第25話 思惑の中へ

 起床したエルスたちは朝の準備を整え、一階の酒場に集合する。そこで三人は朝食をとりながら、本日の方針を話し合うことに。


「ニセルは帰ってきてねェか。どうする? 先に工房に行ってみるか?」


「そうだねぇ。街の人にいても、〝博士はかせ〟のことは言わないだろうし」


「うー! もう一度、商人ギルドに殴り込むしかないのだー!」


「もう正直、には行きたくねェんだけどな……。まッ、クレオールのことも気になるし、仕方ねェか」


 エルスは深いためいきをついたあと、拳をにぎって気合いを入れるジェスチャをする。そんな彼を横目ににらみながら、今度はアリサが低い声でたずねる。


「心配なの? クレオールさんのこと」


「そりゃあ、あいつもだしなッ! それに、なんか〝嫌な予感〟がすンだよな」


「ふーん。そーなんだ」


 少し嫌味っぽく言い、アリサはエルスの横顔をのぞむ。彼はそんな彼女に気づくこともなく、真剣な表情でテーブルを見つめている。


 目覚めた時、自身の隣でミーファが寝ていたことにも驚いたアリサだったが――。彼女は今朝のエルスに対して、言葉にできぬ、妙な不自然さを感じているようだ。


             *


「勇者サンド、三人前だ。待たせたな……」


「あっ……。ありがとうございますっ」


 アリサが思考をめぐらせていると、トレイを手にした店主マスターがやってきた。彼がテーブルに料理を置き、その場できびすを返したたん、床に〝なにか〟が落下する。


「んッ? マスター、何か落としたみてェだぜ!」


「ああ……。子供チビの忘れもんだ。悪いが、そのへんに置いといてくれ……」


 店主マスターはエルスの手元をいちべつし、空いているテーブルを指でさす。


「マスターって、お子さんがいるんですね?」


「まぁな。さっきメシぃ食わせた。今はかみさんが面倒みてらぁ……」


 エルスは拾い上げた落し物のを眺める。どうやらは、子供向けの〝絵本〟であるようだ。そこには右手に〝光り輝く剣〟を、左手に〝勇者サンド〟を手にした金髪の少年と、デフォルメされた魔王のイラストが描かれている。



「あっ、これ。昔、エルスが読んでくれたことあったよね」


「そうだっけ? もう覚えてねェなぁ」


「おー! うちの書庫にもあったのだ! 懐かしいのだ!」


 勇者サンドをほおりながら、ミーファが剣を構えるようなポーズを決める。本の話題で盛り上がる彼女らを尻目に、エルスは何気なくページをめくる。


 絵本に描かれている物語は、ごくありふれた〝昔話〟のようだ。しかし、その文章を目にした直後、エルスの表情が固まった。



ゆうしゃ

 せいじょの〝ゆうしゃ〟をべて

 !』


ひかりつるぎ

 おうをやっつけました!』


『そして、にもへいがもどり

 ゆうしゃ

 つぎぼうけんへとたびちました!』



「魔王……、リーランド……!? それに、は……」


 今朝の夢の内容がよみがえり、エルスは思わず額を押さえる。


「どうしたのエルス……? 大丈夫?」


「ああ……。確かに昔、読んだかもしれねェ。……見覚えがあるはずだぜッ」


 どうにかエルスは平静を装いながら、引きつった笑みを浮かべてみせる。


「その魔王リーランドは〝そうせい〟に倒されたのだ! すでに悪は滅んだのだ!」


「ッてことは……。これは実話なのか……?」


 エルスの問いかけに対し、ミーファが大きくうなずいてみせる。続いて彼女は、この絵本の元となった〝いつ〟を得意げに語りはじめた。


 その話を要約すると、祖国を救った英雄リーランドが国からの裏切りにったことで〝魔王〟となり、勇者アインスによって倒される――と、いうものだ。


「そのこそが! なにを隠そう、あの〝ガルマニア帝国〟なのだー!」


「マジかよ……。わりと近くじゃねェか」


 ガルマニア帝国は、現在エルスたちが滞在している〝ランベルトス〟からはるか東に位置している。あいだには〝じょうさいトロントリア〟や広大な森こそあるものの、同じ大陸内ということもあり、彼ら冒険者ならば徒歩で辿たどけないこともない。


