第51話 暴風警報

 「エルス!――大丈夫? いま、治癒魔法セフィドするね」


 ニセルとジェイドが一騎打ちをしている隙に、アリサはエルスの元へと駆け寄る。彼は全身に切り傷や打撲を負っているが、幸い、深い傷は無さそうだ。


 「イテテ……なんて奴だ。あの風のせいで、何も出来ねェ……」

 「いいなぁ。どうやったら、あんなに魔法撃てるんだろ?――セフィドっ!」


 ドワーフ族と人間族の混血であるブリガンド族は、高い身体能力を持つ代わりに魔力素マナを保有できる量が少ない。アリサは何度も治癒魔法セフィドを使い、エルスの傷を癒してゆく。


 「ふぅ……。ちょっと休憩しなきゃだ。待ってね――」

 アリサはポニーテールをっていた赤いリボンを外し、それをエルスの右腕に巻きつける――。


 「――はいっ、とりあえず。痛いのは我慢してね?」

 「そこまでしなくても……。ッていうか、おまえの方が痛いだろうしよ」


 アリサの首元へ目をると――激しく動いたことによって傷が開いたのか、包帯の赤い染みは広がり、湿り気を帯びている。彼女は下ろした長い髪を前に回し、さり気なく傷を隠す――。


 「大丈夫だよ――。中途半端に治すと、逆に痛くなっちゃうから」

 「そうか……。無理はしないでくれよ?――ありがとな」


 アリサは小さく頷き、も交戦中の二人を見る。互いにロングダガー同士の応酬を続けているようで、太刀筋すら見えない。止めないジェイドの怒号と、刃の打ち合う金属音のみが部屋中へと響いている――。



 「とにかく、ジェイドの動きを止めねェとだ……」


 風の魔法に対しては、炎の魔法が有効だ。しかし、ニセルにも警告された通り、閉鎖された洞窟内で使うには危険を伴う。


 「……仕方ねェ、水で試すか」


 エルスは水の精霊魔法・ミュゼルの呪文を唱え、距離を取りつつジェイドの側面へ回り込む。そして、二人の間合いが離れた瞬間、ジェイドに手をかざす――!


 ――その瞬間! ジェイドがこちらへ鋭い視線を向けた!

 「ハッ! サイフォ――ッ!」


 風の精霊魔法・サイフォが発動し、エルスの周囲の〝風〟が動きを止める!

 エルスは口を動かすが、一切の声が出ない――風の精霊にかんしょうし、一時的に空気の振動を止められてしまったようだ。


 「そう何度も同じ手は食わんさ!――少年よ!」


 ジェイドは、どうようするエルスに標的を変える――が、またしても、ニセルのけんせいによってはばまれてしまった!


 「ええい、しつこい野郎だ!――ヴィストォ!」


 ジェイドは彼の攻撃を体術でなし、風の刃を放つ!

 ニセルも瞬時に側転し、飛来する魔法を素早くかわす――!


 「ハッ! いつまでけられるかな――!?」

 「ふっ。しつこいのは、お互い様さ」


 ニセルはニヤリと口元を上げ、

 次々と襲い来る疾風を、延々と避け続けた――!



 「――ソッ! ジェイドの奴、詠唱なしで撃ってるッてのか!?」


 風のいましめから解放されたエルスは、ジェイドを睨みつける。いくらなんでも、あの速度で魔法を連射するのはおかしい。高速の刃を避け続けるニセルにも限界が迫っているのか、次第に追い込まれているようだ。


 「いい加減に観念しろ! ニセラァ!」

 ジェイドは怨念を込め、ニセルに向かって左腕を伸ばす――!


 「エンギル――っ!」

 ――その腕に、アリサが発動した光魔法エンギルの光輪が迫る!


 しかし、アリサの放った光輪は――ジェイドの体に触れた途端、かんだかい音と共に消滅してしまった!


 「ハッハッハッ、お嬢ちゃん!――人類は皆、光の神・ミスルトの加護を受けている。ゆえに、光魔法の攻撃は効かんのよ!」

 「あっ、そうなんだ?――ありがとうございますっ」


 勝ち誇るように言い放ったジェイド対し――

 アリサはりちに、情報に対する礼を言う。


 「ハッ!……礼には及ばんさ」


 ジェイドは緑色の前髪を整え、ややっぽく指を立てる。その指にめられた指輪からは、なにやら黒い霧が漏れているようだ。そして次の瞬間、指輪それは乾いた音と共に砕け散った――!


 「あッ! その指輪――精霊石と一緒に、呪文を刻んでやがるなッ!?」


 エルスは昨日の店番で見かけた銀のナイフを思い出した。ジェイドは守護符アミュレットを併用し、魔法の連撃を行っていたのだ。


 よく見ると――

 彼の両手にたくさんめられていた、指輪の数も減っている。


 「正解だ、少年! だが――」

 ジェイドはコートのポケットに手を入れる。


 「――気づいたところで同じことよ! さあ、第二ラウンドといこうか!」

 かざした彼の両手には、再び指輪が輝いていた――!


 「ぐッ……! まだ持ってんのかよ――ッ!」



 「よう、ジェイド。その前に――」

 「何だナセラ!? お前の話なんか、聞くつもりは無いぞ!」

 「――ふっ、ならの話を聞いてやれ。さっきから、そこでおびえているぞ?」


 ニセルが指さした先では――頭にバンダナを巻いた小太りの男が通路のかげから顔をのぞかせ、こちらの様子をうかがっていた。


 「マーカスか。ゼニファーの奴はどうした!」


 「い、いや……。それがッスね、ボス。言われた通りアネに知らせたんスけど……、姐御ったらまッまままッ……」

 「何だ?――落ち着け!」


 「――まものッ! 魔物を呼び出し始めたんスよぉー!」


 「なッ……? 何だとォ――!?」


 手下・マーカスの話を聞くや否や――ようやくの平穏が訪れたかに思われた室内に、またしてもジェイドの怒号が響き渡った――!

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