第26話 陰謀との対峙

 ゼニファーの運搬魔法マフレイトに乗り、人質の受け渡し場所として指定された〝研究所〟を目指すエルスたち。ランベルトスの南側にはあかちゃけた荒地が目立ち、がった地平線の先には、砂漠地帯が広がっているのが確認できる。


「こりゃあ、かなり遠いな……。歩いて辿たどくのはキツそうだぜ……」


「それに、なんだか暑そうだねぇ。今は結界これで平気だけど」


「ふっふー! そこに悪がいる限り、海でも砂漠でも突き進むのだー!」


 周囲の景色を珍しげにながめる三人をよそに、ゼニファーは退屈そうに欠伸あくびをする。高位の精霊魔法を維持しつつ、そのような余裕をみせている。彼女はハーフエルフ族ということもあり、かなりの魔法の使い手であるようだ。


「もぅ、暑苦しいロリっ子ねん。それに貴女あなた、王族じゃないの? 危ないことはめといたほうが身のためよん?」


「むー? なぜミーのことがわかったのだ?」


 ミーファはからだをくねらせながら、ゼニファーの顔を見上げてみせる。


「金髪のドワーフなんて王族だけでしょ。まさか自分たちのことも知らないのん?」


「わわっ! この正義のメイド服の弱点を見抜くとは、あなどれないのだー!」


 驚いたような仕草をしつつ、ミーファはエルスの脚のかげに隠れてしまった。すると今度はエルスが顔を輝かせながら、ゼニファーに対して質問をする。



「なぁなぁ、じゃあさ! 銀髪の人間は?」


「はぁ、おめでたいわねぇ……。知らないわよん。銀髪なんて、いくらでも……」


 そこまでを言いかけて、ゼニファーは思わず絶句した。そもそも〝銀髪〟をした者など、どこかで見かけることがあっただろうか?


 ゼニファーは記憶をさかのぼる。


 あれは、まだ彼女が夢を追っていた〝学生〟の頃。

 正確には、十三年前の――。


「んッ? どうしたんだ? 腹でも痛くなっちまッたのか?」


「そんなワケないでしょ。……貴方あなたたちの緊張感のなさにあきれただけよん」


 ゼニファーは長いためいきをつき、頭を小さく左右に振る。そんな彼女の動作によって、マフレイトの結界内に香水のにおいが広がってゆく。



「へッ! 激戦の前に、わざとリラックスしてるだけさッ」


ねぇ……。まぁ、せいぜい頑張ることねん」


「えっ? 一緒に戦ってくれないんですか?」


 アリサは口元に指を当てながら、ゼニファーの顔をのぞむ。するとゼニファーはアリサから目をらすかのように、わずかに視線を下へと向ける。


「当たり前でしょ。あたしは連れてくダケよん。……まったく、こんな甘えた子たちが、よくも〝アレ〟を破壊できたものよねん……」


 にはジェイドも居たとはいえ、完全に起動させた〝こうつえ〟をされるとは思わなかったのだろう。やはり不確定要素があるとすれば――。


「エルス。要注意人物ねぇ……」


 ゼニファーはエルスを横目ににらみ、小さな声でつぶやいた。



             *



 いっこうを乗せた風の結界は荒野を駆け抜け、やがて灰色がかった岩山地帯へと到達した。その岩山のひとつには、この場には似つかわしくもない、鋼鉄製の大扉が取り付けられている。どうやらには、何らかの施設が建設されているようだ。


