第32話 反撃への兆し

 研究所・入口近くの大広間にて、どうへいとの交戦を続けているアリサとミーファ。そんなアリサの耳に、聞き覚えのある男の大声が響いてきた。


「ジェイド……! まだ生きてたのねん……?」


 背後からのごうに反応し、ゼニファーが様子で振り返る。


「ハッ! 俺様は受けた恨みは忘れん主義だ! 覚悟してもらうぞ、ゼニファー!」


 たんを切ったような台詞せりふに続き、かんだかい口笛のが響きわたる。この声のぬしくせを思い出し、広間に居るアリサはとっに、てつごうから距離をとった。


「ラヴィストォ――!」


 風の精霊魔法・ラヴィストが発動し、質量ある風のかたまりが狭い通路をはしり抜ける。風は空気のさつによって稲妻をまとい、ゼニファーを鉄格子に押さえつける。


 やがて強固な金属はゼニファーのからだに押されて少しずつ変形し、激しい風圧によって破られてしまう。その暴風が治まった後、広間には砕けた金属の破片と共に、まんしんそうとなったゼニファーの細いからだが投げ出されていた。



「がはっ……。やるじゃないのん……」


 いたる箇所ところから血を流しながら、ゆっくりとゼニファーが立ち上がる。あれほどの暴風だったにもかかわらず、彼女が展開していた〝結界〟に加え、魔力素マナとの高い親和性をもつハーフエルフ族であったがゆえか、の傷で済んだようだ。


「でも上位魔法ラヴィストにしては〝なみ〟ねん。もしかしてのかしらん?」


「ハッ! その小賢しい扉さえ破れば、上出来よ!」


 通路から現れた男は緑色のコートをまとっており、右の肩から先は緑色に塗装されたどうたいへと換装されている。真ん中で分けた髪や整えたあごひげも緑色であり、がんと思われる右の瞳からも、緑色の光が放たれていた。



「あっ、やっぱり緑の人。ジェイドさんだっけ?」


 見知った顔の登場に、思わずアリサから戦意が抜ける。


「久しいな、じょうちゃん! そっちの小さいのは新入りか? エルスはどうした?」


「ミーは〝正義の賞金稼ぎ〟ミーファなのだ! ご主人様はれつわなめられて、いまごろは悪の科学者によって改造人類に――」


「えっと、エルスは捕まっちゃって。この最低な人たちにっ……!」


 ミーファの言葉をさえぎりながら、アリサが言葉を補足する。そんな彼女の指はぐに、諸悪の根源であるボルモンクさんせいをさしている。



「心外ですね。いずれわがはいは〝神〟に、全人類の救済者となる存在だというのに」


 ボルモンクは大きくかぶりを振り、腰に下げていたステッキを手に取った。


の犠牲は、いわば〝新世紀〟の第一歩。心配せずとも、後世の神話には名を刻んでさしあげますよ。尊き〝じゅんきょうしゃ〟としてね!」


「ハッハッハ! コイツは大した悪役だ! 俺様は嫌いじゃない――」


 ジェイドが紳士的に手を叩くと同時に、にぶい金属音が鳴り響く。


「が――! つまりは〝おまえ〟こそが! 俺様をハメたちょうほんにんってことだな?」


「ならばどうだと言うのです? 貴方あなたは愚かなたいしょうから〝こうつえ〟を奪い戻し、速やかに退場するの役割で充分だったのですがね」


「やっぱりに、もっと欲張っておくべきだったかしらん……?」


 そう言って冷笑を浮かべるゼニファー。しかし彼女の顔面はあおく、いまだ足元もふらついている。ボルモンクはそんな彼女をいちべつし、ステッキをかざしながら呪文を唱えた。



