<これ以降は改稿が完了しております>

第22話 悪意を撒くもの

 どこかの街の、どこかの路地裏。

 物陰に潜む〝男〟の背後に、ひとりの〝少女〟が近づいた。


『ねえねえ、そこのえないオジサン!』


『む? なんですか無礼な! このわがはいを誰だと……』


『あはは! えないテロリストのオジサンでしょ!?』


『この小娘……! 我輩をろうするとは、どういうつもりですか!』


 少女に対し、男は怒る。

 それでも少女は、ケラケラ笑う。


『ほらほら、怒んない怒んない! せっかく〝イイモノ〟持ってきたんだから!――はい、あーげるっ!』


『なんですか、この〝薄汚い本〟と〝安物のガラクタ〟は!』


 少女が渡した、古びた日記。

 しかし、それをめくったたん、男は目を見開いた。


『ねっ、気に入った? だから、あたしの〝お願い〟きいてほしいなぁーって!』


『ほう……。その〝願い〟とは……?』


『えーっと、ねー。……じつはオジサンの手でメチャクチャにしてほしいの。今度は〝国〟なんてショボいこと言わずに、〝こんな世界まるごと〟を……。ねっ!』


 少女の瞳があやしく光る。獲物を逃がさぬ、闇色の瞳。

 男は恐怖と高揚感を抑えつつ、静かにうなずいてみせたのだった――。



             *



「まったく、あの小娘め! 思い出すだけで腹立たしい!」


「シシシッ。――準備できましたのぜ、博士はかせ


 エルスたちがクレオールと別れ、酒場へと着いた頃。商人ギルドの地下牢に、二人の人物の姿があった。一人は〝博士〟と呼ばれる男。そしてゴブリン族のザグドだ。


「地下に侵入者がいたというのは、確かなのですね?」


「間違いねえです。シシッ! クレオールさまも、ご一緒でしたのぜ」


「ふむ、ふむ。どうにも見かけないと思っていたら。まぁ、よいでしょう。すでに〝地下あそこ〟は用済みです。しかしシュセンドめ、ざかしい真似を!」


 手にしたステッキで神経質そうに床を突き、博士は紫色のあごヒゲをでる。そんなあるじの機嫌をうかがうかのように、ザグドは両手をり合わせてみせた。よく見ると、彼の右手は白く塗装された、金属製の義手となっているようだ。



