第22話 悪意を撒くもの

 どこかの街の、どこかの裏路地。

 物陰に潜む男の背後に、ひとりの少女が近づいた。


『ねえねえ、そこのえないオジサン!』

『む? なんですか無礼な! このわがはいを誰だと……』

『あはは、だって冴えないテロリストのオジサンでしょ!?』

『テロリス?――ええい小娘! 我輩をろうするのも、いい加減にしなさい!』


 少女に対し、男は怒る。

 それでも少女はケラケラ笑う。


『ほらほら怒んない怒んない! せっかくイイモノ持って来たんだから!――はい、これあげる!』

『なんですか、この汚い本と安物のガラクタは――! これは、まさか……!』


 少女が渡した古びた日記。

 めくった男は目を見開いた。


『ねっ、気に入った? だから、あたしのお願い聞いて欲しいなぁーって!』

『……願い、だと?』

『うんうん!……ねぇ? メチャクチャにして欲しいの。今度は〝国〟なんてショボいこと言わずに、〝こんな世界まるごと〟を……ねっ!』


 少女の瞳があやしく光る。獲物を逃がさぬ闇色の眼。

 恐怖と高揚を感じながら、男は静かにうなずいた――。




「――フン、あの小娘め! 思い出すだけで腹立たしい!」

「シシシッ。準備できましたのぜ、博士はかせ


 エルスたちが酒場へ着いた頃。

 商人ギルドの地下牢には、二人の人物の姿があった。

 一人は〝博士〟と呼ばれる男。もう一人はゴブリン族のザグドだ。


「地下に侵入者が居たというのは、確かなのだな?」

「間違いねえです。シシッ! クレオール様まで一緒でしたのぜ」

「見かけないと思っていたら。まぁい、あそこは用済みです。しかしシュセンドめ、ざかしい真似を!」


 手にしたステッキで神経質そうに床を突き、博士は紫色のあごヒゲをでる。

 そんなあるじの機嫌をうかがうかのように、ザグドは両手をり合わせる。よく見ると彼の右手は白く塗装された、金属製の義手となっているようだ。


「博士、計画を急がれた方がよろしいのぜ」

「それを理解しているのなら、早く実行に――いや? やはり待て……」


 博士はニヤリとわらい、静かに地下牢の扉へ忍び寄る。

 その扉を勢いよく開け放つと、そこにはクレオールの姿があった!


「――ひっ! あっ……貴方あなたがたは、一体何をたくらんで……!」

「これはこれはクレオール様。ずっと貴女あなたをお探ししていたのですよ?」

「何をするつもりです! 人を呼びますわよ!?」

「――ザグド」

「シシッ! ブリスデミス――!」


 ザグドの闇魔法・ブリスデミスが発動し、クレオールの周囲を紫色の霧が包み込んだ! 毒の霧をまともに吸い、意識を失った彼女はバランスをくずす――。


 倒れるクレオールを、博士は素早く抱き止める。

 そして彼は、今後の計画を頭の中で練りなおし始めた。


「ふぅむ、このプランでいきましょう。ザグド、この娘も南西の研究所ラボへ運びなさい」

「おや。よろしいので?」

「ええ。くれぐれも、などつけぬように」

「イシシッ! 心得ておりますのぜ」

「さて、あの醜い肉塊シュセンドには手切れの資金と――ついでに、新たな実験台でも都合していただくとしましょうか」


 博士はクレオールの耳からイヤリングを外し、彼女のドレスのすそを小さく破り取る。それらを乱暴に握りしめ――彼は眼鏡を光らせながら、邪悪な笑みを浮かべるのだった。



 一方、きょてんとしている酒場まで戻ってきたエルスたち。

 早朝から飲まず食わずだった彼らは、本日 最初となる食事を堪能していた。


「あーッ、ェ! やっとメシにありつけたぜッ!」

「ふっ。大盟主プレジデントが戦争を企んでいるという話は、彼女のゆうだったか」

「だなぁ。でもあの親父おやぢさんだ、一筋縄じゃいかねェ気がするぜ」

「うー、怪しいのだ! 野望のことは口を割らなかったのだー!」


 戦争へのねんこそ無くなったが、エルスらの読み通り、大盟主プレジデントが何らかの企みを抱いているのは明白だろう。


「それにランベルトスの大盟主は一人じゃない。ほかの思惑が絡んでないとも言い切れんさ」

「あっ、盗賊ギルドと暗殺者ギルド?」

「ああ。やはり連中も、ドミナの技術に目をつけていた。だが少なくとも、今回は静観を決めこんでいるようだ」

「そうなのか?」


 首をかしげるエルスに対し、ニセルは小さくうなずいてみせる。

 どうやらニセルは別行動の際、〝古巣〟へ探りを入れていたようだ。街外れにいた男の反応からも、他の支配者級ルーラーギルドが絡んでいないことが確認できた。


「それに煙草こいつを買った時に、店のあるじが言っていた。『ドミナはもとじめに目をつけられている』、『あそこは人形屋にされる』ってな」

「あっ、人形」


 アリサは商人ギルドで見た、少女型の悪趣味な人形たちを思い出す。

 大盟主プレジデントの言葉を信じるのならば、彼の指示とは別に〝商人ギルド〟としての名目で、好き勝手に行動している人物が存在していることになる。


「そうだ。それに元締という呼び方。もしも大盟主を指すのならば、堂々と名前を出すはずだ。この街にとっての〝正義〟だからな」

「正義はー! 絶対なのだー!」


 予想どおり〝正義〟という単語にミーファが食いつき、右手のナイフを高々とかかげる。その突き上げられた鋭い刃先が、エルスのほほわずかにかすめた!


