第31話 優しき冒険者の目覚め

 ボルモンクさんせいわなめられはしたものの、エルスは魔術士ルゥランの助けもあり、おりからの脱出に難なく成功することができた。そして彼らが元の場所へと戻る道中、二人は〝透明なカプセル〟に入っている〝どうへい〟らの姿を目撃した。


「片づけるッて、この数を二人で倒すのかッ!?」


 ルゥランの口から出た言葉に、エルスは驚きを隠せない。少なくとも、この場には魔導兵の入った〝カプセル〟が二十基以上は並んでいるのだ。


「ッていうか。――そのデケェ杖、いつ出したんだ?」


「ああ、さきほど取ってまいりました! 散歩には少々重すぎましてねぇ」


「取ってきたッて……。そういや、あの檻の中にも、いきなり出てきたよな?」


 エルスは今さらながら、ルゥランについての疑問を口にする。しかし彼はには答えず、にこやかな笑顔を絶やさぬまま、一歩前へと進み出た。



「ふむふむ。この程度の数なら、ワタシだけでも大丈夫でしょう!」


 ルゥランは植物や宝石によって飾りつけられた大杖スタッフを構え、あたかもを示すかのように、ゆっくりと呪文を唱えてみせる。


「デストミスト――!」


 闇魔法・デストミストが発動し、ルゥランの杖の先端から、紫色の光がほとばしる。


 あらぶる光は周囲の魔導兵たちへと照射され、続いて生じた紫色の泡がカプセルの内部に満ち、魔導兵それらの全身を包み込んだ。


 やがてカプセルの内部は闇色に染まり、その〝闇〟さえも泡の中へと吸収される。そして泡がくうへ消えたあとには、透明の容器だけが残されていた。



「今のが〝かいじゅ〟の闇魔法、デストミストです。やはり魔導兵これらも、〝はじまりの遺跡〟のと同じ性質だったようですねぇ」


「はじまりの遺跡だって? じゃあ、団長が言ってた〝魔術士〟ッてのは……」


 エルスは周囲を一望しながら、同時にかんたんためいきらす。


本当ホントに一瞬で片づけちまった……。とんでもねェ魔法だな……」


「本来は呪われた道具を壊す魔法ですが、こういう使い方もあるということで!」


「呪い? そうか、しょうで動くッてことは、不死人類アンデッドなんかと同じッてことか」


 通常であれば、命が尽きた人類は〝しろきり〟となって消滅する。


 しかし、極端に瘴気の濃度が高い場所では正常に霧へかえることができず、生けるしかばねともえる〝不死人類アンデッド〟となり果ててしまうのだ。


「いいですねぇ! その冷静さや観察眼は、魔術士にとって重要ですよ!」


 ルゥランはエルスをめながら、じっと彼の顔をのぞむ。その時ルゥランの右眼に着けられた片眼鏡モノクルが、わずかに輝いたように見えた。


             *


「とにかく今は、捕まった仲間を早く取り戻さないといけねェしな」


 エルスは拳をにぎりしめ、先へと続く通路をにらむ。魔導兵への対抗手段は見つかったものの、敵にとらわれたままのクレオールは、ぜんとして危険な状態だ。


「まずは目の前の事をなんとかしねェと! 早くアリサたちと合流だ!」


「では、ワタシは残りの部屋を片づけて回りましょう!」


 ルゥランは大杖スタッフを壁に立て掛け、左右の肩を交互に叩く。彼の言葉のとおり、この大きな杖には相応の重量があるようだ。


「残り? まだ残ってやがンのか?」


「ええ、似たような設備がおそらく三箇所。いやぁ、かなり本腰を入れて建設したようですねぇ。――研究所ここ!」


 そう言いながらルゥランは、周囲を見渡すようなジェスチャをする。どうやら彼の〝眼〟にだけは、何かがえているのだろう。



「わかった、それじゃ頼むぜ! ああ、そうだ――」


 エルスは思い出したように言い、自身の冒険バッグから〝武器収納の腕輪バングル〟を二つ取り出す。そして彼はを重ね、ルゥランの前へと差し出した。


「よかったら使ってくれよ! ルゥランになら渡しても大丈夫だろうしさッ!」


「おや、これは興味深い! ありがたくちょうだいしましょうかねぇ」


 腕輪バングルを受け取ったルゥランはを一つずつ両腕にめ、使い方に迷うこともなく右手に大杖スタッフを収納する。


「おお、これは素晴らしい! ありがとうございます、エルスさん!」


「へへッ! まッ、もらいモンなんだけどなッ! それじゃ行ってくるぜ!」


 エルスは大きく手を振ると、先に続く長い通路へと全速力で駆けていった。


             *


 そんなエルスの背中を見送り、ルゥランは右目の片眼鏡モノクルを取り外す。には鼻当てと一本のつるが付いており、鼻と右耳で固定する仕組みとなっている。


らくいん、タイプ・リーランド。――やはり彼がお持ちでしたか!」


 いつものように笑いながらも、額から流れる汗が止まらない。ルゥランは目眩めまいおさえるように顔に手を当て、そのまま左手で汗をぬぐう。


「しかし、あれほど多くの要素ものを抱えておいでとは! さて、どこまでミルセリアさんにお伝えしたものか。……またお会いしましょうねぇ? エルスさん!」


 そう独りでつぶやくや――。ルゥランの姿はこつぜんと、虚空へと消え去った。



             *



 一方、研究所の出入口近くの大広間。エルスが罠に掛かってしまったあとも、残されたアリサとミーファは、魔導兵との激戦を繰り広げていた。


「はあぁ――ッ!」


 アリサは気合いと共に、何度も斬撃を繰り返す。すると魔導兵の腕にも少しずつヒビが増え、やがて金属疲労に屈するかのように、鋼鉄の腕が落下した。


「そこッ! せやぁ――ッ!」


 がら空きになった魔導兵の胴に、アリサがこんしんの突きを放つ。細身の銘剣エレムシュヴェルトの鋭利な剣身に貫かれ、魔導兵は行動を停止する。


「ゥルォォ……。シャッ……。ダ……」


 機能停止の音声と共に魔導兵はガラガラと床にくずれ、そのざんがいからはおびただしい量の瘴気がふんしゅつしはじめる。アリサらは善戦してはいたものの、すでに大広間の内部には、この〝瘴気〟が大量に満ちていた。



