第21話 小さな成果

 商人ギルドの大盟主プレジデントが座する、悪趣味なえっけんしつ

 この〝しゅにくりん〟を表現したかのような広間に、エルスの大声が響き渡る――。


「あんたはどうたいを使って、そのヘンテコな人形を造る気だなッ!――どうだッ!?」

「はて、魔導義体?――おお、確かギルド〝ドミナ工房〟の商品ぢゃな!」

「へッ! 図星だろッ!?」

「うぬ。残念ながらハズレぢゃ」


 エルスの推論に、迷いなく不正解を宣告するシュセンド。

 自信満々に言い放った推理を軽く受け流され、エルスは大きくバランスを崩した。


「――ッて、違うのかよッ……」

「あの店主ムスメにも協力をあおいだんぢゃがの。あっさりと断られてしもうたわい」

「うー? 本当なのだー?」

「もちろんぢゃ。ギルドの契約上、無理強いは出来んしの」

「確かに従者級サヴァントであってもギルドである以上、支配者級こちらから不当な要求はできませんわね……」


 自身のあごに手を当て、クレオールは静かに呟く。確かに、言葉の筋は通っているようだ。続いて今度は、アリサが疑惑の確認をする。


「でも、ドミナさんは『商人ギルドにおどされてる』って」

「脅しぢゃと?――まさか! ウチはランベルトスで最もひんこうほうせいなギルドぢゃぞ?」


 そう言い終えたシュセンドは「ひょひょひょ」と笑う。彼はとらえどころがなく、かなり個性的な人物ではあるのだが、やはり悪意らしきものは感じない。


「んー……。わからねェな――ああッ、頭使うのは苦手だぜ! こういう時、ニセルが居りゃなぁ……」

「そうだねぇ。ニセルさん、どうしたんだろ?」


 彼自身が言及している通り、エルスは頭を使うのが得意ではない。

 現在は策略や頭脳戦に長けるニセルを欠いていることも、一行パーティにとって大きな痛手だろう。


「うーん……。やっぱ、明らかに怪しいのは〝博士はかせ〟だよなァ――よしッ! こうなったら、アイツに直接……」

「――ならんっ!」


 言いかけたエルスの言葉を、突然の怒号がさえぎる――。

 驚いて声の方向をると、シュセンドがぶよぶよの顔にしわを寄せ、こちらをジッとえていた。


「アヤツに近づいてはならんっ……! いな?」

「えッ……。そう言われてもよ……」

「アヤツには、ワシが話をする。頼むっ」

「うーん……。わかった! そこまで真剣に言われちゃ仕方ねェ」


 エルスの返答を受け、シュセンドは深いためいきをつく。そして次の瞬間には何事もなく、いつものあいきょうのある顔に戻っていた。


「ただ、これだけは確認させてくれ。戦争するつもりはェんだよな?」

「もちろんぢゃ。商人の誇りに誓って、戦争なぞ考えとらんわい」

「――だッてよ、クレオール! それじゃ、ひとまず〝依頼〟の方は大丈夫か?」

「えっ? ええ、お父様が恐ろしいことを考えておられないのなら……」


 クレオールは驚いた表情のまま、ゆっくりとうなずく。

 エルスは彼女の顔を見て、満面の笑顔で親指を立てた。


「よしッ! それじゃ一旦、俺らは帰ろうぜ!」

「うん。ずっとここに居ると気持ち悪くなっちゃうし」

「ミーは一刻も早く、外に出たいのだー!」


 疑問は多く残るが、この異様な広間からは一刻も早く脱出したい。

 エルスの提案に、アリサとミーファは即座に同意する。


「それじゃまたな、親父おやぢさん! 帰りは正面から出てもいいよな?」

「かまわんぞい――。はて? そういえばオヌシら、どこから入ったんぢゃ?」 

「へへッ、冒険者の〝企業秘密〟だ! じゃあな!」

「――あっ、お待ちを。お見送りいたしますわ!」


 手を振りながら謁見室から出て行くエルスたちを、クレオールが追いかける。

 娘らの後ろ姿をぼんやりと眺めていたシュセンドだったが――彼は重要な事柄を思い出し、不意に我に返る。


「まっ……待つのぢゃクレオール! まずは着替えを――!」


 シュセンドは慌てて叫んだものの――

 声は分厚い扉にはばまれ、娘に届くことはなかった。



 エルスたちは商人ギルドの正面玄関を抜け、久しぶりの街に出る。

 〝厳重な警備〟とうたわれている通り、入口付近や外壁の上では、弓や槍を構えた多数の衛兵が壁の外をにらんでいた。エルスはそれらの様子を眺めながら、大きく深呼吸をする。


「ふぅ――ッ! あぁ、外の空気がェ……」

「もー。髪とか服にも、臭いが付いちゃったかも……」

「ふっふー! 正義のメイド服は、臭いも汚れも寄せ付けないのだー!」


 地下や窓の無い室内に居たために気がつかなかったが、すでに太陽ソルは夕暮れを示していたようだ。白のドレスをオレンジ色に染め、見送りにきたクレオールが上品にお辞儀をする。