「うおッ、危ねェ! んー、やっぱ〝博士〟だよな……。アイツ、何処どっかで見た気がすンだよなぁ……」

「ほう、どんな奴だった?」

「確か……。髪が紫で、眼鏡とかも掛けててさ!」

「えっ、それってジニアちゃんじゃ?」

ちげェよ! 間違いなく男だったし、ヒゲも……ああッ!?」


 そこまで言いかけたエルスは〝なにか〟に気づく。

 そして彼は、隣に座るミーファの冒険バッグに手を突っ込んだ!


「わわっ! ご主人様、こんな所で強引なのだー!」

わりィ! やっと思い出したんだ!――あった!」


 ミーファのバッグから賞金首の紙束リストを取り出し、それをエルスはテーブルの上に叩きつける。紙面には眼鏡を掛け、カールした紫色の髪にヒゲづらをした、イヤらしい男の顔が描かれていた。


「やっぱコイツだ! ボルモンクさんせいッ!」

「あっ、ほんとだ。そっくりだねぇ」

「おー! やはりミーの読みは正しかったのだ!」


 ミーファが狙っていた賞金首・ボルモンク三世。

 一時はジニアをと勘違いしてしまったが――商人ギルドの裏で暗躍している〝博士〟こそが、手配書に描かれた獲物の正体だった。


 エルスは叩きつけた紙を改めて手に取り、裏面に記された罪状を声に出す。


 『元・ネーデルタール連合王国貴族・国家反逆』

 『ドレムレシス・記憶館襲撃』

 『ドラムダ鉱山・窃盗』

 『アルティリア・きんそく侵入』

 『聖地オルメダ・無許可侵入』

 『ノインディア・工房襲撃』


――それらをエルスは一気に読み上げ、乾いた喉を飲料水で潤した。


「ふぅ……多すぎるだろ……。とりあえず、とんでもねェ悪党だッてことか……」

「アルティリア以外は知らない国ばっかりだねぇ」

「ドラムダはミーの国なのだ! 許すまじなのだー!」

「――ふっ。なるほどな」


 ニセルは手にしていたグラスを置き、小さく息をらす。


「ん? ニセル、何かわかったのか?」

「まあな。そこに挙げられたいくつかの場所には、ある共通点がある。それらはおおむね、古代人エインシャントと関わりの深い場所だ」


 特に最後の〝ノインディア・工房襲撃〟の部分。

 その場所は まさに古代人エインシャントである、ドミナの師が営んでいた工房で間違いない。


「えッ? じゃあ、コイツは古代人ッてやつなのか?」

「そこまでは断言できんが、古代人かれら技術ちからを利用している可能性は高いな」

「あの親父おやぢさんが言った〝素晴らしい技術〟ッてのは、のことか……」

「でもこの人、よく神殿騎士に捕まらなかったねぇ」


 アリサは汚らわしそうに手配書を指さしながら、当然の疑問を口にする。


「だよな……。俺だったらすぐにビビッちまうぜ……」

「ランベルトスに限っては〝そういう街〟だからだな。を見てみるといい」


 ニセルが示した窓の外には、闇の中にこうこうと光り輝く教会が浮かんでいる。その建物の大きさは、先ほどまで居た商人ギルドにも引けをとらない。


「つまりカネ次第ッてことか……」


 エルスは呆れたように言い、深いためいきをつく。

 丁度その時――酒場の扉が勢いよく開き、血相を変えた様子のドミナが店内に駆け込んできた。


「ニセル君! ザグドが、これを残して……」


 ドミナはニセルの元へ走り寄るなり、彼に紙切れのようなものを見せる。

 そこには丁寧な字で、〝お世話になりました〟とだけ書かれていた。ニセルは取り乱す彼女を落ち着かせ、さきほど街外れで回収した革袋を出した。


「これは、ウチのどうたい……。わざと壊して部品パーツを集めてたのかい……」

「ああ。回収元は〝この男〟と、ザグドだ」

「そうかい……。ハハッ、まったく……」


 生気が抜けたかのようなドミナに、ニセルは例の手配書を渡す。

 それを読むなり彼女は、ある一文に強い反応を示す。


「ノインディア……工房襲撃……?」

「そうだ。おそらくは〝あの家〟だろう」

「なるほどね。この野郎は、師匠のを狙ったワケか。ハッ、いい度胸じゃないか!」


 先ほどまでの弱々しい様子がうそのように、ドミナは拳で胸を叩く。


「あたしから助手ばかりか、師匠まで奪おうなんてさ!――エルス!」

「うおッ、俺か!?」


 ドミナから突然に名を呼ばれ、エルスは驚いた様子で食器を置く。


「今夜ニセル君を借りるよ! この男をブッツブすんだろ?」

「えッ、お……おう! 多分そうなると思うぜッ!」

「よしきた。それじゃニセル君、行くよ!」

「ふっ。お手柔らかに頼む」


 二人は部品が入った革袋を持ち、あわただしく酒場を出ていった。

 あとには、あっにとられた様子のエルスたち三人が残される。


「なんだか凄いね、ドミナさん」

「ふふー! きっと正義の血が騒いだのだー!」

「ニセルのヤツ、大丈夫か……? とりあえず、俺たちはしっかり休んでおくか」


 おそらく明日は、とても長い一日になる。

 決戦への英気を養うため、三人は早めのとこに就くのだった――。

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