第34話 集結、そして決戦の舞台へ

 クレオールがとらわれた魔水晶クリスタルの元へとエルスが戻ってきたのもつか。ボルモンクさんせいの実験により、クレオールのからだは砕け散り、真っ黒な液体と化してしまった。


「ふぅむ。耐えられませんでしたか。仕方ありません、実験に失敗は付き物です」


 ボルモンクはバッグから古びた手帳を取り出し、実験記録の記入を始める。


「しかし、こうして見るとそうせいの、旧世界の〝墓〟のようではありませんか!」


 記録を終えたボルモンクは、まるで観光名物ランドマークでもながめるかのように、魔水晶クリスタルの中に打ち立てられた木製のじゅうを見上げてわらう。


「クソッ……! あン時に俺がッ、しっかりと止めてりゃ……!」


「どうしてクレオールさんをッ! 絶対に許さないッ!」


 せきねんさいなまれているエルスとは対照的に、アリサは激しい怒りをボルモンクへと向ける。さきほどから彼女の瞳は涙にれ、剣を握る手も震えている。


 アリサ自身、どちらかというとクレオールのことは嫌っていた。理由はよくわからない。彼女を嫌いだった理由も。そして、そうではなくなった理由も。


 しかし、今のアリサには一つだけ、はっきりとしていることがあった。


「よくも、わたしたちの〝大切な仲間〟を――ッ!」


「アッ……、アリサ……?」


 思いもよらぬアリサの激しいけんまくに、エルスはどうようと困惑を覚える。少しところがあるとはいえ、普段は優しく穏やかで、それでいて無表情な彼女である。このように感情をき出しにする姿など、彼は一度も見たことがなかった。



「ああッ……。そッ、そうだッ……! 仲間のかたきは取らせてもらうッ!」


「そうなのだ! ご主人様、いまミーが解放するのだ!」


 ミーファがエルスを束縛していたどうへいを打ち倒し、彼をいましめから解放する。エルスは彼女に礼を言い、ボルモンクとたいしているアリサの元へと急ぐ。


「ボルモンク三世ッ! あんたは終わりだッ! 覚悟しろッ!」


「ええ、少々予定が狂ってしまいましたね。仕方ありません、アレを使いますか」


 大声を張り上げるエルスに対し、ボルモンクは〝お手上げ〟のジェスチャを返す。


「狂っているのは〝その頭〟なのだ! 正義の裁きを受けるのだ!」


「……殺すッ! クレオールさんを殺したッ! あなたを殺してやるッ!」


 アリサは眼前の敵に対し、殺意と憎しみに満ちた言葉をぶつける。


 エルスは今のアリサの顔を、とても見ることができない。もしも見てしまうことがあれば、きっと大切なものがくずる。そのような恐怖を感じていた。


「アリサ……」


 つぶやくようにおさなじみの名を呼ぶも、続く言葉が見当たらない。今のエルスには怒りや憎しみといった感情よりも、多くの悲しみがうずいているのだろう。


「そうか……。の俺と同じだ……」


 エルスはファスティアにおいての戦いで、アリサが重傷を負った時のことを思い出す。あの時、彼は怒りの感情に身を任せ、はじめて盗賊ひとあやめたのだ。



「死ね。……なかまの……ッ! かたきィ――ッ!」


ッ……! アリサッ!」


 敵に向かって飛び出したアリサに対し、エルスはけんめいに腕を伸ばす。しかし彼の手は虚しく空を切り、彼女のもとには届かない。


 すると、その瞬間――。

 若い女性の声が広間に響き、アリサの理性を繋ぎ留める。


「お待ちになって! わたくしなら……! ここですわ……!」


 広間の右手側通路から姿を見せた一人の女性。彼女は魔導兵と同じ外套クロークを身にまとっており、走ってきたのか、激しく息を切らしている。


「えっ……? クレオールさん……?」


「あああ――ッ!? クレオール! 無事だったのかッ!?」


 女性は外套クロークのフードを下ろし、たてにカールした長い金髪をなびかせる。見てのとおり、彼女は正真正銘〝クレオール〟本人で間違いないようだ。


「ええ……、ニセルさまが……。助けて……。くださったの……。昨夜……」


 クレオールは静かに息を整え、アリサへ向かって優しく微笑んでみせる。


「よかった。あんなお顔をされては、エルスが悲しみますわよ。アリサちゃん?」


「あっ……。エルス……」


 すっかり理性を取り戻し、アリサが背後を振り返ってみると――。そこではエルスが満面の笑みで、彼女に親指を立てていた。


             *


「ふっ――。遅くなってすまない」


 クレオールから少し遅れる形で、ニセルも通路から姿を現す。


「ここでことが起きる前に、捕まった人々を解放しておきたくてな」


 ニセルいわく、どうたいの改修を終えた彼は昨夜のうちに研究所内に潜入し、真っ先に解放したクレオールと共に、人々を救出していたとのことだ。彼はエルスたちの姿をり、続いてゼニファーとにらっている、旧友・ジェイドに顔を向ける。


