第29話 闇に呑まれしもの

 「何だッ! 今度は何をたくらんでやがるッ!?」

 「さぁて?――ゼニファー!」

 身構えるエルスを無視し、ボルモンクは仲間ゼニファーへ目配せをする。

 「ふふ、さすがは博士センセ。気づいたのねん?」

 あるじの意図を察し、てつごうの向こうからゼニファーが魔法を放つ!

 「フラミト――!」

 水の精霊魔法・フラミトが発動し、エルスの足元に粘性の水溜りが出現した!

 「しまッ……! これはどんそくのッ!?」

 エルスはあわてて飛び退くも、水面みなもから伸びた触手によって絡めとられてしまった!――さらには、動きを封じられた彼に対し、どうへいが腕を振り上げる!

 「あぶないっ!」

 アリサは剣を構え、エルスをかばうように立ち塞がる! 繰り出された鋼鉄の拳を剣で受け、反撃カウンターとして斬り返す――!

 「はあぁ――っ!」

 「ウォオオン……! 損傷……皆無……」

 ――だが、相手の力を利用した一撃さえも、有効打にはならない。フードからのぞく巨大な目玉を狙うことも考えたが、かつてまみえたこうの杖の特徴を思い出すに、あまり得策ではないだろう。

 「……目玉あれに触ると、怪物になっちゃうよね?」

 「ああッ、たぶんな……! 試すのはやめたほうがよさそうだッ……」

 まずはゼニファーの妨害魔法をなんとかしなくてはならない。アリサが攻撃を防いでくれている隙に、エルスは対抗呪文を唱えた!

 「ありがとな、アリサッ! カレクト――ッ!」

 土の精霊魔法・カレクトが発動し、エルスを守護の結界が包み込む!

 ――同時に、彼に絡みついていた水の触手も消え去った!

 「おー! ご主人様、よくやったのだー!」

 「へッ、ミーファのおかげさ!」

 離れた位置で交戦しながら、ミーファが称賛の声を上げる。かつて二人が相対した際に、彼女が使った戦法テクニックだ。


 「よしッ、アリサ! これで反撃だッ!」

 エルスは短杖ワンドを構え、さらに呪文を唱える――!

 「レイリフォルス――ッ!」

 炎の精霊魔法・レイリフォルスが発動し、アリサの武器が炎の魔法剣と化した!

 「ありがとっ!――やあぁーっ!」

 あかく輝く刃をたずさえ、アリサは魔導兵へ斬りかかる! 剣の性能にアリサの腕力――さらにエルスの魔力が合わさり、鋼鉄のからだはあっさりと溶断された!

 「ルォオオ……! 戦闘……不……」

 大量のしょうを噴出し、魔導兵は床へ崩れ落ちる!――アリサは剣を構え直し、さらなる標的へと斬り込んでゆく!

 「はあぁーっ!」

 「ゥルオォ……ォン! 停……止……」

 「おお、おお! 実に素晴らしい!」

 目の前で繰り広げられる戦いに、ボルモンクは歓喜する!

 アリサの活躍により魔導兵は次々と倒れ、辺りには大量の瘴気が充満しはじめた――。


 「うッ……。数は減ったけど、こっちも瘴気のせいで削られちまったな……!」

 エルスは魔力素マナの消耗による目眩めまいを覚え、頭を押さえる。常人と違い、精霊の力を秘める彼はマナの減少と共に身体能力がいちじるしく低下してしまうのだ。たて続けに魔法を放ったうえに瘴気に心身をむしばまれ、足元もふらつく――!

 「――おや? 不調のようですね? 今です、捕らえなさい!」

 命令と共に、ボルモンクは指を鳴らす! それに呼応し、魔導兵らはいっせいにエルスへを向けた!

 「……があッ……! うッ……動けねェ……!」

 得体の知れない力により束縛され、エルスの動きが封じられる! この巨大な目のぎょうを受けている間は、身動きが取れなくなってしまう!

 ――魔導兵に見つめられたままエルスは空中を移動し、広間の中央へ運ばれてゆく……。

 「エルスっ!」

 「だめよん、お嬢ちゃん? フラミト――!」

 救出に向かおうとするアリサを、ゼニファーが魔法でけんせいする! 水の触手に絡めとられ、剣に宿っていた炎も消失してしまった!