「ほら、着いたわよん。じゃ、頑張ってねん」


 マフレイトを解いたゼニファーは目の前にある、両開きの扉を指さしてみせる。


「ここが研究所ラボッてヤツか。ありがとなッ、ゼニファー!」


「わたしたちだけじゃ無理だったかも。ゼニファーさん、ありがとうございますっ」


「礼を言うのだ! ふふー、ついにミーの正義が爆発する時なのだー!」


 エルスたちは口々に礼を言いながら、ゼニファーに明るい笑顔を向ける。そんな三人を追い払うかのように、彼女は「シッシッ」と手を振った。


「はいはい。そーゆうのはイイから。さっさと行きなさいよねん」



 案内してくれたゼニファーと別れ、エルスが扉に手を伸ばす。すると「ピッ」という聞き慣れない音と共に、ひとりでに門が入口を開けた。


「へッ、お待ちかねッてことか! それじゃ二人とも、行くぜッ!」


 扉の内部には真っ直ぐな通路が続いており、先には暗闇の空間が広がっている。エルスたちが門をくぐってゆくと、今度はひとりでに、通路に明かりがともりはじめた。


             *


「わぁ。なんだか不思議だねぇ」


「この建物、見たことのない様式なのだ。わなには気をつけるのだー!」


「ああ……。なんか気味がわりいッていうか、寒気がする感じだぜ……」


 天井に取り付けられたりょくとうが照らす通路を、エルスたちはしんちょうに進む。


 通路の壁は無骨な金属板でおおわれており、磨き上げられた石の床が三人分の靴音を、いくにも不気味に反響させる。


 彼らが進み続けると――。やがて真っ直ぐな通路は途切れ、ただただ〝闇〟だけが支配する、広大な空間へと辿り着いた。



「何か出てきそうだな……。よし、戦闘準備だ」


 エルスの額を、冷たい汗が伝ってゆく。


 さきほどから周囲には低い振動音が響いており、洞窟の中ということもあってか気温も低い。エルスは剣に手を掛けながら、闇の中へと踏み入った。


 すると大広間の一点に、まばゆいばかりの明かりが灯り――。広間の中心で待ち構えていた人物が、低い大声を張りあげた。


おろかな実験台の諸君! ようこそ、我輩わがはい研究所ラボラトリィへ!」


 声の主は眼鏡を掛け、白衣を着た紫色の髪の男。ランベルトスの裏であんやくし続けていた〝博士はかせ〟ことボルモンクさんせいが、ついにエルスたちの前へと姿を現した。


             *


「へッ! ついに見つけたぜッ、ボルモンク三世ッ! さぁ、クレオールを返せ!」


「おや、おや? これはちょうじょう。よもや我輩の名をご存知とは!」


「ふっふー、当然なのだ! 正義の賞金稼ぎからは逃れられないのだー!」


 ミーファは不敵な笑みを浮かべ、取り出した手配書をボルモンクへと突きつけた。


「むむむっ……!? なんですか、そのマヌケなイラストは! この我輩の知性あふれる顔を、よくもまぁ……!」


「えっ? そっくりだと思うけどなぁ」


 不服そうなボルモンクに対し、アリサは不思議そうに首をかしげてみせる。


「ああッ! 手配書こいつがあったおかげで、あんたの〝いんぼう〟に気づけたからなッ!」


「ほう、ほう? きょうには丁度いい。その陰謀とはに?」


 ボルモンクはあごヒゲをでながら、冷ややかな目をエルスに向ける。


「いいぜッ、言ってやるッ! あんたは古代人エインシャントの技術を使って〝降魔の杖〟をバケモノに変えたり、〝どうたい〟を悪用しようッてこんたんだろッ!?」


「ふむ、それで?」


「へッ……? が目的じゃねェのか?」


「はぁ。やはり見た目の通り、単純な愚か者のようですね」


 ボルモンクは失望したかのようなためいきらしながら、おおに〝お手上げ〟のジェスチャをしてみせた。



「なッ、なんだよッ!? 馬鹿にしやがって!」


「まぁいいでしょう。あわれな実験台とはいえ、我輩の大いなる研究の〝協力者〟には違いありません。特別に講義をつけてさしあげましょう」


「さっきから実験台ッて、どういう意味だッ! まさかクレオールも……!?」


「彼女は無事ですよ。――それよりもせいしゅくに。かつて我輩は魔法王国リーゼルタにて、すうこうなる科学と錬金術に関するきょうべんっていた身です。光栄に思いたまえ」


 そう言ったボルモンクが指を鳴らす。すると彼の背後に、台座の付いた黒い石版が床からせり上がってきた。どうやら彼は、本気で〝講義〟を始めるつもりらしい。


「うー、悪だくみの説明なのだー? まさしく悪人の〝お約束〟なのだー!」


「ちょっと面白そうだねぇ。せっかくだし聞いてみよっか?」


「今はヤツの出方を見るしかねェか……。クレオール、無事でいてくれよ……」


 降魔の杖をほったんとした、ファスティアから続く因縁に終止符を打つためにも、ここでことぜんぼうを解き明かしておく必要がある。エルスはクレオールの身を案じつつ、まずはボルモンクの〝講義〟に付き合うことにした。

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