第24話 その名を知るもの

 ドミナの工房にあるじゅつしつ。その室内には奇妙な装置が並んでおり、椅子のような形状のベッドに、ニセルが寝かされていた。


 そんな彼の〝左耳〟と〝左眼〟をおおうように、エルの字型をした機械が取り付けられ、そこからは細い金属製のケーブルが伸びている。


「ふっ。どうやら、ギルドで動きがあったようだ」


えたかい?」


 ケーブルの先に接続された、はこがたの機械を操作しているドミナが問う。


「ああ。鮮明とは言えないが。だが、おとの方は確かだろう」


「耳の良さは、師匠のおすみつきだったからね。そんじゃ、とりあえず外すよ?」


 ドミナは作業の手を止め、ニセルの頭から装置を取り外す。彼女はしんちょうに作業台へ置き、今度は彼の左腕を改造しはじめた。



「負担の方はどうだい? 気分は?」


「まっ、あまり良くはないな。どろぬまの中を、目を開けて泳いだような気分さ」


 ニセルは右手で両目をおおいながら、ニヤリと口元を上げてみせる。


「ははっ、それはすまなかったね」


「だが、情報は充分だ。連中は、クレオールじょうさらったらしい」


 ニセルの言葉に、ドミナはわずかにまゆをピクリと動かす。


「お嬢を? まさか、やったのは……?」


「ああ、ザグドだ。今は〝博士ヤツ〟の手下のようだがな」


「そうかい……。あいつ、なんてことを」


 ドミナは深いためいきをつくが、その作業の手が止まることはない。もうすでに、彼女の覚悟は決まっている。



「明日――。エルスたちを誘い出し、成果の〝お〟をするそうだ」


「ボルモンクさんせい……。師匠と同じ古代人エインシャントなのかね?」


 自問のようなドミナの問いに対し、ニセルが「ふっ」と息を吐く。


「さあな。だが、今のところはとみていいだろう。言動に異常はなかった」


「言動? そんなモンでわかるってのかい?」


 手元に視線を集中させたまま、ドミナが小さく首をかしげる。


「ああ、ファスティアで会った。――オレのことを『マークスター』と呼ぶ奴にな」


「そういえば、ニセル君の名前をに呼ぶのは、師匠かのじょだけだったかね」


 おぼろげにしか思い出すことのできぬ、存在したはずの師の記憶。彼女の声が頭にフラッシュバックしているのか、ドミナは険しい表情をする。


「そうだ。あとは、たいようだな」


「太陽?」


「どうやら〝太陽ソル〟のことを指すらしい」


「ああ……。そういえば……」


 ドミナは天井に設置された、巨大なりょくとうを見上げる。消えかけた記憶の欠片かけらから、師の言葉を拾い集めるように。


「聞き覚えがあったような気がするね。……なんとなくだけどさ」


 そう言って大きくためいきをつき、ドミナは額の汗をぬぐうのだった。



「時々、頭の中によみがえるんだけどね。まだ、あたしが少女チビだった時の記憶がさ……」


「懐かしいな」


「やめとくれ。ニセル君はを思い出さなくていいよ」


 照れた様子のドミナに対し、ニセルは「ふっ」と息をらす。


「すまない。――だが、急いだほうがいいかもしれんな」


「もうしまいさ。ところで、〝ドラムダしき〟は本当にいらないのかい?」


「ああ。……オレはえんりょしておこう」


 ニセルからの回答に、ドミナは残念そうに頭をらす。


「そうかい? まぁ、いりゃ充分かね」


「む? どういうことだ?」


 その疑問には答えず、ドミナは黙々と作業を再開させた。



             *



 一方、酒場から二階の宿へと戻ったエルスたち。エルスはアリサと同じ寝室へと入り、たくを整えながら、今日の出来事を振り返っていた。


「まさか、街の下に洞窟があったなんてな! 今度ゆっくり探索してみたいぜ」


「うん。そうだね」


 鏡の前で長い髪をかしながら、アリサがそっなく返事をする。


「そういや、あの地下の〝変な部屋〟はなんだったんだろうな?」


「うん。そうだね」