「はぁ……、はぁっ……! せっかく倒しても、これじゃ……」


 アリサの周囲では獲物を求めるかのように、いまだ大量の〝目玉〟がうごめいている。


 しかし瘴気によってアリサの魔力や体力を大きく奪われており、もう魔導兵の攻撃をさばき続けるのも、かなり厳しいといった状態だ。


「ふぅむ。この高濃度の瘴気の中で、ここまでの戦闘能力を発揮するとは。しかしながら、そろそろ限界のようですね」


 劣勢におちいりつつあるアリサをり、ボルモンクは冷笑を浮かべる。自身は〝結界〟を展開しているらしく、彼の周囲にはうっすらとした〝光の膜〟が確認できる。



「まだまだなのだ! アリサ、ドワーフの底力を見せてやるのだー!」


「ドワーフだろうとブリガンドだろうと、わがはいのような〝ノーム〟であろうとも――。しょせんは〝かみかいらい〟です。あわれな操り人形マリオネットと何ら変わりありません」


「もう悪の言葉を聞く耳など持たぬのだ! リカレクトぉ――!」


 ミーファは唱えていた魔法を解き放ち、アリサの身体を守護の結界で包み込む。続けて彼女は攻勢に出るべく、さらに呪文を唱えた。


「さー! 正義の力を受け取るのだ! レイリゴラぁム――!」


 土の精霊魔法・レイリゴラムが発動し、アリサの剣がこんじきの光を放つ〝魔法剣〟と化した。ミーファからの援護を受け、アリサが再び立ち上がる。



「ありがとっ、ミーファちゃん! やあぁーッ!」


 魔力を帯びた剣により、再び攻勢に出たアリサ。


「ふふー! ミーたちの正義は止まらないのだー!」


 さきほどの魔法でミーファも魔力素マナを使い果たしたようだが、彼女の戦闘スタイルを見るに、あまり影響は無いらしい。


「アリサ、ここは任せたのだー! そりゃ、どーん!」


 瘴気を分散させるため、アリサから離れた位置の魔導兵らをなぎ倒す。ちょとつもうしん台詞ことばに対し、ミーファは冷静な判断能力にも長けているようだ。


「負けないッ! 絶対に助けるもんッ!」


 黄金の刃を構えながら、アリサは巨大な魔水晶クリスタルに視線をる。じゅうに囚われたままのクレオールは、いまどうだにもしていない――。


 クレオールのことはどうでもよかった。

 エルスのためについてきた。

 エルスが〝彼女を助けたい〟と、そう望んだからついてきた。


 それがアリサ自身の望みでもあると、そう思い込んでいた。


「――でもッ!」


 アリサは力いっぱいに剣を振る。

 金色の刃に斬り裂かれ、あわれな人形がくずちる。


「助けるッ! エルスもッ! そしてクレオールさんもッ!」


 振り下ろされた鋼の拳を、左腕で受け止める。守護の結界をまとったまま、アリサは魔導兵に体当たりを仕掛けて倒し、剣を〝目玉〟に突き立てる。


「待っててッ! いま助けるからッ!」


 決意の叫びと共に――。

 アリサは魔水晶クリスタルの元へと、もうぜんと駆け出した。


             *


「むむっ!? ゼニファー!」


「ルール違反よん? サイフォ――!」


 風の精霊魔法・サイフォが発動し、アリサの周囲の〝風〟が動きを止めた。同時に彼女に掛かっていた、守護付与魔法リカレクト土の付与魔法剣レイリゴラムも消滅する。


 精霊たちのそうの力関係上、土は風に対して弱い位置づけとなっている。本来、静寂魔法サイフォは相手の呪文詠唱を阻害するために用いる魔法なのだが、ゼニファーはアリサに掛かった付与魔法エンチャントを打ち消すために、を使用したようだ。


「困ったおじょうちゃんねぇ? もう〝カレ〟のコトはあきらめたほうがイイわよん?」


「……さないッ!」


 アリサは背後を振り返り、ゼニファーをにらみつける。


 風のいましめによって台詞せりふの前半部分は聞き取ることができなかったものの、アリサの表情から伝わるはくに、思わずゼニファーは


「なっ……、何よん……。そんなに怒らなくってもイイじゃない……」


 ゼニファーのほほを冷たい汗が流れ、きずあとを描いた化粧メイクにじむ。二人をへだてるてつごうが無ければ、アリサは今にも彼女へ飛びかかってきただろう。


 しかし、彼女があんをみせたのもつか。ゼニファーの後方にあたる〝研究所の出入口方面〟から、さらに彼女をうらむ者の、すさまじいごうひびきわたる。


「ハッ! 見つけたぞゼニファーめ! 俺様が〝借り〟を返しに来たぞ――!」

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