第52話 裏切り者

 「魔物を呼び出しただと!? どういうことだ、マーカス!」

 「それが……ゼニファーのアネが突然、宝部屋に走り出してさぁ――!」


 ジェイドは声を荒げ、慌てふためく手下へ詰め寄る。

 マーカスの話を要約するに――彼がゼニファーなる人物へ敵襲を報せた直後、彼女は宝物庫から〝謎の棒切れ〟を持ち出し、アジト内に魔物を呼び出しはじめたということらしい。


 「ゼニファーめ!――俺様のアジトで何しやがる!」

 「こうの杖だ! 早く止めねェと、ここも魔物だらけになっちまうぞ!」


 エルスは拳を握り、ジェイドに強く訴える――

 その直後。奥の通路から、多くの魔物の、うなる声が響いてきた――!


 「来たあぁ!?――じゃ! 報告したんで、オイラは退散しまッス!」

 「――待てマーカス! お前もアジトを守れ!」


 しかし、盗賊マーカスはジェイドの制止を振り切り――

 一目散に、外へと逃げ去ってしまった!


 手下の逃亡に、いきどおるジェイド。

 そんな彼の背後に、魔物の群れが姿を現す――!


 「ハッ! ヴィストォ――!」


 ジェイドは振り返り、群れへ向かって魔法を放つ――!

 風の刃になぎ倒され、魔物は黒いしょうを噴き出しながら、すぐさまくうへと溶け消えた!


 「ふっ、どうやら本当のようだな。ジェイド、案内してくれ」

 「あの女ッ!!――どいつもこいつも、この俺様を裏切りやがる!」


 ニセルの声には答えず――ジェイドは宝物庫へと向かい、もうぜんと通路を駆けだした! エルスたちも彼を追い、急いで洞窟の奥へと走る――!



 「チィ、魔物ども!――ここは古い貯蔵庫だ! 迷宮ダンジョンじゃねえぞ!」


 ジェイドは蔓延はびこる魔物を処理しながら、そう吐き捨てる!

 相手は〝はじまりの遺跡〟と同じく弱い種類だが、やはり数が多い。エルスはジェイドと共に、押し寄せる魔物の群れを斬り払う――!


 「あの杖をなんとかしねェと、そのうち洞窟からあふれ出ちまう! 急がねェと!」

 「裏切り者の始末は俺様がやる! 手を出すなよ!? 少年!」


 「ああッ! 魔物は倒しちまうけどなッ! 魔物狩りは、冒険者の仕事なんだ!」

 「ハッ! 結構! ヴィストォ――!」


 ジェイドは魔法を放ち――通路の魔物を一掃し、駆け抜ける!

 エルスたち三人も、彼の後に続いた――!



 通路の先は分かれ道になっており、それぞれに多くの敵の姿が確認できる――。

 すでに洞窟の奥は、魔物のそうくつとなってしまったようだ。


 「オレが連中を片づけておく。エルスたちは先に行け――!」

 ――クロスボウにボルトそうてんし、ニセルは小さく左手を挙げる。


 「わかった! 頼んだぜッ!」

 「ニセルさん、気をつけてねっ!」


 「なぁに、すぐに追いかけるさ」


 ニセルに後方を任せ――魔物の群れを強行突破しつつ、エルスたちは目標へ向かってひた走る!


 やがて三人は突き当たりへと到達し――

 勢いよく、その円形の部屋へと飛び込んだ――!



 「あらぁ?――ジェイド。貴方あなた、まだ生きてたのねぇ?」


 部屋の中央には若い女が居た。露出の多い派手な服を身につけ、かかとの尖った靴を履いている。彼女の鼻からほほにかけては、大きな縫い痕が目立っている。耳が尖ってもいるが、長身が特徴のエルフ族にしては小柄なようだ。


 「ゼニファー! 依頼品に手を出すとは、どういうつもりだ!?」

 「どういうつもりって? アタシは言われた通り、真面目に働いてるだけよん?」


 ゼニファーは地面に突き立てた〝こうの杖〟に手をかざしながら、挑戦的な眼をジェイドへ向ける。床面にはまがまがしい魔法陣が浮かび、彼女の周囲には、魔力によるしょうへきが展開されているのが解る。


 「そんな指示をした覚えはないぞ! お前もゼインのように裏切るつもりか!?」

 「ゼイン?――ああ、ザインのことねぇ。彼もアタシも、貴方なんか裏切ってないわよん?」


 ゼニファーはあきれたように、杖へと視線を移す。

 杖からはしょうがあふれ、周囲の空間には闇色のうずが生み出されている――!


