第27話 神の心、人知らず

 白く、白く、光が広がる。

 そこに、たたずむ、存在ものふたつ。


『私は、愛してしまいました。この世界を。そのすべてを』


『安心して、ミストリア。もう準備は済ませてきたよ』


 ひとつは銀色の光を帯びた、ちいさな少女の姿かたちをしている。



『私は、重大なる罪を犯しました。私の選択により、あなたは犠牲となります』


『いいんだ。僕も同じ気持ちさ。エレナやミチア、リーランドさん。皆がけんめいに生き抜いた、この世界を救えるなら安いものだよ』


 銀色の少女に手が伸びる。

 かのじょは静かに握り返す。


『ありがとうございます。親愛なる旅人よ。さいに、あなたの名を私に』


『あはは、そうだったね。僕の本当の名前は――』



 黒く、黒く、闇が広がる。

 その日、世界は〝終わり〟を迎えた。


 その世界の名はミストリアス。

 古き神々が創った、しょくみんかい


 その世界の名はミストリアス。

 新しき神々に、愛された世界。


 そうせいと、さいせいの――。

 ふたつの神が、愛した世界。



             *



「聞いているのですか? わがはいの講義をマヌケづらで受けるとは、じつにれいな!」


「んッ……? ああわりィ、なんか変な〝夢〟みてェのがさ……」


「なんだか眠くなっちゃうもんね、ここ。暗いし、さっきから変な音がしてるし」


 エルスとアリサのやりとりに、ボルモンクさんせいは頭を抱えながら首を振る。どうやら彼は、かなり熱を入れての〝講義〟を行なっていたらしい。


「馬鹿は放っておいて続けます。――そこで我輩は人類の手足を切り落とし、どうたいへの換装を試みたものの、どうにも上手くいかない」


「なッ……!? なんてことしてんだよ、あんた!」


「私語はつつしみたまえ。動力にはしょうが必要と判断し、に多量の瘴気を吸引させてみたものの。今度は生身の肉体がたず、ほうかいを起こすというありさま


 声をあらげるエルスを無視し、ボルモンクは黒板をステッキで示しながら、淡々と講義を続ける。すると今度はミーファが拳を突き上げ、彼の話を妨害する。


「うー! まさしくぼうぎゃくじゃきわみなのだー!」


「失敗は成功のかてなのです。もちろん、瘴気のかたまりともいえる〝魔物〟でも実験しましたが、論外でした。斬ったそばから〝消滅〟してしまい、あまりにも役立たず」


「うーん。魔物でも、ちょっとかわいそうかも」


 エルスたちはボルモンクの言葉に強い抗議を行なうも、彼は意に介す様子もなく、ひたすらに実験結果の発表を続けている。



「次に目をつけたのは〝魔族〟です。しかし、これはそもそも〝素材〟を手に入れること自体が不可能に近い。そこで我輩は、魔族の血を引く者らに着目しました」


「むー? まさかゴブリンたちなのだー? じつに許せないのだー!」


 ゴブリン族とは、魔族とドワーフ族の間に生まれた者をさす。したがってドワーフの王族であるミーファにとって、いわばゴブリンたちは同胞ともいえる存在だ。


「その通り。しかし彼らは錬金術と科学にけた、優秀な〝技術者〟でもある。あえて素材とするよりも、研究の〝助手〟として使う方が有用です」


「それでドミナさんの所からザグドをッ!?」


「ええ、あれは特に優秀でした。権威を盾に、能書きばかりを並び立てる聞き分けのない無能な職人どもよりも、よほど役に立ってくれましたよ」


 そう言い放ったボルモンクは、合図をするかのように手を挙げる。すると頭上の照明の数が増え、空間の明度が大きく増した。


 大広間の両端には机や作業台のほか、金属で出来た奇妙な設備が所々に配置されており、それぞれがガラスや金属製の、細い管によって繋がれている。


 そしてそばには黒い外套クロークまとった、いくつもの人影がたたずんでいた。


             *


「なッ……!? いつの間に人が!?」


「はじめからですよ。……はぁ、やはり大した冒険者ではなさそうですね」


「クソッ、さっきから人を馬鹿にしやがって!」


 自身をにらみつけるエルスを無視し、ボルモンクは黒板に白い魔法ペンを走らせる。どうやら彼は、りちにこれまでの講義内容を書き込んでいるようだ。時おり悪趣味な図を交えながら、黒板が白くなるほどに研究それらの成果が記されてゆく。


