第33話 砕け散った希望

 研究所内、入口付近の大広間。ボルモンクさんせいたいした状態のアリサとミーファ、そしてあとから現れたジェイドに加え、ついにエルスまでもが戻ってきた。


「エルスっ! 無事でよかったっ……!」


「おー! さすがはご主人様! れつわなには屈しなかったのだー!」


「心配かけちまッたな、アリサ! ミーファ!」


 入口から向かって左奥の、太い通路から出てきたエルス。彼は懐かしげに二人の顔へと目をったあと、ジェイドの姿に視線を留める。


「まさか、ジェイドまでいるとは思わなかったぜ!」


「ハッ! やっと役者がそろったか!」


「ああッ! あとはニセルがいてくれりゃなぁ……」


「何だ、おらんのか? あの野郎のことだ、そのウチ現れるだろうよ!」


 ニセルとジェイドは旧知の間柄であり、おさなじみの関係でもある。ジェイドはどこか思わせぶりに言い、大口を開けながら笑ってみせた。



 敵の増援をすることには成功したものの、ぜんとして状況はかんばしくない。エルスはボルモンクに短杖ワンドを突きつけながら、実力行使の宣言をする。


「クレオールを解放しねェつもりなら、もうでいかせてもらうぜッ!」


「ふぅむ。どうやら貴方あなたに対する評価を、大幅に改める必要がありそうですね」


 ボルモンクは自身のあごひげでながら、感心したように息をらす。


「ザグド、計画変更です。ただちに魔水晶クリスタルしょうじゅうてんさせなさい!」


「シシッ……! 博士はかせ、それだけはどうか……」


「失望しましたよ、ザグド? くれぐれもしておくことですね――!」


 内心ではあせりがあるのか。ボルモンクはザグドからの抗議をさえぎった後、彼を無理矢理に押しのけて、機械の起動スイッチを押した。


「あッ、この野郎ォ! フレイト――ッ!」


 風の精霊魔法・フレイトが発動し、風の結界がエルスを包む。そして結界をまとった彼は宙をび、魔水晶クリスタルを目がけて突撃する。


らえなさい! どうへい!」


 創造主からの命令に従い、周囲の魔導兵たちがエルスに向かってを向ける。たん、彼の身体は空間にけられたかのように、ピタリと空中で停止した。


「ぐあッ……!? これッ……、なんとかなんねェのかよッ……!」


「エルスっ!」


「俺は大丈夫だッ! 二人とも、早くクレオールを!」


 ボルモンクが機械を作動させたことにより、魔水晶クリスタルの内部は闇で満たされ、すでにクレオールの姿を確認することもできない。


 自由を奪われたエルスは必死にアリサたちに呼びかけるも、彼女らの間には魔導兵の群れがふさがっており、ジェイドもゼニファーとの交戦を始めている。



「魔導兵の念動捕縛サイコバインド貴方あなたに対しては、特に有効なようですね」


 ボルモンクは冷笑を浮かべつつ、宙に浮かされたままのエルスを見上げる。


「これは対象の魔力素マナに働きかけ、運動をがいする機能。魔導兵あれ一体では、せいぜい動きをにぶらせる程度の効果しかないのですが……」


 事実、魔導兵らの能力が、アリサたちに効果を発揮している様子はない。ボルモンクは眼鏡を外して首を振り、自身の額の汗をぬぐう。


「エルスと言いましたね? どうやら貴方あなたの内には、大いなる〝力〟がひそんでいる……! 魔力素マナの根源とも呼ぶべきもの。つまりは〝精霊〟の力です!」


「精霊ですって……?」


 あるじの言葉を耳にした瞬間、ゼニファーの動きが止まる。それでは自身が十三年の、に見た〝銀髪の人物〟は――。


「ハッ! よそ見をしている場合かっ!? ヴィストォ――!」


「ハァ……。貴方あなたの顔なんて、マトモに見る必要ないじゃない?」


 ジェイドが放った風の魔法ヴィストを〝結界〟でなし、彼女も同じ魔法を撃ち返す。


 こうした結界は呪文にらず、体内の魔力素マナそのものを放出して展開される。ただし、制御には大量の魔力素マナの消費に加えて魔術士としての熟練も必要となり、実質的にゼニファーやボルモンクのような、〝エルフの血族〟らのせんばいとっきょとなっている。


             *


「うー! こうなったら、ミーが魔水晶アレを破壊してやるのだー!」


 ミーファは斧で魔導兵らを振り払い、闇色に染まった水晶に狙いを定める。


「無駄ですよ、ミーファ様。その瞬間、増幅された闇が一気に流れ込むでしょう。言うまでもなく、クレオールじょうからだにね!」


「じゃあ、その〝変な箱〟を壊しちゃえば……!」


「これは〝機械〟という、一種の魔導装置です。説明はかつあいいたしますよ」


 ボルモンクは機械の操作板を叩きながら、二人の少女へ視線を遣る。現在、彼女らは魔導兵によって、完全に行く手をはばまれている。すでに状況はばんじゃくだろう。


「どちらにせよ手遅れです。――さあ、の時間ですよ!」


「ぐぅッ……! クレオール……ッ!」


 エルスはくやしげに奥歯を食いしばり、すべもなく魔水晶クリスタルにらみつける。やがて内部に渦巻いていた〝闇〟はクレオールのからだへと収束し、中の様子があらわになった。



 魔水晶クリスタルの空洞内で目を閉じたまま、じゅうに縛られているクレオール――。するととつじょ、彼女がしろき、その美しい顔面をゆがませた。


「アッ……!? アアガアッアッ……! ガゴァッ……!? グッガガッ……!」


 言葉にもならぬうめきをげ、クレオールが束縛されたままの全身を激しくよじる。彼女の体内では何かがいずりまわるかのように、肉体のいたる所がぼうちょうしはじめる。


 そして次の瞬間、が大きく破裂した。



「まッ……!?」


 エルスは大きく目を見開いたまま、言葉を発することができない。


 魔水晶クリスタルないへきには真っ黒な液体が張りついており、ねんせいを持っているかのように、ゆっくりと下方へ流れ落ちてゆく。


「クレオールさん……」


 流れる闇を見つめながら、アリサが静かに小さくつぶやいた。すべてが流れ落ちた後に残ったのは、闇色をした液体にたたずんでいる、木製の十字架のみだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る