「博士、計画を急がれた方がよろしいのぜ」


「それを理解しているのなら、早く実行し――。いや……? 少し待て……」


 博士はニヤリとわらい、地下牢の扉へと忍び寄る。そして、彼が勢いよく扉を開け放つや、クレオールの姿が出現する。


「ひっ!? あっ……、貴方あなたがたは、いったい何をたくらんで……!」


「これはこれはクレオール様。ずっと貴女あなたをお探ししていたのですよ?」


わたくしに何をするつもりですか! 人を呼びますわよ!?」


 自らをかばうように身を引きながら、クレオールが声量を上げる。しかし、それを意に介さず、博士は「ザグド」とつぶやく――。


「シシッ! ブリスデミス!」


 ザグドの闇魔法・ブリスデミスが発動し、クレオールの周囲を紫色の霧が包み込む。毒の霧をまともに吸った彼女は意識を失い、大きくバランスをくずした。


「おおっと。――傷つけるわけにはまいりません」


 倒れかけたクレオールを、博士が素早く抱き止める。そして、彼は天井を見つめながら、今後の計画を素早く練りなおしはじめた。



「ふぅむ、このプランでいきましょうか。この娘も〝南西の研究所ラボ〟へ運びなさい」


「おや。よろしいので?」


 クレオールの容態を確認していたザグドが、主の顔を見上げる。


「ええ。くれぐれも、などつけぬように」


「イシシッ! 心得ておりますのぜ」


 ザグドは紳士的に一礼し、クレオールを運ぶための準備へと取り掛かる。


「さて、幸運のカードが手に入ったことですし、シュセンドには手切れの資金と――ついでに新たな〝実験台〟も、都合していただくとしましょうか」


 博士はクレオールの耳からイヤリングを外し、ドレスのすそを破り取る。それらを乱暴に握りしめながら、彼は邪悪な笑みを浮かべてみせた。



             *



 一方、きょてんとしている酒場に戻ってきたエルスたち。本日は早朝から飲まず食わずだったこともあり、四人は豪華な食事を楽しんでいた。


「あーッ、ェ! やっとメシにありつけたぜッ!」


大盟主プレジデントが戦争を企んでいるという話は、彼女のゆうだったか」


 ニセルは果実酒のグラスを傾けながら、小さく「ふっ」と息をらす。


「でも、あの親父おやぢさんだ。まだ〝裏〟がある気がするぜ」


「うー、怪しいのだ! 野望のことは口を割らなかったのだー!」


 戦争へのねんこそ無くなったが、エルスらがするとおり、大盟主プレジデントに何らかの企みがあるのは明白だろう。


「ランベルトスの大盟主は一人じゃない。が絡んでないとも言いきれんしな」


「あっ、盗賊ギルドと暗殺者ギルド?」


 自身を見つめるアリサに対し、ニセルがうなずいてみせる。


「連中も、ドミナに目をつけていた。だが今回は、静観を決め込んでいるようだ」


 どうやらニセルは別行動をしていた際に、〝古巣〟への探りも入れていたらしい。加えて、街外れにいた男の反応からも、他の支配者級ルーラーギルドが絡んでいないことが確認できた。続いて、彼はテーブルの上に、煙草たばこの入ったケースを置く。


「それに、煙草こいつを買った時に、店のあるじが言っていた。『ドミナはもとじめに目をつけられている』、『あそこは人形屋にされる』ってな」


「あっ、人形」


 アリサは商人ギルドで見た、悪趣味な少女細工にんぎょうたちのことを思い出す。


 仮に、そのまま大盟主プレジデントの言葉を信じるのならば、彼の指示とは別に〝商人ギルド〟としての名目をうたい、好き勝手に行動している人物がいることになる。



「そうだ。それに〝元締〟という呼び方。もしも〝大盟主〟を指すのならば、街の者らは堂々と名前を出すはずだ。この街にとっての〝正義〟だからな」


「正義はー! 絶対なのだー!」


 予想どおり〝正義〟という単語にミーファが食いつき、右手のナイフを高々とかかげてみせた。突き上げられた鋭い刃先が、エルスのほほわずかにかすめてゆく。


「危ねェ! んー、やっぱ〝博士〟だよな。何処どっかで見た気がすンだけどなぁ……」


「ほう、どんな奴だった?」


「たしか……。髪が紫色で、眼鏡とかも掛けててさ」


 エルスはフォークで自身の頬を掻きながら、視線を上方へと向ける。


「えっ? それって、ジニアちゃんじゃ?」


ちげェよ! 間違いなく男だったし、ヒゲも……。ああッ!?」


 そこまで言いかけたエルスが〝なにか〟に気づく。そして、彼はおもむろに、隣に座っているミーファの冒険バッグに右手を突き入れた。


「わわっ! ご主人さま、こんな所で大胆なのだー!」


わりィ! やっと思い出したんだッ!」


 エルスは彼女のバッグから手配書を取り出し、テーブルの上へと叩きつける。紙面には眼鏡を掛け、カールした紫の髪とヒゲを生やした男の顔が描かれている。


「やっぱコイツだ! ボルモンクさんせいッ!」


「あっ、ほんとだ。そっくりだねぇ」


「おー! やはりミーの読みは正しかったのだ!」


 ミーファが狙っていた賞金首。――ボルモンク三世。


 一時はジニアをと勘違いしてしまったが、商人ギルドの裏で暗躍している〝博士〟こそが、手配書に描かれた獲物の正体だった。


 アリサは手配書を手に取り、裏面に記された罪状を読み上げる。


「えっと……。ボルモンク三世。元・ネーデルタール連合王国貴族。同国での国家反逆。ドレムレシス、記憶館襲撃。ドラムダ鉱山、窃盗。アルティリア、きんそくへの侵入。聖地オルメダ、無許可侵入。ノインディア、錬金術工房襲撃』


