第17話 拾われしもの

 少年を背負うカルミドを守りながら、きょてん部屋への帰還を目指すエルスいっこう


 カルミドいわく、基本的に魔物は「視界に入った獲物に襲いかかる」らしい。

 彼のアドバイスに従い、エルスは魔物の視線を意識しながら慎重に進む――。



「おッ、本当に気づいてねェな! カルミドのジイさんって物知りだなぁ!」

「今まで何も考えずに突っ込んでたもんね、エルス」

「――だなッ! ジイさんのおかげで、冒険者として一つレベルアップしたぜ!」


 行動を意識するようになったという理由もあるが、最初に比べ、明らかに魔物の数が減りはじめていた。


 その代わり遺跡内の振動や、時おり響きわたる不気味なほうこうが、次第に大きさを増しているように感じられる。



「んッ? なんだ、あれ?」


 エルスは ふと視界の隅に、何かが落ちていることに気がついた。


「なあ、アリサ。さっきの明るくするヤツ、もう一回撃てるか?」

「うん?……あ、ちょっと待ってね」


 彼の要求を察したアリサは呪文を唱え、すぐに魔法を解き放つ!


「ソルクス――っ!」


 照明魔法ソルクスが発動し、アリサのてのひらに小さな光の球が生じる。光球はエルスの頭上近くで停止し、弱々しい輝きを周囲に放ち始めた!



「うーん、わたしの魔力素マナも限界みたい。小さいけど大丈夫そう?」

「ああッ! サンキューな!」


 魔法の明かりを頼りに、エルスは周囲の床をうように調べ始める。

 その様子をながめていたアリサに、カルミドが話しかけてきた。



「アリサさんもドワーフ族かな? ハハ……、お互い魔法には苦労をさせられるな……」

「あっ、母がドワーフなんです。父は人間族ですけど。――カルミドさん、よくわかりましたねっ」

「まあ、同族のかんというやつかな……」


 ドワーフにゆかりのある者に会えた嬉しさか、カルミドはじょうぜつに話を続ける。


「そうか。ではアリサさんは〝ブリガンド族〟だの。私も、妻が人間族でな……」

「そうなんですねっ。うちとは反対なんだ」



 多種多様な種族同士の交流が盛んになれば、当然ながら異種族との恋愛の末、子供が誕生することもある。


 特に、人間族とエルフ族の子であるハーフエルフ族や、人間族とドワーフ族の子であるブリガンド族、エルフ族とドワーフ族の子であるノーム族などが代表例だ。


 なかにはぞくと呼ばれる、高位の魔物との子をした者もいる。


 それらのすべてが等しく、この世界ミストリアスの〝人類〟と呼ばれる存在なのだ。



「じゃあ、お子さんが産まれたら、わたしと同じですねっ」

「う……、ううむ……。そう……じゃな……」


 アリサの言葉にカルミドは押し黙り、今までの堅い表情に戻ってしまった。

 彼女は少し首をかしげ、再びエルスの方へ視線を戻す。



「んー……。おッかしいなぁ。確か、このへんに……」


 エルスは這いながら床に目を凝らすが、頭上の明かりは弱々しく、足元までは届かない。彼は立ち上がって剣を抜き、空中で静止する光球に刀身を伸ばした。


「よッと!――へへッ、これで良しッ!」


 光球が刃へと移動し、即席の松明たいまつが完成する。

 それを持ちながら、エルスは再び腰をかがめる。


 剣先で照らしながら床を探ると、やがてが見つかった。



「――おッ、あった! これだこれだッ!」


 エルスは落ちていた物体を拾い上げて剣で照らし、じっくりと眺める。

 どうやらは、木彫りの守護符アミュレットのようだ。


 古びてはいるが、ファスティアの土産みやげものでも見かける、ごくありふれた品物だ。ひび割れなどの目立った傷は無いが、首にかけるための簡素な鎖はれ、本体部分には赤黒い液体が付着している。


「血か……?」


 エルスは自らの手についたを見つめる。

 まだ新しく、完全に乾いてはいないようだ。


 しかし、ここはまぎれもない戦場。

 落ちている物にけっこんがあったとしても、特に不思議ではない。



「ねぇエルス。そろそろ行こ?」


 アリサは周囲を警戒しながら、エルスに小さく手招きをする。


 数が減ったとはいえ、負傷者を連れた状態で、魔物のそうくつの中で立ち止まっているのは危険だろう。



「すまねェ、今戻るぜッ」


 エルスは拾ったアイテムを冒険バッグにねじ込み、アリサたちの場所へ引き返す。それと同時に、剣に宿っていた照明魔法も消えてしまった。



「お待たせ、ありがとなッ!」

「何か見つかった?」

「あったぜッ! よくわからねェけどな!」

「うーん? そっか、よかった」


 エルスはアリサに親指を立て、歯を見せながら笑ってみせる。

 続いて彼は、少年を背負ったまま険しい表情をしているカルミドに話しかけた。


「ジイさんもお待たせ! さッ、行こうぜッ」

「う……うむ……。なるべく静かに……。慎重にな……」



 出発に際し、エルスは改めて安全なルートを探る。


 よく見ればは、少年がオークの攻撃によって弾き飛ばされた場所だった。


「もしかして少年こいつの? いや、今はそれどころじゃねェや」


 エルスは小さな違和感を、ひっそりと胸にい込む。


 そしていっこうは魔物の視線をくぐりながら、再び暗闇の中を進みはじめた。

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