第22話 悪意を撒くもの
どこかの街の、どこかの裏路地。
物陰に潜む男の背後に、ひとりの少女が近づいた。
『ねえねえ、そこの
『む? なんですか無礼な! この
『あはは、だって冴えないテロリストのオジサンでしょ!?』
『テロリス?――ええい小娘! 我輩を
少女に対し、男は怒る。
それでも少女はケラケラ笑う。
『ほらほら怒んない怒んない! せっかくイイモノ持って来たんだから!――はい、これあげる!』
『なんですか、この汚い本と安物のガラクタは――! これは、まさか……!』
少女が渡した古びた日記。
『ねっ、気に入った? だから、あたしのお願い聞いて欲しいなぁーって!』
『……願い、だと?』
『うんうん!……ねぇ? メチャクチャにして欲しいの。今度は〝国〟なんてショボいこと言わずに、〝こんな世界まるごと〟を……ねっ!』
少女の瞳が
恐怖と高揚を感じながら、男は静かに
「――フン、あの小娘め! 思い出すだけで腹立たしい!」
「シシシッ。準備できましたのぜ、
エルスたちが酒場へ着いた頃。
商人ギルドの地下牢には、二人の人物の姿があった。
一人は〝博士〟と呼ばれる男。もう一人はゴブリン族のザグドだ。
「地下に侵入者が居たというのは、確かなのだな?」
「間違いねえです。シシッ! クレオール様まで一緒でしたのぜ」
「見かけないと思っていたら。まぁ
手にした
そんな
「博士、計画を急がれた方がよろしいのぜ」
「それを理解しているのなら、早く実行に――いや? やはり待て……」
博士はニヤリと
その扉を勢いよく開け放つと、そこにはクレオールの姿があった!
「――ひっ! あっ……
「これはこれはクレオール様。ずっと
「何をするつもりです! 人を呼びますわよ!?」
「――ザグド」
「シシッ! ブリスデミス――!」
ザグドの闇魔法・ブリスデミスが発動し、クレオールの周囲を紫色の霧が包み込んだ! 毒の霧をまともに吸い、意識を失った彼女はバランスを
倒れるクレオールを、博士は素早く抱き止める。
そして彼は、今後の計画を頭の中で練りなおし始めた。
「ふぅむ、このプランでいきましょう。ザグド、この娘も南西の
「おや。よろしいので?」
「ええ。くれぐれも、
「イシシッ! 心得ておりますのぜ」
「さて、あの
博士はクレオールの耳からイヤリングを外し、彼女のドレスの
一方、
早朝から飲まず食わずだった彼らは、本日 最初となる食事を堪能していた。
「あーッ、
「ふっ。
「だなぁ。でもあの
「うー、怪しいのだ! 野望のことは口を割らなかったのだー!」
戦争への
「それにランベルトスの大盟主は一人じゃない。
「あっ、盗賊ギルドと暗殺者ギルド?」
「ああ。やはり連中も、ドミナの技術に目をつけていた。だが少なくとも、今回は静観を決めこんでいるようだ」
「そうなのか?」
首を
どうやらニセルは別行動の際、〝古巣〟へ探りを入れていたようだ。街外れにいた男の反応からも、他の
「それに
「あっ、人形」
アリサは商人ギルドで見た、少女型の悪趣味な人形たちを思い出す。
「そうだ。それに元締という呼び方。もしも大盟主を指すのならば、堂々と名前を出すはずだ。この街にとっての〝正義〟だからな」
「正義はー! 絶対なのだー!」
予想どおり〝正義〟という単語にミーファが食いつき、右手のナイフを高々と
「うおッ、危ねェ! んー、やっぱ〝博士〟だよな……。アイツ、
「ほう、どんな奴だった?」
「確か……。髪が紫で、眼鏡とかも掛けててさ!」
「えっ、それってジニアちゃんじゃ?」
「
そこまで言いかけたエルスは〝なにか〟に気づく。
そして彼は、隣に座るミーファの冒険バッグに手を突っ込んだ!
「わわっ! ご主人様、こんな所で強引なのだー!」
「
ミーファのバッグから賞金首の
「やっぱコイツだ! ボルモンク
「あっ、ほんとだ。そっくりだねぇ」
「おー! やはりミーの読みは正しかったのだ!」
ミーファが狙っていた賞金首・ボルモンク三世。
一時はジニアを
エルスは叩きつけた紙を改めて手に取り、裏面に記された罪状を声に出す。
『元・ネーデルタール連合王国貴族・国家反逆』
『ドレムレシス・記憶館襲撃』
『ドラムダ鉱山・窃盗』
『アルティリア・
『聖地オルメダ・無許可侵入』
『ノインディア・工房襲撃』
――それらをエルスは一気に読み上げ、乾いた喉を飲料水で潤した。
「ふぅ……多すぎるだろ……。とりあえず、とんでもねェ悪党だッてことか……」
「アルティリア以外は知らない国ばっかりだねぇ」
「ドラムダはミーの国なのだ! 許すまじなのだー!」
「――ふっ。なるほどな」
ニセルは手にしていたグラスを置き、小さく息を
「ん? ニセル、何かわかったのか?」
「まあな。そこに挙げられた
特に最後の〝ノインディア・工房襲撃〟の部分。
その場所は まさに
「えッ? じゃあ、コイツは古代人ッてやつなのか?」
「そこまでは断言できんが、
「あの
「でもこの人、よく神殿騎士に捕まらなかったねぇ」
アリサは汚らわしそうに手配書を指さしながら、当然の疑問を口にする。
「だよな……。俺だったらすぐにビビッちまうぜ……」
「ランベルトスに限っては〝そういう街〟だからだな。
ニセルが示した窓の外には、闇の中に
「つまり
エルスは呆れたように言い、深い
丁度その時――酒場の扉が勢いよく開き、血相を変えた様子のドミナが店内に駆け込んできた。
「ニセル君! ザグドが、これを残して……」
ドミナはニセルの元へ走り寄るなり、彼に紙切れのようなものを見せる。
そこには丁寧な字で、〝お世話になりました〟とだけ書かれていた。ニセルは取り乱す彼女を落ち着かせ、さきほど街外れで回収した革袋を出した。
「これは、ウチの
「ああ。回収元は〝この男〟と、ザグドだ」
「そうかい……。ハハッ、まったく……」
生気が抜けたかのようなドミナに、ニセルは例の手配書を渡す。
それを読むなり彼女は、ある一文に強い反応を示す。
「ノインディア……工房襲撃……?」
「そうだ。おそらくは〝あの家〟だろう」
「なるほどね。この野郎は、師匠の
先ほどまでの弱々しい様子が
「あたしから助手ばかりか、師匠まで奪おうなんてさ!――エルス!」
「うおッ、俺か!?」
ドミナから突然に名を呼ばれ、エルスは驚いた様子で食器を置く。
「今夜ニセル君を借りるよ! この男をブッ
「えッ、お……おう! 多分そうなると思うぜッ!」
「よしきた。それじゃニセル君、行くよ!」
「ふっ。お手柔らかに頼む」
二人は部品が入った革袋を持ち、
あとには、
「なんだか凄いね、ドミナさん」
「ふふー! きっと正義の血が騒いだのだー!」
「ニセルのヤツ、大丈夫か……? とりあえず、俺たちはしっかり休んでおくか」
おそらく明日は、とても長い一日になる。
決戦への英気を養うため、三人は早めの
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