第53話 盗賊の矜持

 次々と現れる魔物に対し、ジェイドと共に応戦を続けるエルス――!


 魔物は、コボルドなどの弱い種類ばかり。

 だが――。杖からほとばしる闇の稲妻と、しょうの勢いは増すばかりだ。


 「いくら倒してもキリがねェ! 数える気にもならねェぜ……!」

 「ヴィストォ――! ハッ!」


 ジェイドは魔法を放つが――風の刃は目の前のわずか数体を斬り刻んだだけで、力なく消滅してしまった!


 「チィ!――俺様の魔力も削られてやがる……!」


 魔物の数もさることながら、吹き出る瘴気が二人の体力と魔力素マナを徐々に削ってゆく。このまま交戦を続けても、先に力尽きてしまうのは彼らだろう。


 「だからッて、逃げるわけにもいかねェ……! あれをなんとかしねェと……」


 エルスは床に突き立つこうの杖を睨みつける。闇の力にはばまれ、もはや近づくこともままならない。


 「エルス! ジェイド!――無事か?」

 「ニセルッ! 待ってたぜ!」


 「ハッ! 遅いぞニセラァ! 俺様のアジトは無事だろうな?」

 「ふっ。外の魔物どもは片づけた。あとは、この部屋だけだ」


 ニセルはジェイドにそう言い――

 今度はエルスをいちべつする。


 「通路は安全だ。アリサなら心配ない」

 「ああッ……。ありがとなッ!」


 エルスは、自身の右腕に巻かれたリボンを見る。彼女を休ませるためにも、早く状況を打開しなければならない――。



 ニセルも加わったことでせんめつ速度は上がったが、はじまりの遺跡同様、魔物と戦い続けたところで根本的な解決には至らない。


 もはや杖から発せられるしょうは質量すら帯び――は三人を分断するかのように、それぞれを部屋のすみへと押しやった!


 「おいナセル! 少年! ザコの処理は任せるぞ!――これ以上、あんな棒切れに俺様のアジトを荒らされてたまるか!」


 「わかったッ! でも、どうするんだ……?」

 ――エルスは魔物と交戦しつつ、右の壁際にいるジェイドへ目を向ける。


 「ハッ! こうするのみ――!」

 ――左手の長刃の短剣ロングダガーに右手をかざし、ジェイドは呪文を唱える!


 「レイヴィストォ――!」


 風の精霊魔法・レイヴィストが発動し、ジェイドの武器が真空の刃をまとった!――さらに彼は「ヒュウー」と口を鳴らす!


 「フレイトォ――!」


 続けて発動した移動魔法フレイトによって、自身を風の結界で包む!

 ジェイドは右手を目いっぱいに伸ばし、一直線に降魔の杖へとぶ――!


 「うおおおォ――ッ!」


 気合いを吐き、ジェイドは術の出力を上げる――!


 闇のほんりゅうに押し流され、体勢が水平になりながらも、ジェイドは杖へ向かって手を伸ばす! 瘴気は風の結界をも貫き、右腕のコートがビリビリと吹き散らされてゆく――!


 「ハッ!――つかんだぞ! 叩き斬ってくれる!」


 闇に抗い、ついにジェイドは右手で杖を掴んだ!

 そして、左手で真空の刃を構え、しっかりと狙いを定める――!


 その瞬間――!

 こうの杖に付いた目玉の装飾が、ギョロリと彼の方を向いた!


 「ぬおッ!……何だ!?」


 悪い予感がしたジェイドはとっに杖から手を離そうとするが、硬くなった右手が動かない! 彼の右腕は少しずつ黒く硬質な石のように変化し、無数の小さな目玉が浮かび上がる――!


 「まずいッ!?――ジェイド逃げろッ! 杖に乗っ取られるぞッ!」

 ――エルスは魔物と交戦しながら、大声で叫ぶ!


 「ふざけるな! 盗賊が、この俺様が――!」


 ジェイドは、変化した自身の右腕に刃を押し当てるが、もうビクともしない!

 その間にも闇の侵食は進み、二の腕から肩口へと迫る――!


 「俺様の体は!――俺様のモンだッ!」


 大きな叫びと共に――

 ジェイドは真空の刃で、自らの右腕を肩から斬り落とした!


 たんに反動と瘴気によって吹き飛ばされ、ジェイドは背中を壁に叩きつけられる――!


 「ぐほォ……! 盗賊が、簡単に奪われてたまるかよ……!」


 肩から大量の血を流し――

 ジェイドはくずれ落ちるように床に座り込む。


 そして彼は、すべてが暗黒に支配された〝右腕〟を睨みつけ――

 そのままガックリと、こうべを垂れた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る