第23話 紫色の恐怖

 深夜。商人ギルドのえっけんしつ


 薄暗い大広間には大盟主プレジデント・シュセンドが一人、玉座にちんしていた。彼がはべらせていた人形たちの姿も今は無く、テーブルの上もれいに片づけられている。


「ヴィ・アーン! ちゃんとわがはいの言いつけどおり、お片づけしたようですね?」


「うぬ……。博士はかせ……」


「まったく、ここへ来るたびに不快な気分になります。まぁ、一番の原因存在は、他でもない貴方あなたなのですが!」


 シュセンドの前に現れたのは、〝博士〟ことボルモンクさんせいと、ゴブリン族のザグドだった。ボルモンクはカールした紫の髪を指で伸ばしながら、シュセンドから離れた位置にて立ち止まる。



「さて、その顔をながめ続けるのも苦痛なもので。本題に入りましょうか」


「ワシの答えは変わらぬのぢゃ。もう、オヌシに支援はできぬ」


「おや、おや! そうですか! では、これをご覧なさい」


 ボルモンクはさげすむような笑みを浮かべ、小さな布きれとイヤリングをつまげてみせる。それをシュセンドが目にしたたん、彼の玉座がガタリと音をたてた。



「それは……!? まさか、クレオールのっ……!?」


「彼女なら無事ですよ。まぁ、今後の運命は、貴方の返答次第ですが」


「ぐぬぅ……!」


「よもや〝変装〟という、初歩的な策を使うとは。――ゲルセイルでしたか? まぁ、には劣りますが、彼女も良い〝素材〟になりそうです……!」


 クレオールに続いて息子ゲルセイルの名が出たことで、シュセンドが全身をふるわせる。


「なぜオヌシが……。あの子の名まで知っておるのぢゃ……!」


「言ったはずです。我輩に〝絶対指令オーダー〟は通用しないと。――どうするのです?」


「ぐぅ……。よかろう、持ってゆくがよい……」


 シュセンドは玉座のひじけから書類を取り出し、ペンで何かを記入する。どうやら、金銭のじゅじゅに関する〝契約書〟のようだ。


 それらの書類をザグドが受け取り、無駄のない動きで、自らのあるじへと手渡した。



「要求にはこたえた! さあ、クレオールを! 娘を返すのぢゃ……!」


「まぁ、まぁ。そうあわてずに。じつは彼女は、南西の研究所ラボに招待しておりましてね? そちらへ〝お迎え〟をいただきたいのですよ」


 涼しげに答えるボルモンクに対し、シュセンドは再び声をあらげる。


「なんぢゃと? あの場所は……。まさか〝どうへい〟のテストをするつもりか!」


「まぁ、しおどきですからね。ああ、そうそう……」


 ボルモンクは眼鏡のくもりをきながら、攻撃的な視線をシュセンドへと送る。


「どうも地下の実験場へ侵入した、らちやからがいたそうで。――そうですね。クレオール様の〝お迎え〟は、ぜひ彼らにお願いしたいところです」


「イシシッ! お嬢様のお友達の、〝銀髪の冒険者一味〟のことですのぜ?」


「かっ……、彼らは……! この件には関係なかろうっ!」


 シュセンドが玉座から身を乗り出しながら必死に訴えるも、ボルモンクは、彼に視線を合わせようともしない。


彼奴きゃつらは〝こうつえ〟のことまでぎまわっていたとか? このザグドが、すべて教えてくれましたよ」


「あの不良品を横流ししたのも……、さてはオヌシか!?」


「これも〝再利用〟というものです。――まぁ、おかげで良い実験結果が得られました。次は、その〝成果〟を試す時なのですよ!」


 まるで舞台上にいる役者のごとく、ボルモンクは両手を広げて高笑いをしてみせる。まさに絵に描いたような、あくやくぜんとした姿だ。


「試験成功のあかつきには、貴方にも新しい〝少女細工にんぎょう〟を造ってさしあげますよ。極めて精巧な――。そう、あなたの大好きな〝娘さん〟を使ってね!」


「まっ、待てっ! わかった……。彼らを送るっ……!」


 シュセンドは顔面に汗をにじませながら、じゅうの決断をする。そんな彼をいちべつし、ボルモンクは〝お手上げ〟のジェスチャをしてみせた。



「はじめから、そう言えばよいのです。――ああ、時刻は明朝。ギルドの始業時間以降でお願いしますよ。今度こそ、しっかりと期日は守るように」


「承知したのぢゃ……」


「もちろん、さらに多くの〝実験台〟を送ってくださっても構わないのですが……」


