第2話 はじまりの街

 アルティリア王国領・ファスティアの街。

 ここは誕生して以来、アルディア大陸の交通の要所として発展し、今では王国最大の都市へと成長した。

 中央の巨大酒場から放射状に伸びる街道は人混みにあふれ、街道沿いの露店や市場には、旅人や商人らが絶え間なく訪れている。また、彼らの出す『依頼』や近隣の遺跡・洞窟、ダンジョンなどの探索を求め、拠点として長期に滞在する冒険者も多い。

 それゆえに、いつしかファスティアは『冒険者の街』と呼ばれるようになった。


 ――そして、エルスとアリサ。

 二人の冒険者としての旅も、この街からはじまった。



 街に到着したエルスらはけんそうを避け、郊外に位置する『ファスティア自警団』の本部へ向かった。

 無骨な石造りの建物に近づくなり、入口に立っている大柄な男がアルティリア式の敬礼を行なう。出迎えた男は、自警団長のカダンだった。

 「おお、エルス殿! お元気そうで何よりですな!」

 「ああッ! 団長もな!」

 カダンがにこやかな笑顔をみせると同時に、彼の重鎧ヘヴィアーマーに刻まれた自警団の紋章が誇らしげに光を放つ。一方、好き放題にうねる黒い頭髪は、久しく手入れされた様子がない。

 「こんにちは、団長さん! お久しぶりですっ」

 「アリサ殿も、ますます鍛えられているようですな! これは自分も、気合いを入れねば!」

 「もー! 筋肉ついてないですからっ!」

 アリサの背負う大荷物リュックサックを見て、カダンが負けじとポーズを決める。やはり、彼には可憐な乙女心は理解できないらしい。

 エルスたちは互いの挨拶と軽い雑談を済ませ、本題へ入った――。


 「――そうですか! お手紙は拝見いたしましたが、ニセルの奴とも仲良くやっているようで!」

 「なんたッて、頼りになる仲間だしなッ!――今は『ギルド商館』の片づけとかを手伝ってくれてンだ。団長にも『よろしく』ッて言ってたぜ!」

 ニセル・マークスターは熟練の冒険者で、エルスたちの仲間の一人だ。経歴の長さゆえに知り合いが多く、カダンとも友人関係にある。

 「あれはなかなか風来坊というか、人とつるむのが苦手でして!――おっと、それより『渡したい物』とはなる?」


 この街からはじまった一連の事件におけるてんまつは、予め手紙で報告していた。

 ――だが、エルスはどうしてもカダンに手渡したい物があり、自警団ここを訪れたのだ。


 「……実は旅の途中にさ、を見つけたんだ」

 エルスは冒険バッグから一冊の日記帳を取り出し、カダンへ手渡す。

 「――たぶん、団長が持ってた方が、も喜ぶかなッて」

 「フムフム? 拝見いたしましょうか!」

 日記を開いたカダンは、目を大きく見開く。

 そして、すぐさま筆者の名前を言い当てた。

 「――これは、ザインの……」

 「ああ。あの人の『はか』さ……」


 かつての自警団員にして、哀しき最期を迎えた男・ザイン。彼の選択は彼自身にとって、一切の名誉も成果も残さなかった。

 ――だが、ザインののこした結果はエルスとアリサという冒険者に貴重な経験を与え、彼らの人生における大きなかてとなって継承された。


 「そうでしたか。やはりザインは、正義を信じて自警団ここへ……」

 「ううー。悪に身をとしながらも、正義のために生きたのだー。素晴らしいのだー」

 エルスの肩にまたがり、日記を覗きこんでいたミーファ。彼女も思わずまぶたをこする。

 「だなッ! きっとあン時も悩んで、止めようとしたんだと思うぜ? 必死にさ」

 「ええ、そう信じております! ありがとうございます。エルス殿!」

 読み終えたカダンは拝むように日記を持ち上げ、自身の携帯バッグへった。


 「――それにしても! あの『こうの杖』の出処や正体を突き止め、戦争への懸念を断ち切り、我が団員の墓までお持ちくださるとは!」

 エルスの成果を上げ連ねていたカダン。言い終えると彼は感激し、がっしりとエルスにしがみついた!

