第16話 闇の中での邂逅

 激しい戦闘音の元へと、急いで駆けつけたエルス。

 辿たどいたさいだんの付近では、傷ついた老戦士が斧を手に、魔物の群れとたいしていた。


 長い白髪とヒゲをたくわえ、小柄できんこつたくましい肉体は、彼がドワーフ族であることを示している。



「おいッ、ジイさん! 大丈夫かッ!?」


 老戦士はエルスの声に反応し、一瞬だけ視線を移すも――すぐに目の前の魔物へ視線を戻す。


 直後、魔物の群れはあざけるような鳴き声をあげ、いっせいに彼へとおそかった!



「ぬぅぅん……ッ!」


 まるで大切なものを守護するかのように。

 老戦士は一歩も動かず、斧で魔物を叩き伏せ、あるいは弾き飛ばす!


 かなりのだれのようだが、押し寄せる攻撃のすべてをさばききることはできず――次第に老戦士の体には傷が増え、赤い血がしたたってゆく。


 そして、ついに彼はひざからくずれ、床に手をついてしまった。



「ジイさんッ! クソッ、なんとか助けにッ……!」


 エルスは周囲の魔物を斬り払いながら少しずつ接近するが、間に合いそうにはない。アリサの方へ目をると、なんと彼女は三体のオークを相手に、単独で相手をしていた。


 そうしている間にも――いまだ膝を折ったままの老戦士へ向かい、魔物の群れが飛びかかる。


 ――だが、その瞬間。

 老戦士は、唱えていた魔法を発動させた!



「ゴラムゥ――ッ!」


 土の精霊魔法・ゴラムが発動し、床についた手を起点に、黄金こがねいろの光がせんじょうに走る。


 そして魔法の光に沿って出現した岩の針山が、周囲の魔物を足元から貫いた!


「ギャオオオオオ――ッ!」


 岩の槍に貫かれ、魔物どもはだんまつげながら、黒いちりと化してゆく。


 同時に、魔法で生み出された針山も砕け散り、元の石床の上に軽くすなぼこりを吹かせてゆく。



「すげェなぁジイさんッ! よしッ、今そっちに行くぜ!」


 老戦士の魔法のおかげで、こちらに群がっていた魔物も大方が排除された。エルスは残った魔物を片づけ、急いで老戦士の元へと駆けつけた。




「ジイさん大丈夫か? 俺の仲間が回復の魔法をかけてくれるから、ちょっと待っててくれよなッ!」

「私はカルミド……。その――できれば『ジイさん』というのは、やめてくれんか……?」

「わかった! 俺はエルス! よろしくな、カルミドのジイさんッ!」

「う……ううむぅ……? いや……、それよりも……」


 戦士カルミドはエルスに、自らの背後で倒れている人物を手で示す。


「彼の手当てを……。先に……」


 カルミドの後ろで横たわる人物。それはまぎれもなく、エルスの目の前でオークに倒された〝あの少年〟だった。



「ああッ、こいつはッ!? おい、あんた! 大丈夫かッ!?」

「――待つのだ! 息はあるようだが、下手に動かしてはならん……!」

「すッ、すまねェ……。んんッ……?」


 エルスは何か違和感を覚えたが、まずは二人の治療を行なわなければならない。


 アリサの姿を探すと――彼女はオークの肩に乗り、脳天に深々と剣を突き立てているところだった。他の二体はすでに、くうへと溶け去ってしまったようだ。



「うへェ、あいつつえェなあ……。おーい! アリサーッ!」


 手を振っているエルスに気づき、アリサは魔物に注意を払いながら、慎重にこちらへとやってきた。



「エルス、大丈夫? この人は?」

「カルミドってジイさんだッ! さっきの『ズドーン!』ッてのは、このジイさんの魔法だぜッ!」


 そう言ってエルスは、指を立てたてのひらを上下に振ってみせる。

 どうやら、さきほどの魔法のすごさを、ジェスチャで表しているらしい。


「――おっとそれより、二人に回復を頼むぜ!」

「わ……私より先に、こちらの少年を……。あと『ジイさん』ではない……」

「はいっ! わかりました、カルミドさんっ!」



 アリサは治癒の光魔法・セフィドの呪文を唱え、倒れたままの少年に手をかざす。


「――あれ? んー。セフィドっ!」


 一瞬の戸惑いのあと、アリサは掌に生じた光を、カルミドの身体に押し当てた。

 癒しの光により、ゆっくりとカルミドの傷口がふさがってゆく。


「んッ? アリサ、こっちのヤツが先だって……」

「その人、ケガしてないみたい。わたしの魔法じゃ、気絶とかは治せなくて」

「なんだッて? 怪我がない……? だって、確かにあの時……」



 エルスは、この少年がオークの攻撃を受けた時のことを思い出す――。


 さすがに、あの状況で無傷だったとは考えにくい。

 しかし、すなぼこりこそかぶっているものの、彼の身体に流血や目立った汚れなどはない。


 身に着けた剣や服もごくありふれた物に見えるが、なにか特別な武具なのだろうか。穏やかに目を閉じた表情にも、苦痛に耐えているような様子は見られなかった。



「ふむう……。怪我が無いのなら、ひとまず安心だ……。ありがとう、アリサさん」

「はいっ! とりあえず、カルミドさんの傷は治りました」


 アリサは横たわる少年をいちべつし、続いてエルスの顔を見る。


「――でも、この人もいるし、いったん戻ったほうがいいかも?」

「そうだな……。このままじゃ探索どころじゃねェし、きょてんへ戻るか」

「では……。私が、この者をかつごう……」


 そう言ったカルミドは少年を肩に担ぎ、エルスに大きくうなずいてみせた。



「よしッ、なら俺とアリサで道を確保するぜ! そンじゃ、また囲まれちまう前に脱出だッ!」

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