第57話 クエストコンプリート

 盗賊の根城アジトとなっていた、洞窟の外にて――。

 先に脱出したアリサとニセルは、じっとエルスの帰還を待っていた。


 天上の太陽ソルはオレンジ色の夕陽ひかりを放ち、洞窟内からは断続的に鈍い振動音と岩の崩れる音が響いている――。


 「あっ!……エルス?」

 ――アリサは声を上げ、立ち上がる!


 かなり体力も回復したのか――

 彼女はしっかりと、自身の足で大地に立っている。


 暗闇の奥からは少しずつ、緑色に光る〝なにか〟が近づいて来る――

 それを見たニセルは、迷わず武器を構えた――!


 「ふっ、約束だからな」

 「へへッ! ありがとなッ!――ニセルなら任せられると、信じてたぜッ!」


 そう言って――

 エルスは二人の前まで飛行し、運搬魔法マフレイトを解除する。


 銀髪の、若い青年の姿。

 いつも通りの〝エルス〟の姿だ。


 魔法を解除したエルスは背中のジェイドと共に、バタリと地面に崩れ落ちる――!


 「ぐおっ!――急に降ろすな、少年!」


 「あれ? この人、生きてたんだ?」

 「ふっ。どうやら、置いて来た甲斐があったようだな?」


 「ニセラァ! お前、わざと俺様を置き去りにしたのか!?」

 「まあな。お前の魔法が役に立っただろう?」


 「ハッ!……当然だ」


 ジェイドはあおけになり、自信たっぷりに言う。

 ニセルはニヤリと笑い、巻き煙草を口にくわえた――。



 アリサは、いつくばったままのエルスに駆け寄る。

 そして彼のために、治癒の呪文を唱え始めた。


 「アリサ、俺は大丈夫だ! 魔力素マナさえ戻れば、すぐに動けるようになるからさ」


 一般的な人類と違い――精霊の力を宿すエルスは、体内のマナが失われると動けなくなってしまう。今も力なく倒れてはいるが、声の様子からも元気なようだ。


 「わかった!――じゃあ、セフィドっ!」


 アリサは、癒しの光をジェイドにかざす――。

 だが、彼の失われた右腕は、もう戻らない。

 右眼も損傷してしまったのか、固く閉ざされたままだ。


 「助かったぜ。お嬢ちゃん!」


 ジェイドは左手で、コートの汚れをはらい落とす。

 緑色だったコートは破れ、血や泥による汚れで見る影もない。


 「派手に汚れちまった。また仕立てねえとな」

 「いいを紹介してやろうか?」


 「ハッ! ランベルトスは俺様の庭だ! 自分テメェで行けらぁ!」

 「ふっ。そうだな」

 「それに――あの女や依頼人ヤツらにも、礼をしてやらんとな!」


 「なぁ、依頼人って誰なんだ? 俺たち、それを調べねェといけねェんだ」


 エルスは破損して使い物にならなくなった軽鎧を外しながら、ジェイドにく。


 「ランベルトスの商人ギルドだ。もっとも、依頼はゼニファーの奴がってきたがな」

 「商人ギルド……。あの店の姉さんも、そんなこと言ってたッけ……」


 「連中には関わらん方がいいぞ? 裏には盗賊ギルドや、も居るからな!」

 「奴ら――?」


 その質問には答えず――

 ジェイドはニセルの方へと視線を送る。


 「暗殺者ギルド――。あの街の裏の顔にして、本質さ」

 「あ……暗殺ッ……!?」

 「ハッ! 命は無駄にするなよ?――では、俺様は行くぜ!」


 「おうッ、あんたもなッ!」

 エルスはアリサに背負われながら、軽く手を挙げる。


 「少年!――名前は?」

 「ん? エルスだ!」


 「エルスか、覚えておくぞ! いつでも疾風の盗賊団シュトルメンドリッパーデンに歓迎しよう!」


 「……へッ? あ、ああ……。冒険者で食っていけなくなったらなッ!」

 「ハッ! 上手くやれ!――さらばだ!」


 ジェイドは得意の〝移動魔法フレイト〟を発動し――

 さっそうと林の中へと飛び去っていった!



 去ってゆく旧友の後ろ姿を見送り、ニセルは「ふっ」と煙を吐く。

 すると――ふと背後に、気配を感じた!


 「むっ――!?」


 ニセルは武器を握り、反射的に振り返る!――が、視線の先には誰もいない。

 代わりに〝折れたこうの杖〟だけが、地面に転がっていた。


 「ニセル? どうしたんだ?」


 「いや。気配がしたんだがな。これだけが落ちていた」

 「あッ、それは俺がブッた斬った……!? なんでそんなトコに……?」


 「わからん。だが、まずは街へ戻ろう。もうじきルナに変わる」


 ニセルは懐から出した小箱に吸殻をねじ込み、空を見上げる。

 夜になると、魔物たちの行動が活発化してしまう。

 万全ならば問題はないが、手負いのエルスたちには脅威だ。


 「そうだね。それじゃ行こう」


 アリサはエルスを背負ったまま、元来た林道へ向かって歩き始める。

 ニセルも魔物の襲撃を警戒しながら、アリサの後ろに続いた――。



 「おまえ、大丈夫なのかよ? あんなに弱ってたし、傷だってさ……」

 「今のエルスよりは大丈夫だよ。こんな時しか、役に立てないし」


 事実、現在のエルスは立つことはおろか、腕を動かすことも困難だ。

 アリサの体の前で、彼の両腕が力なく揺れている。


 「何言ってんだ。いつも助けられてるだろうよ! ありがとな」

 「そっか。それならよかった」


 エルスは改めて、アリサに礼を述べる。

 そんな彼女は前を向いたまま、嬉しそうに微笑むのだった――。

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