 「いやぁ! 瞬く間に、大きく成長されましたな!」

 「ちょッ!……やめてくれェ!」

 カダンの拘束を必死に振り払い、エルスは大きく息を吸う。

 ――ちなみに、危機を悟ったミーファは肩から飛び降り、難を逃れていた。

 「だっ……大丈夫? エルス……」

 アリサはエルスに近づき、服やマントのしわを伸ばす。幸い、目立った汚れやにおい移りは無いようだ。

 「ハッハッハ! 申し訳ない! 若者の成長を目の当たりにすると、つい嬉しく!」

 「はぁ、死ぬかと思ったぜ……。上手くいったのは、どれも仲間のおかげさッ!」

 エルスはアリサの肩とミーファの頭を軽く叩き、カダンに向かって笑顔を見せた。


 「ええ! とても良い仲間に恵まれたようですな! もちろん、皆様のためならば、我ら自警団も協力を惜しみませんゆえ!」

 「へへッ、頼りにしてるぜ! ありがとな、団長ッ!――それじゃ、そろそろ俺たちは行くぜ。次はナナシたちに挨拶しねぇと」

 「ナナシ?――おお、カルミド殿の! それではお三方、またお会いしましょう!」

 「はいっ! それでは失礼しますね、団長さん!」

 「またなのだ! この街の正義は任せたのだー!」

 気づけば、天上の太陽ソルは昼の陽光ひかりを放っている。

 自警団本部をあとにした三人は、カルミドの農園へと続くあぜみちへと踏み入った――。



 「ふぅ……。危ない所だったぜ。団長に絞め殺されるかと……」

 エルスはためいきをつき、首の左右に傾けて関節をほぐす。今はミーファがしがみついているため、エルスは彼女を抱えながら歩いていた。

 「だねぇ。それに、ナナシさんのことも」

 「あッ……。そういやニセルに、『ナナシの記憶が無いことは団長に言うな』ッて言われてたッけ……」

 「うん。あの『師匠』って人が『消された』ことと関係があるかもって」

 「ドミナさんの師匠か……。つまり、ナナシも――」

 ――古代人エインシャント。エルスは続く言葉を呑みこんだ。アリサも小さくうなずく。

 「人が『消される』って、普通じゃないもんねぇ。それに記憶も記録も、全部なんて」

 「ううー。巨大な悪の陰謀を感じるのだー」

 ミーファはどろんだように目を閉じたまま、しがみつく手に力を込める。エルスは思わず、小さく悲鳴をあげた。

 「いッ、いてェ……!――うーん、そのヘンの話題は出さねェほうが良さそうだな。なんか、体の奥が冷える感覚ッていうか……」

 「そうだね。怖い……っていうより、知らないほうが良いような?――あっ、見えてきたよ」

 アリサは会話を打ち切り、前方を指さす。左右に広がる耕作地。その前方右側に、木造の家屋が確認できた。

 家の前には農作物用の木箱が積まれ、一人の青年の姿も見える。彼は、収穫したアルティリアカブを箱に詰めている様子だ。


 「おッ、いたいた!――おーい! ナナシーッ!」

 「……ん? あっ――」

 エルスが大声で呼びかけるなり、青年・ナナシが手を止めて立ち上がる。

 農作業服に麦わら帽子という、どこから見ても立派な農夫の姿だ。帽子の合間からは黒髪が覗き、首には木彫りのお守り――『アミュレット』が下げられている。

 「やぁ、久しぶりだね。エルス、冒険は順調かい?」

 ナナシは土まみれの手袋を外し、小さく手を挙げながら笑みをみせる。

 ――その瞬間。彼のアミュレットに付いた安物の水晶が、キラリと小さな輝きを放った――。

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