第44話 内に眠りしもの

 「おおっと!――手がすべっちまったぜ! もしかして、テメェのオンナだったかぁ? お先にヤッちまって悪かったなぁ!」


 アリサに不意打ちを仕掛けた盗賊はわらいを浮かべ、大振りのナイフを取り出す! 彼の足元はすでにふらついているが、まだ戦意は失っていないようだ。


 「アリサ……。うッ……! うおおおぉ――ッ!」


 エルスは感情に身を任せ、思いきり剣を振り下ろす!――だが、狙いが定まっていないせいか、盗賊のナイフで簡単にはじかれてしまった!


 「おいおい、そうカッカすんなよ? へっへっへ!」


 盗賊はニヤニヤとあざわらいながら、たのしむようにエルスの連続攻撃を受け流し続ける。


 「許さねェー! 許さねェからなァ――ッ!」


 その怒りは目の前の敵に対してか。

 それとも、自らに対してか。

 エルスはやみくもに、剣を振るい続ける――!


 「ザコが! すきだらけなんだよぉ!――オラァ!」


 連撃の隙間をうように突き出されたナイフが、エルスの左肩に突き刺さった!――そのままグリグリと傷をえぐられ、真っ赤な血が流れ出す――!


 「グッ……! オオオオオ――ッ!」


 『次はキサマだ! 殺せ!』

 ――エルスの頭に〝声〟が響いた!


 「ウオオォ――ッ! 死ネェ――ッ!」


 憎しみの叫びと共に振り上げた剣が、ナイフを握った腕を斬り飛ばす!――そして、続けざまに繰り出した突きが、男の胸を刺し貫いた!


 「……ぐおッ……。やれば……出来んじゃ……、ねえかよ……!」


 男は刃にすがるように倒れ込み、エルスの靴を赤く濡らす。

 エルスが剣を下ろすなり、かれはゆっくりと地面に崩れ落ちた――。



 「ハァ……ハァ……。チクショウ……!」


 エルスは自らの血が流れる肩を大きく上下させ、立ち尽くす。

 ――しかし、すぐに我に返った。


 「アリサ――ッ!」

 「エルス、こっちだ」


 ニセルの声がする。そちらへ急いで駆けつけると、苦痛に顔をゆがめ、左の鎖骨あたりから大量に出血して倒れるアリサの姿があった。彼女はあおけに倒れ、自ら傷口を押さえているが、反応は無い――。


 「とっに急所は守ったようだが、傷は浅くない。治癒の魔法は使えるか?」

 「アリサッ!――すまねェ、なぜか俺は光魔法が使えねェんだ。クソッ!」

 「そうか。オレもわけあって魔法が一切駄目でな。今は血を止めて、休ませるしかない」


 「わかった……。あッ……そういえば……!」


 自警団の本部へ向かう道中、アリサが薬を買っていたことを思い出した。

 エルスは彼女の冒険バッグを開き、薬のビンを取り出す。


 「――あった! これなら……」


 エルスは回復薬のふたを外し、アリサの傷口へ少しずつ薬液を流し込む――。


 「頼むッ……! 効いてくれッ……!」

 「――ううっ……。エルス……?」


 傷は完全には塞がらないものの――

 やがてアリサは苦しげな表情を浮かべながらも、ゆっくりと目を開けた。


 「アリサ! すまん……俺がモタモタしてなきゃ……」

 「大丈夫だよ。ちょっとまってね……」

 弱々しく言い、アリサは呪文を唱える――。


 「……セフィド……」


 治癒の光魔法・セフィドが発動し、アリサのてのひらに癒しの光が生まれる! 彼女はそれを、自らの傷口に押し当てた。


 「ごめんね、エルスのケガもすぐに治すから……」

 「馬鹿野郎ッ……! こんなモン放っておきゃ治るッて……」

 「もー。無理しないで……」


 いつものやり取りをしつつ、エルスの目からは涙がこぼれ落ちる。

 嬉しさ・怒り・悲しみ・悔しさ・恐怖・後悔。

 ――そのすべてが、瞳から溢れ出ていた。


 「はいっ、もう大丈夫だから。セフィド――っ!」


 アリサは体を起こし、エルスの肩の傷を癒す。出血こそ多かったものの、彼の傷は思ったよりも浅く、見る間に完治してしまった。


 「あッ、ああ……。ありがとな……。本当に……」

 「よう、起きたか?」


 いつの間にか居なくなっていたニセルが戻り、二人の前にかがみ込む――。


 「うんっ、ニセルさんにも心配かけてごめんね」

 「ふっ。生きてりゃそれでいい」


 ニセルは足元に落ちていた小型の斧を拾い上げ、観察する。

 「――た感じ、毒は塗られていないな。傷さえ塞がれば、あとも残らんだろう」


 「ありがとうニセルさん。――それじゃ、行こっか」

 「おい……アリサ、もう平気なのか……?」

 「うん。足手まといには、ならないから」


 アリサは立ち上がり、服や髪に付いた泥を静かにはらう。

 危うく大変な事態になりかけたが、まだ本番はこれからなのだ。



 エルスは周囲を見渡す。霧と涙でかすむ景色の中に、四人の男の遺体が転がっている。この先も、まだ死者は増えるのだろう。


 やがて、横たわる男たちのむくろは白く輝き――光の粒子となって霧の中へと消えてしまった。エルスの剣や靴に付いていた返り血もがれ落ち、白の中へと溶け消える――。


 「これは、あの時の……」


 エルスは幼い頃の――

 父が、霧の中へかえってゆく光景を思い出した。


 「そうか……。俺も殺すがわに……なっちまったんだな……」


 戦いを避ける努力はした。

 だが結局は、怒りに任せて――感情に任せて、相手の命を奪ってしまった。

 これでは――まるで、あの魔王と同じ――?


 「……俺は……何者なんだ?……」


 自らの両手を見つめ、エルスは呟く。

 しかし、彼の問いに答えられる者は、誰も居なかった――。

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