 「ハッ! ブツに手を出し、アジトを魔物の巣にしやがった奴が、何を言う!」

 「もぅ、察しが悪いオトコねぇ――。だって裏切りようがないでしょ? 最初からアタシたちのボスは、貴方あなたじゃないんだから」


 「なっ!――何だと……!?」


 「特別に教えてあげるわぁ。アタシたちは別々の依頼のために協力してたダケ。あなたはこれの奪取を。アタシとザインはこれの設置と起動を、ね?」


 「まさか――俺様を、良いように利用しやがったのか!?」


 額に血管を浮き上がらせながら、ジェイドは激しい怒りを露にする。

 そんな彼の前に、エルスが一歩進み出た。


 「おい、あんた! 今すぐそれから離れろッ! その杖のせいで、ザインはバケモンになっちまったんだぞッ!?」


 「ええ、あわれなオトコよねぇ。『俺が世界を変えてやる!』とでも、思ったのかしらん?」

 ――さげすむように言い、ゼニファーは鼻でわらう。


 「アタシは、そういうのナイから。人生長いのよ? ハーフエルフだし。誰かの下で雇われて、堅実に生きてくわぁ……」


 そう語り終えたゼニファーは手を止め、紫色の長い髪をかき上げた――。


 「さてっと――。そろそろ溜まったかしらん? じゃ、アタシは帰るわねぇ?」

 「待て! ゼニファー!」


 ジェイドは左手に武器を構え、ゼニファーへ飛びかかる!――が、彼女を囲む障壁にはじかれ、大きくばされてしまった!


 「もぅ。急に迫っちゃ危ないわぁ? アタシの方が、魔力は上なんだから」


 地面に伏したジェイドを見下しながら、ゼニファーは言う。

 ジェイドは顔を上げ、鬼の形相で彼女を睨みつける――!


 「あっ、そうそう。杖には触っちゃダメよん? いーい? 絶対にねぇ?」

 ――わざとらしく言い残し、ゼニファーは呪文を唱える!


 「フレイト――!」


 ゼニファーは〝移動魔法フレイト〟を発動し――

 エルスたちには目をくれず、高速で飛び去ってしまった――!


 「チィ! 必ず借りは返すぞ――!」



 元凶が立ち去り――円形の宝部屋に、ただぼうぜんと立ち尽くすエルスたち。

 中央の魔法陣はまがまがしく輝き、突き立ったこうの杖からは、黒い稲妻と共に大量のしょうが吐き出され続けている――!


 「これ……なんとか……しなきゃだね……」

 「ああ……。でもどうすりゃ――ッて!……アリサッ……!?」


 エルスはアリサの顔を見る。充満する瘴気によって体力が削られたのか、明らかに顔色が悪い。包帯からもわずかに、血がしたたり落ちている――。


 「とにかくあれから離れねェと……。通路で休んでくれ。もうすぐニセルが追いついてくれるはずだッ!」

 「うん。そうするね。ごめん……」


 彼女は少しよろめきながら、ゆっくりと通路へ出てゆく。「大丈夫だよ」と言わないところから察するに、アリサが受けたダメージは小さくないのだろう――。



 アリサが離脱し――

 部屋に残されたエルスとジェイド。


 すると目の前で、杖から発せられた闇が収束し――

 が、数体の魔物へと姿を変える――!


 「なるほどなッ!――魔物コイツらをブッ倒すと黒いのが出ンのは、そういうことかよッ!」


 エルスは額に汗を浮かべ、真っ直ぐに剣を構える!

 ジェイドもエルスの隣に立ち、武器を左手に身構えた――!


 「ハッ、少年!――ともかく、奴らを始末するぞ!」

 「ああ、いくぜッ! 戦闘開始ィ――!」

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