「皆様、本当にありがとうございました」

「うーん。でも、なんだかスッキリしないねぇ」

「ああッ。まだ終わっちゃいねェ。でも、あのまま話を続けてもらちがあかねェしな」


 エルスは言いながら、強く拳を握りしめる。

 彼の言う通り、ことは一筋縄ではいかないようだ。


「えっ? それではやはり、お父様は……」

「いや。多分、親父おやぢさんが言ってたことは本当だろうさ。そこは安心していいと思うぜッ!」

「あの〝博士はかせ〟なのだー! ミーの正義が、ヤツを悪だと断定しているのだー!」


 勇ましく拳を突き上げるミーファに、エルスも力強く頷いてみせる。大盟主プレジデントとの約束はあるが、自分たちなりに出来る範囲で、調査を続けるつもりなのだ。


「とりあえず俺らは戻って、ニセルと作戦会議だ」

「ではわたくしは、ギルドで情報を探ってみますわ」

「なぁ、クレオール。無理はしねェでくれよ? あの時の親父おやぢさんの顔、ただごとじゃなさそうだしさ」


 エルスが〝博士〟に言及した際の――終始掴みどころの無い様子だった大盟主プレジデントが唯一見せた、あの鬼気迫る表情。

 自身も調査を続行しようとするクレオールに対し、エルスも彼女への心配をする。


「わかりましたわ……。ええ、あんなに真剣なお父様は初めて見ましたもの……」

「おうッ、くれぐれも気をつけてな!――それじゃ、またな!」


 エルスたちはクレオールと別れ、ランベルトスの大通りへと出る。

 まだ慣れない街ではあるが、酒場へ続く路地までは一本道のため、案内なしでも問題なく辿り着けるだろう。


「エルス……。また会えるわよね?」


 クレオールは三人の姿がざっとうへ消えるまで見送る。

 そして彼女はひとり静かに、ギルドの中へと戻っていった。



 その頃――。ランベルトスの外れにある資材置き場では、ゴロツキ風の男が二人、酒を片手に雑談を交わしていた。彼らのそばには大きな革の袋と、斧やハンマーといった武器がぞうに置かれている。


「おい、飲みすぎんじゃねぇぞ? ノルマは終わっちゃいねぇんだ」

「ケッ! あの変態野郎が! 飲まなきゃやってらんねーだろぉ!」

「少しは黙れ。誰が聞いてるかわからねぇ」

「へーいへい!――おっ、お客さんだぜぇ? おっしごと、おっしごと!」


 短気な男は酔いで震える指先を、資材置き場の入口へ向ける。冷静な男がそちらを見ると、右手に小手をめた男が真っ直ぐにこちらへ向かっているのが確認できた。小手の男は二人の前へ来るなり、その〝腕〟を差し出す。


「一発頼むぜ」

「あいよ。おい、狙いは外すなよ?」

「へーっへっへ! 任せろぉ! おらよ――ォ!」


 二人の男は差し出された右腕に向かって、交互に武器を振り下ろす!

 やがて攻撃を受けた腕はにぶい音と共にへし折れ、破損部からは大量の黒い霧があふれ出した!


「ふー。あのドワーフ女め、無駄に頑丈にしやがって。頭まで響いちまったぜ」


 右腕を失った男は苦笑混じりに言い、その場につばを吐き棄てる。

 そして冷静な男が用意した小さな革袋を、残った左手で受け取った。


「ああ、まったくだ。また頼むぜ」


 片腕になった男が立ち去ったあと――ゴロツキの二人は切断した腕を回収し、大きな革袋の中へ放り込んだ。そして再び木材を背に、酒盛りを再開し始めた。


「ふっ、なるほどな。ここでどうたいを回収していたというわけか」

「――あぁ? 誰だ!?」


 不意に聞こえた声に、二人が驚いて立ち上がる。すると暗闇の中から、ニセルがゆっくりと姿をみせた。彼は小さく左手を挙げ、義体化された手首を回転させる。


「なんだよ、買い取り希望者か。さっさと腕を出しな」

「その前に、誰の命令かかせてもらおうか。もとじめがいるんだろう?」

「へっへへ、馬鹿かおめぇは! 知る必要はねぇーよ!」

「ふっ。そうか――」


 ニセルは素早く移動し、短気な男のふところもぐむ!

 そして彼の腹部に、思いきり右手をんだ!


「おっ……ぐぇっ……!」

「てっ、てめぇ、何者だ! 何しやがる!」


 倒れた仲間を見て、冷静な男が武器を構える!――だが彼は、ニセルの右手に光る暗殺の刃ロングダガーを見て、一気に青ざめてしまった。


「そのものは……!? まさか、の人間か!?」

「さあな。知る必要はないだろう?」

「まっ……待て! 〝暗殺者ギルド〟に逆らうつもりはねぇんだ! 頼むっ!」


 ニセルの正体を察し、男は観念したかのように両手を上げる。

 彼の手から落下した武器が、鈍い音と共に地面へ落下した。


「もう一度だけく。誰の命令だ?」

「ゴッ……ゴブリンだよ! 名前なんか知らねぇ!」

「ほう。だがオレが訊いているのは、〝命令した奴〟のことだ」


 ニセルは目を細めながら、ゆっくりと男へ近づく。

 冷静だった男は小刻みに震え、口の端に白い泡をにじませた。


「……ぅ……ぁぁ……。だっ、だめだ!――それだけは言えねぇ! 殺された方がマシだ!」

「では、そうするか――」

「ぅ……ぐっ……!」

「そこで寝ていろ」


 ニセルのあてを受け、男はそのまま地面へ転がる。

 どうやら、二人とも気を失っているだけのようだ。



 男らの側に置かれていた大きな袋を回収し、そのままニセルは大通りへ向かう。

 通りの向こう側からは、見知った三人がこちらへ歩いてきた。


「おッ! ニセル、やっと会えたぜ!」

「ニセルさん、どこ行ってたの?」

「詳しく聞かせるのだー!」

「ふっ、色々さ。とりあえず、酒場へ戻るとしよう」

「ああッ! 早く帰ってメシにしようぜッ!」


 小さな成果と大きな疑問を抱え、四人は酒場へのにつく。

 ランベルトスの街にはすでに、ルナ銀光ひかりが降り注いでいた――。

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