第55話 虹色の輝きを手に

 「ふっ。勝算があるようだな? 何をすればいい?」


 覚悟に満ちたエルスの表情を見て、ニセルは口元を緩める。

 エルスは礼を言い――部屋の中央に根づいている、こうの杖を指さす。


 杖の頭部からは巨大なてのひらが生え、そこに開いた大きな目玉がくうを見つめている。闇色に染まった床からは触手が伸び、その数は徐々に増すばかりだ。


 「――俺が必ず、アレを倒すッ! だからニセル。アリサを連れて、先に脱出して欲しいんだ」


 エルスに抱きかかえられたアリサは、いまも苦しげに顔をゆがめている。これ以上、この場に彼女をとどまらせるのは危険だろう。


 「ああ、わかった。いい判断だ」


 ニセルは頷く。エルスは再び礼を言い、抱えていたアリサを彼に託す。


 「助かるぜッ! あとは――」

 ――エルスが言いかけた時、洞窟内に激しい振動が走る!


 杖の方を見ると――は長く伸ばした触手を、床や天井に食い込ませようとしていた!


 その内の数本が、エルスらを捕捉したかのように、こちらを向く――!


 「作戦会議中だッ! 邪魔するんじゃねェ!」


 エルスは敵に向かって手をかざし、呪文を唱える!

 ――彼の銀髪と瞳が、ほのかに青い光を放つ!


 「マミュゼル――ッ!」


 水の精霊魔法・マミュゼルが発動し、〝杖〟を取り囲む形で、複数の魔法陣が出現する! 魔法陣からは次々と巨大な氷の結晶が生まれ、そして弾け――敵の周囲全体を、魔法の氷で包み込んだ!


 分厚い氷塊の中に、動きを止めた〝こうの杖〟が透けて見える。エルスの魔法により、あの闇の触手も魔物を生むことなく、完全に消滅してしまったようだ。


 エルスは魔力素マナの急激な減少による目眩めまいを感じ、しばし呼吸を整える――。


 「……わりィ、大丈夫だ。あのさ、ニセル。もし俺が――」


 そこで一旦言葉を切り――エルスは冒険バッグから、〝虹色のすなつぶ〟が入ったビンを取り出す。エルフ族のリリィナによると、これはまぎれもなく〝虹色の精霊石〟の粉末で間違いないとのことだ。


 「――もし俺が、……。そン時は、殺してくれねェか?」

 「ああ、いいだろう。約束しよう」


 「へへッ、助かるぜ……ッ!――これで安心して精霊石コイツを使えるッ!」


 「ふっ。だが、必ず生きて戻って来いよ? 死んだヤツは殺せんからな」

 ――ニセルは優しげに言い、ニヤリと口元を上げて笑う。


 「おうッ! 必ず戻るぜッ!」


 エルスは力強く帰還を宣言し――そして右手に持ったビンをかかげ、魔力を込めはじめた。やがて中の砂粒は輝き、彼の右腕も虹色の光を放つ――!


 「頼むッ……上手くいってくれッ……! ウオオオォォ――!」


 そのばゆい輝きが、頂点に達した時――

 エルスは気合いと共に、ビンを握り潰した!


 彼のからだには虹色の粉末が降りかかり、やがて全身が変異をはじめる!

 髪は逆立って光を放ち――全身が七色に輝く、宝石のような姿に変化した!


 「まさか……! 精霊か……!?」

 「ううっ……。エル……ス……?」


 虹色の光に照らされ、アリサはまぶしげに目を開ける。

 精霊と化したエルスは宙に浮いたまま、アリサの方を振り返った。


 「アリサ、悪ィけど外で待っててくれよなッ! すぐにあれを片づけるからさ!」


 「うん……。わかった。無事に戻ってきてね?」

 「ああッ!」


 彼らの背後では、氷の塊から破裂音があがり――

 次第に亀裂も増えてゆく!


 「おおっと! もう時間がねェな!」

 ――エルスは二人に手をかざし、呪文を唱える!


 「リフレイト――ッ!」


 風の精霊魔法・リフレイトが発動し、ニセルの足元に浮遊する魔法陣が出現する! 

 そして魔法陣から伸びた光が、彼らを風の結界で包み込んだ!


 「ニセル、頼んだッ!――なんとか飛び方は慣れてくれ!」

 「ふっ。任せておけ。またあとで会おう」


 ニセルは壁際の――動かなくなった旧友ジェイドいちべつし、うまく移送魔法リフレイトを制御しながら飛び去っていった。彼は魔法が使えないらしいが、以前は風の魔法の心得があったのかもしれない。


 二人を見送ったエルスは、こうの杖へと向き直る。

 すでに氷には無数のヒビが入り、今にも砕け散りかけていた――!


 「さあ、待たせたなッ! そンじゃ、最終決戦といこうぜ――ッ!」

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