第26話 陰謀との対峙

 ゼニファーの風の結界マフレイトに乗り、指定された研究所ラボを目指すエルスたち。ランベルトスの南側は荒地が目立ち、反りあがった地平線の先には砂漠が広がっているのが見える。

 「こりゃかなり遠いな……。歩いて辿り着くのはキツそうだぜ……」

 「それに、なんだか暑そう。結界これのおかげで平気だけど」

 「ふっふー! そこに悪がいる限り、海でも砂漠でも突き進むのだー!」

 周囲の景色を珍しげにながめる三人をよそに、ゼニファーは呆れたように欠伸あくびをする。高位の精霊魔法を維持しつつ、そのような余裕がある――彼女はハーフエルフ族ということもあり、かなりの使い手のようだ。

 「もぅ、暑苦しいロリっ子ねん。それに貴女あなた、王族じゃないの? 危ないことはめたほうが身のためよん」

 「むー? なぜミーのことがわかったのだ?」

 「金髪のドワーフなんて王族だけでしょ。まさか、自分たちのことも知らないのん?」

 「わわっ! この正義のメイド服の弱点を見抜くとは、あなどれないのだー!」

 「へぇ? 知らなかったぜ。――なぁ、じゃあさ! 銀髪の人間は?」

 「はぁ……。おめでたいわねぇ……。知らないわよん、銀髪なんていくらでも……」


 ――そこまで言いかけ、ゼニファーは絶句する。

 そもそも、銀髪など見かけただろうか?

 ……記憶をさかのぼる……。

 あれは、まだ彼女が夢を追う学生だった頃。

 正確には十三年前の――


 「んッ? どうしたんだ? 腹でも痛くなっちまッたのか?」

 「――そんなワケないでしょ。貴方あなたたちの能天気さに呆れただけよん」

 「へッ! 激戦の前に、わざとリラックスしてるだけさッ!」

 「激戦ねぇ……。まぁ、せいぜい頑張ることねん」

 「えっ? 一緒に戦ってくれないんですか?」

 「当たり前でしょ。あたしは連れてくダケよん。――まったく、こんな甘えた子たちが、よくアレを破壊できたものよねん……」

 あの場にはジェイドも居たとはいえ、完全に起動させたこうの杖を阻止できるとは思わなかった。やはり不確定要素があるとすれば――

 「――エルス……。要注意ねぇ……」

 ゼニファーはエルスを横目ににらみ、小さな声でつぶやいた……。


 いっこうを乗せた風の結界は荒野を駆け抜け、やがて赤茶けた岩山地帯へ到達した。その岩山のひとつには、この場には似つかわしくない両開きの鉄の扉が取り付けられている。その近くまで飛行し、ゼニファーはマフレイトを解除した。

 「ほら、着いたわよん。じゃ、頑張ってねん」

 「ここが研究所ラボッてヤツか。――ありがとなッ、ゼニファー!」

 「確かに、わたしたちだけで見つけるのは無理だったかも。ありがとうございますっ」

 「礼を言うのだ!――ふふー! ついにミーの正義が爆発する時なのだー!」

 「はいはい。そーゆうのはイイから。さっさと行きなさいよねん」

 邪魔者を追い払うように手を振るゼニファー。彼女と別れ、エルスは扉に手を伸ばす――すると、聞き慣れない音と共に、ひとりでに門が開いた。


 「へッ、お待ちかねッてことか! それじゃ二人とも、行くぜッ!」

 内部は真っ直ぐな通路になっており、先は暗闇の中へ通じている。エルスたちが門をくぐると、今度は通路に明かりが灯った。

 「わぁ。なんだか不思議だねぇ」

 「この建物、見たことのない様式なのだー。罠には気をつけるのだー!」

 「ああ……。気味がわりいッていうか、なんか寒気がするぜ……」

 天井に取り付けられたりょくとうが照らす通路を、しんちょうに進む。壁は金属の板で覆われており、磨き上げられた石の床が靴音を不気味に反響させる。

 ――やがて通路は途切れ、闇だけが支配する空間へ辿り着いた。

 「何か出てきそうだな……。よし、戦闘準備だッ……!」

 エルスの額を、冷たい汗が伝う。さきほどから周囲には低い振動音が響いており、洞窟の中ということもあってか気温も低い。彼は剣に手を掛け、闇の中へ踏み入る――。


 ――すると、大広間の一点に明かりが灯り、中心に立つ人物が大声をあげた!

 「愚かな実験台の諸君! ようこそ、我輩わがはい研究所ラボラトリィへ!」

 そこに居たのは眼鏡を掛け、白衣を着た紫色の髪の男。博士はかせことボルモンクさんせいが、ついにエルスたちと対面した。

 「へッ! やっと辿り着いたぜッ、ボルモンク三世ッ! さぁ、クレオールを返せ!」

 「おや、おや? これはちょうじょう。よもや我輩の名をご存知とは!」

 「ふっふー、当然なのだ! 正義の賞金稼ぎからは逃れられないのだー!」

 ミーファは不敵な笑みを浮かべ、取り出した手配書を突きつける!

 「むむむっ……!? なんですか、その間抜けなイラストは! 我輩の知性あふれる顔を、よくもまぁ……!」

 「えっ? そっくりだと思うけどなぁ」

 「ああッ!――手配書こいつのおかげで、あんたの陰謀にも気づけたようなモンだッ!」

 「ほう、ほう? 余興には丁度いい。我輩の陰謀とはに?」

 ボルモンクはあごヒゲをで、冷ややかな目をこちらへ向ける。

 「いいぜッ、言ってやるッ! あんたは古代人エインシャントの技術を使ってこうの杖をバケモンに変えたり、どうたいの悪用を考えてるなッ!?」

 「ふむ、それで?」

 「へッ?……それが目的じゃねェのか?」

 「はぁ……。やはり、見た目通りの愚か者のようですね」

 ボルモンクは失望のためいきらし、「お手上げ」のジェスチャをする。

 「なッ、なんだよッ! 馬鹿にしやがって!」

 「まぁいいでしょう。哀れな実験台とはいえ、我輩の大いなる研究の『協力者』です。特別に講義をつけて差し上げましょう」

 「さっきから実験台ッて、どういう意味だッ! まさかクレオールも……」

 「彼女は無事ですよ。――それよりせいしゅくに。我輩もかつて、魔法王国リーゼルタきょうべんを執っていた身。光栄に思いたまえ」

 そう言ってボルモンクは指を鳴らす。すると彼の背後に、黒い石版が現れた。どうやら、本気で授業を始めるつもりらしい。


 「うー、悪だくみの解説なのだー? まさしく悪人なのだー!」

 「ちょっと面白そうだねぇ。聞いてみよっか?」

 「そうだな……。今はヤツの出方を見るしかねェ。――無事でいてくれよ……」

 ファスティアから続く因縁に終止符を打つためにも、ことぜんぼうを知る必要がある。クレオールの身を案じつつ、エルスらは『講義』に付き合うことにした――。

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