第25話 思惑の中へ

 朝の準備を整え、一階の酒場に集合したエルスたち。

 三人は朝食をとりながら、本日の方針を話し合っていた。



「ニセルは帰ってねェか。先に工房に行ってみるか?」

「そうだねぇ。街の人にいても、〝博士はかせ〟のことは言わないだろうし」

「うー! もう一度、商人ギルドへ行くしかないのだー!」

「うげッ……。もう正直、あそこには行きたくねェけどな。まッ、クレオールのことも気になるし、仕方ねェか」


 エルスは深いためいきをついたあと、拳を握って気合いを入れるジェスチャをする。

 そんな彼を横目ににらみながら、今度はアリサが低い声でたずねる。


「心配なの? クレオールさんのこと」

「そりゃ、一緒に冒険した仲間だしなッ! それに、何か嫌な予感がすンだよな」

「ふーん。そーなんだ?」


 少し嫌味っぽく言い、アリサはエルスの横顔をのぞきこむ。

 だが彼はそんな態度に気づくこともなく、真剣な表情でテーブルを見つめていた。



 今朝、アリサ自身の隣にミーファが寝ていたことにも驚いたが、今日はエルスの様子にも、どことなく違和感があるようだ。




「勇者サンド三人前だ。待たせたな……」

「あっ、ありがとうございますっ」


 アリサが思考を巡らせていると、店主マスターが料理を運んできた。


 彼が三人分の料理をテーブルに置き、立ち去ろうときびすを返した時――足元に〝なにか〟が落下した。



「んッ? マスター、何か落としたみてェだぜ!」

「ああ……。子供チビの忘れもんだ。悪いが、手ぇ離せねえ。そのへんに置いといてくれ……」

「マスター、お子さんがいるんですね?」

「まぁな。さっきメシぃ食わせた。今はかみさんが面倒みてらぁ……」


 エルスは床の落し物を拾い上げ、それを手に取る。

 どうやら子供向けの絵本のようだ。


 表紙には、右手に光り輝く剣を、左手に勇者サンドを手にした金髪の少年と、ゆるくデフォルメされた魔王のイラストが描かれている。



「あっ、これ。昔、エルスが読んでくれたことあったよね」

「そうだっけ? もう覚えてねェなぁ」

「おー! うちの書庫にもあったのだ! 懐かしいのだ!」

「へぇ……?」


 盛り上がる彼女らを尻目に、エルスは何気なくページをめくる。

 絵本の内容は、ごくありふれた昔話のようだ。


 だが、その文章を読んだたん、エルスの表情が固まった。



 ゆうしゃべて

 ひかりつるぎおうをやっつけたのです!

 へいがもどり、ゆうしゃつぎぼうけんたびちました!



