第43話 コンフリクト

 霧の中、長い林道を抜け――ようやく目的地である盗賊団の根城アジトへ辿り着いたエルスたち。洞窟の入口前には、見張りと思わしき四人の男らがたむろしていた。


 ニセルの見立てによると洞窟内には罠が張られており、彼らとの交戦を避けて三人が侵入することは不可能だ。


 霧に乗じて見張りへ奇襲を掛けるべく、ニセルは二人に簡単な作戦を話す――。


 「オレが向こうへ回り込み、あの二人を始末する。こっちの二人を、お前さんたちで一人ずつ片づけろ。――いけるか?」


 「はいっ!」

 「……わッ、わかった……!」

 「よし。それでは――」


 「――ちょ、待ったッ……!」

 行動に移りかけたニセルを、エルスが慌てて引き留める。


 「どうした?」

 「もしさ――俺がアイツに苦戦しても、二人とも手を出さねェでくれ……」


 一人の冒険者として、自分自身でやらなければいけない。

 エルスは何度も、自身に言い聞かせる――。


 「ああ、わかった。ただし死ぬなよ? 向こうは遠慮なく、お前さんを殺しにくるだろうからな」

 「エルス、気をつけてね?」


 「お……おうッ……!」


 消え入りそうな声で言い、エルスは引きつった笑顔と共に親指を立てる。

 そんな彼の指先は、いまだ震えたままだ――。



 「では作戦開始だ。増援を呼ばれる前に、手早く片づけるぞ」


 ニセルは霧に隠れながら洞窟の前をかいし、エルスらと反対側へと回り込む――。


 ついに〝人〟との戦闘が始まる。


 エルスとアリサは剣を抜き、静かに息をむ。ほどなくして、目的の地点に辿り着いたニセルが小石を拾い、広場の中央へ投げた――!


 「んあ? なんだ?」


 物音に気づいた男たちは抜き身の武器を手に、中央へ集まってくる。

 そんな彼らを囲むように、エルスたちも勢いよく飛び出す――!


 「チッ!――敵か? 冒険者をすとは、あの腰抜け連中め!」

 「ここは俺らの縄張りだ! せやがれ自警団の犬どもが!」

 「――ふっ。悪いが、そういうわけにはいかん。念のためにくが、賊から足を洗うなら見逃してもいいぞ?」


 「ふざけんじゃねぇ!――いくぞテメェら、ぶっ殺してやる!」


 ニセルの提案に、当然ながら良い返答が戻るはずもなく――

 盗賊の決まり文句のような台詞せりふと共に、戦闘の幕が切って落とされた――!



 「そうか。残念だ」


 宣言通り。ニセルは一切の無駄のない動きで二人の盗賊の息の根を止め、刃に付いた血を振り払う――!


 あっさりと。

 悲鳴すら上げることなく。

 二人の男は、ニセルの足元に転がった。


 「ふっ」


 ニセルは息を吐き、エルスの方へ目をる。彼ひとりでも、難なくこの場を制圧できただろう。それも不意打ちならば、相手が言葉を発する暇さえ与えずに。


 それでも、あえて正面からの戦闘に持ち込んだのは――

 彼らへの優しさであり、冒険者としての試練なのだ。


 「自分なりの答えを探せ。絶対に死ぬなよ?」


 霧の中から戦況を見守るべく――

 ニセルはたいしあう四人から距離をとる――。



 「よく見りゃ、女とガキじゃねぇか! ナメやがって!」

 「ガキじゃないもん! やあっ――!」


 片手持ちの斧を振り上げ、盗賊の男がアリサに襲いかかる!――だが、彼女の素早い剣によって胸を貫かれ、男はく大地に崩れ落ちた!


 「ごぼッ……!……この女……!」

 「あっ、女は合ってたかも」



 ニセルとアリサによって、あっという間に三人が倒され――エルスと対峙している盗賊にも、焦りの色が浮かぶ。


 「クソが……! ふざけやがって、どこにこんな……」


 禿げ上がった額に、後頭部付近に残った黒髪を逆立てた、中年の男。粗末で野性味あふれる革製の服をまとった彼は、どこから見てもゴロツキらしい風体ふうていだ。


 「なッ、なぁ?――よかったら降参しねェか? 仲間もやられちまッたことだしさ……」


 「なんだと!? 馬鹿にするんじゃねぇぞガキが!――死にやがれ!」


 降参の提案を挑発と受け取った男が、剣を振り上げエルスに斬りかかる!

 力任せの斬撃をエルスは辛うじて受け止めるが、腕には強いしびれが走る――!


 これまでの、魔物相手とは違う――

 明確な〝殺意の言葉〟と共に繰り出される攻撃は、酷く、鋭く、重い。


 「ぐッ……。やるしかねェのかッ……!」

 「エルス……」


 アリサは剣を手にしたまま、心配そうにエルスを見つめる。

 エルスがそちらへ目で合図を送ると――アリサは小さく頷いて、霧の中へと後ずさる――。


 「ぅおぉ――ッ!」


 叫びと共にエルスは剣を振るうが、どうにも力が入らない。太刀筋にも迷いが表れ、男の剣によってやすやすと弾かれてしまう!


 「なんだザコが!? その程度で偉そうにしやがって!」

 「うわッ――!」


 剣先がのどもとへと迫り――エルスは、ギリギリで回避する!

 迷いのあるエルスとは違い、男の剣は確実に急所を狙ってくる。

 ――相手をなのだ。


 ふとると――足元には、アリサが仕留めた男のなきがらが転がっている。このままでは、次にこうなるのはエルス自身だ。


 アリサは旅に出た時から、すでに覚悟を決めていたのだろう。

 いずれ、こういう日が来るということも理解して――。



 「チックショオォ――ッ!」


 エルスは雄叫びを上げ、居合いのように剣を振り抜く!――鋭い剣先が男の剣を弾き飛ばし、彼の腹にもひとすじの赤い線を残した!


 「ぐはァ……。やるじゃねえか……クソガキが……!」


 男の口からは血がしたたり落ち、傷は浅くないことを示している。しかし彼はニヤリとわらい、さらにふところから小型の斧を取り出した!


 「なッ、なあ? もうやめようぜ……? 今なら回復魔法で助かるしさ、もういいだろ……?」


 真っ赤な雫の滴る剣をぶら下げ、エルスは引きつるような笑顔で言う――。


 「――おい、教えてやるよ。テメェみてえな甘っちょろいガキがなぁ……?」


 額にあぶらあせにじませつつ、男は目の前にギラリと光る斧を構える!――それを見て、エルスも慌てて剣を構え直す!


 「テメェみてえなザコのせいでなぁ! 仲間だれかが死ぬんだよぉ――ッ!」


 そう叫ぶと、盗賊は斧を真っ直ぐ右へ――

 アリサの方へとうてきした――!


 「――あっ!? きゃあぁぁ――っ!」

 「な……ッ! アリサ――ッ!」


 まともに不意打ちを受けたのか、アリサは今までに聞いたことのないような悲鳴を上げる! 続いて、大地に人の倒れる音が――エルスの耳に、木霊こだました――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る