第33話 流転せし希望

 「エルスっ! 無事でよかった……っ!」

 「おー! さすがはご主人様! 卑劣な罠などには屈しなかったのだー!」

 「心配かけちまッたな、アリサ! ミーファ!」

 彼女らの、向かって左奥の通路から現れたエルス。

 懐かしげに二人の顔を見回し、さらに見知った男に目を留める。

 「――ッていうか、ジェイドまでいるとは思わなかったぜ!」

 「ハッ! 役者がそろったか!」

 「ああッ! あとはニセルがいてくれりゃなァ……」

 「何だ、まだらんのか? あの野郎のことだ、そのウチ現れるだろうよ!」

 ニセルとジェイドは旧知の仲であり、幼馴染の関係だ。

 敵の策を一つ破ったものの、ぜん状況はひっぱくしており、悠長に話している時間は無い。エルスはボルモンクさんせい短杖ワンドを突きつける――!


 「あんたがクレオールを解放しねェつもりなら、もう実力行使といかせてもらうぜッ!」

 「……ふぅむ、貴方あなたに対する評価を、大幅に改める必要がありそうですね」

 ボルモンクはあごヒゲをで、感嘆をらす。

 「ザグド、最終段階です。魔水晶クリスタルしょうじゅうてんさせなさい!」

 「シシッ……! 博士はかせ、どうか……」

 「失望しましたよ? ザグド。くれぐれも覚悟しておくことです」

 「シッ! そ……! それだけは!」

 内心は焦っているのか、ボルモンクはザグドを押しのけて奇妙な装置のスイッチを押す――!

 「させるかッ! フレイト――ッ!」

 風の精霊魔法・フレイトが発動し、エルスを風の結界が包む!――浮上した彼は宙をび、魔水晶クリスタルへ直進する――!

 「捕らえなさい! どうへい!」

 創造主の命令に従い、即座に周囲の魔導兵がエルスへを向ける――!

 ――たん、彼の身体は空中に縫い付けられたかのように停止した!

 「……ぐあッ!……チクショウ……! これ……なんとかなんねェのかよ……!」

 「エルスっ!」

 「大丈夫だッ! 二人とも、クレオールを!」

 魔水晶クリスタルの中はすでに闇に包まれ、クレオールの姿をうかがうこともできない! アリサらの間には魔導兵が立ち塞がり、ジェイドもゼニファーと交戦を開始していた!


 「魔導兵の念動捕縛サイコバインド貴方あなたに対しては、特別有効なようですね」

 冷ややかにわらいながら、ボルモンクはエルスを見上げる。

 「これは対象の魔力素マナに働きかけ、運動を阻害する能力。魔導兵あれ一体では、動きをにぶらせる程度の効果しかないのですが……」

 事実、彼の言う通りアリサたちにはあまり効果を発揮していない。

 ボルモンクは眼鏡を外し、額の汗を拭う。

 その汗は、果たして焦りか興奮か。

 「どうやら、貴方あなたの内には大いなるチカラが潜んでいる……! 魔力素マナの根源とも呼ぶべきもの――そう、精霊のチカラです!」

 「精霊……?」

 あるじの言葉に、思わずゼニファーの動きが止まる。

 では、あの日、に見た銀髪の人物は――。

 「ハッ! よそ見をしている場合か!? ヴィストォ――!」

 「だって、貴方あなたの顔なんてマトモに見る必要ないもの」

 ジェイドが放った風の魔法ヴィストを結界でいなし、彼女も同じ魔法を撃ち返す――!

 一般的に『魔法障壁』とも呼ばれる結界は呪文にらず、体内の魔力素マナそのものを放出して展開される。

 ――ただし、その制御には大量の魔力素マナに加えて魔術士としての高度な熟練が必要となり、実質的にエルフの血族の専売特許となっているのだ。


 「うー! こうなったら魔水晶アレを破壊してやるのだー!」

 ミーファは斧で魔導兵を振り払い、闇色に染まった水晶へ狙いを定める!

 「無駄です。その瞬間、増幅された闇が一気に流れ込むでしょう。クレオール嬢にね!」

 「じゃあ、その変な箱を壊しちゃえば……!」

 「機械、もしくは装置と呼ぶのですよ。お嬢さん? 鉱山王国ドラムダのミーファ様はご存知でしょうが」

 ボルモンクは二人の少女を交互に見る。彼女らも魔導兵に行く手を阻まれている状況だ。


 「どちらにせよ、無駄なことです。さあ、完成の時間ですよ!」

 「……ぐッ……! クレオール……ッ!」

 エルスは固く歯を食いしばり、魔水晶クリスタルを見つめる! 内部に渦巻く闇はクレオールの中へ収束し、再び透明な内部があらわになる――!

 十字架に縛られたクレオール。

 ――すると突然! 彼女は目をき、激しく顔面をゆがませた!

 「アッ……! アアガアッアッ……! ガッ……グガガッ……!」

 言葉にならぬうめきを上げ、束縛されたまま全身をよじる! 何かが這い回るようにからだのいたる所がぼうちょうし――そして、はじけた――!

 「――ッ!」

 エルスは目を見開いたまま、声を出すことができない。

 魔水晶クリスタルの内壁には真っ黒な液体が飛散し、粘性を持っているかのようにゆっくりと流れ落ちる――

 「……クレオールさん……」

 流れる闇を見つめ、アリサがつぶやく。

 ――すべてが流れ落ちたあとに残ったのは、闇色の液体にたたずむ十字架のみだった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る