「魔王……リーランドッて……!? それに、この名前は……」


 今朝の夢の内容がよみがえり、エルスは思わず額を押さえる。


「エルス……? 大丈夫?」

「……ああ。確かに昔、読んだかもしれねェな。ははッ、見覚えがあるはずだぜッ」

「ふっふー、魔王リーランドは、そうせいに倒されたのだ! すでに悪は滅んだのだー!」

「へッ?――ッてことは、これは実話なのか……?」


 エルスの問いに対し、ミーファは大きくうなずいてみせる。

 そして彼女は、この絵本の元となったいつを得意げに語り始めた。


 要約すると、『かつて祖国を救った英雄が国からの裏切りに遭い、魔王となったのちに勇者によって倒される』というものだ。



「その国こそが、あの〝ガルマニア帝国〟なのだー!」

「ガルマニアッて、ランベルトスここから東の? わりと近くじゃねェか……」

「でもそこって、今は入れなくなってるんじゃ?」

「へッ? そうなのか?」

「うん。確か――」


 アリサが言いかけたと同時に。

 酒場の入口が大きく開き、一人の女が入ってきた。



 顔に長い傷のある、紫色の長い髪の女。

 彼女は真っ直ぐに、エルスたちの元へと近づいてゆく。



「銀髪銀髪……っと。貴方あなたがエルスねぇ? ちょっと商人ギルドまで来てもらえるかしらん?」

「んッ?――ッて、あんたはッ!? ジェイドのアジトに居たヤツじゃねェか!」


 三人の前に現れたのはファスティアにて〝こうつえ〟を起動させたちょうほんにん、ゼニファーだった。



「ジェイド? あぁ、そんなオトコもいたわねぇ。悪いけどアタシ、小さいことは覚えてないのよん」

「うー? ご主人様、彼女は悪い奴なのだー?」

「ああッ! こいつはファスティアで……」


 エルスは拳を握りしめながら、ファスティアでの出来事を説明しようとする。

 しかしゼニファーがいらった様子で、二人の会話に割って入った。



「あー、もぅ。……どうでもいいけど、急いだほうがイイと思うわよん? なんたって、クレオールお嬢ちゃんがピンチなんだから」

「なんだって? どういうことだッ!?」

「さぁねん? アタシは貴方あなたたちを連れて来るように命令されただけだし、それ以上は知らないわん」


 ゼニファーはあきれたようなためいきをつき、手鏡を取り出して顔の傷に線を描き足した。どうやら彼女のきずあとは、化粧メイクで描かれたもののようだ。



「どうすんのぉ? 来ないなら帰るわよん」

「くッ、わかったよ! 二人とも、いいか?」


 たずねるエルスに、アリサとミーファは即座に頷く。

 すでに彼女らは、席を立つ準備をしていたようだ。


 エルスも素早く勇者サンドを平らげ、マスターにニセルへの伝言を頼んでおいた。

 そしていっこうは急ぎ、商人ギルドへと向かう。





 ゼニファーに連れられ、商人ギルドに到着したエルスたち。

 今日は堂々と正面玄関を通り、大盟主プレジデントの待つえっけんしつへと通された。



「さ、連れてきたわよん? これで最後の仕事は果たしたわねぇ」

「う……うむ……。今までご苦労ぢゃった……」


 エルスたちを案内し終えるや、ゼニファーは欠伸あくびをしながら謁見室から出ていってしまった。そんな彼女の後ろ姿を見送ったあと、シュセンドは昨夜の出来事を説明した。



「すまぬ……! 結局、オヌシらを巻き込んでしもうた!」

「謝ることねェさ、親父おやぢさん。仲間がさらわれたと聞いちゃ、行くしかねェぜ!」

「そうなのだ! この悪人を成敗するのは、ミーの使命なのだー!」


 そう言ってミーファはボルモンクさんせいの手配書を取り出し、シュセンドの前へと差し出してみせる。



「これは、ワシが絶対指令オーダーで消し去った……。そうか、書き写しておったのか」

「えっ? 消したって?」

「それぞれの国家元首には特別な権限があっての。アヤツがワシに協力をする条件が、街の手配書をすべて取り消すことぢゃった」


 シュセンドは玉座が傾く勢いで、エルスらに深々と頭を下げる。


「ワシが愚かぢゃった。立場にこだわるあまり、悪魔の声に耳を貸してしもうた。そのせいで娘や街を……」

「まだ間に合うさ! すぐに行って、クレオールを連れ戻すッ!」


 エルスは拳を強く握り、自身の胸を強く叩く。

 そんな彼の隣で、アリサはわずかに首をかしげた。



「うーん。でも罠なんじゃ?」

「わかってるさ。それでも行くしかねェ! アリサは嫌か?」

「え? ううん、そうじゃないけど……」


 アリサはそう言い、小さな声で「たぶん」と付け加えた。



「当然、ミーは行くのだ! ご主人様とー! ミーの正義のためにー!」

「あっ……。うん、そうだね。――急ごっ、エルス」

「よしッ! それじゃ行ってくるぜ!」

「すまぬ……。よろしく頼むのぢゃ……」


 シュセンドは再び、三人に向かって頭を下げる。

 エルスたちが彼と別れて通路に出ると、外でゼニファーが待っていた。




「行くのねん? 特別に連れてってあげるわぁ」

「えッ、いいのか?」

「どうせ場所もわかんないんでしょ? 『南西』っていっても広いのよん?」

「確かにそうだけどよ。わかった、よろしく頼むぜ!」

「はぁい。じゃ、外まで急いでねん」


 そう言うなり、ゼニファーは街の外へと駆けだしてゆく。

 三人も彼女のあとに続き、ランベルトスの街を突き抜けるように走る。



「うー、なんか怪しいのだー。におうのだー」

「かもな……。でも、今は頼るしかねェ……」

「ニセルさん、どうしたんだろうね?」

「わからねェけど、工房に行ってる余裕はなさそうだ。店主マスターに伝言は頼んだし、来てくれると信じるしかねェな……」





 大通りを走りきり、街の入口へと出たいっこう

 そして全員がそろうなり、ゼニファーは呪文を唱えはじめた。


「くれぐれも落ちないようにねぇ? マフレイト――!」


 風の精霊魔法・マフレイトが発動し、エルスたちを風の結界が包み込む。

 結界は地面からわずかに浮遊し、目的地へ向けて高速で移動をはじめる。


 マフレイトは術者を含めた数人を高速移動させる、高位の運搬魔法だ。

 エルスたちは不安定な足場の中で、戦いへの決意を新たにする。



「無事でいてくれよ、クレオール! 必ず助けてやるからなッ!」

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