第56話 はじまりの決戦

 切り札である〝虹色のせいれいせき〟を使ったエルス。

 彼は光輝く精霊の姿に変身し、戦闘の構えをとる!


 そんなエルスの目の前で、魔法の氷塊が弾け飛んだ――!


 「ルオオオォ……損傷……損傷……防衛……形態……」


 氷のいましめを破った〝こうの杖〟は無機質な単語ことばを発し――

 杖から伸びた巨大な〝手〟の形態を変化させはじめた。


 手の甲からは角や牙のような白いとげが無数に突き出し、伸びた五指には関節が増え、先端には鋭い刃が生えた――!



 「へッ! そっちも本気ってワケか!――なら、一気に決めるぜッ!」


 エルスは天井付近まで飛翔し、かざしたてのひらから氷の矢を放つ!

 無数の矢は闇色の触手をかき消し、床一面を氷で覆いつくす――!


 「オオォォン……反撃……排除……」


 反撃を示すこえと共に――。

 敵の棘が緑色の光を発し、エルスに向かって風の刃を撃ち出した!


 だが、風の攻撃はエルスに触れた瞬間に、何事もなく消え失せる!


 「――わりィな! 今の俺には、そんなモンは効かねェ!」


 余裕の笑みを浮かべるエルス。

 すると今度は、ギョロリと動いた巨大な目玉が彼を正面に捉えた!


 エルスは正体不明の力で全身の自由を奪われ――

 激しく天井に押しつけられる!


 「ぐおッ!?――チクショウ、これがあったのを忘れてたぜ……!」


 敵は狙いを定め、エルスに向かって闇の刃を伸ばす――!


 そして彼を貫こうと何度も攻撃を繰り返すが――

 やがて硬質な音と共に、それは粉々に砕け散ってしまった!



 「無駄だ無駄だッ! さっさと放しやがれッ!」


 その言葉通りに諦めたのか。

 敵はエルスから、おもむろにを逸らした。


 エルスは再び自由を取り戻し、天井の付近を浮遊する――。


 こうしている間にも〝杖〟の根元からは闇の触手が生え続け、魔物を召喚する態勢に入っている。〝こう〟の名が示す通り、あくまでも杖は、魔物を呼び出すことを最優先にするようだ。


 「チッ、また振り出しかッ! これじゃらちがあかねェ……」


 エルスも攻撃によるダメージこそ受けていないが、急速に体内の魔力素マナを削られてゆくのがわかる。それに比例し、少しずつ〝自分自身〟が消え去ってしまうような――奇妙な感覚が、彼には迫っていた。



 《……力を貸してあげるよ?……》

 ――エルスの頭に、声が響く。


 「うッ……。何だ……?」


 頭に直接ささやかれたかのような声に、思わずエルスは額を押さえる。


 さきほどの声は、友好的な言葉とは裏腹にまがまがしく――

 決して受け入れてはいけないと、自身の直感が告げている!


 「いらねェよ! こっちは、アレの相手だけで精一杯なんだ!」

 ――声を振り払うように叫び、エルスは敵の正面に舞い降りる。


 これ以上の長期戦は不味い――。

 一気に決着をつけるべく手をかざし、エルスは呪文を唱える――!


 「マヴィスト――ッ!」


 風の精霊魔法・マヴィストが発動し、敵の根元に緑色の魔法陣が出現する!

 魔法陣から発生した風が渦を巻き、竜巻のように敵を斬り刻んだ!


 闇の刃や触手は粉々に砕かれ――

 杖本体と、目玉の付いたてのひらだけが残される!


 「これで――ッ!」


 エルスは手刀を振り上げ、敵に向かってぶ!――が、見開かれた瞳が彼の自由を奪い、壁際まで吹き飛ばす!


 こちらが動けない間にも――

 敵は再び刃や触手を伸ばし、改めて態勢を整えなおす――。


 「また振り出しかッ……! どうすりゃいいんだッ!?」


 さきほど放った魔法マヴィストよりも、さらに高位の魔法は存在する。

 だが、この洞窟内で使えば間違いなくほうらくし、エルス自身も生き埋めとなるだろう。


 「駄目だ……。石の中に埋まって、助かる保証はねェ……。それに――」


 エルスは、壁にもたれ掛かったままのジェイドをる。

 刃を交えた相手とはいえ――言葉も交わし、共闘もした。

 せめて最期くらいは、地上でとむらってやりたい。


 「――絶対に、生きて戻ってやるッ!」


 気合いを入れ、エルスは再度立ち上がる――が、さらに魔力素マナを失ったためか、彼は激しい目眩めまいに襲われる……!