「このクソ野郎が! たかが魔法一発のために、この俺様を叩き起こしやがって! ハッ! しかも暗殺者が『人助け』とは笑わせやがる!」


「ああ、礼を言おう。お前の飛翔付与魔法リフレイトのおかげで、仕事がはかどったからな」


「俺様は疾風の盗賊団シュトルメンドリッパーデンだ! 当然よォ!」


 二人は軽口を叩き合い、そろってニヤリとこうかくを上げた。


「なんなのよん、アナタたち……。仲が良いのか悪いのか。理解できないわん」


 ゼニファーはジェイドに対して身構えたまま、呆れたようにためいきをついた。


             *


「まさか本当にクレオールじょうだと!? では、のは――」


博士あなたがお造りになった、おぞましい人形ですわ! どうしてあれほど詳細な……」


 クレオールは早口でまくて、けんに満ちた身震いをする。どうやら身代わりとなる〝少女細工〟に自身のドレスを着せる際に、を見てしまったようだ。


「あのいやしきがんならば、貴女あなたの父上へ納品した記憶があるのですがね。ふぅむ、しかしの機能と内部構造は、必要最低限に抑えたはず


「まっ、が人々を逃がす時間を作ってくれた、一番のこうろうしゃには違いないな」


 そう言ったニセルは、ザグドの顔をいちべつする。すると彼はあんの念をみせるかのように、「シシッ」と小さく息をらした。



「しかし、おり封印ロックをどうやって……? あれは古代人エインシャントの技術にるものです」


「つまりはじゃないか?」


 ニセルは義体化された左手の上に、光の線で形成された〝小さな立方体〟が出現させる。それは複数に分裂し、彼の意志に従うように、様々な形状への変化をみせた。


「それは〝あんごうキー〟!? まさか、その魔導義体は根源型アーキタイプ……!」


「さぁな。ただのさ」


「ドミナめ……! いつの間にわがはいをも超える技術を……!」


 ニセルの魔導義体をこしらえたのは、ドミナの〝〟に当たる人物ではあるのだが。どうやらボルモンクの耳には、そういった情報は入っていないらしい。


「魔導兵どもは、みょうな魔術士が片づけてくれてな。お前さんも敵が多いようだ」


 ニセルの言った言葉を受け、すかさずエルスが表情を輝かせる。


「おッ、そいつはルゥランだなッ!? なぁニセル、ルゥランはどうしたんだ?」


「冗談に聞こえるかもしれんが、笑いながらよ。多忙な身なのだそうだ」


「ルッ……! ルゥラン様だと……!?」


 エルスの出した名前に反応し、今度はボルモンクが顔の筋肉をけいれんさせる。


で目をつけられた……? これは、思った以上にが悪いようですね」


 ボルモンクは明らかにどうようし、ろうばいした様子をみせている。そんな彼の様子を見て、エルスがようようとボルモンクの正面へとおどり出た。



「へッ、どうする!? クレオールも無事に戻ってきたッ! あんたらには、もう魔導兵もいねェ! おとなしく降参して、しん殿でんに捕まるんだなッ!」


「神殿騎士? これは、これは! あれらの本質を、何も知らないとみえる」


「うー? 正義の番人じゃないのだ?」


 斧を構えたまま首をかしげるミーファに対し、ボルモンクがかぶりを振る。


「実にもんですね。しかし講義は終了です。わがはいが教える義理はありません」


 ボルモンクは眼鏡を外し、白衣のポケットから出した布でくもりをぬぐう。もはや彼の表情に、一切の笑みは浮かんでいない。


「もういいだろッ! これ以上、無駄に戦う必要はぇ! 降参してくれッ!」


「ご冗談を。――ですが、そうですね。我輩もを決める必要がありそうです」


 ゆっくりと眼鏡を掛けなおし、ボルモンクはバッグの中へ手を入れる。続いて彼が〝なにか〟を取り出そうとした瞬間、不意にザグドが大声でさけぶ。



「シシッ――! マズイのぜ、博士はかせ! 魔水晶クリスタルが!」


「なんですか、ザグド。もう貴方あなたは用済み――」


「エルス、あれ見て! なんか動いてるような……?」


 ザグドに続き、アリサも大きな声を上げる。一同がそちらへ視線を移すと、確かに魔水晶クリスタルの中で、たいれぬ〝なにか〟がうごめいている様子が確認できた――。

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