第54話 勝利への切り札

 「ジェイド!」


 ニセルは旧友へ向かって叫ぶ――

 しかし、もう彼は、ピクリとも動かない。


 やがてジェイドの右腕を取り込んだ〝こうの杖〟はしょうの放出を止め――漆黒の〝手〟が、きしむような音と共に巨大化を始めた!


 腕に開いていた無数の目玉は一つに集まり――

 てのひらに開いた大きな目玉へと変化する――!


 「ォオ……オオオオ……」


 杖が発する不気味なこえに共鳴し、床の魔法陣があやしく輝く!

 そして、先ほどまでとは逆に――今度は周囲のしょうを、吸収し始めた!


 「ぐッ……次は、何が起きるッてんだよ!?」


 エルスは闇に吸い寄せられそうになるのを必死に踏んばり、巨大な目玉をちゅうする。今は魔物の出現は止まっているようだが、状況が好転したとは考えにくい。


 「ルォオオオン……」


 再び発せられた、奇妙なこえ――。

 魔法陣からは闇色をした無数の触手が生え、その一本をエルスへと伸ばす――!


 「おおっと! 当たるかよッ!」

 ――エルスは突き出された触手を容易たやすくかわし、剣で斬り払う!


 闇色のは手応えもなく断ち斬られ――

 分断された触手が、オークの姿へと変化した!


 「んげッ!? まだ出して来ンのかよッ!?」


 慌てて剣を構え直すエルス――

 だが、オークの方が先に、彼に向かって棍棒を振り下ろす――!


 「はあぁー! せいっ!」


 魔物の攻撃が当たる直前!――通路から飛び出したアリサがオークの腕を落とし、その喉元を剣で貫いた――!


 「エルスっ。大丈夫……?」


 「アリサッ! おまえこそ大丈夫なのかよ……?」

 「うん……、さっきよりは……」


 アリサは周囲に目をる――。

 目の前には、不気味な魔法陣から伸びた触手の群れ。突き立った降魔の杖からは、目玉の付いた巨大な手が生えている。


 ニセルも無数の触手を相手に苦戦を強いられ、反対側の壁には大量の血の跡がこびりついている。


 そして、その真下――。

 真っ赤なまりにし、微動だにもしない――右腕の無いジェイド。


 「なんだか、大変なことになっちゃってるね……」

 「ああッ、絶望的さッ……!」


 状況は絶望的だが、どうにか攻略法をいださなければならない。闇の触手の合間を縫い、ニセルが目玉にクロスボウを放つ!――だがボルトあっなくはじかれて床に落ち、次の瞬間には黒い霧となって消滅してしまった。


 「ふっ。かつに斬りかかることも、できそうにないな」


 「クソッ、それなら魔法でッ!」

 ――エルスは呪文を唱え、敵に向かって手をかざす!


 「ミュゼル――ッ!」


 水の精霊魔法・ミュゼルが発動し、エルスの頭上に数個の水泡が出現する!

 水泡は一直線に〝こうの杖〟へ降り注ぎ――着弾地点一帯を、魔法の氷で包み込んだ!


 「効いたッ?……やったかッ……!?」


 エルスは歓喜の声を上げる――が、間もなく目の前の氷に無数のヒビが入り、無惨にも砕け散る。杖は一瞬動きを止めたものの、すぐにいましめから解き放たれてしまった。


 さらに、氷の破片に混じって飛び散った〝闇〟が、次々と魔物の姿へと変化する――!


 「ルォオオ……損傷……ゥルルルゥ……排除……」


 杖は無機質なこえを発し、大きな目玉でエルスをとらえる!


 その眼が「カッ!」と見開かれたかと思うと――

 エルスの身体が、大きく後方へ吹き飛ばされた――!


 「……うがァッ……! な……なんだ……? こいつは……」


 まるで巨大な手で全身を押さえつけられたかのように、エルスは洞窟の壁にはりつけにされる。攻撃の正体は掴めないが、この目玉にぎょうされている間は、一切の身動きが取れなくなってしまうようだ。


 「エルスっ!」


 アリサは魔物の群れに応戦しながら、彼に向かって叫ぶ――!

 ニセルは再度クロスボウを射るが、なしのつぶてだった。


 やがてこうの杖はエルスからを離し、再びくうを見つめる――と、同時にエルスは壁際に落下し、積まれた木箱やたるを盛大に破壊する!


 「ぐあッ!……チクショウッ! これじゃジリひんだぞ……」


 下手に攻撃をすると手痛い反撃を受けてしまう――。

 だが、杖が発した単語ことばから察するに、ある程度のダメージは与えたようだ。


 「魔法なら……」


 エルスはガラクタの山からい出し、なんとか立ち上がる――。

 もう体はボロボロだ。魔力も充分とはいえない。


 さきほど現れた魔物は二人が倒してくれたが――

 ニセルはともかく、アリサは足元がふらついている。


 その直後――

 アリサはバランスを崩し、その場に倒れかけた!


 「アリサッ!」

 ――エルスは間一髪、彼女を抱きとめる!


 「ごめんね……。そろそろ限界かも……」


 アリサの顔からは血の気が引いている。

 エルスは彼女の体を、優しく抱き上げた。


 もう迷っている余裕は無い。

 打てる手は、ひとつだけ。

 切り札は――すでに、エルスが持っている。


 「へッ! 大丈夫さ、俺がなんとかしてやるッ……!」


 こうの杖は触手を伸ばし、次の行動準備に入っている。

 ならば、しかない――!


 「ニセルッ!」


 エルスの声に気づき、ニセルは二人の元へと急ぐ。

 ニセルはアリサの顔をのぞきこみ、わずかに口元をゆがめる。


 「これは……。かなりマズイな……」

 「なぁ、ニセル。頼みてェことがあるんだ」


 エルスは、覚悟を決めた――。

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