 なんとしても、ここで倒さなければ。

 もう助けてくれる勇者ロイマンは、ファスティアには居ないのだ。


 ――あと一撃が足りない。仲間が欲しい――。


 《……力を貸すよ? かわってあげる……》

 ――頭の中に再び、声が響く。


 エルスの脳裏に、焼け焦げた魔法衣ローブ姿の、幼い少年の姿が浮かぶ。

 銀髪の少年は残忍な笑顔を浮かべ、ゆっくりとエルスに向かって手を伸ばす――!


 「ウオオォ――! おまえの助けはイラネェって言ってんだろッ!」

 エルスは叫び、頭の中の不気味なイメージを振り払う!


 この声に負ければ――おそらく彼が、最もが起きる!


 「俺はアレを倒して、俺のままで帰るんだッ!」

 右腕に巻かれたアリサのリボンを見つめ、自らの意識を強く保つ!


 そんなエルスのに――

 再び、声が響いた!



 「ハッ! ならば、俺様が力を貸してやろう!――マヴィストォ!」


 ジェイドは叫び――左眼で敵を睨みつけながら魔法を放つ!

 風の精霊魔法マヴィストの魔法陣から発生した竜巻が、再び〝杖〟を丸裸にした――!


 「ジェイド!?――生きてたのかッ!」

 「俺様の右腕うらぎりものの始末は、俺様がつける! さあ行け、少年よ!」


 この一瞬に賭けるため――。

 ジェイドの作ってくれたチャンスに応えるため、エルスは呪文を唱える――!


 「レイフォルス――ッ!」


 炎の精霊魔法・レイフォルスが発動し――

 エルスの右腕が、燃えあがるつるぎと化した!


 「うおおおぉ――ッ!」


 竜巻に向かって一直線に飛び、手刀を振りかざす!

 だが寸前で――巨大な目玉が、エルスをとらえた!


 「ルォオオオン……!……防衛……排除……!」

 「ハッ!――こっちを向け、裏切り者め! マヴィストォ――!」


 ジェイドはさらに魔法を放つ! 彼の左手にめられたせいれいせきの指輪が、次々と砕け散ってゆく――!


 再びの竜巻にさらされ――

 巨大な目玉が、ジェイドを――!


 「今だ――ッ! 戦闘終了オォ――!」


 エルスは炎のつるぎを斜めに振り下ろし――

 バッサリと、こうの杖を溶断した――!


 「……ォオオオォ……機能……ォォル……停止……」


 本体である〝杖〟を失い――

 巨大な手は地面へと落下し、その場で崩れ去ってゆく――。



 「やった……!? ついに倒したのかッ!?」


 「ハッ! 上出来だ、少年!……ぐほっ……!」

 「――ジェイドッ!?」


 エルスは魔法剣を解除し、急いでジェイドの元へ飛ぶ。

 同時に――洞窟全体に激しい振動が走り、天井の岩が崩れ始めた!


 勝利のいんに浸る暇など無く――

 早く脱出しなければ、二人とも生き埋めになってしまう!


 「頼むッ! もう少しだけ、ってくれッ!」

 ――ジェイドの左腕を自らの肩に回し、エルスは呪文を唱える!


 「マフレイト――ッ!」


 運搬魔法マフレイトが発動し、風の結界が二人を包む!

 エルスは崩れ落ちようとする部屋から高速で離脱し、外へ向かって飛び去っていった――!



 そして、エルスたちが脱出した直後――。

 天井の岩が崩落し、入口の塞がった部屋には、折れた〝こうの杖〟だけがのこされた。


 そこへエルフ族の紳士・ルゥランが、とうとつに姿を現した!


 「まさか彼が、〝女王の罪の証〟だったとは! 実に興味深いですねぇ!」


 ルゥランは足元に転がる〝杖〟を拾い上げ、じっくりと観察する――。


 「やはり〝はじまりの遺跡〟の物と同じ。まったく、何方どなたの仕業なのやら!――いえ、それよりも!」


 ルゥランは楽しげに笑い、岩で塞がってしまった通路へ視線を移す――。


 「いやぁ、長生きはするものです! また、お会いしましょうねぇ? エルスさん!」


 にこやかな笑顔で言い、ルゥランの姿はくうへと消える――。


 やがて轟音と共に、再び岩が崩落し――

 無人となった洞窟は、今度は跡形もなく崩れ去ってゆくのだった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る