第34話 集結、決戦の舞台へ

 「ふぅむ。耐えられませんでしたか。仕方ありません、次回へ生かしましょう」

 ボルモンクさんせいはバッグから古びた手帳を取り出し、何やら記入する。

 「――しかし、こう見るとそうせい――旧世界の『墓』のようではありませんか!?」

 まるで観光名物かのように十字架を見上げていた彼は、両手を広げながらこちらを振り向いた。

 「クソッ……! 別れ際に俺がッ、しっかりと止めてりゃ……!」

 「よくもクレオールさんをッ! 許さないッ!」

 自責に駆られるエルスとは対照的に、アリサは怒りに満ちた眼をボルモンクへ向ける。彼女の瞳は涙に濡れていた。

 ――なぜだろうか。

 どちらかというと、クレオールのことは嫌っていた。

 理由はよくわからない。

 嫌いだった理由も。そうでなくなった理由も。

 だが、アリサには一つだけ明確なことがあった――!

 「――わたしたちの仲間をッ! よくも――ッ!」

 「あッ……アリサ……?」

 アリサの剣幕に、エルスは困惑すら覚える。普段は穏やかで無表情な彼女だ。このように感情をき出しにする姿は見たことがない。

 「――ああ、そうだッ……! 仲間のかたきは取らせてもらうッ!」

 「ご主人様! いま解放するのだ!」

 ミーファはエルスを束縛していたどうへいを打ち倒し、いましめを解除する! エルスは礼を言い、二人はアリサの元へ急いだ――!


 「もう終わりだぜッ! 覚悟しろッ!」

 「ええ、少々予定が狂ってしまいましたね。仕方ありません、アレを使いますか」

 「狂っているのは、その頭なのだ! 正義の裁きを受けるのだ!」

 「……殺すッ……! クレオールさんを殺したッ!――あなたをッ!」

 アリサは憎しみと殺意の言葉を敵にぶつける。

 ――エルスは彼女の顔を見ることができない。

 見れば大切なものが崩れ去る。

 言い知れぬ恐怖を感じていた――。

 「アリサ……」

 静かに幼馴染の名を呼ぶが、続く言葉が見つからない。

 今のエルスには怒りや憎しみよりも、悲しみの方が多く渦巻いていた。

 「そうか……。あの時の――俺と同じだ……」

 ファスティアでの依頼で、アリサが重傷を負った時のことを思い出す。エルスは怒りの感情に身を任せ、はじめて盗賊を――人類ひとあやめたのだ。

 「……ねッ……。なかまのッ!……かたきィ――ッ!」

 「ッ……! アリサッ!」

 飛び出したアリサへ、エルスは腕を伸ばす!――が、届かない!


 ――しかし、その瞬間!

 若い女性の声が響き、アリサの理性を繋ぎとめた――!


 「お待ちになって! わたくしなら……ここですわ……!」

 走ってきたのか激しく息を切らし、広間の右手側通路から金髪の女性が現れた!

 「えっ……? クレオールさん……?」

 「あああッ!? 無事だったのかッ!?」

 魔導兵と同じ黒い外套クロークを着ているが、女性は紛れもなくクレオールだった!

 「ええ……、ニセルさまが助けてくださったの。夜のあいだに……」

 彼女は息を整え、アリサへ向かって微笑む。

 「――よかった。あんなお顔をされては、彼が悲しみますわよ。アリサ?」

 「あっ……。エルス……」

 アリサが振り返ると、エルスはニッカリと笑ってみせた。


 「ふっ。遅くなってすまない」

 クレオールに続き、ニセルも通路から現れる。

 「――ことが起きる前に、捕まった人々を解放しておきたくてな」

 どうたいの改修を終えた彼は昨夜のうちに潜入し、先に解放したクレオールと共に人々を救出していたようだ。

 ニセルはエルスたちをり、続いてゼニファーとにらみあったままのジェイドへ顔を向ける。

 「このクソ野郎が、魔法一発のために叩き起こしやがって! しかも、暗殺者おまえが人助けとはな!」

 「まっ、悪くないだろう? お前の高速付与魔法リフレイトのおかげではかどったぞ?」

 「ハッ、俺様は疾風の盗賊団シュトルメンドリッパーデンだぞ! 当然よォ!」

 軽口を叩き合い、二人はニヤリと口元を上げる。

 「なんなのよん、アナタたち……。仲が良いのか悪いのか。理解できないわん……」

 ゼニファーは身構えたまま、呆れたようにためいきをついた。


 「クレオール嬢……! では、さきほどのは……」

 「博士あなたがお造りになった、おぞましい人形ですわ!……まったく、あれほど詳細な……」

 早口に言い、クレオールは嫌悪に満ちた身震いをする。身代わりの人形に自分のドレスを着せる際、嫌なものを見てしまったようだ。

 「なぜに……。あのいやしき玩具は貴女あなたの父上へ納品したはずですがね。内部は最低限の機能のみでしたが――ふぅむ、外部ガワに関しては申し分無いようですね」

 「まっ、人形あれ人々みんなを逃がす時間を作ってくれたではあるな」

 そう言ったニセルは、ザグドをいちべつする。彼はあんしたように「シシッ」と息を吐いた。


 「だが、おり封印ロックをどうやって……? あれは古代人エインシャントの技術にるものです」

 「さぁな? つまり『古代人エインシャントの技術だから』じゃないか?」

 ニセルが左手を上げると、てのひらの上に光で形作られた小さな立方体が出現した! それは複数に分裂し、様々な形態へ変化してゆく――。

 「それはあんごうキー! まさか、その義体は……!」

 「ふっ。特別製さ」

 「ドミナめェ……! よくもわがはいを出し抜いて……!」

 「それに、妙な魔術士が魔導兵を片づけてくれてな。お前さんも、意外と敵が多いようだな?」

 ニセルは真っ直ぐにボルモンクの目を見る。彼の言葉に、エルスが表情を輝かせた。

 「おッ、ルゥランだなッ! なぁニセル、あいつはどうしたんだ?」

 「冗談に聞こえるかもしれんが、笑いながら消えたよ。多忙な身のようだ」

 「ルゥラン様……だと!?」

 エルスの出した名前を聞き、今度はボルモンクが表情を引きつらせる。

 「――から目をつけられた……? これは、思った以上に分が悪いですね……」

 明らかに動揺し、ろうばいした様子のボルモンク。

 その隙に、エルスは彼の前へおどり出た――!


 「へッ、どうする!? クレオールも戻ってきたッ! あんたらには、もう魔導兵もいねェ! おとなしく神殿騎士に捕まるなら、見逃してもいいぜッ!?」

 「神殿騎士? これは、これは! あれらの本質を、何も知らないとみえる」

 「うー? 正義の番人じゃないのだ?」

 「実にもんですね。しかし、すでに講義は終了です。わがはいが教える必要はありません」

 ボルモンクは眼鏡のくもりをぬぐう。彼の顔に、もう笑みは浮かんでいない。

 「それなら降参しろッ! 依頼された以上、あんたを依頼人の所へ連れて行くまでだッ!」

 「ご冗談を。――ですが、そうですね。覚悟を決める必要はありそうです……」

 ゆっくりと眼鏡を掛けなおし、ボルモンクはバッグの中へ手を入れた――!

 「――シシッ! 博士はかせ! 魔水晶クリスタルの様子が!」

 「なんですか、ザグド。もう貴方あなたは用済み――」

 「見て、エルス。なんか動いてるような……?」

 ザグドに続き、アリサも声を上げる。彼女が指さした方向へ視線を移すと、確かに魔水晶クリスタルの中で何かがうごめいていた――!

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