第30話 トリックスターの導き

 落とし穴に落ち、どこかへ転送されてしまったエルス。

 ――彼は今、暗闇の中に居た。

 『ここは……どこだッ?』

 『……助けてあげようか?……』

 『誰か……いるのか……ッ?』

 『……ほら、手を伸ばして?……』

 『なッ……!? またおまえかッ!』

 ぼんやりと目の前に現れた魔法衣ローブ姿の少年!

 彼に向かって、エルスは叫ぶ――!


 「――いらねェッて言ってんだろッ!……ッて、あれッ?」

 自身の大声と共に、エルスは目を覚ます――

 ――どうやら、独房のような場所で気を失っていたようだ。

 光沢のある石造りの床は冷たく、壁は金属の板で覆われている。壁の一面はすべててつごうとなっており、この場を一言で表すならば『おり』が妥当だろう。

 「そうか、俺は落とし穴に落ちて……」

 エルスは天井を見上げる。だが、一方通行の転送装置テレポーターによって放り込まれたため、穴などは無い。鉄格子から外をのぞくと、目の前には幅広い通路があり、正面や左右にも似たような檻が連なっていた。

 「とにかく脱出しねェと……。だめだな、鍵穴とかもェや」

 鍵穴さえあれば、ニセルから預かった『盗賊の鍵』でかいじょうできる。だが、特殊な方法で閉じられているのか、扉の開閉部分すら見当たらない。


 「剣は折れちまッたし、短杖これと魔法でなんとかなるか……?」

 「この鉄格子、衝撃を加えると罠が発動するようですよ? いやぁ興味深い!」

 「――うわッ! 誰だ!?」

 耳元にささやかれた声に、エルスは思わず仰反のけぞる!――いつの間にか、執事姿の紳士が隣に立っていた!

 「はっはっは! 驚かせてしまいましたかねぇ?」

 「当たり前だッ!――ッて、……あんたはファスティアで会ったエルフの兄さんか?」

 「おやおや、若者は記憶力がよろしい! ワタシはルゥランという魔術士です。エルスさん!」

 ルゥランは軽くしゃくし、にこやかな笑顔でエルスの顔を覗き込む。

 「んッ? 俺のこと知ってンのか?」

 「それが実は、あまり知らないのですよ!――ですので、ぜひお調べしてみたいなと!」

 「あッ! あんたはボルモンクさんせいの仲間なのかッ!?」

 「はっはっは! まさか!」

 パタパタと手を振りながら、ルゥランは楽しげに笑う。つかみどころのない人物ではあるが、確かに敵意は感じない。


 「うーん……。とりあえず、敵じゃねェ……ンだよな?」

 「ええ、もちろん! そんなコトをすれば、リリィナさんに殺されてしまいますからねぇ」

 「ああ……。リリィナあいつと知り合いなのか……。同情するぜ……」

 エルスは幼少の頃から付き合いのあるエルフ族を思い出し、深いためいきをついた。彼女はエルスに対して、度を超した厳しさで接するのだ。

 「はっはっは! 彼女は実に個性的ユニークですからねぇ! それはさておき、出ましょうか!」

 ルゥランは鉄格子の前へ行き、こちらを振り返る。

 「出るッていってもなァ。どうやって……」

 「ズィ・イ・エル・ディ……」

 「んッ……?」

 ルゥランはてのひらをかざし、ゆっくりと呪文を唱える――!

 「――ゼルデバルド!」

 闇魔法・ゼルデバルドが発動し、ルゥランの手に闇色のつるぎが現れた!

 ――彼は闇の剣で、鉄格子を軽くでる!

 「ほいっ! ささっ!」

 刃に触れた部分からは闇が侵食し、金属製の檻は黒いちりとなって崩れ落ちてしまった――!

