 ミーファは斧を床に突き立て、必死にしがみ付く! 対して、ゼニファーは大きく突き飛ばされたかのように転倒し、エルスに至っては広間の壁際まで弾き飛ばされてしまった!

 「エルスっ! 大丈夫!?」

 アリサは背後をいちべつし、すぐに敵へ視線を戻す。彼女もミーファ同様、あまりダメージは受けなかったようだ。

 「どうやら、魔力素マナとの相性が良いほど、影響を受けやすいようだな」

 ニセルは周囲を見渡し、さきほどの攻撃を分析する。大きく吹き飛ばされたエルスに比べ、ドワーフ族のミーファや、どうたい魔力素マナを奪われている彼自身は、少しバランスを崩された程度で治まっている。

 「エルス!――ありがとうございます、ニセルさま!」

 クレオールは礼を言い、エルスの元へ走る! ハーフエルフ族の彼女だが、ニセルがとっに壁になってくれたためか無傷だったようだ。


 「はは、はは! 予想以上の成果です! しかし、これ以上留まるのは危険ですね」

 ボルモンクはよろめきながら立ち上がり、眼鏡を掛けなおす。彼も大きく吹き飛ばされ、硬い機材に頭をぶつけたのか流血しているようだ。

 「――ゼニファー、引き上げますよ! 転送装置テレポーターへ!」

 「ふぅ。承知したわん」

 あるじの言葉を待っていたかのように、ゼニファーが広間の奥へ歩きだす。念動波による衝撃で傷が悪化したのか、腹のあたりを押さえている。

 「おおっと! 逃がすかよ!」

 ジェイドはものを手に、ゼニファーへ向かう!――だが、彼の目の前に突如、闇の柱が突き刺さった!

 「敵、認識。攻撃シマス」

 「チィ! デカブツめ、俺様の邪魔を!」

 腕を振り下ろした魔導生命体ホムンクルスは単眼をジェイドへ向け、ゆっくりと歩行を開始する! 比較的ダメージの少ないアリサとミーファ、ニセルも応戦すべく、彼の元へ駆け出した!

 ――その隙に、ボルモンクとゼニファーは転送装置テレポーターへ辿り着く。どうやら、ここへザグドが現れた時に使用したものらしい。皮肉にも装置のかたわらには深手を負ったザグドが倒れており、大きな瞳をボルモンクへ向けた。

 「シシ……。は……博士……」

 「ザグド、あとは任せます。結果を報告しなさい!――さもなくば弟は……解っていますね?」

 「どうか……どうか待っ……!」

 ザグドが言い終えるよりも早く、ボルモンクは装置を起動させる。すると、彼とゼニファーは光に包まれ――次の瞬間には跡形もなく消え去ってしまった!

 「そん……な……」

 一人残されたザグドは涙を流し、冷たい床へ顔面を押し付けた……。


 「エルス、大丈夫ですか?」

 クレオールは机の残骸に埋もれたエルスに駆け寄り、治癒魔法セフィドを唱える。彼は目立った傷は無いものの、身体のいたる所から出血していた。

 「痛ェ……。何かスゲェチカラで押しつぶされた気分だぜ……」

 「まさかあんな存在モノが出て来るなんて……。わたくしが捕まったせいで、ごめんなさい……」

 「何言ってんだ、わりィのはボルモンクだ! とにかく、あのデケェのを何とかしねェと」

 傷が癒えたエルスは立ち上がり、ほこりくずを軽くはらう。

 「――ふぅ、楽になった! ありがとなッ!」

 「いえ、わたくしにはこれくらいしか……。せめて後ろは任せてね?」

 「ああッ、頼む! 心強いぜ!」

 とはいえ、エルス自身も剣を失っている。前方の魔導生命体ホムンクルスへ目をると、すでにアリサたち四人が戦闘を開始していた。諸悪の根源であるボルモンクの姿は見当たらない。

 「んー。前はアリサたちに任せて、俺も後衛に回ったほうが良さそうだな」

 エルスがつぶやくと、ニセルが振り返ってうなずいた。彼の耳には聞こえたようだ。

 「よしッ! 決まりだ! さあ、俺たちのチカラを見せてやるぜ――ッ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る