第42話 冒険者の覚悟

 魔物の襲撃を退しりぞけ、薄霧に包まれる林道を往く三人。

 盗賊団が根城にしているという洞窟までの道すがら、ニセルが口を開く――。


 「エルス――さっきの話の続きだが……」

 「ああ、なんか言いかけてたッけ。なんだ?」


 「単刀直入にくが――お前さんは、何者なんだ?」

 「へッ……? 何者だ――ッて、言われても……?」


 ニセルからの意外な質問に、エルスの思考が混乱する――。


 彼はなぜ、そんな質問をしたのか?

 そもそも自分とは何者なのか?


 ――それは、エルス自身にも到底わからないことだった。


 「ああ、すまない。オレが疑問に思ったのは――お前さんが使った〝精霊魔法〟のことでな」

 「精霊魔法の? あッ、そういうことか……」


 その単語が出たことで、エルスは質問の意図を理解する。

 精霊魔法とは、その名が示す通り、世界に存在する精霊と契約を交わし、かれらの力を借りて発動される魔法の総称だ。


 精霊はそれぞれ、炎・風・土・水の四系統の属性エレメントに分類され、それらが相互に干渉し合うことで、世界全体のバランスを保っている。すなわち、炎は風に強く、風は土に強く、土は水に強く、水は炎に強いといった関係性だ。


 世界各地の季節や気温、天候といった事象はすべて――

 これらの強弱や、配分によって制御されている。


 また、個人が扱うことが可能な属性エレメントには制限があり、人間族とドワーフ族は一つの系統のみ、エルフ族は二系統のみに限られている。

 そして、たとえエルフ族の血を引く者であっても〝炎〟と〝水〟など、強弱関係にある魔法を同時に扱うことは不可能だ。


 これは、この世界に生きる者ならば決してあらがうことのできない――

 神によって定められた、絶対のルールなのだ。



 「それさ――実は俺にも、よくわからねェんだよな。父さんは死んじまったし、何か知ってそうな奴も、まだ教えてくれねェしさ。隠すつもりはねェんだけど、上手く説明もできねェんだ」


 「そうか。いや、無理にいてすまなかったな。誰にでも秘密はあるものさ」


 しつけな質問だったと感じてか、ニセルはエルスに頭を下げる。

 そんなニセルの顔を見上げながら、アリサも彼にく――。


 「ニセルさんにも、あるの? 秘密」

 「まぁな。お前さんたちよりも、少しばかり長く生きてるくらいには、な?」


 「んー? 例えば、どんなのだ?」

 「もうすぐわかるさ。カダンのヤツも、それを期待してオレを呼んだんだろう」

 「あっ。そういえば、適任者って言ってたもんね。団長さん」


 カダンの見立てでは、今回の依頼をニセル単独でも達成可能だと判断していた。エルスとアリサの同行を許してくれたのは、二人の冒険者としての成長を見込んでのことだろう。


 「最初会った時は、暑苦しい変なオッサンだと思ってたけど――団長って、何気にすげェ人だよなぁ」


 この世界の人々それぞれに、それぞれの物語がある。エルスはなんとなく、カルミドの家で見た〝写真〟の数々を思い浮かべていた。


 そうして物思いにふけりながら歩みを進めていると――

 不意にニセルが片腕を挙げ、二人の足を停止させる。



 「――話し声が聞こえるな。三人――いや、四人か。ここからは慎重に行くぞ」


 「ん? 何も聞こえねェけど……」

 「まっ。オレの耳は〝特別製〟なのさ」


 そう言ってニセルは、自身の左耳を指でさす。

 同時に、彼の左眼もキラリと光を放ったように見えた――。


 「そうなのか? んー、よくわからねェけど信じるぜ!」

 「うんっ。ニセルさん、頼りになるもんね」



 慎重に。さらに林道を奥へと進んだいっこうは、ついに盗賊団のアジトと思われる洞窟に辿り着く――。


 洞窟前の広場には、荷台ごとたいしょうから奪ったであろう、梱包されたままの荷物や、大型の雑貨類などの物品が乱雑に置かれている。


 そして、ニセルの読み通り――

 ぽっかりと開いた入口の前では、盗賊と思わしき四人の男たちがたむろしていた。


 「……ついに、来たな……」


 エルスは震える腕をなんとか抑える。

 あの四人とは戦闘になるだろう。

 そして、誰かが確実に――ことになるのだ。


 やらなければ――。

 自分が殺さなければ、殺されるのは自分だ。

 とっくに覚悟は決めたはずだったが、エルスの震えは止まらない――。


 「エルス、大丈夫……?」


 アリサは、心配そうな表情をエルスへ向ける。そんな彼女自身は、いつもと変わりのない様子だ。

 エルスはくちびるを震わせながら、何度も小さく頷いた――。

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