 「おやおや? 見かけほど頑丈ではなかったようですねぇ」

 「なッ……! なんだ今の魔法は……!?」

 「はっはっは! ただの闇魔法ですよ」

 ルゥランは笑いながら手を開く。すると、握られていたは跡形もなく消滅してしまった。

 「――どうです? 覚えましたか?」

 「へッ? いや、さっきの呪文は覚えたけどよ……」

 「いいですねぇ! やはりアナタは記憶力がよろしい!」

 魔法を扱うには呪文を覚える以外にも、それぞれ決められた契約や儀式が必要となる。光魔法ならば教会へわずかばかりの寄付をすれば儀式を執り行ってもらえるが、闇魔法は存在そのものがあまり知られていない。


 「では、行きましょうか!」

 「あ……ああッ! そうだ、早くアリサたちの所へ戻らねェと……」

 ルゥランのあとに続き、檻から出る。通路の左手側は突き当たりとなっており、悪趣味な道具類が壁に掛けられている。

 ――右手側には鉄格子があり、そちらが出口のようだ。

 「ほかには居ねェみたいだな……」

 エルスは出口へ向かいながら、左右の檻を覗く。

 「ええ。別の場所へ運ばれたか、もしくはになってしまったか」

 「クソッ……! ボルモンクは何を考えてやがンだッ!」

 「はっはっは! 彼の行動には、ワタシも興味がありますねぇ!」

 なぜか楽しげに笑い、ルゥランは固く閉ざされた鉄格子を手でさす。

 「――ささっ、どうぞ!」

 「へッ? どうぞッて言われても……」

 意図がわからず、エルスは頭をく。ルゥランは何も答えず、笑顔を崩さない。

 「まさか、さっきのをッてことか……?」

 エルスは意を決し、さきほど覚えた呪文を唱える――!

 「ゼルデバルド――ッ!」

 闇魔法・ゼルデバルドが発動し、エルスの手に暗黒の剣が現れた!

 「なッ!?……出来ちまッた!?」

 「はっはっは! お見事です!」

 暗黒の刃を手に、エルスは鉄格子を斬りつける!――斬られた部分から闇が侵食し、鋼鉄の障害物はもろくも崩れ去ってしまった!

 「なんて威力だ……! 怖くなっちまうぜ……」

 エルスが身震いしつつ手を開くと、闇の刃は跡形もなく消滅した――。

 「その通り! とっても危ない術ですので、注意してお使いくださいねぇ?」

 「そんなモン簡単に教えねェでくれよッ!?」

 「大丈夫ですよ。まず術の『恐ろしさ』に気づけたアナタならば、ね!」

 うろたえるようなエルスに、ルゥランは優しげに言う。

 「――それに、これからのアナタには必要となるでしょう。エルスさん!」

 「えッ?……ああ、ありがとなッ! ルゥラン!」

 いずれにせよ、戦いはまだ続いている。剣を失ったエルスにとっては心強い切り札となるだろう。二人が細い通路へ入ると、入口と同様に明かりが灯った。


 「ふむふむ。どうやらオルメダの遺跡と同じ。――古代人エインシャントの知識を拝借したようですねぇ。彼は」

 「オルメダ? ボルモンクあいつが侵入したとかッて書かれてた所か。何なんだ?」

 エルスは手配書に書かれていた罪状を思い出す。確か『聖地』と記されていた記憶があった。

 「はるかそうせいに、古代人エインシャントによって創られた唯一の街ですよ。まだワタシが若かりし頃でした。いやぁ懐かしい!」

 「そうせいッて、二千年以上前じゃねェか! ルゥランって何歳いくつなんだよ……」

 「さて? 三千歳までは数えていたのですがねぇ」

 「さッ……三千ッ!? すっげェジイさんじゃねェか……!」

 「いやぁ、なかなかに興味が尽きないのもので! 長生きしちゃいましたねぇ!」

 他種族との交流が少ないことや、独自の死生観を持つこともあり、エルフ族の正確な寿命は知られていない。そんなやり取りをしつつ通路を進むと、やがて突き当たりに広間が現れた――。


 「これはッ……!? 全部どうへいか……?」

 「ほうほう。これは実に興味深い!」

 広間にはランベルトスの地下で見たものと同じカプセルが大量に並び、その中には魔導兵が一体ずつ入れられている――!

 「あの洞窟で見たヤツは、やっぱり……」

 興味深げにカプセルを観察しているルゥランを尻目に、エルスは口元を歪める。これだけの魔導兵が残っているならば、アリサたちの所にも増援が現れているに違いない。

 「これが全部襲ってきたら大変だ……。アリサ……」

 「ええ。では、さっそく片づけちゃいましょうか!」

 拳を握り締めるエルスに対し、ルゥランは涼しげに言う。彼の手には、いつの間にか巨大な杖が握られていた――!

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