第27話 神の心、人知らず

 白く、白く、光が広がる。そこにたたず存在ものふたつ。


 『私は、愛してしまいました。この世界を。そのすべてを』

 『安心して、ミストリア。もう準備は済ませてきたよ』

 『私は、重大なる罪を犯しました。私の選択により、あなたは犠牲となります』

 『いいんだ。僕も同じ気持ちさ。エレナやミチア、リーランドさん。皆が懸命に生きた、この世界を救えるなら安いものだよ』

 『ありがとうございます。親愛なる旅人。――さいに、あなたの名を私に』

 『あはは、そうだったね。僕の本当の名前は――』


 黒く、黒く、闇が広がる。その日、世界は終わりを迎えた。

 その世界の名は、ミストリアス。神に愛された世界。

 そうせいさいせい――ふたつの神が、愛した世界――。



 「――まったく! 聞いているのですか? わがはいの講義をづらで受けるとは、実に無礼な!」

 「んッ……? ああわりィ、さっき変なモンがさ……」

 「なんだか眠くなっちゃうもんね、ここ。暗いし変な音がしてるし」

 二人のやりとりに、ボルモンクさんせいは頭を抱えながら首を振る。どうやら、かなり熱を入れて『講義』を行っていたらしい。

 「馬鹿は放っておいて続けます。――人類の手足を切り落とし、どうたいへの換装を試みたところ、どうにも上手くいかない」

 「なッ!?……なんてことしてんだよ、あんた!」

 「私語はつつしみたまえ。――動力にはしょうが必要と判断し、多量の瘴気を吸引させてみたものの、今度は生身の肉体がたずに崩壊を起こすありさま

 「うー! まさしくじゃぼうぎゃくの極みなのだー!」

 「失敗は成功の元なのです!――もちろん、瘴気のかたまりである魔物でも試しましたが、論外でした。斬ったそばから消滅するという役立たず」

 「うーん。さすがに魔物でも、かわいそうかも」

 エルスたちはボルモンクの言葉に抗議するも、彼は淡々と講義を続けている。


 「次に目をつけたのは魔族です。――しかし、これはそもそも手に入れることが不可能に近い。そこで、魔族の血を引く者らに着目しました」

 「むー? まさかゴブリンたちなのだー?」

 「その通り。しかし、彼らは優秀な技術者でもある。素材とするよりも、助手にする方が有用です」

 「それでドミナさんの所からザグドをッ!」

 「ええ、あれは優秀です。聞き分けの無い職人どもより、よほど役に立ってくれました」

 ボルモンクが手をかざすと周囲の照明が増え、広間の明度が増す。両端には机や作業台のほか、奇妙な設備が所々に配置されており、それぞれが金属の管によって繋がれているようだ。

 ――そして、それらのそばには黒い外套クローク姿の人影が佇んでいた。


 「なッ!?……いつの間に人が居たんだ!?」

 「はじめからですよ。……はぁ、やはり大した冒険者ではなさそうですね」

 「チッ……、さっきから人を馬鹿にしやがって!」

 にらみつけるエルスを無視し、ボルモンクは石版に魔法ペンを走らせる。りちにこれまでの内容を書き込んでいるようだ。黒い石版には、悪趣味な図を交えながら研究の過程が記されてゆく。

 「さて、大いなる転換期はここからです! 魔のけんぞくを使い、いくつかの実験には成功したものの、どれも処置を施す前よりも能力が低下してしまいましてね」

 「元々のほうが強かったってことですか?」

 「左様。元々の欠陥品であるダークエルフどもはともかく、今の技術では最高の素材である魔人族の性能を生かすことは不可能だった」

 「おい、あんたッ! さっきから聞いてりゃ、人を物みてェに言いやがって!」

 「神にとっては創造物。つまり同じものです」

 どこか絶望したように、ボルモンクはためいきをつく。

 「――きっかけは『とある失敗』でした。我輩は、あるアイテムの改良に失敗してしまいましてね?」

 「まさか、こうの杖ッ!?」

 「その通り。人類を異形化させてしまう厄介なしろもの――だが、我輩は思い至ったのです! これこそが最良の素材ではないかと!」

 ボルモンクは歪んだ歓喜に酔いしれるかのように、両手をかかげる!――すると、広間の照明が完全に灯り、室内のぜんぼうが明らかになった! 彼の背後、壁の突き当りには巨大な魔水晶クリスタルがあり、内部にはどす黒い闇が渦巻いている!

 「瘴気に耐えうるどころか、動力源すら自ら生み出す最高の素体! それこそが、彼らなのです!」

 高らかに叫び、ボルモンクは作品を紹介するかのように両手を広げる!――それにこたえるように、周囲の外套クローク姿の者らがいっせいにこちらを振り返った!

 ――彼らのフードの下からは、ギョロリと動くひとつの目玉がのぞいている!


 「その目玉はあれのッ……!? じゃあ、こいつらは……!」

 「ええ。杖によって変異した者たちです。なんでも、貴方あなたがファスティアでの実験に協力してくださったとか?」

 ボルモンクは狂気的な笑みを浮かべ、こちらへ手を伸ばす。

 「――どうです? 宜しければ一緒に目指してみませんか? 創造の神へと至る、その高みを!」

 「神だって!?――何を言ってンだ!」

 「人間・エルフ・ドワーフ。かつてはヒュレイン・マナリエン・アルミスタと呼ばれし神の創造物と、その混血種たち」

 怒りを露にするエルスを無視し、ボルモンクは石版にペンを走らせる。

 「――神のぞうぶつたる人類われわれが、新たなる人類を創造する! それこそが、我輩の悲願なのです!」

 「都合よく言いやがッて! そいつら、元は生きてた人たちだろうがッ!」

 「ええ。そして今、こうして生まれ変わりました。仮に『どうへい』としておきましょうか」

 「そんな、戦わせるために造るなんてひどい」

 「うー! とんでもない悪人なのだー! そろそろ正義を爆発させてやるのだ!」

 「これこそが、我輩の正義です!――残念ですねぇ、せっかく共に歩む権利を差し上げたというのに」

 ボルモンクの前へ、黒ずくめの魔導兵が立ち塞がる! 彼らは身長や体格にも個人差があり、男女問わず多様な人々が犠牲にされたとうかがえる。

 「よくも……! これだけの人を簡単に殺しやがッて!」

 「貴方あなたとて冒険者。殺したことくらい、あるのでは?」

 「ぐッ……! ああ、あるさッ!――でもなッ、俺が倒すのはあんたみてェな悪党だけだッ!」

 「そうなのだ! さー、観念して正義の前に滅ぶのだー!」

 「まあいいでしょう。これも予定通りです。――では、実験開始といきましょうか!」

 ボルモンクはちょうしょうを浮かべ、魔水晶の方へ後ずさる。エルスたちはそれぞれ武器を構え、戦闘の態勢をとった!

 「へッ、上等だッ!――いくぜ、戦闘開始ィ!」

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