「どうしたんだ? さっきから。――ねみィのか?」


 そう言ってエルスが振り返ると、彼のベッドでうずくまるように横になっている、アリサの姿が目に入った。彼女は真横を向いたまま、どこか遠い目をしている。



「なんだ? 今日は最初からンのか?」


「だって、わたしの場所だもん……」


 アリサはつぶやくように言い、自らの親指の爪をむ。エルスは彼女の頭をで、自身もベッドの端であおけになった。


「わかってるッて。それじゃ、寝ようぜ! おやすみ、アリサ」


「うん。おやすみ、エルス」


 疲労に加えて、珍しく頭を使いすぎたためか――。いつもの就寝の挨拶を交わすや、エルスが早くも寝息をたてはじめる。


「さみしかったんだからね……」


 アリサは彼の腕にしがみつき、そう小さくつぶやいた。



             *



 眠りに就いたエルスは、夢を見た。

 真っ暗な〝闇〟が支配する空間。そこに、ただ独り。


『またか……』


 これまでにも、何度か見たような記憶はある。

 そして、これから〝何が起きるのか〟も理解できる。


 そして案の定――。エルスの目の前に、焼け焦げた魔法衣ローブを着た少年が現れた。銀色の前髪で目元を隠した少年は、エルスを歓迎するかのように両手を広げる。


『やっと会えるよ……』


『はぁッ? なんにだよ!』


 つぶやくように言う少年に対し、エルスが大きく声をあらげる。


『いつでも力を貸してあげる……』


『いらねェッて言ってんだろッ! 大体、おまえは誰だッ!?』


 暗闇の空間に浮かびながら、エルスがさけぶ。対する銀髪の少年は静かに顔を伏せたまま、どうだにもしない。


『僕は、エルス……』


『なッ!? エルスは俺だッ!』


 エルスは叫び、拳を握りしめようとする――が、どうにも体が動かない。そんな彼を嘲笑あざわらうかのように口元をつり上げ、少年がゆっくりと顔を起こした。


 その少年の額には〝おうらくいん〟が浮かび上がっている。烙印が放つまがまがしい光にされ、エルスは思わず顔をしかめる。



『それはッ……。まさか、魔王メルギアスの……!?』


『リーランド……。アインス……』


『あぁ!? 何を言って……』


『いまは……。エルスだ……』


 少年は再度そう名乗り、エルスに向かって手を伸ばす。そして、こちらを向いたまま後方へと下がり、そのまま闇の中へと消えてしまった。


『おいッ! 待ちやがれッ!――クソッ、まだ動けねェ……!』


 エルスは闇の中で独り、必死にもがき続ける。


 しかし、ぜんとしてからだを動かすことはできず――。

 だいにエルスの意識も、深い闇へと沈んでいった。



             *



 次にエルスの意識が戻った時には、すでに次の朝が訪れていた。


 いつも通りに床で目覚めたエルスだったが、いまだに体が動かない。それでもどうにか腕に力を加えると――彼の指先に、なにか柔らかいものが触れた。


「わわぁ……。ご主人様ぁ……。らぁめなのだぁ……」


「へッ? ミーファ……!? ッていうか、降りろッ……、てッ……!」


 エルスは寝巻き姿のミーファをなんとか退かし、彼女を自身のベッドに寝かせる。そこではアリサが、まだ静かに寝息をたてていた。



「ふぅ……。さすがに死んじまうッ……。ぐげッ!」


 エルスは手早く首の関節を戻し、たくを整えながら、夢の内容を思い出す。


「あれは……。やっぱ、魔王……。なのか……?」


 鏡に映る顔を眺め、エルスが前髪をかき上げるも――。当然ながら自身の額に、不気味な〝らくいん〟などは付いていない。


 あのまま夢から覚めなければ、どうなっていたのだろうか。エルスは何気なく、二人の少女が眠っているベッドに目をる。


「まさか……。アリサたちは、俺のために……?」


 彼女らのおだやかな寝顔をながめながら、エルスは小さく呟いた。

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