 「にッ……逃げろアリサッ!」

 「こっちは大丈夫っ! ちょっと動きにくいだけだから」

 とはいえ、決定打を失ったうえに動きも制限されている。アリサは再び、防戦一方となってしまった――。


 「ふぅむ。どれどれ」

 空中ではりつけになったままのエルスへ、ボルモンクが近づく。彼の手から杖を引き抜くと、それをじっくりと眺めた。

 「どんな逸品かと思えば、初級科学生の課題作ではないですか!――まあ、出来は良いようですね。『ゆう』をあげましょう」

 本人の言う通り、かつては教師をしていたのだろう。評価を終え、ボルモンクは杖をエルスの手へ戻した。

 「――つまり、これは天性の……。まさか三種もの属性エレメントを使いこなす者が存在したとは!」

 「さっきからッ……! 何言ってやがるッ……!」

 「ほう、自らの特異性に自覚が無かったのですか?」

 エルスのあごつかみ、ボルモンクは狂気的な眼差しで彼の瞳を覗き込む!

 「――よろしい! 貴方あなたのことはじっくりと調べてさしあげましょう。これは素晴らしい試料サンプルとなりそうです!」

 クレオールが閉じ込められた魔水晶クリスタルの隣へ戻り、ボルモンクは指を鳴らす!――同時に、エルスのいましめが解け、床へ落下した!

 「……へッ! よくわからねェけど、好きにされてたまるかッ!」

 エルスは立ち上がり、杖を右手に構える!――と、足元の床が突然、大口を開けた!

 「――あッ……? へえ――ッ?」

 「エルス――っ!」

 アリサはとっに手を伸ばす!――が、その手が届くはずもなく、エルスは暗闇に落ちてゆく――!

 ――そして、落とし穴は獲物をみ下すように、れいに口を閉じてしまった……。


 「ご主人様! いま助けるのだ!」

 ミーファはちょうやくし、床へ向けて一撃を放つ! 鋼鉄の凶器は石の床を破壊し、闇が再び口を開けた!

 「エルスっ……! えっ……?」

 駆け寄ったアリサは穴の底を覗き込むも、中には砕けた岩石や金属の残骸があるのみだ。

 「ふぅ、ミーファ様が愚かで助かりました。それは転送装置テレポーター。彼はおりの中へ転送しましたよ」

 「むー! すぐに追いかけるのだ!」

 「やれ、やれ。その手段を今、貴女あなた様が破壊したのですがね」

 「――エルスを捕まえてどうする気っ!?」

 珍しくアリサが怒りをあらわにし、ボルモンクをにらみつける!

 「まずは研究を終え、素材にします。我輩の野望を叶えるためのね!」

 「どういうことっ!」

 「偉大なる古き神々がのこせし『法と秩序』。エルスあれの正体を解明すれば、このいまいましきことわりを破る秘策が得られるかもしれないのです!」

 「そんなの、エルスとは関係ないもんっ!」

 アリサは感情的に、ボルモンクの言葉を否定する。そんな様子など意に介さず、彼は冷静に切り返す。

 「ほう? では、彼の正体は何だと?」

 「しらっ……!――どうでもいいっ! エルスはエルスだしっ!」

 「知らないようですね。知りたくはないですか? 貴女あなたも」

 「ううっ……」

 エルスは普通の人間族ではない。ファスティアでの一件で、何となく予想はついてはいるが、アリサには確信が無かった。知りたくとも、知っている者は亡くなっているか、口を閉ざしているのだ。そのもどかしさは、エルス自身とて同じだろう。


 「まあ、研究が終われば教えてさしあげますよ。この場を生き残ることができればね!」

 「ふふー! ヘンテコ兵も残り二体なのだ! 観念するのはそっちなのだー!」

 「おや、おや。この場にいるものなど、ほんの一部ですよ、ミーファ様」

 ボルモンクは余裕の笑みを浮かべ、手を叩く。すると、広間の左右にある通路から、さらに魔導兵が現れた!

 「エルス……。こんなことしてる場合じゃないのにっ……!」

 「アリサ、心配ないのだ! ご主人様は、ミーを倒すほど強いのだ!」

 「ミーファちゃん……。うん……、そうだねっ……!」

 二人は背中を合わせ、周囲の敵とたいする!

 「ほう、まだ戦意を失いませんか!――それでは、実験の続きといきましょう!」

 「もうッ……許さないからね――ッ!」

 ――アリサの瞳に、決意の火が灯った!

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