「多すぎるだろ……。アルティリア以外は、知らねェ名前ばっかだな」


「ドラムダは、ミーの国なのだ! 許すまじなのだー!」


「なるほどな。そういうことか」


 ニセルが手にしていたグラスを置き、小さく息をらす。


「ん? ニセル。なんか、わかったのか?」


「まあな。そこに挙げられたいくつかの場所には、ある〝共通点〟がある。それらはおおむね、古代人エインシャントと関わりの深い場所だ」


 特に最後の〝錬金術工房襲撃〟の部分。その場所はまさ古代人エインシャントである、ドミナの〝師〟が営んでいた工房で間違いない。ニセルは、そう付け加える。


「じゃあ、コイツは古代人エインシャントッてやつなのか?」


「そこまでは断言できんが、古代人かれら技術ちからを利用している可能性は高いな」


「あの親父おやぢさんが言った〝素晴らしい技術〟ッてのは、のことか……」


「でも、この人。よく、神殿騎士に捕まらなかったねぇ」


 アリサは汚らわしそうに手配書を指さしながら、当然の疑問を口にする。


「ランベルトスは〝そういう街〟だからな。を見てみるといい」


 ニセルが示した窓の外には、やみの中でもこうこうと光り輝く教会が浮かんでいる。その大きさは、さきほどまで滞在していた〝商人ギルド〟にも引けをとらない。


「つまりはカネだいッてことか……」


 エルスはあきれたように言い、深いためいきをつく。――その時、酒場の扉が勢いよく開き、血相を変えた様子のドミナが、店内へ駆け込んできた。



「ニセル君! ザグドが、これを残して……」


 ドミナはニセルの元へと走り寄り、彼に〝紙切れ〟のようなものを見せる。そこには丁寧な字で、〝お世話になりました〟とだけ書かれているようだ。


 ニセルは彼女を落ち着かせ、夕刻、街外れで回収した〝革袋〟を差し出す。


「これは、ウチのどうたい……。わざと壊して、部品パーツを集めてたのかい……」


「ああ。回収元は〝この男〟と、ザグドだ」


 生気が抜けたかのような様子のドミナに、ニセルが例の手配書を渡す。そして、彼女はを読むなり、〝ある一文〟に強い反応を示した。


「ノインディア……、工房襲撃……?」


「そうだ。おそらくは〝あの家〟だろう」


「この男は、師匠のを狙ったワケか。ハハッ、いい度胸じゃないか!」


 さきほどまでの弱々しさがうそのように、ドミナが拳で自身の胸を叩く。


「あたしから〝助手〟ばかりか、〝師匠〟まで奪おうなんてさ!――エルス!」


「うおッと!……ッて、俺か?」


 とうとつに名前を呼ばれ、エルスがあわてて食器を置く。


「今夜、ニセル君を借りるよ! この男をブッつぶすんだろ?」


「へッ……? おッ……、おう! たぶんと思うぜッ!」


「よしきた! それじゃニセル君、行くよ!」


「ふっ。お手柔らかに頼む」


 ニセルが言い終えるや否や、二人は部品が入った革袋を持って、酒場から出ていった。あとにはあっにとられた様子の、エルスたち三人が残された。



「なんだかすごいね。ドミナさん」


「ふふー! きっと正義の血が騒いだのだー!」


「ニセルは大丈夫か……? とりあえず、俺たちはしっかり休んでおくしかねェな」


 明日は、とても長い一日になるだろう。来たる決戦への英気を養うため、三人は早めに食事を切り上げ、二階の宿へと向かうのだった。

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