「さて、大いなる転換期はここからです! 魔のけんぞくを使い、いくつかの実験には成功したものの、どれも処置を施す前よりも能力が低下してしまいましてね」


「元々の方が強かったってことですか?」


 アリサはりちに手を挙げながら、ボルモンクに向けて質問をする。どうやら彼女は本質的に、学校や授業といったものへの〝あこがれ〟があるようだ。


「そうです。元々の〝けっかんひん〟であるダークエルフどもはともかく、今の我輩の技術では、最高の素材である〝魔人族〟の性能を生かすことも不可能だった」


「おい、あんたッ! さっきから聞いてりゃ、人を〝モノ〟みてェに言いやがって!」


「我ら人類など、神にとってはそうぞうぶつに過ぎません。つまりは同じ〝モノ〟です」


 どこか絶望したように、ボルモンクは深いためいきをついた。



「さて――。きっかけは〝とある失敗〟でした。じつは我輩は不覚にも、ある〝アイテムの改良〟に失敗してしまいましてね?」


「まさか〝こうつえ〟かッ?」


「そのとおり。人類をぎょうさせてしまうという、非常に迷惑な失敗作。しかし我輩は思い至ったのです……! これこそが〝最良の素材〟ではないのかと!」


 まるでゆがんだ歓喜に酔いしれるかのように、ボルモンクは両手を天へとかかげる。


 すると広間の照明が完全にともり、室内のぜんぼうが明らかとなった。彼の背後、壁の突き当りには〝巨大な魔水晶クリスタル〟があり、内部にはどす黒い闇が渦巻いている。


「瘴気に耐えうるどころか、自ら〝どうたいの動力源〟を生み出す最高のたい! それこそが、なのです!」


 そう高らかに叫びながら、ボルモンクがおおに両手を広げてみせた。こたえるかのように、周囲の外套クローク姿の者らが、いっせいにエルスたちへと向き直る。


 彼らのフードの下からは不気味に動く、ひとつの〝巨大な目玉〟がのぞいている。


「その目玉は〝あれ〟のッ……!? じゃあ、コイツらは」


「ええ。杖によって〝変異〟した者たちです。なんでも貴方あなたじきじきに、ファスティアでの実験に協力してくださったのだとか?」


 ボルモンクは狂気的な笑みを浮かべ、エルスに向かって手を伸ばす。


「どうです? 一緒に目指してみませんか? 創造の神へと至る、その高みを!」


「神だって!? あんた、何を言ってンだッ!」


「人間族、エルフ族、ドワーフ族。かつてはヒュレイン、マナリエン、アルミスタと呼ばれし〝神の創造物〟と、その混血種族たち」


 怒りと困惑をあらわにするエルスを無視し、ボルモンクは黒板にペンを走らせる。


「神のぞうぶつたる人類われわれしんいまわしきくびきを断ち、〝新たなる人類〟を創造する! それこそが、我輩の悲願なのです!」


「都合よく言いやがッて! そいつら、元は生きてたたちだろうがッ!」


 エルスは感情をしにしつつ、ボルモンクの顔をにらみつける。しかし彼は気に留めるでもなく、涼しげな表情を浮かべたままだ。


「ええ。そして今、こうしてました。いにしえの記録にならい、仮に彼らを〝どうへい〟とでも呼称しておきましょうか」


「そんな……。戦わせるために無理やり変えちゃうなんて」


「うー! とんでもない悪人なのだー! そろそろ正義を爆発させてやるのだ!」


 ボルモンクの前へ、アリサとミーファが進み出る。すでにミーファに至っては、巨大な〝正義の鉄塊ジャスティスレッジ〟を細い右手で構えている。


「これこそが我輩の掲げる〝正義〟です! 残念ですねぇ。せっかく共に歩む権利と機会を、貴方あなたがたにさしあげたというのに……」



 対話は終わりと判断したのか、黒ずくめの魔導兵らが、あるじの前に立ちはだかってきた。彼らは身長や体格にも大きな個人差があり、種族や年齢や性別を問わず、多様な人々が実験の犠牲にされたことがうかがえる。


「よくもッ……! これだけの人を簡単に殺しやがッて!」


貴方あなたとて冒険者。殺したことくらい、あるのでは?」


 ボルモンクからのストレートな指摘に、エルスは苦々しげな表情を浮かべながら、強く奥歯をみしめた。


「ああ、あるさッ! でもな、俺が倒すのはッ! あんたのような悪党だけだッ!」


「そうなのだ! さー、かんねんして正義の前に滅ぶのだー!」


「まあいいでしょう。これも予定通りです。それでは実験開始といきましょうか!」


 ボルモンクはちょうしょうを浮かべながら、魔水晶クリスタルの方へと後ずさる。そしてエルスら三人は武器を手に、それぞれが戦闘の構えをとった。


「へッ、上等だッ! いくぜ二人とも! 戦闘開始――ッ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る