第24話 冒険者の醍醐味

「なんとか無事に帰れたぜ……。うッげェ……」


 はじまりの遺跡から運搬魔法マフレイトで飛行し、無事にファスティアへと帰還した二人。街の入口に到着するなり、エルスは疲れきった様子で術を解く。


 夜の大通りは魔法の街灯によってこうこうと照らされ、街には活気が戻っていた。



「お疲れさまっ、エルス。大丈夫?」

「一応な……。正直、これはもうやりたくねェな……」


 地面に降り立ったエルスの足元は、時おりヨロヨロとふらついている。


 彼が握りしめていた風のせいれいせきは真っ黒に変色しており、直後には黒い霧となって、てのひらの上で消滅してしまった。



「もうすぐ宿屋さんだから。頑張ろっ?」


 アリサはエルスを支えながら、大通りから外れた路地を歩く。

 すでに暗闇の空に浮かぶルナからは、強い銀光ひかりが放たれていた。





 二人は初めてファスティアに到達して以来、ずっと自宅のように利用し続けている、安価な宿へとする。


 ここは比較的新しい木造の建物なのだが、どうにも隠しきれない薄汚れた壁や草臥くたびれた中古の内装品が、すでに老舗しにせの宿であるかのような風格をかもし出していた。



「ふぅ……、今日は冒険者生活始まって以来の大変な一日だったぜ……」


 やす宿やどの一階部分は食堂となっており、二人は遅めの夕食をとることに。

 エルスはガタついた木製のテーブルに着き、疲労した背筋を大きく伸ばす。


「そうだねぇ。いつもは魔物狩りのあと、依頼ひとつで終わりだったし」


 彼の隣に着席し、アリサは普段の生活を振り返る。すっかりぎんが尽きてしまった二人は『今のままでは生活ができない』と、活動の内容を見直したばかりだった。



「まッ、飯だ飯! 今日は久々に、肉でも食おうぜッ!」

「わぁ、やったね! でもエルス、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫だッて! ほらッ、コイツを見てみろッ!」


 エルスは得意げに笑い、財布から金色の光を取り出す。そして彼の指先にある金貨を見るや、アリサの瞳もキラキラと輝いた。


「あっ! 金貨なんて久しぶりだね。どうしたの?」

「あの店番の報酬さ! おまえも見に来てただろ? なんかが二本売れて……」


 そこまでを言いかけ、エルスはようやく気がついた。


 不気味な目玉こそ無かったが――。

 カダンが持っていた黒い棒切れは、つなげると一本の〝杖〟くらいの長さになる。



「ねえ、エルス。団長さんが持ってたのって、やっぱり〝あの杖〟なのかな?」

「うッ……。そうだとしたら、今日の騒ぎは俺のせい……なのか……?」

「どうだろ? 心配だったら、明日団長さんにいてみよう?」


 やはり杖を売った本人として、無関係とはいかないのだろう。

 アリサからの返答に、エルスのこわいろが暗さを増す。


「……なあ、アリサ……。今夜は好きなの食っていいぞ? これが〝最後のばんさん〟ってヤツになるかもしれねェし……」

「うーん……。そう言われると食欲が……」

「大丈夫だッて! まずは食おうぜ! なんとかなるさ! ハハッ……」


 確かに不安にばかり気を取られ、ずっと頭をかかえていても仕方がない。


 エルスは気持ちを切り替えるべく――地味なメイド服を着たきゅうがかりを呼び、いくつかの料理を注文した。メニューは普段よりは豪華であるものの、やはり〝祝杯〟という気分にはなれなかったようだ。



 それでも料理がテーブルに並びはじめるとやはりそうかんで、二人からは自然と小さな歓声があがる。


 勇者サンドに、アルティリアカブのスープ。

 カルビヨン風海鮮サラダに、草原ヒツジのステーキもある。


 おまけに今日は水ではなく、ランベルベリーをぜいたくに絞ったジュースまで飲めるのだ。



ェ……ッ! まともな飯が食えたのは何年ぶりだよッ!」

「まだ旅に出て、そんなにってないよ?」

「まさかこの宿で、こんない飯が食えるなんてなッ!」


 エルスはステーキにフォークを突き刺し、それに豪快にかじりつく。


 魔物のなかには動物との区別が曖昧なも多いが、魔物は命が尽きると〝しょう〟となって消滅するのに対し、動物は死後も肉体からだが残る。


 世の中には魔物の肉を好む食通もいるらしいが、運良く食用に適す部位が消え残ることはまれであり、当然ながらそういった〝珍味〟は高額で取引されている。



「やっぱ、まともに飯が食えるようになると、冒険者として成長したッて感じがするよなッ!」

「いつもの店員さん、二回も注文を聞き返してたもんね」


 アリサは思わず笑みがこぼれそうになるのをこらえながら、野菜のスープを口へと運ぶ。


 ファスティアは大農園の一部を開発して創られたこともあり、現在でも野菜の収穫量が豊富だ。アルティリアカブやランベルベリーのような、世界的に有名な特産品も多く生産している。


 国王も、当初は王国の食料庫である大農園の縮小には強く反対したものの――それ以上にファスティアからもたらされる経済効果を高く評価し、今では街に自治権を与えるほどになった。


 王国の新たな交通の要所として、世界各地の名産品や人材がアルティリア国内へ集まる切っ掛けとなったことも、ファスティアの大きな成果だろう。




 二人が料理をたんのうしていると、長杖ロッドを持った長身の女性が店内へ入ってきた。彼女は真っ直ぐにエルスらのテーブルへ近づき、彼らの向かい側に着席する。


「あら、ずいぶん豪勢ね。お金が無くて何も食べてないんじゃないかって、心配したのよ?」

「へッ、リリィナ! 余計なお世話だッ!」

「大丈夫だよ、お姉ちゃん。心配してくれてありがとね」


 現れた女性は、エルフ族のリリィナだった。彼女は白いマントとフードで全身をおおっており、着席後もフードそれぶかかぶっている。



「エルスはもう、『リリィナおねぇちゃん!』って呼んでくれないのね……」

「当たり前だ! もうガキじゃねェんだから、かんべんしてくれッ……」

「そう。残念ね。でも、人間の成長は早いものね。エルネストもあっという間に大人になったと思ったら、産まれたばかりのあなたを連れて――」

「……やめてくれよ……。あんまり、父さんのことは思い出したくねェんだ……」


 父の名前が出たたん、エルスはテーブルへと顔を伏せ、リリィナから目をらしてしまった。



「……ええ、ごめんなさい。そうだ。おびも兼ねて、いい物をあげるわ」

「おッ! そういや、何かくれるッて言ってたよな!」


 物につられ、として顔を上げたエルスだったが――。

 今度はリリィナの手元にある〝アイテム〟を見て、一気に青ざめてしまった。


「ぅげッ……!? それは……まさか……!?」

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