「まあよいでしょう。結果的に貴重なデータが手に入りました。――セフィルド!」


 の光魔法・セフィルドが発動し、ボルモンクの杖から帯状の光が伸びる。いやしの光は包帯のようにゼニファーのからだを包み、瞬く間に彼女の外傷をりょうした。


「ふむ、ふむ。どうやら内臓なかまでダメージを負ったようですね。まあ、あとてあげましょう。まだ貴女あなたを失うわけにはいきませんからね」


「ありがと、博士センセ。ふふっ、こんなオトコくらい、今のままでも充分よん」


 ゼニファーは手鏡で素早く身だしなみを整え、ジェイドに対して挑戦的なポーズをとる。そんな彼女の正面に立ち、ジェイドは暗殺の刃ロングダガーを右手に構えた。


ずいぶんしゅうしんだな! 堅実な現実主義者リアリストではなかったのか?」


「そうよん? だからこそ、博士かれいてるんだけど。だって彼は――」


です。ゼニファー」


 じょうぜつに語る助手の口を、ボルモンクが制止する。するとゼニファーは小さく頭を下げ、あるじの右手側へと移動した。



「彼らの役目はここで終わる――。そうですね、そのどうたいは回収しておきましょうか。〝いつわりの発明者インベンター〟とはいえ、ドミナ博士の技術はぼんですからね」


「ハッ! おまえら二人と悪趣味な〝目玉野郎〟どもだけで、この俺様をめられるとでも思っているのか?」


 ジェイドは暗殺の刃ロングダガーでボルモンクとゼニファーを順番に示し、左手の中指を立てる。それに対してボルモンクはあきれたように、「ハァ」と息を吐いてみせた。


「この場のモノだけがではないと言ったはずです。――ああ、失礼。貴方あなたすいなるちんにゅうしゃでしたね。改めての解説を失念しておりました」


「あなたはいったい……、なんにんを殺したの――ッ!?」


 とつじょ、アリサが声をあらげる。これまでの彼女とは明らかに、が決定的に違っている。しかしそんな彼女に対しても、ボルモンクは冷静な態度で切り返す。



「やれやれ、のは貴女あなたでは? 彼らは〝新人類〟として生まれ変わったのです。研究所ここの建築士や無能な技術者たち。クズのような犯罪者に、救済所に集ったひんじゃども。まぁ、とにかくランベルトスは、にはこときませんでしたからね」


「うぬぬー! まさに極悪非道! 諸悪の総大将め、覚悟するのだー!」


「ええ、そろそろころいでしょう。次の実験へと移ります」


 ボルモンクはニヤリと口元を上げ、背後の魔水晶クリスタルを見る。するとの裏側付近から、ゴブリン族のザグドが姿をみせた。


             *


「シシッ! これはにぎやかですのぜ。――準備完了です、博士」


「ヴィ・アーン。逃げた〝素材〟どもの行方ゆくえは判明しましたか?」


「いいえ、そちらの方は……。イシシッ。申し訳ないのぜ」


 ザグドはペコリと頭を下げ、大きな瞳でボルモンクの顔色をうかがっている。


「まあ良いでしょう。これから最後の段階へ入るところです。準備しなさい」


 ボルモンクは小さくためいきをつき、クレオールがとらわれている魔水晶クリスタルへと視線をる。


「シシッ! 博士。お約束どおり、どうかクレオールさまは……」


「何ですか? 自らの立場くらいはわきまえられると思っていたのですがね?」


「シッ……。失礼いたしましたのぜ……」


「あなたはッ! まさか最初からクレオールさんをッ……!」


 アリサは怒りに震えるような眼で、ボルモンクをにらみつける。


「ええ、ご覧のとおり。もう完全に〝瘴気〟へのじゅんのうが済んだようですからね」


 ボルモンクは言いながら、手にしたステッキ魔水晶クリスタルをさしてみせる。すでにはりつけにされたままのクレオールのからだからは、うっすらと〝黒い霧〟がしている。



「ザグド、すべての魔導兵を行動開始アクティベート。まずは彼奴きゃつらを捕らえなさい!」


「承知しましたのぜ……」


「おおっと! させるかよ!」


 ジェイドは右手に暗殺の刃ロングダガーを構え、ボルモンクに向かって飛びかかる――。


「フラミト!」


 しかし寸前で発動させたゼニファーの鈍速魔法フラミトが、ジェイドの行動をぼうがいした。


「バレバレよん? 昔のなんだから」


「な・に・が、仲間だ! おまえは仲間どころか〝裏切り者〟ですらないわ!」


 水の触手にからまれながら、ジェイドはゼニファーにぞうごんうらごとを投げ続ける。それが戦闘開始の合図となったのか、中央で構えるアリサとミーファに対しても、部屋中の魔導兵らがせまりはじめた。



「もう茶番は結構です。ザグド、早くしなさい!」


「いえ、すでに……。すべての生産室ラインに起動命令を出してるのぜ……」


 けんめいに金属製の装置を操作するザグドであったが、いつまでも変化が表れない。そんな彼の様子にいらちながら、ボルモンクは自身のあごひげを左手の指にからませる。


「おかしいですね。この研究所ラボのシステムは正常なはず――」


「ヘッ! 残念だったなッ! あの〝変なガラス玉〟なら、もう壊しちまッたぜ!」


 大広間内に響き渡る、若い青年の大きな声。

 その待ちわびた声に反応し、アリサが左奥の通路に視線を遣る。


「エルスっ――!」


 きらめく銀髪と黒いマントをなびかせながら、エルスがさっそうと姿を現した。

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