 ボルモンクはニヤリと口元を上げ、邪悪な笑みを浮かべる。


「それならばいっそ、街ごと〝実験場〟にする方が、手っ取り早いでしょうね」


「言う通りにするのぢゃっ! だから、娘や街には手を出さんでくれっ……!」


「ヴィ・アーン! 上出来です。――それでは、我輩は失礼しますよ。睡眠不足は、我が崇高なる頭脳の天敵ですからね」


 ボルモンクはドレスの切れ端とイヤリングを投げ捨て、ザグドを連れて謁見室から去っていった。シュセンドはあぶらあせにじませながら、床に落ちたを見つめる。



「ぐぬぅ……。ワシは……どうすればよいのぢゃ……」


「おやおや? なにか興味深い出来事でも? シュセンドさん!」


「うぎょえぇっ――!?」


 とうとつに聞こえた声に驚き、シュセンドが大きくってみせる。


「はっはっは! 驚かせてしまいましたかねぇ?」


「ル……、ルルルっ……! ルゥランさまっ!? なぜこちらに!?」


 いきなりに現れたのは、紫色の髪と執事風の格好をした男――ルゥランだった。場違いなほどに陽気な口調の彼に対し、シュセンドは先ほどの〝来客〟に対する以上の、激しいろうばいぶりをみせている。


「じつは、ミルセリアさんの〝お使い〟でして。彼女、人使いが荒いのですよ!」


「大神殿から……!? ま……、まさか……」


 シュセンドは息を呑み、ルゥランの顔をじっと見つめる。すると彼はに笑いながら、ふところから、分厚い書類の束を取り出した。


「はい、まさかの! なんとランベルトスの〝ギルド制度〟が、世界的に承認されることが決まりましたよ! いやぁ、おめでたいですねぇ!」


「は……!? そう……、でしたか。それはありがたいのぢゃ……」


「おや? アナタの〝先々代〟よりも、ずっと以前の大盟主プレジデントから申請され続けていたというのに! あまり嬉しくないようですねぇ?」


 ギルド制度が全世界にしんとうすれば、世界各国にギルド協会を配置することが可能となる。それはシュセンドが秘める〝野望〟にとっても、必要不可欠な要素だ。


「うぬぅ……。じつは……、ルゥランさま……。折り入って、ご相談が……」


「ほうほう? なにやら〝興味深いお話〟のようですねぇ?」


 目の前の男にすべてを話すべきなのか――。シュセンドは迷う様子をみせたものの、わらにもすがる思いで、洗いざらいを打ち明けることにしたようだ。


             *


「なるほどなるほど! いやぁ、とても興味深い!」


「アヤツの望み通りにエルスらを送れば、もはや彼らの命は無いも同然……。ワシは……。自分の娘と街のために、彼らを犠牲にしてもよいのぢゃろうか……」


「ええ、大丈夫です! ぜひ向かわせましょう!」


 そう即答するルゥランに対し、シュセンドはおおな動作で驚きを示す。


「はっはっは! それにエルスさんなら、みずか辿たどくでしょう。真実にねぇ?」


「エルスを、ご存知なのですか?」


「お会いしたのは一度きりですが! はじめのかいこうは、おそらく十三年前……」


 十三年前の大きな出来事といえば、やはり〝魔王メルギアスの出現〟だろう。ルゥランは〝あの日〟の現場を思い返すように、紫の瞳を細めてみせた。



「それほど以前から……。いったいエルスはナニモノですのぢゃ?」


「ワタシも興味がありましてねぇ? ですので調べてみようかと!」


「お珍しいですのぢゃ。アナタさまにも、わからぬとは……」


 エルフ族の大長老でもあるルゥランは〝そうせい〟の頃より、じつに三千年以上は生きている人物だ。かつては厳格だった彼ではあるが、いまではつかみどころのない人格へとへんぼうしてしまっている。


「まぁ、そう思いつめずに! ワタシも雑用しごとの合間に見て参りますので、ご安心を」


「そ……、そうおっしゃられるのなら……」


「はっはっは! まぁまぁ、彼らを信じましょう! では、さようなら」


 そう言い終えた瞬間、ルゥランの姿がこつぜんと消失する。そして、薄暗い大広間には、うなれた様子のシュセンドだけが残された――。

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