「でもって、今は入れなくなってるんじゃ?」


「へッ? そうなのか?」


「うん。たしか――」


 アリサが言いかけた時。

 酒場の入口が大きく開き、一人の〝女〟が現れた。


 大きな〝きず〟のある顔と、紫色の長い髪。彼女は真っ直ぐにエルスをり、三人のテーブルへと近づいてきた。



「銀髪の。貴方あなたがエルスねぇ? ちょっと商人ギルドに来てもらえるかしらん?」


「んッ?――ッて、あんたはッ!? ジェイドの根城アジトにいたヤツじゃねェか!」


 女はファスティアにて〝こうつえ〟を起動させたちょうほんにん、ゼニファーだった。エルスはから立ち上がり、彼女の顔をぐに指でさす。


「さぁ、なんのことかしらん? 悪いけどアタシ、小さいことは覚えてないのよん」


「うー? ご主人さま、彼女は〝悪い奴〟なのだー?」


「ああッ! こいつは前に、ファスティアで……」


 エルスは拳を握りしめ、ミーファにファスティアでの出来事を説明しようとする――しかし、いらった様子のゼニファーが、すかさず会話に割って入った。


「あー、もぅ……! どうでもいいけど、急いだほうがイイと思うわよん? なんたって、クレオールおじょうちゃんがピンチなんだから」


「なんだって? どういうことだッ!?」


「さぁねん? アタシは、貴方あなたたちを連れてくるように命令されただけだしぃ」


 ゼニファーはあきれたようにためいきをつき、冒険バッグから手鏡を取り出した。そして、自身の顔の傷に〝黒い線〟を一本描き足す。


 どうやら彼女のきずあとは、ただの化粧メイクであったようだ。


「それでぇ、どうすんのぉ? 来ないなら帰るわよんー」


「くッ、わかったよ! 二人とも、いいか?」


 たずねるエルスに対し、アリサとミーファがぐに頷く。すでに彼女らはたくを整え、出発の準備をしていたようだ。



             *



 ゼニファーに連れられて、商人ギルドに到着したエルスたち。今日は正面玄関を通り、大盟主プレジデントの待つえっけんしつへと直行する。


「さ、連れてきたわよん? これで最後の仕事は果たしたわねぇ?」


「うむ……。今までご苦労ぢゃった……」


 エルスたちを案内し終え、ゼニファーは欠伸あくびをしながら謁見室から出ていってしまった。そんな彼女の後ろ姿を見送ったあと、シュセンドは昨夜の出来事を説明した。



「すまぬ……! 結局、オヌシらを巻き込んでしもうた!」


「謝ることねェさ、親父おやぢさん。仲間がさらわれたと聞いちゃ、行くしかねェぜ!」


「そうなのだ! この悪人を成敗するのは、ミーの使命なのだー!」


 そう言ってミーファはボルモンクさんせいの手配書を取り出し、シュセンドの前へと突き出してみせる。


「これは、ワシが絶対指令オーダーで消し去った……。そうか、書き写しておったのか」


「えっ? 消したって?」


「ワシらのような〝国家元首〟には特別な権限があっての。アヤツがワシに協力をする条件が、アヤツの手配書をすべて取り消すことぢゃった」


 シュセンドは玉座が傾いてしまうような勢いで、エルスらに深々と頭を下げる。


「ワシが愚かぢゃった……! 自身の立場にこだわるあまり、あの悪魔の声に耳を貸してしもうた。そのせいで娘や街を危険にさらしてしまうとは……!」


「まだ間に合うさ! すぐに俺らが行って、クレオールを連れ戻すッ!」


 エルスは拳を強く握り、自身の胸を強く叩く。

 そんな彼の隣で、アリサがわずかに首をかしげた。


「うーん。でもわななんじゃ?」


「わかってるさ。それでも行くしかねェ! どうした、アリサは嫌か?」


「え? ううん、そうじゃないけど……」


 アリサはそう言い終えたあと、小さな声で「たぶん」と付け加えた。


「当然、ミーは行くのだー! ご主人様と、ミー自身の正義のために!」


「あっ……。うん、そうだね。――いそごっ、エルス」


「よしッ! それじゃ行ってくるぜ!」


「すまぬ……。よろしく頼むのぢゃ……!」


 シュセンドは再び、三人に向かって頭を下げる。エルスたちは彼と別れ、謁見室をあとにする。そんな彼らが広い通路まで出ると、そこでゼニファーが待っていた。



「行くのねん? 特別に連れてってあげるわぁ」


「えッ、いいのか?」


「どうせ、場所もわかんないんでしょ? 『南西』って言っても広いのよん?」


「確かにそうだけどよ。……わかった! よろしく頼むぜ!」


「はぁい。じゃ、外まで急いでねん」


 そう言い終えるなり、ゼニファーが街の外へと駆けだしてゆく。そして三人も彼女のあとに続き、ランベルトスの街を突き抜けるように走る。



「うー、なんか怪しいのだー。におうのだー」


「かもな……。でも、今はアイツに頼るしかねェ……」


「ニセルさん、どうしたんだろうね?」


「わからねェけど、工房に行ってる余裕はなさそうだ。一応、店主マスターに伝言は頼んでおいたし、来てくれると信じるしかねェな……」


             *


 大通りを走りきり、街の入口へと出たいっこう

 そこへ全員がそろうなり、ゼニファーは呪文を唱えはじめた。


「くれぐれも落ちないようにねぇ? マフレイト――!」


 風の精霊魔法・マフレイトが発動し、エルスたちを風の結界が包み込む。四人を乗せた結界は地面からわずかに浮遊し、目的地へ向けて高速で移動しはじめた。


 マフレイトは術者を含めた複数人を高速移動させる、高位のうんぱんほうだ。エルスたちは不安定な足場の中で、戦いへの決意を新たにする。


「無事でいてくれよ、クレオール! 絶対に助けてやるからなッ!」

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